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覚えていてください


「たああぁぁぁ!」


 合図と共に、タニャがオレに向かって、突進してきた。


「グラビティバインド」


 オレは、そのタニャに向かって、魔法を発動させる。重力を強める事により、その場から動けなくする魔法だ。タニャは、突然強くかかった重力に、その場で立ち止まってしまった。


「な、に、を……!」


 それでも、根性で動いてくるのは、大したもんだ。しかし、膝が今にも折れそうで、その動きはおぼつかない。

 そこへ、更なる魔法を放つ。


「アビーメノウ」


 突如、タニャの足元に生えていた草が急成長をし、タニャの足を絡め取った。アビーメノウは、条件として、草が生えている場所でないと、発動できない。基本的に、植物系ならばなんでも成長させられるが、思い通りに操れる訳でもないし、せいぜい足を絡め取るだけだ。あと、魔法が解けたら元に戻るので、作物の収穫などに利用もできない。

 そんな、やはり低級の魔法ではあるが、覆いかぶさる重力と、足を絡め取られた事により、タニャはその場に尻餅をついて、倒れ込んでしまった。


「オレの、勝ちー」


 倒れてしまったタニャの前に、剣を突きつけて、そう宣言する。試合は、あまりにもあっけなく、決着がついてしまった。

 しかし、タニャは全く納得いっていない様子で、オレを睨みつけてくる。


「ひ、卑怯です!魔法を使うなんて……!」

「魔法を使わないなんて約束、していない」


 そもそも、本来魔法は、剣士が扱える物ではないので、そんな約束はする必要もない。しかし、世の中こういう事もあるのだ。


「大体、どうして詠唱もなく、魔法が使えるんですか!卑怯です!」


 それは、オレも思う。だけど、そこを否定されたら、オレの唯一の取り得がなくなってしまう。

 イヤだよ、オレは。雑魚魔法をいちいち詠唱して使うなんて。


「タニャの、負け。言い訳は、ダメ」

「ですが……!」

「約束は守れよ。少し、休め。それから、頼みがある」

「……頼み?」

「近いうちに、ちょっと会わないといけない奴がいる。お前も、ナーヤと一緒に来てほしい」

「くっ……そもそもまだ、私は勝負に納得が──」

「凄いです!なんですか、今のは!?」


 タニャの言葉を遮って、観客のトンキ族の少女達が、雪崩のように、オレへと詰め寄ってきた。どうして無詠唱で魔法が使えるんだとか、魔法の杖もなく、どうして魔法が使えるんだとか、興味津々。特に、ルゥラは発言こそ遠慮がちながらも、しっかりと最前列に来て目を輝かせていた。


「は、話を聞いて……私は、まだ、納得が──!」

「はいはい。タニャは負けたから、休憩よ」

「おとなしくして、とりあえずお風呂いくよ。背中ながしたげるから」

「は、離して」


 人垣の向こうから、そんな会話が聞こえてきた。どうやら、タニャは強制的に休まされそうで、安心をする。

 一方で、目の前の騒動を、どうすべきかという、新たな問題が発生した。ただ、この状況は決して悪くない。大勢の美少女達に迫られるというのは、男冥利に尽きるというものである。


「レイスを、困らせるのは、ダメ」


 しかし、そんな状況を早々に終わらせたのは、ナーヤだった。ナーヤの指示により、その場は解散。オレのつかの間のハーレムは、終わりを告げた。


「少し、残念そうなのは、何故?」


 何故か、ナーヤに睨まれる。


「ごめんなさい……」


 そして、何故か謝るオレであった。




 それから数日後──


 オレは、馬に乗っていた。前には、テレスを乗せている。オレが、テレスを後ろから抱きしめて、手綱を引くような形だ。


「お兄ちゃん、鳥さんが飛んでるわ!」


 そして、本性を隠した、可愛いテレスである。可愛い。

 というのも、一緒に、ナーヤとタニャもいるからだ。


「テレスは、可愛い」


 フードを深く被ったナーヤが、そう呟いた。


「はい。凄く、可愛いです……」


 同じくフードを被ったタニャも、ナーヤに同意。気持ちは分かる。オレだって、テレスの本性を知る前は、同じ気持ちだったから。


「でも、いいの?テレスは、その……知っている?」

「知ってるよ。全部。何もかも。そして、ウェルスの所にナーヤを連れて行こうと言い出したのも、コイツだ」

「何故?テレスが……?」

「きゃはっ」


 テレスは、ナーヤの問いを、笑顔でごまかした。

 オレ達は今、ウェルスがいる、駐屯地へと向かっている。昨日、ウェルスはその駐屯地へ訪れている。それは、隠密である、ティアからの情報だ。

 そして、今日、ウェルスは屋敷を訪れて、セレスとテレスを連れて行こうと企んでいるはずだ。そうはいかない。その前に、こちらから電撃訪問してやろうという計画である。


「でも、私達も同行する理由は、何?正体が、バレたら、厄介」

「心配しないで、ナーヤ。お兄ちゃんに、全部任せておけば大丈夫よ!」

「え」


 そもそもオレ、なんのためにナーヤを連れてウェルスの所にいくのか、知らされてないんだけど。


「ね、お兄ちゃん!」

「あー、うん。任せろ!」

「……不安」


 そんなナーヤをよそに、オレ達は、目的地へと辿り着いた。

 そこは、少しだけ発展した、町の形を成している。軍がいるということは、人がいると言う事。自然と人口と金が入り、そこを中心に町が発展する。しかし、さすがに田舎の駐屯地なだけあって、そこまでの発展はしていない。道は舗装されていないし、建物は、木造の安っぽい建物が目立つ。


「お兄ちゃん。私、アレが食べたいわ!」


 町に入ると、オレ達は馬から降りて縄で引き、歩いている。すると、テレスが、出店を指差した。見ると、甘いパンのお菓子を売っているようで、こちらまで甘い匂いが漂ってくる。


「ダメです。こんな中途半端な時間に、いけません」

「お兄ちゃんのケチ!」


 なんと言われようが、知った事ではない。オレ達はこれから、ウェルスに会いに行こうとしているのに、寄り道なんてしていられない。


「どうぞ」


 目の前に、そのパンのお菓子が差し出された。差し出したのは、タニャである。


「わぁー。ありがとう、タニャ!」

「い、いえ」


 テレスの輝くような笑顔に、タニャの顔は緩む。そして、テレスはそれを頬張り、頬を膨らませ、幸せそうな表情を見せる。

 本当に、可愛いとは思うよ。


「で、なんでお前、速攻で買ってんだよ」

「ナーヤ様が食べたいと言うので、買ってきました」


 ナーヤのほうを見たら、ナーヤも美味そうに食べている。本当に、美味そうに食べているので、ちょっと興味がわいてきてしまう。

 しかし、残るはタニャの持っている、一つのみ。


「レイスさんは食べたくないようなので、買っていませんよ?」


 タニャの様子を見ただけでは、いやがらせなのか、素なのかが分からない。


「んー、甘くて、美味しいです!」


 あ、いやがらせだわ。オレに向かって、これみよがしに食べてくるから、そう判断した。


「お兄ちゃんの分、ないの?……なら、半分あげるわ」


 テレスがそう言って、お菓子を半分にちぎり、差し出してきてくれる。


「い、いいんですよ、テレスさん。私の。私の分を、レイスさんにあげるので、テレスさんは食べてください」


 タニャは慌ててそう言うと、テレスを止めた。そして、渋々と言った様子で、自らのお菓子を半分にしようとする。しかし、オレはそのタニャの手を掴み、やめさせた。


「え?いらないんですか?」


 タニャの問いかけに、オレは首を横に振る。そして、タニャが手に持ったお菓子に、かぶりついた。一口で、タニャが手に持った所以外を、全て口にいれてしまう。

 うん。甘さも丁度良く、柔らかくて口の中でとろけるようなパンだ。美味い。


「あ、あああぁぁぁ!!」

「どうしたの、タニャ。大きな声は、ダメ」

「ナーヤ様、見てください!」


 タニャが見せたのは、ほぼなくなった、お菓子。自分の分のお菓子を食べながら、それを見るナーヤだが、首を傾げる。当然だ。ナーヤはお菓子を食べるのに夢中で、オレの行動を見ていない。となれば、そこにあるのはただの、食べかけのお菓子であり、それ以上の意味を持たないのである。


「美味しかった?」

「違います!レイスさんが、コレを!テレスさんは、見ましたよね!?」

「美味しいわ!」


 テレスも、その瞬間を見たとは言わず、はぐらかした。

 実際、テレスも見ていない。その瞬間を見計らったからな。


「ニヤ」


 オレは、タニャに笑みを浮かべて見せる。


「も、もういいです!もう一つ買ってきます!」

「タニャは、食いしん坊」

「二つも食べたら、お腹がいっぱいになっちゃうから、良くないわ」

「遊んでないで、行くぞ。食いしん坊のタニャ」

「くっ……!覚えていてください……」


 タニャは、僅かに残ったお菓子を口にいれながら、オレを強く睨みつけ、お菓子は諦めた。

 少しは、肩の力が抜けているようで、安心をする。

 タニャは、何もせずに待たせていたら、勝手に倒れそうなので、同伴させた。何かさせておけば、少しは気が紛れるだろうと思ったのだ。それに、コレもレーニャを助けるために、必要な行動だ。じっとしているのがイヤならば、せめて手伝ってもらおうじゃないか。


「テレス」


 突然、聞き覚えのある声が、テレスの名を呼んだ。

 そいつは、数人の兵士を引き連れて、馬に乗っている。銀の長髪に、鋭い目つき。どこか、セレスとテレスを思わせる、イケメン騎士様。

 それは、ここに会いにきた人物。ウェルスだった。

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