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悪い顔

 屋敷に帰ってきたのは、夜遅くになってしまった。

 暗い森ってのは、何かが出てきそうで恐ろしい。若干のトラウマを感じつつ、オレは馬を走らせ、リリード氏のお屋敷へと辿りついた。


「随分と、遅い帰りじゃのう」


 玄関前に座っていた、ツインテールの銀髪幼女が、そんなオレを出迎えてくれた。


「悪いな。遅くなった」

「良い。その顔を見る限り、収穫があったようじゃな」

「ああ」


 オレは、テレスにナーヤ達との会話内容を、話した。

 現状で、ナーヤ達トンキ族を引き入れられたことは、大きな成果である。彼女達が、オレの指示で動いてくれるという、確約も得たので、下手にリリード氏に手を出される事もない。現状は、偽りの平和を演じてもらい、必要な時になったら動いてもらう。


「かっはっは!やるのう、お兄ちゃん!ナーヤ達を、手懐けたか!想像以上の、成果だぞ!」

「レーニャの、おかげだ」

「例の、地下の拷問死体のトンキ族か。そヤツも助けんと、お兄ちゃん、本当にナーヤに殺されるかもしれないが、いいのか?そんな約束をして」


 場所は、テレスの部屋。オレは、テレスのくまちゃん人形をいじりながら、ベッドに寝そべっている。

 気を張りっぱなしで、少し疲れているのだ。楽な姿勢で、テレスには対応させてもらう。


「元々、助けるつもりだったからいいんだよ。そっちは、どうだった?」

「平和じゃった。お姉ちゃんは、剣の鍛錬と、勉学に集中。父上は、仕事から帰ってきて、わしらと一緒に食事をし、今は私室に篭もっておる。ティアは、お兄ちゃんがいないから暇そうで、寂しそうじゃったのう」


 ティアの事だから、暇だからと言って昼寝し放題で喜びそうな気がするんだが。


「なんにせよ、今はまだ、何も起こっておらぬ」

「そいつは、安心だ」


 安心したところで、眠くなってくる。


「次なる山は、兄上だのう。兄上は、一筋縄では行かん。対策を練る必要がある」

「ああ……」

「しかし、兄上は下手に動かれれば、一番厄介かもしれぬ。どうすれば良いか……お姉ちゃんの記憶さえ戻っていれば、お姉ちゃんが上手く、手綱を握ってくれそうなんだがのう」

「……」

「お兄ちゃん?……眠ってしまったか。良い良い。今日は、よう頑張った。ゆっくりと、眠るのじゃ」


 オレは、頭を撫でられながら、ゆっくりと眠りについた。




 翌朝の寝覚めは、かなりよかった。何だが花の香りのような、良い香りの中で目が覚める。と、目の前にはクマ──の、人形。が、オレを見下ろしていた。


「ふぁ……」


 あくびをして、思い返す。そうか、オレはあのまま、テレスの部屋で寝てしまったのか。横を見れば、テレスの可愛い寝顔があった。頬をやや赤く染め、唇をわずかに開き、規則正しい寝息をたてている。年相応の、女の子の寝顔である。一方で、その服装は、年不相応の、色っぽい黒のキャミソールの下着姿。


「ふわぁーあ」


 もう一度、大きくあくびをし、目をこする。


「失礼します、テレス様」


 そこへ、部屋の扉を開いたのは、ティアだった。そんなティアと目が合うと、ティアは無言で扉を閉じた。


「待て、ティア。誤解だ」

「セレス様ー!テレス様が、どこぞの馬の骨とも知らぬご主人様に、その身を汚されてしまいましたー!」


 扉の向こうから、そんな声が聞こえてきた。酷い誤解である。

 慌てて後を追いかけようにも、寝ぼけたテレスがオレの腕を引っ張ってきて、立ち上がらせてくれない。


「くっ。テレス、起きろ。起きてくれ」

「ふむ……お兄ちゃんか。おはよう」

「ああ、おはよう。ところで、手を離してもらっていいか?」

「おっと……すまぬのう。寝ぼけておったようじゃ」


 そう言って、寝ぼけ眼なテレスは、ニコっと笑い、オレの腕を解放してくれた。

 そうなれば、すぐにティアを追いかけて、事情を説明しなければ。


「冗談です」


 突然、部屋の扉が開かれて、そこにいたのはティアだった。

 どこかへあらぬ噂を広めにいったのかと思ったが、そこにいたようだ。


「ご主人様が、テレス様のベッドで眠ってしまったことは、昨夜から知っております。全く起きる気配がなかったので、テレス様がそのままにしてあげてほしいというので、放っておきました」

「心臓に悪いから、やめてれ……」


 本当に、終わったかと思ったよ。


「しかし、セレス様に見つかると厄介なので、早くお部屋に戻ることをお勧めします」


 確かに、その通りだった。オレはティアの忠告通り、さっさとテレスの部屋を後にする。

 自室に戻る所で、その噂のセレスと鉢合わせた。


「よう、セレス」

「おはよう」


 その挨拶は、素っ気無い。そして、そのまま行ってしまった。

 別段、仲が悪いという訳ではないと思う。だけど、以前のような、親しげな目を、セレスはオレに向けてくれない。それはやはり、寂しいというか……寂しい。


「テレス!記憶の方はどうなった!?」

「なんじゃ、突然……」


 オレは朝食後のテレスを誘い、庭先の軽い散歩に出た。デートだなんだとはやすテレスに、詰め寄ってそう尋ねると、呆れた目を向けられてしまう。


「なんか言ってたじゃん。セレス達の記憶を戻すために、材料がいるとかって」

「準備中じゃ。それに言ったが、記憶が戻る確証はない。魂に刻まれた記憶を呼び覚ますなど、本来ない技術じゃからな」

「……もし、記憶が戻せないなら、セレスとティアは、どうするんだ?巻き込まず、オレ達だけでどうにかするつもりなのか?」

「どうなるかは分からぬが……最悪は、そうなるのう」


 オレは、その言葉を聞いて、大げさに肩を落とし、落胆の色を隠さない。

 そんなオレを、テレスは呆れた目で見てくる。


「本当に、分かりやすいお兄ちゃんじゃのう。大方、お姉ちゃんに冷たくされて、ショックだったから、いきなりそんな事を言い出したのじゃろう?」


 図星で、返す言葉もないです。


「男なら、もう一度お姉ちゃんやティアを、篭絡するくらいの気概を見せぬか」


 そもそもオレは、二人を篭絡なんかしていない。ちょっと知り合って、仲良くなっただけである。しかもそれは、偶然が重なって仲良くなれただけで、オレの力ではない。再びそんな偶然が起きる事もないと思うので、けっこう難しい。


「まぁ、二人を危険な目に合わす事もないと考えれば、それはそれでいいのか」

「しかし、お兄ちゃんだけではやはり、頼りないからのう。とりあえず、そちらはわしに任せておけ。お兄ちゃんには、やるべき事があるはずじゃ」


 テレスにそう言われ、オレは頭を切り替える。


「……ああ。今日また、ナーヤ達の所へ行って来る」

「丁度良い。ナーヤに、一緒に兄上に会いに行くと、伝えよ」

「ウェルスに?ナーヤ達と?何で?」

「前提として、現状、兄上の戦力を失う事はできない。兄上は、お姉ちゃんを説得できれば、首都に帰ってしまうだろう。そして、今の腑抜けたお姉ちゃんならば、恐らく兄上について帰ってしまう。そうなる前に、こちらから兄上に対して、先手を打つのじゃ」

「ウェルスは多分、味方と見て、いいんだよな?」

「父上に対する警告をしてきた事を思えば、敵ではない。しかし、見方とは思うな。アレは、不穏因子じゃ。だが、利用はさせてもらう」


 そういうテレスは、悪い顔をしていた。




 その後オレは、予定通り、ナーヤ達トンキ族の屋敷を訪れた。途中でちょっと迷子になったが、トンキ族の見張りの少女が声を掛けてくれて、たどり着くことができた。

 今日は、屋敷の外で、きゃっきゃとはしゃぐ、水着姿のトンキ族の少女達を拝むことができて、眼福である。彼女達は、体温が高いらしく、暑いので薄着になって過ごす事が多いのだとか。特に、今は屋敷にメスしかいないので、警戒心が薄いらしい。


「レイス。資料が、あった。白い、トンキ族の、話」

「だろ」


 オレは客室へと通され、ナーヤと話をしている。相変わらず、散らかり放題の客室だ。資料が散乱している。


「貴方の言っていた事が本当なら、対策が、必要。私は、人を食べたくないし、仲間が人を食べる姿も、見たくない」

「大丈夫。侵食者を呼ばせなければ、そうはならない。……ところで、タニャは大丈夫か?」

「平気とは、言えない。ずっと、思いつめた顔で、訓練している」


 何かしていないと、気が紛れないから、ずっとそんな事をしているのだろう。


「分かった。ちょっと行ってみるわ」

「私も、行こう」


 付いてくるというナーヤと一緒に、オレは庭先で剣を振るう、タニャの元を訪れた。そこでタニャは、木の模造剣で、模擬試合をしていた。見るに、かなり長い間そうしているのだろう。凄い量の汗である。


「てやぁ!」

「ま、参った……!」

「次、来てください!」


 試合に勝利したタニャが、そう言う。しかし、辺りの兵士には、戸惑いが生まれている。これ以上、タニャに試合をさせていいものか、心配からくる迷いが生じているのだ。


「タニャ。少し、休む」

「ナーヤ様……と、レイス、さん……」


 オレを呼び捨てにしようとしたタニャだが、ちゃんとさんを付けてくれた。オレ、タニャにちょっと嫌われてるっぽくて、心が痛む。


「早く、次の人、試合をお願いします!誰でもいいです!」


 タニャが辺りを見回して言うが、誰も名乗りではしなかった。


「お願い……!誰でもいいから、試合をしてください!」

「……オレがやろう」


 見かねてオレは、手を挙げた。


「レイス。怪我、してる。無理は、ダメ」

「平気だ。剣を、貸してくれ」


 傍にいたトンキ族の少女から木の剣を受け取ると、オレは袖をまくり、軽く振り回してウォーミングアップ。右腕はまだ治っていないので使えない。利き腕ではない左腕で、剣を構えてタニャを向く。


「オレが勝ったら、今日はもう休め」

「……良いんですか?木剣とはいえ、当たれば痛いですよ。特に、その怪我が、更に酷くなってしまうかもしれません」

「できるもんなら、やってみろよ。ただし、約束は守れ」

「いいですよ。その代わり、身の安全は、保障しません」

「了解。ナーヤ、合図を頼む」

「任された」


 オレは、タニャと適切な距離を取る。その間に、騒ぎを嗅ぎつけた、他のトンキ族の少女も集まってきて、いつしか見世物状態となっていた。少し、気が散る。特に、水着の少女達に、目が奪われそう。しかし、そんな煩悩を振り払い、オレは剣を構える。

 お互いに剣を構え、試合の準備が整うと、ナーヤが号令をかけた。


「試合開始!」


 試合の火蓋が、落とされた。


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