友達になろう
屋敷に来てから、3日が過ぎた。
まだ、怪我は全然治っていない。それでも、当初よりは大分動けるようになっている。そして、そうなったオレには、すべき事があった。
屋敷から馬を走らせて1時間程。道に迷いながらも、目的地周辺へとたどり着く。ここは、深い森の奥。ナーヤ達が滞在している屋敷のある森だ。
「……」
こうやって、一人で進んでいくと、不気味な森だ。なんか出そう。
テレスは、留守番させる事にした。屋敷を留守にするのは、ちょっと怖い。オレとテレス、二人ともいない間に何かがあったら、対処できる物がいなくなってしまう。というわけで、置いてきた。
そんな事を思いながら、屋敷に辿りつく。相変わらずの、幽霊屋敷っぷりだ。塀は壊れて、草は生え放題に、壁に多い茂る蔦。辺りに、人の気配はない。屋敷そのものも、誰かがいる気配が全く感じられないので、幽霊屋敷っぷりに拍車がかかっている。
馬から下りて、屋敷の扉をノックしてみる。反応は、ない。無視か?留守か?それとも、まだここにはいないのか?
疑問に思いながらも、更に激しくノックをしてみる。やはり、反応は、ない。
「いるのは分かってる。出てきなさい。出てこないと、アレだ。……アレするぞー」
扉を開けようとしてみるが、鍵がかかっていて開かない。
「……ナーヤ。話がある。開けてくれ」
そう、声を掛けた瞬間だった。背後に、人が降ってきた。深めのフードで頭を隠しているが、間違いなくそれは、トンキ族の少女だ。同時に、扉が開かれると、同じようにフードを被ったトンキ族の少女に、剣を突きつけられ、オレは手を上げて降伏の意を示す。
「何者だ。何故、ナーヤ様を知っている」
「い、色々と、訳アリでな。とりあえず、ナーヤに会わせてくれないか」
「断る。武器を、こちらへよこせ」
オレの刀が、背後のトンキ族の少女に取り外され、没収されてしまった。他にも武器がないかと、体中をまさぐられるが、何も出てこない。その際、傷が痛むので、もう少し丁寧にやってもらいたいものである。
「随分と、大きな怪我を負っているようだが、怪我人が何の用だ」
「言っただろ。ナーヤに、話があるんだ」
「どこで、ナーヤ様の事を知った」
「……」
ノーコメントをさせてもらうと、膝裏を蹴り飛ばされ、膝を地面につけされられた上に、左手を捩じ上げられた。折れていない方の手を選択してくれた優しさに、オレは心の中で感謝の意を表したよ。
でも、痛いもんは痛い。
「い、いてぇよ、もうちょっと優しくしてくれ!」
「黙れ!」
「怪しい奴。もしや、どこぞの国のスパイかもしれん」
「どこの国が、こんな怪我人のスパイを送り込むんだよ」
「黙っていろと言った!」
「っ……!」
更にキツク腕を締め上げられ、オレは痛みに見舞われる事になる。
「どこで、ナーヤ様の事を聞いた!言わないと、こちらの腕もへし折るぞ!」
「ナーヤ!出て来い!オレは、お前と話をしに来た!」
「この……!」
「ぐっ……!?」
「待って」
あと、もう少しで、本当に折れるんじゃないかと思ったところで、その声が、彼女達を止めてくれた。
彼女は、屋敷の中から、ゆったりとした歩みで現れた。そんな彼女もまた、フードを深く被っていて顔を隠しているが、それは、間違いなくナーヤである。その姿を見て、顔がニヤけてしまう。
「私が、ナーヤ。貴方の、目的を聞こう」
「それはいいけど、手だけでも、離してくれないか……」
オレの訴えに、ナーヤが頷いた。すると、ようやくオレの腕は開放され、痛みから解き放たれた。
しかし、オレに突きつけられた剣だけは、下げられない。正面からも、背後からも、いつでも刺し殺される位置に、剣がある。
「これで、いい?」
「ああ、助かった。まず、先に名乗っておくと、オレの名前は、レイス」
「……」
ナーヤの反応は、ない。やはり、例に漏れず、忘れられている。
「あんたに、大切な話があってきた」
「聞こう」
「リリード氏を、知っているな?」
「勿論」
「あんたは、リリード氏に、なんと言われてこの地へやってきた」
「交流の、ため」
「それは、嘘だ。リリード氏は、何か恐ろしい企みを隠している。それを、オレは伝えに来た」
「リリード様は、信頼に足る。身元も分からない、貴方を信用するのは、不可能」
そりゃ、そうだ。しかし今のオレには、未来から来たと証明するための、道具がない。七の霊剣は、持ち歩いていなかったので、ここには持って来れなかったからな。
「……信じてもらえないというのは、覚なる上だ。その上で、ナーヤにはこの事を、伝えたかった。だが、絶対に、リリード氏には悟られるな。悟られれば、恐ろしい事がおこる」
「分かった。頭には、入れておく。他言もしない。だから貴方も、私達の事を、言いふらさない。約束」
「約束する」
ナーヤの合図で、オレを囲んでいたトンキ族の少女が、剣を下げた。そして、刀を返してもらう。
「用は、終わり?」
「終わり……あ、そうだ。ついでに、もう一つ。レーニャという名前の、トンキ族の少女を知ってるか?」
オレの発言に、空気が変わった。風がざわつき、殺気が溢れ出る。主な出所は、ナーヤだ。しかし、それだけではない。オレに、先ほどまで剣を向けていたトンキ族の少女達も、明らかに様子が変わる。
「その名を、どこで知った。レイス!」
どうやらオレは、地雷を踏んでしまったらしい。
所変わって、オレは屋敷の中に通され、とある一室のイスに座らされている。この部屋には、窓がないので、昼間だというのに薄暗い。
そんな部屋で、オレは十人程のトンキ族の少女に、囲まれている。その中には、ナーヤも含まれる。
「失礼します!」
そこへ、もう一人増えた。背の高い、トンキ族の少女。皆が皆で、顔を隠しているが、彼女はその大きな身長のせいで、ナーヤよりも分かりやすい。タニャである。
「来た。タニャ。この人間が、レーニャの名を口にした」
「っ……!」
「今から、レーニャの情報を聞くところ」
「レーニャは、どこですか!答えて下さい!」
タニャは、突然オレの胸倉を掴み、詰め寄ってきた。
ちなみにオレは、イスに縛り付けられているので、抵抗ができない。
「落ち着いて、タニャ」
そんなタニャを引き剥がしたのは、ナーヤだ。デカブツのタニャを、片手で拾い上げ、ポイッと投げ捨てる。
「教えて、レイス。レーニャの名前を、どこで知ったの」
「……これから話すのは、けっこうショッキングな内容だ。自制ができないやつは、部屋から出てくれ」
「そんな事いいから、早く話してください!」
タニャがオレに、再び飛び掛ってこようとしてのを、周りの少女達が腕を掴み、止めさせた。
「分かった。話は、私が、一人で聞く。皆は、出ていて」
ナーヤの指示に、おとなしく従うトンキ族の少女達。部屋には、イスに縛られたオレと、ナーヤの二人きりとなる。
「話して」
「まず、オレが見たレーニャは……死んでいた」
「……」
ナーヤは、オレの言葉に、深く息を吐いた。ショックは、隠しきれないようである。
「続けて」
「酷い、拷問の後だった。顔が潰されてて、たぶん、知っている者が見ても、それが誰なのか分からない。ただ、名前を腕に彫られていて、それがレーニャと書かれていた。分かる事といえば、頭にはえたネコミミから、トンキ族の少女という事くらいだ」
「それは、どこ!」
ついに、ナーヤも感情を抑えきれず、怒鳴りつけてきた。その際に、フードがはだけ、その顔が露になる。金髪に、青いラインの入った、艶やかな髪。頭に生えた、大き目の耳は、まさにナーヤの姿だ。
「今話したのは、少し先の、未来の話だ」
「……どういう、事?私をからかった?」
「違う。だが、そうなる事を、オレは知っている。今ならまだ、レーニャは助かる。助けられる」
あの拷問死体の跡から言って、殺されてから日は浅いはず。となれば、今はまだ、レーニャは生きていると予想はできる。
「ハッキリと、言って。貴方の言葉は、理解に苦しむ」
「いいか、よく聞け。オレは、未来からやってきた。その世界で、レーニャを見たんだ」
「……出鱈目。レーニャの居場所を知っているのなら、今すぐ教えて」
「ダメだ。オレの話を聞いてくれ。じゃないと、レーニャどころじゃない。皆、死ぬことになる」
次の瞬間、オレはイスごと床に倒され、ナーヤに馬乗りにされた。そして、短剣を眼前に突きつけられ、その金色の瞳で睨まれた。薄暗い部屋で、その瞳は怪しげに光を放っている。
「教えて」
「オレはな、ナーヤ。皆を、守るためにきた。ここでお前が動けば、トンキ族の皆の身も危なくなる。逃げればいいだけの話かもしれないが、そうすれば結果は皆死ぬ。そうならないために、オレは未来から来た」
「いいから、教えて!」
「お前が、優しくて仲間思いなのは、知っている。タニャも、とてもいい娘だし、ルゥラも、一生懸命で頑張りやで、凄く仲間思いのいい娘だ。他の娘も、皆気さくでいいやつで、話しやすくて、いいヤツばっかりで、だから、あんな風な最後にはさせたくない。だから、オレは戻ってきたんだ」
白くなって、襲い掛かってくるトンキ族の少女達。それを、ナーヤは悲しげな目をして、殺した。そんな光景は、もう見たくない。
「ナーヤ」
「何」
「オレと、友達になろう」
「何、を……」
「前は、お前からそう言ってくれたから、今回はオレからだ」
正確に言えば、そう言っていたと、ティアから聞いただけだけど。
まずは、そこから始める必要があると思った。オレとナーヤには、前のような信頼関係がない。それがなければ、何も始まらない。
「……ダメ。私は、レーニャを助ける。だから、強引にでも、レイスから情報を引き出さないといけない」
「オレも、なるべく急ぐ。だから今は、我慢してくれ」
「ダメといったら──ふん?」
突然、険しかったナーヤの目が、柔らかくなった。何かと思えば、オレの身体の臭いをかぎ始める。
「な、何してんの」
オレの問いかけも無視し、ナーヤはオレの胸に顔をうずめ、思いっきり鼻で息を吸い込んできた。
「いい、匂い……」
それは、こちらも同じだ。女の子特有の、いい香りが鼻につく。
ナーヤは、しばらくそうして、オレの胸に顔をうずめ、匂いを堪能した。
「はっ!」
ようやく正気に戻ったナーヤが、勢い良く顔を上げる。
そのナーヤと、目が合う。ナーヤの顔が、赤く染まっていくのが分かった。オレは、そんなナーヤに、とっておきのスマイルを返す。
顎を、殴られました。




