はやる気持ち
「ティアに、目が覚めたと聞いて、訪ねに来た。私の名は、セレス・リム・キスフレア。テレスの姉である」
銀髪のロングヘアーをなびかせ、胸を張って名乗る少女。その顔は、恐ろしく整った造形品のようで、キリっとした目は、切れ長で鋭い。可愛らしいドレスの上から、銀色の鎧を着こなすその姿は、少女が背伸びをして、騎士を真似ているかのような愛らしさも感じさせる。
その彼女は、間違いなく、セレスだ。オレの記憶の中のセレスよりも、若干目つきが悪いきがする。しかし、セレスはセレスである。
セレスと再び邂逅できた事により、オレの心は、喜びに満ち溢れた。
「父上が不在なので、代わりにお礼を言いにきた。この度は、私の妹を助けていただいたこと、真に感謝する」
「……」
当然、セレスもオレの事は覚えていないようだ。もしかしたらと期待をしたが、一緒に過ごした時間の記憶は、彼女にはない。
「貴殿の名前を尋ねても、良いだろうか」
「レイス」
「よろしく頼む、レイス」
「ああ、よろしく。セレス」
「む……」
呼び捨てで呼び返すと、セレスの眉が、わずかに動いた。何か言われるかと思ったが、それはない。
「あのね、お姉ちゃん。お兄ちゃんは、凄く強いんだよ!悪者を、いーっぱいやっつけて、私を助けてくれたの!」
「それはもう、何度も聞いた。それよりテレス、お兄ちゃんと言うのは、よせ。私達には、本当の兄上が、いるのだぞ」
「はーい。でも、お兄ちゃんは、お兄ちゃんだよ。きゃはっ」
「まったく……」
まるで、手のかかる妹を持った、姉のようだ。
やはり、どこか、オレの記憶の中のセレスとは違う。本当のセレスならきっと、こんなシーンなら、優しく笑って見過ごすはずだ。頭を抱えて、眉をひそめるような事を、するような奴じゃない。
「いいか、テレス。お前も、一応キスフレア家の娘なのだ。他人の異性のベッドに、軽々しく上がり込むような事は、してはいけない」
「んふー」
そんなセレスの言葉を、テレスは笑って返すだけで、ベッドからは全く降りようとしなかった。
「いいから、おとなしく、降りなさい」
「ていっ」
セレスが我慢できず、テレスへと手を伸ばす。逆に、テレスはその手を引っ張って、セレスはバランスを崩し、オレの上へとダイブしてきた。
「ぐぼっ!?」
セレスが倒れ込んできたのは、オレの腹の上だった。多数の怪我をしているそこに、セレス程の体重の女の子が倒れると、どうなるか。答え。すっごい痛い。その痛みは、先ほどのテレスの一撃も超える。
「す、すまない!大丈夫、か──」
慌てて体を起こすセレスの顔が、目の前に来た。あまりにも近すぎる距離に、セレスは固まってしまう。
「あ、わわわわわ!わー!」
セレスに、顎を、殴られました。
「すまない!」
反射的にやってしまった事のようで、セレスはすぐに謝罪をして、オレの上から退いてくれた。しかし、顎が痛いし、身体も痛い。痛みに痛みが重なって、増幅していく。
「テレス!」
「ごめんなさーい」
「いや、大丈夫……」
「ほ、本当にすまない……」
しょんぼりとするセレスは、可愛らしい。年相応の女の子のような反応に、今までのセレスにないような、新たな魅力を発見した。
まぁ、普通の女の子は、いきなり顔面を殴ったりはしないけど。
「お兄ちゃん、痛そう。大丈夫?」
そう言って、テレスは顎をさすってきてくれる。嬉しいんだけど……中身がじいさんと考えると、やっぱり複雑だ。
「だから、テレス。異性に、軽々しく触れるような行為はよすんだ」
「お兄ちゃんは、お兄ちゃんだから、大丈夫よ。ねー?」
「お兄ちゃんと言うのは──」
「いーの!……お姉ちゃんだって、お兄ちゃんとくっついたくせに」
「あ、あれは、テレスが引っ張るから!」
「それ以上何か言うなら、父上に、お姉ちゃんがお兄ちゃんと、ちゅーしてたって言っちゃうから!」
「んなっ!?してないぞ!?」
「ふーん」
「ぐぐ」
何故か、セレスはオレを睨みつけてきた。その顔は、赤く染まっている。先ほどの、超接近事件を思い出す。良い匂い、したな……。
思い出すと、こっちまで恥ずかしくなってくる。
「し、失礼する!」
セレスは、逃げるように部屋を出て行った。
「かっはっは。どうじゃ、お兄ちゃん。今の、お姉ちゃんと話した感想は」
「……初々しいな」
「そうじゃろう。お姉ちゃんは、男が苦手な初心な娘じゃ。どんなに男に迫られようと、睨み返すか、しつこく迫ればすぐに剣を抜く。自ら男に媚びる事など、もってのほか。しかし、なんというか、先ほどのお姉ちゃんの反応は、それとは全く違う。どういう事か、分かるか?」
「……どういう事だ?」
「鈍いのう。お兄ちゃんは、お姉ちゃんの好みの男だと言う事だ」
セレスが、オレの事を……。
どうしよう、すげぇ嬉しいんですけど。心の中が、お祭り状態になる。裸のオレが、何人も歌い踊り狂い始めた。こうなりゃもう止まらない。徹夜で踊り続ける勢いだ。
「嘘じゃ」
「……」
オレの心の中のオレ達が、皆、血を吐き死んだ。
オレは、思いっきり、テレスを睨みつける。コイツ、オレの心を弄んで、遊んでいやがる。いっぺん、折檻してやらないといけない。
「そう睨むな。お姉ちゃんは、普通はあれくらいで取り乱したりはしない。しかし、取り乱した。この世界は、リバイズドアレータによって、わしらが戻ってきたように見えるが、それは間違いじゃ。お兄ちゃんと、わしの記憶以外の全てが作り変えられて、当時の時間に戻ってきておるように見えているだけ。お姉ちゃんの記憶も、当時の物に作りかえられておるのだが、魂が覚えておるのじゃ」
「……つまり、セレスはオレの事を、覚えてるけど覚えてない?言ってて意味が分からないが」
「まぁそういう事じゃ。そして、魂に記憶が刻まれておるのなら、記憶を蘇らせる事は可能やもしれん」
「記憶を戻せるのか!?いつつ……」
つい大きな声を出してしまい、傷に響いた。
しかし、痛みなどどうでもいい。それよりも、テレスの言った、記憶が戻せるという言葉だ。
「やるだけ、やってみるつもりじゃ。今のお姉ちゃんでは、あまり使い物にならんからのう。戻ってもらわなければ、困る。そのために必要な物を、父上に手配させておる所じゃ。しばし、待っておれ」
「ああ……頼む」
セレスやティアと過ごした記憶は、オレにとっては宝だ。宝は、皆で共有しないといけない。ダンジョンに潜ったとき、宝を見つけた隊長の言葉だ。自分一人でそんな宝を持っていても、むなしいだけだからな。
「それから、先の話をしておいたほうが良いのう」
「ああ」
「とりあえず、父上には、まだ何もするな。下手にしかければ、時期が早まるやもしれぬ」
「だけど、早くしないと、あの施設にはトンキ族が捕まっているんだぞ。……できれば、助けてやりたい」
「あせるな。あせれば、前と同じ事になる。今、何よりも優先すべきは、ナーヤ達との接触じゃ」
だが、オレの気持ちは、はやってしまう。あの、拷問されたトンキ族の少女や、オス達の死体を思い出す。思い出してしまう。一刻も早く彼らを助けてやらないと、ああなる。もしかしたら、もう……。そう思うと、行動せずにはいられないのだ。
「セレスも、こういう気持ちだったんだな……」
ふと、そう思った。こんな、はやる気持ちがあるからこそ、セレスはリリード氏に、獣人に戦争を吹っかけようとさせたり、無茶な行動に出た。オレまでそうなっては、本当に同じ道を辿りかねない。
「今は、父上には何もしない。それを前提にし、ナーヤ達との接触を図る。そのためには、お兄ちゃんには早く傷を治してもらわねばならん」
「治してほしいなら、右腕に抱きついたりするの、やめてもらえないかな?」
「善処しよう。かっはっは」
そう笑い飛ばすテレスに、オレは不安を覚える。
「あとは、そうじゃのう……とりあえず、鏡を見てくれ」
そう言い、テレスはオレに、鏡を向けてきた。そこに映るのは、全身包帯だらけで、ベッドに寝ているオレ。
しかし、そのオレが、変だ。髪の毛が、黒に混じって白が目立つ。所々白髪混じりとなっており、まるで頭髪が初老のよう。
「なんだ、コレ」
頭を触ってみるが、カツラでもなんでもない。まさしく、オレの髪の毛である。
「お兄ちゃんの、グリムが崩壊しかけた影響じゃ。リバイズドアレータを使用した時のグリムは、大半がお兄ちゃんのグリムから放出された物じゃからな。お兄ちゃんのどこにそんなグリムがあったのかはさておいて……今のお兄ちゃんには、受け止め切れん量のグリムじゃったと言う訳だ。よって、グリムは膨れ上がり、破裂寸前までいった。死ななくてよかったのう」
「……オレには、過ぎた魔法だからな」
皮肉っぽく言うと、テレスは笑って続ける。
「これだけは、言っておく。もう、リバイズドアレータは使えん。使おうとすれば、お兄ちゃんのグリムが崩壊するだけじゃ」
「後はない。上等じゃねぇか。オレは、本番に強いタイプだ」
「泣いても笑っても、最後のチャンスを、絶対に無駄にするな。なんだったら、逃げても良いのだぞ」
「冗談言うな。逃げたら、戻ってきた意味がなくなる。改めて言うが、力を貸してくれ。破滅の賢者」
「かっはっはっはっは!良いだろう!やってみせようぞ、お兄ちゃん!」
テレスはそういって、オレに拳を突き出してきた。オレも拳を突き出し、互いのこぶしが軽く、こつんと当たる。
「未来を、変えるぞ」
「うむ!」
テレスは、美少女と、チンピラの混じった笑顔で、答えた。