表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/49

異変

 屋敷に訪れた獣人は、ナーヤも含めて5人ほどだ。庭ではセレスが鬼教官を始め、室内ではルゥラに対してオレ流の魔法の講義。テレスも、そんなつまらないであろうオレの講義を聞いて、おとなしくしている。そうして午前中は過ごして、午後はテレスの提案で、ピクニックに出かける事になった。

 場所は、近くの丘のてっぺん。オレとセレスが、リバイズドアレータを発動させ、最初に現れた場所だ。そこは風が強く吹きぬける場所で、風呼びの丘と呼ばれる場所らしい。

 風に飛ばされそうになったり、通りすがりの人にナーヤ達の姿を見られそうになって慌てたり、おやつをティアに取られたり、あまりの風の強さにめくれた、ルゥラのスカートと、楽しい思い出と、嬉しいハプニングの連続でしたとさ。

 そうして屋敷に戻ってきたのは、夕時だった。そして、もう遅いからという理由で、ナーヤ達のお泊りが決定する。それには、テレスが一際強く、喜んだ。

 しかしその夜、ある異変が、前触れもなく訪れた。


「リリード様が、帰ってきていません」


 それは、ティアからもたらされた情報だった。リリード氏は、基本的に夕飯は、絶対にセレスやテレスと共にする。それは、オレがこの屋敷に世話になる事になってから、日課の出来事だった。遅くなる日もあるにはあったが、しっかりと事前に連絡をしてくる徹底振りだ。その、リリード氏が、連絡もなく、夕飯時に帰ってこない。

 朝届いた、ウェルスの手紙が脳裏をよぎる。


 リリードに、気をつけろ──


 嫌な、予感がする。


「馬を用意しろ。私が、研究所を見てくる」

「まぁ待て。オレが行く」


 名乗り出たのは、セレスだ。そのセレスの頭に手を乗せて、オレが遮る。


「では、一緒に──」

「お前は、テレスの傍にいてやれ。別に、こだわる事じゃない。リリード氏は無事で、オレはただ様子を見にいくだけ。だろ?」

「うむ……」

「では、私も同伴します。ご主人様だけですと、道に迷って迷子になり、二度と家に帰って来れなくなる可能性もありますので」

「人の事を迷子キャラにするな」


 しかし、昼間と夜とでは道の見え方が違うので、馴れている人が一緒なのは心強い。ここは、ティアの申し出に甘えておこう。

 玄関先に、メイドさん達が馬を用意してくれたので、それにティアとそれぞれ跨って、出発の準備は整った。


「何もないとは思うが、十分に、気をつけろ」

「分かってる。そっちも、一応気をつけとけ」

「うん」


 そう答え、セレスは優しく微笑んだ。


「夜道は、危ない。から、気をつけて、レイス。本当は、夜目のきく、私が行くべきなのだろうけど……」


 さすがに、あの研究所にナーヤ達トンキ族を連れて行く訳にはいかない。正体がバレでもしたら、騒ぎになって面倒な事この上ない事になるのが、目に見えている。


「大丈夫、まったく問題ない。悪いな、せっかくのお泊りで、騒ぎになっちまって。留守番、よろしくな」


 ナーヤは、頷いて応えた。


「お兄ちゃん。気をつけてね」


 最後に、テレスがそう声を掛けてくれる。その様子が、いつもの明るいテレスではなかった。真剣に、真っ直ぐと目を見て、声を掛けられる。


「ありがとな、テレス」


 オレはそう答えて、ティアと共に屋敷を後にした。

 夜道を、馬を飛ばすのは正直に言って怖かった。街灯がある訳でもないし、目の前に広がるのは真っ暗闇。頼りはランプだが、それほど先まで照らせる訳ではない。しかし、ティアには迷いがない。馴れた道だからというのもあるのだろうが、ついていくのが大変なくらい、飛ばしていく。

 しばらくすると、ティアが道の真ん中で止まった。まだ、現場にはついていない。


「どうした?」

「明かりが、見えません。研究所は、あちらの方向にあるはずなのですが」


 ティアが指差す方向には、暗闇があるだけ。今日は月明かりも少なく、何も見えてこない。


「明かりがないと、おかしいのか?」

「研究所は、24時間警備されています。夜には周辺に明かりがたかれ、夜襲に備えるのです。なので、明かりのない状況は、おかしいと言えるかと」

「……急ごう」


 再び馬を走らせ、リリード氏の研究所へと向かう。その足は、不安からか、先ほどよりも早くなっていた。

 しばらく走り、研究所についてから、異変にはすぐに気がついた。兵士が、地面に倒れている。馬から下りて駆け寄ると、死んでいた。しかし、出血などの様子は伺えない。ティアと手分けして生きている兵士を探したが、全員同じように死んでいた。

 心臓が、高鳴る。嫌な予感が、現実になってしまった。ここがこんな様子なら、リリード氏は、どうなってしまった。


「ご主人様。一滴の血も流さず、人の命を奪う魔法は、ありますか?」


 こんな状況、普通の女の子ならもっと、怖がるだろう。なのにティアは、至って冷静だ。死体を平気で触るし、思考も止まっていない。


「……あるが、この規模は考えられない」

「中を、見てみましょう」

「ああ。だけど、犯人がいるかもしれない。気をつけて進むぞ」

「はい」


 建物の中も、外と同じだった。皆血を流さず、ただ絶命している。生きている人の気配も感じず、不気味に静まり返り、暗闇に包まれている。その死体の数は、山のようになる。さすがに、気分を害するような光景だ。

 そこで、前にこの建物にきたときの、違和感が消えている事に気がついた。前は建物を巡っていたグリムの流れが、まったくないのだ。


「……ご主人様」


 探索を開始してしばらくすると、先導するティアが止まり、手に持ったランプで壁を照らした。すると、見えてきたのは、大きな穴だった。何か、巨大なものが、吹き飛ばしたような跡の穴は、10メートルはある。そして、その穴の奥には、地下へと続く階段が確認できた。


「……」


 喉を、ならす。その穴から流れ出る空気は、異様だ。穴ができた理由も気になるが、その空気の異様さのほうが、遥かに気になる。


「ティア。ここで待ってろ」

「無理はしないでください。顔が、引きつってますよ」

「……そういうお前は、いつも通りな」


 ティアと、お互いの顔をランプで照らしあい、そう言った。

 ティアの目は、相変わらずいつもの、ゴミを見るような目。そして、無表情。凄いメイドだよ。


「この先には、何があるんだ?」

「分かりません。この施設に地下がある事は、全く知りませんでした。壁が壊れていますが、恐らくここには隠し扉があり、地下の存在を隠していたのかもしれません」

「何にしても、見に行く必要がある」

「はい」


 だが、怖い。これほどまでの恐怖に囚われた事は、今までにない。足は思うように動かず、進む事が中々できない。


「二人で探索するというのは、どうでしょう」

「そりゃ、いいアイディアだ」


 ティアの提案に、オレは飛びついた。一人ではダメだが、二人なら行けるだろうと、思う。


「ご主人様は、怖がっているようなので、手を繋ぐサービスもついています」


 ティアがそう言って、オレの手を握ってきた。なんて良いサービスなんだ。その手を強く握り返し、ティアの体温を感じる。

 すると、気づくことがある。ティアの手は、震えていた。手の汗も、尋常ではない。いや、それはたぶん、オレもだけどね。つまりは、ティアも恐怖を感じているのだ。表情からは何も読み取れないが、ティアもやはり、女の子であり、人間だ。この異様な空気を感じ取り、オレと同じように恐怖を感じている。


「……行くぞ」


 二人同時に、穴の中の階段へと歩き出す。階段は、さほど長い物ではなかった。すぐに底へとたどり着き、広場へと出る。暗くて全容は見えないが、そこは、石の柱が並ぶ、地下とは思えないような空間だった。

 ここにも、至る所に死体。兵士ではなく、魔術師の格好をした者が目立つ。

 歩いていくと、囚人がいれられるような、檻が並ぶ場所に辿りついた。鍵がかけられていて、開く事はできない。ランプで中を照らすと、そこにいたのは、人ではなかった。


「トンキ族の、オス……!」


 ライオン型の、獣人。その体躯は、3メートルはあり、肉体は筋肉質。しかし、その太い両腕は鉄の拘束具によって拘束され、壁へと繋がれている。足には、鉄球に繋がった枷がはめられていて、身体には様々な傷が見える。そして、死因は分からないが、死んでいた。


「ここで、一体何が……」


 隣の檻にも、トンキ族のオス。その、隣も、同じ。いくつも、いくつもあり、皆拘束されていて、死んでいる。

 ティアの手を握る手が、力む。それに応えるかのように、ティアの手も強く握り返してきた。

 更に奥へと進むと、鉄の扉が左右に並ぶ、廊下に出た。扉にもカギがかけられているが、一つだけ、開く扉があり、それを開いて中を覗いてみる事にした。

 そこは、狭い部屋だ。石畳の、冷たい部屋。まず、鼻をつくような異臭に、出迎えられた。そして、明かりを照らすと、そこには、イスに座るトンキ族の少女がいた。ただし、死んでいる。

 その死体は、無残だった。両目にはデカイ針が何本も刺さっていて、両手両足はイスに釘うちされて固定され、全身に火傷の痕。口には自殺防止の猿轡をつけられていている。彼女は明らかに、激しい拷問をされた後で、死んでいる。


「あ、あぁ……あああぁぁぁ……」


 それを見て、ティアが頭をかかえ、座り込んでしまった。

 異変を感じて、オレはティアを抱きかかえ、すぐに部屋を出た。


「ティア。ティア!」

「ああぁ……」


 廊下にティアを下ろして、声を掛けるが、意味のある答えが返ってこない。頭をかかえ、いやいやをするように首を横に振るだけだ。その目は、瞳孔が開いている。

 ティアの母親は、拷問されて死んでいる。もしかしたら、同じように拷問をされた死体を見て、トラウマに襲われいるのかもしれない。


「ティア!」


 ティアの顔を両手で挟み、オレの眼前で固定させる。

 その、ゴミを見るような目を、じっと見返す。反応はないが、抵抗もない。ただただ、じっとその瞳を見返し続ける。

 どれくらいそうしていただろう。ふと、その瞳から、涙が溢れた。


「ごしゅじん、さま……」


 弱弱しい、ティアの声。オレを呼び、その瞳に、理性が戻ってくる。


「ああ」

「私は……私は……」

「何も言うな。でも今は、リリード氏を探さないといけない。オレは、探索を続けるが……」

「……」


 ティアが、オレの服の裾を、引っ張った。立ち上がると、フラフラとしながらも、ティアも立ち上がる。どうやら、ついてくる、という意思表示らしい。

 ティアを支えながら、オレ達は更に、奥へと進んでいく。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ