よく分からないメイド
「レイス。来て」
模擬戦が終わると、ナーヤに話しかけられた。ルゥラとの会話もそこそこに、ナーヤについていくと、連れてこられたのは、人気のない屋敷の裏側。不良のたまり場になりそうな場所につれてこられ、不安になってくる。
「で、何か用?」
「……ティアが、泣いていた」
「……」
「何か、知っている?」
「ティアと、話したのか……?」
「話してない。遠くから、見えた」
「そうか……どこにいた?」
「3階の、西側の廊下の、角。床に、寝ていた」
人んちまで来てもやるのな、アイツ。
あきれつつ、オレの足は自然と、そちらへと向いていた。
「ありがとな」
ナーヤにお礼をいって、その場所へと向かう。
そして、その場所にティアはいた。床に寝そべって、窓から差し込む太陽の光を浴びている。しかし、泣いてはいない。
「ティア」
「どうかしましたか、ご主人様」
半目をあけて、こちらを見てくるティア。非常に、眠たげである。
「……すまん。オレは、ティアのかーちゃんを助ける事はできない」
「先ほども、聞きました」
「でも、ティアは助けたい。絶対に」
「ご主人様の気持ちは、分かっています。私も今更、母を助けたいと、心底思った訳ではありません。アレは、たぶん、セレス様に対する、嫉妬です。私に出来ない事を、やってのけてしまった、セレス様に対する……。気づけば、言葉に出してしまっていました事です。忘れてください」
そう言いながら、起き上がるティア。相変わらず、ゴミを見るような目をしているが、その瞳がいつもより悲しげに見える。
「ティアには、感謝してる。ティアがいなければ、オレとセレスは、ナーヤ達を、勘違いしたままだったと思う」
「ご主人様。こちらへ」
よく分からないが、ティアに手招きをされて、そちらへ近づく。すると、手が届くところまで来た所で、突然手を引っ張られて、身体を抱き寄せられた。
突然の出来事に、抵抗も、何もできない。ただ身体に手を触れないように、手をあげているだけ。胸に、ティアの豊かな胸を押し付けられて、身体は密着状態。
「私は、大丈夫です。なので、どうか、ご主人様はセレス様を支えてあげてください」
その後は、いつも通りのティアだった。いつもの、ゴミを見るような目と、冷たく、素っ気無い感じの態度。本当に、よく分からないメイドである。
その日は、夕飯もご馳走になることになった。大勢が一緒に食べられる食堂には、トンキ族が集合し、皆が席についての大宴会だ。
「レイス様、こちらもお食べください。男の子なんですから、体力をつけないと」
「あ、ずるい!私も、あーん」
「何であーん!?それじゃあ、私も、あーんです!」
そう言って、左右に座るトンキ族の少女に、スプーンを差し出される。二人とも、ティアにも劣らない大きな胸である。そして、何故か水着のビキニ姿。聞けば、彼女達は体温が高くて、暑いから、そういう格好をしているらしい。食堂にいる半数程は、水着姿のトンキ族だ。
「随分と、もてるな、レイス」
正面に座るセレスの目が、怖い。今にも襲い掛かってきそうである。だから、という訳でもないが、オレはデレデレとせずに、毅然とした態度をとる。
「い、いい。自分で食べれるから。な」
「恥ずかしがらないでください、レイス様」
「ホント、可愛いですね」
「あまり、レイスを困らせるの、ダメ」
「げ。ナーヤ様」
見かねたナーヤが、止めに入ってくれた。そして、強制的な席替えで、オレの隣にはナーヤが座ることになる。
「ごめんなさい。トンキ族のオス、大きいから、レイスのようなオスは、可愛く見える。そういうオスが好きなトンキ族は、多い」
「可愛いとか、初めて言われたよ……」
でも、それだと、トンキ族の里に行ったら、オレ大人気?
とか思ったが、セレスに睨まれて、そんな思いは、何故か吹き飛んだ。
「それでな、凄いんだぞ、タニャは!さすがはトンキ族といったところで、凄い運動神経だ。おまけに、ガッツがある。あの子は強くなる。間違いない。今から楽しみだ」
トンキ族の屋敷からの帰りの馬車は、セレスのタニャ自慢話で持ちきりだった。
あんだけ毛嫌いしていたトンキ族を、えらく気に入ったようで。……と言いつつ、オレも彼女達とは何人かと仲良くなったので、人の事は言えない。
「その話、帰ったらリリード氏にでもしてやれ。たぶん、喜ぶぞ」
「う、うむ。検討は、しておく」
あ、これ絶対に話さなねぇな。
「しかし、ずっとこの話題というのは、正直耳が腐りそうですので、どうぞ少しお黙りください」
ティアが、ストレートに言いやがる。しかし、今はよく言ったという気持ちだ。
「くっ。わ、分かった」
ストレートに言われ、悔しげながらも、渋々と了解するセレス。
しばしの沈黙の後、再び始まるタニャ自慢。それを苦笑いしながら話に付き合ってやり、気づいたら家についていた。家に帰ると、テレスの不満げな顔に迎えられたのだが、それは省略しておく。
次の日は、ナーヤの方から屋敷に遊びに来てくれて、おかげでテレスの機嫌は直った。テレスはすぐにナーヤと仲良くなり、友達になる事ができた。
そうして、トンキ族への警戒が緩まっていく中で、不安要素もある。
「ウェルス様が、リリード様の職場に、毎日やってきているようです。目的は、分かりませんが、警戒しておいたほうが良いかと」
ティアの情報網に、そんな事が引っかかった。
目的は分からないが、不気味な事この上ない。何を企んでいるのか、確かめる必要がある。
という訳で、この日は社会化見学だ。見学場所は、リリード氏の職場。魔法の研究所らしいその施設で、ウェルスが何をしているのか、直接見てやろうという魂胆である。
テレスの機嫌が悪くなるのもイヤなので、テレスの学校が休みの日を選んだ。メンバーはそのテレスと、セレスにティアにオレ。いつもの4人だ。
リリード氏の職場は、小高い丘のふもとにある。馬車に揺られること、2時間という距離。馬を走らせれば1時間程らしいが、それにしても遠い。オレ達は馬車での移動を選択したので、2時間かかる。その間の馬車の中は、遠足気分。テレスが歌を歌ったりしてくれて、その時間は苦にはならなかった。
そうして現場につくが、そこは物々しい雰囲気だった。建物を囲む、壁。唯一の入り口には、検問が張られ、大勢の兵士が奥のほうで待機しているのが見える。そこはまるで、軍事施設。実際、魔法の研究をしている施設なので、そうなのかもしれない。
「止まれ!」
検問で、兵士がオレ達の乗る馬車を止める。止まると、数名の兵士が馬車を囲むという、徹底ぶりだ。
「リリード・ヴァン・キスフレア様のご息女が二人、リリード様に会いに来ました。通してもらえないでしょうか」
対応したのは、馬車の運転をしている、ティアだ。
「リリード様の、娘!?聞いてるか?」
「聞いていない。中を、確かめさせてくれ」
「どうぞ」
「……失礼します」
馬車の扉をノックして、扉を開き、兵士が顔を覗かせた。
「こんにちは!」
「ども」
「……」
テレスとオレが愛想よく挨拶するのに対して、セレスは腕を組み、静かに頷くという重鎮ぷり。
「し、失礼しました」
兵士の顔が、引っ込む。
「本物だ。通せ!道を開けろ!」
そんな声がして、再び馬車が進み始め、大きなレンガ積みの建物の前まで来て止まった。
しばらくは、その場で待たされる事になる。兵士が慌ててリリード氏を呼びにいっているようで、オレ達は馬車から降りて、ブラブラとしながら時間を潰す。
「きゃはっ」
オレ達を囲む兵士に、テレスは惜しみない笑顔を振りまくと、いかつい兵士達の顔はだらしなく緩む。さながら、アイドルのミニライブである。
「いや、待たせた!どうしたんだ、突然?」
「父上、おそーい」
「はは。ごめんよ、テレス」
ようやく現れたリリード氏に、テレスは駆け寄った。そのテレスを抱きかかえて、リリード氏は応える。
「リリード氏の職場が見たくて、来ました。見せてください」
「突然だなぁ。いいけどね、別に」
頭をかいて、困ったような顔をするリリード氏だが、快くそう言ってくれた。内心では、娘達が来てくれて嬉しいのかもしれない。
建物の中は、清潔な白い廊下が目立つ。本当に、研究所のようで、様々な魔術師が、実際に魔法を使っていたり、怪しげな粉を混ぜていたり、魔法陣が描かれた部屋で怪しげな呪文を唱えていたりする。正直に言って、オレには何をしているのかさっぱりわからん。
魔法を使っている魔術師も、コレといった魔法が発動している訳ではないので、ただグリムを消費しているだけにしか見えない。
「父上。ここでは一体、どのような研究を?」
と、切り出したのはセレス。
「主に、召喚術の成立だ。異世界から、魔物を呼び寄せて、使役するためのね」
「召喚術……」
セレスの目が、オレに向けられる。しかし、オレは召喚に関しては何も知識がない。何故なら、ゲームにはなかった要素だからだ。
「そんな事が、可能なんですか?」
「それが、可能かどうか確かめるための研究だ。まぁそれだけではなくて、ポーションの簡易生産型等の研究も、進めている。本当は、そっちが私の本業。それに加えて、古代魔法の研究をしているね」
ポーションといえば、ファンタジーゲームではオーソドックスな回復薬だ。多少の傷や、体力の減少を癒してくれる。この世界では、かなりの高級品に属するため、まずお目にかかる事はない。
「色々やってますね」
「始めたら、手をつけずにはいられなくてね。そのせいで施設の規模も膨らんでしまって、困ったもんだ」
リリード氏は、がははと笑い飛ばしてみせる。
と、そこで、テレスがおとなしい事に気がついた。
「テレス」
「なーに?お兄ちゃん!」
しかし、いつもの様子で、それは気のせいだったようだ。
「ところで、もの凄い量のグリムを感じるんですけど、何ですか、コレ」
グリムを感じるということは、魔法が使われているという事である。魔術師が大量にいるようなので、それとも思ったが、少し違う。
「驚いたな。レイス君は、魔術師だったのか?」
「ええ、まぁ少しだけ」
「グリムの篭められた、力の根源のような石から、グリムを抽出しているんだ。グリム炉と呼ばれるそれを使えば、大魔法すらも使用する事ができるんだ。凄いだろう」
確かに、凄い。しかし、何か違和感を感じる。コレは、現在進行形で、魔法が使われている気配だ。それも、かなり強い魔法である。ただ、それが何かは分からない。
「ところで、父上。実を言うと今日は、聞きたい事があって来ました」
「なんだい、改まって?怖いな?」
「兄上が、この施設に出入りしているというのは、本当ですか?」
「うん。本当だよ」
リリード氏は、あっけなく認めた。
「一体、何の用で?」
「あれでも、本国のエリートだからね。来ると言えば、断れない。ここは、国の施設だから。表向きは、視察。裏向きは、嫌がらせと言ったところだ。アレは無駄だから、やめろとか、コレは必要ないとか、勝手な事を言って、帰っていく。参ったもんだよ」
まさに、お役所だな。リリード氏は、心底参ったというように、落ち込んでみせる。
「私達がついていかないと答えたから、その腹いせでしょうか」
「そうだろうね」
困ったクソ兄貴である。自分の思い通りにいかないからといって、父親に嫌がらせとかするかね、普通。
「なんでしたら、私の方で遠まわしに、やめさせる事はできますが」
「いや、いいよ、ティア。コレも、親子のコミュニケーションの一環だと思って、諦める事にしてるから」
心の広い父ちゃんである。
そうして、何事もなく社会化見学は終わった。特に、何も得るものはなかったが、面白い施設ではあった。
しかし、ここに来てから、やはりテレスの様子が少しおかしい。元気がないというか、おとなしいというか……しかし、話しかければいつものテレスで。
そんなテレスの違和感をよそに、オレはこの施設にも強い違和感を感じていた。しかし、何が違和感を感じさせているのか、分からない。
ただ、その違和感から、凄く嫌な気がする。そういう場所だった。