トンキ族の少女達
ティアが、オレ達に何を見せたいのかは、屋敷を見て回って、よく分かった。彼女達は、何かもが普通だ。鍛錬している者も、遊んでいる者も、ゴロゴロとしている者も、凶暴な性格を隠しているようには見えない。
オレとセレスの、トンキ族に対する概念は、崩れていく。
「セレス。コレが、本当にあの、トンキ族だと思うか?」
「……思えない。思いたくもない。彼女達が、ああなるなど、あってはならないことだ」
オレも、同意だ。少なくとも、ナーヤは白い獣人と化す。他の者は、目で見たわけではないので分からないが、そうなる可能性は、ある。今は、それが怖くなっている。あの、可愛らしい女の子達が、真っ白に染まり、人を食うなど、想像もしたくない。
「あ、あの!いきなり、すみません!」
廊下で立ち話をしていたオレたちに、トンキ族の少女が話しかけてきた。
彼女は確か、リリード氏の屋敷で、オレ達と剣を交えたトンキ族の少女の一人だ。ボブカットで、目がくりくりとした少女。特徴的なのは、その身長。たぶん、オレよりも10センチは背が高い。頭一つ抜けた高さで、見下ろされる形となる。特に、セレスは山でも見上げる気分だろうよ。
だが、そんな小さなセレスの攻撃を、彼女は受け止めきれず、吹っ飛ばされて壁に打ち付けられている。
「何の用だ」
それが分かっているのか、セレスが彼女の前に立ちはだかり、威嚇するように見上げる。
「じ、自分は、タニャと言います。先日は、セレス様と剣を交えました」
「覚えている。それで、タニャ。何の用だ」
「セレス様の剣に、自分は感銘を受けました。ですので、できればですが、剣のご教授を願いたく、思います!」
「……私に、剣を教えろと言っているのか?」
「はい!」
セレスは、予想外の申し出に、オレに目を向けて指示をあおいでくる。
「イヤなら断って、イイなら見てやれ」
「う、うむ。……では、少しだけ見てやろう」
「ありがとうございます!」
腰を直角に曲げて、セレスにお礼。セレスも、剣を褒められて満更でもない様子だし、いいだろう。
「セレス様は、元々剣が上手な方ではありました」
話しながら廊下を歩いていく、セレスとタニャに、オレとティアも追って歩く。距離を少し開けて、ティアはボソリと呟くように言った。
「しかし、それほどの腕前はありません。少し強い兵士くらいの、腕前です。それが、あの時みせた剣は、ウェルス様を超えるような筋でした」
「……たぶん、セレスは、国が獣人に滅ぼされたあと、努力したんだ。獣人を殺すために、剣を鍛えて鍛えて、有名な騎士にまで成り上がった」
「やはり、本当に、未来から来たと、考えるべきですね。……だとすれば、私の母も救えるのでしょうか」
オレは、足を止めた。そうだ。そうなる。
誰にでも変えたい過去が、一つくらいはある。セレスには家族を救うチャンスが与えられ、ティアには与えられない。それは、不公平で、理不尽にも見える。
「冗談です、ご主人様。我侭を言って、申し訳ございません。忘れてください」
謝罪なんて、よしてくれ。オレは、ティアを傷つけた。何も考えずに暴走していたのは、セレスではなく、オレだ。
「……ごめんな、ティア。オレは、お前の母親を救ってやる事は、できない」
「……私は、大丈夫です。ご主人様は、セレス様を支えてあげてください」
ティアはそういって、オレの横をすり抜け、セレスとタニャとは逆方向に歩き出した。
「野暮用を、思い出しました。少しだけ、おいとまします」
顔を伺う事はできなかったが、ティアは、泣いている気がした。
自分が、情けなくなる。魔法を全部覚えておきながら、ろくな魔法を使うことができない。だから、隊長達を守れなかったし、下手に巻き込んで、ティアも傷つけた。
「レイス?どうした?」
先を歩いていたセレスが戻ってきて、心配そうに顔をうかがってきた。
「何でもない。ティアは、野暮用だとさ」
「そうか。まったく、ティアはいつも自由に行動して困った物だ」
「……」
「どうした?」
「何でもない。行こう」
オレは、葛藤を払拭するように、歩き出す。
今、オレがティアにしてやれる事は、何もない。だから、今は、セレスや、テレスに、ティアを、この国を守る事だけを、考える。
「一撃が甘すぎる!力を抜くところは抜いていいが、いつでも押し返せるようにしろ!それができていないから、私の剣に耐え切れずに飛ばされるのだ!」
「は、はい!」
「もっと腰をいれろ、何度言ったら分かるんだ!」
「はい!」
セレスの指導は、一言で言ってスパルタだった。指導で使っているのは、木でできた剣。当たれば、それなりに痛い。しかし、セレスは本番さながらにタニャと剣をあわせ、タニャは幾度か、セレスの剣を食らっている。加減はしてるけど、痛そうだ。ちなみに、タニャ以外のトンキ族の少女も、指導に参加している。既に、全員息も絶え絶え。その中で、息一つ切らせていないセレスは、恐ろしいよ。
「あ、あの……」
そんな、セレスの指導の様子を見ていたら、別のトンキ族の少女に話しかけられた。魔法の杖を持った、三つ編みの少女だ。いかにも、魔法使いっぽい、地味な外見をしている。
「よろしければ、魔法を教えて、いただけないでしょうか……」
上目遣いに、顔を真っ赤にして、恥ずかしげにそうお願いをされた。ネコミミの女の子に、だ。
「オレに?どうして?」
「は、はい。ナーヤ様が、レイス様は無詠唱で魔法を使うとおっしゃっていて、それで、是非とも、魔法のご教授を……」
うん。あんまり言いふらさないように、言っておこう。
「まずは、名前を聞いていいか。オレは、レイス。知ってるかもだけどな」
「ルゥラと、言います」
「ルゥラ、か」
正直、オレは魔法自体の知識には強いが、この世界の魔術師の知識は、薄い。ルゥラを通じて、魔術師の知識を多少なりとも得ておくことは、利益になるだろう。
「いいぜ、ルゥラ」
「あ、ありがと、ございますっ」
ぱぁっと明るくなる、ルゥラの表情に、こちらまで釣られて笑顔になる。
「セレス。ちょっと、この娘の魔法を見てくるから、少し席を外す」
「ん。分かった。お前達、まずは基礎能力を付けろ。腕立て伏せ100回だ!」
「ええぇー」
セレスの鬼教官っぷりをよそに、オレはルゥラについて、静かな場所へと移動した。
「さて。それじゃまず、ルゥラはどんな魔法が使えるんだ?」
「私が使えるのは、風魔法です」
「風以外は?」
「使えません。私のグリムの特性は、風にしか適応していないようです」
「ふむ」
魔法の属性が絞られるというのは、初めて聞いた。オレは、今まで散々色々な属性の魔法を使っているから、そういう発想がそもそもなかった。また、ゲームの中にもそういった設定はなかった。
「何か、問題があるでしょうか……?」
「いいや、全くない。それじゃあ、ルゥラが使える魔法の中で、最上級の物を教えてくれ」
「ヘルカイトイクスです」
「……」
ヘルカイトイクス……。ゲームの中で、レベルで言えば、大体50くらいで使える魔法だったかな。オレが使える魔法は、ゲーム換算で大体レベル30ほどの魔法なので、彼女、オレより上です。教える事、なくね?
「け、けっこうイイ魔法が使えるな。それで、何を教わりたいんだ?」
「はい。魔術師の、戦闘時の動きなのですが、難しく、足を引っ張る機会が多くて、どうしたらいいのか……」
なるほど。なら、オレでも教えられる。何せ、オレはゲームじゃ最強の魔術師だったからな。基本ソロだったけど、倒してきたプレイヤーパーティの動きは、つぶさに観察してきた実績がある。
攻撃的な魔術師は、攻撃の要になる。ただ、大きな魔法は詠唱時間が長く、隙が大きい。なので、周りの支援は不可欠だ。パーティにおいて、どの魔法を、どのタイミングで使用するかは、ほとんど魔術師に任される。いちいち指示を出していたら、どの魔法を唱えているのか、バレてしまうからだ。
「ルゥラを守って!私が前に出て、援護する!」
「了解!」
ルゥラに、1時間程の、オレの講義を受けさせてから、暇そうなトンキ族の少女達に頼んで、6対6の模擬戦を開いてもらった。ルゥラのパーティの相手は、前衛が6名。一方でルゥラのパーティは、前衛が5人に、魔術師が1名。ルゥラの護衛は二人だったが、前衛が苦戦を強いられたことで、一人にし、前衛同士でぶつかり合っている所だ。
そこで、ルゥラが魔法の詠唱を開始する。当然、相手のパーティもそれに気づき、素早く隊を二つにわけた。二人の兵士が、ルゥラに迫る。
「ルゥラがまずい!」
「でも、無理、こっちは手が離せない!」
ルゥラに襲い掛かった兵士の、一人は、護衛が抑える。しかし、それをよそに、もう一人の兵士がルゥラに襲い掛かる。
「もらった!」
「マグナウィンディ」
「っ!?」
そこで、ルゥラの詠唱が終わり、魔法が発動した。マグナウィンディは、風を巻き起こし、周囲の者を吹き飛ばす魔法だ。破壊力は少ないが、それにより、攻撃から身を守る事ができる。味方も含めてだが、ルゥラの周囲から兵士が風によって飛ばされ、遠のいた。
ルゥラが選択したのは、詠唱時間の短い、防御系の魔法。魔法を詠唱する事により、敵をおびきよせたのだ。
それによって、4対4で戦う前衛は互角の戦いを繰り広げられる。
「とった!」
その間に、ルゥラの側の兵士が、相手を一人倒した。それを見てすかさず、ルゥラは魔法の詠唱体勢に入る。
「させない!」
「ちょっと待ったぁ!」
ルゥラに向かおうとする兵士は、護衛役のメンバーが止めた。
数の上で下回った相手側は、それぞれ1対1での戦闘となって、ルゥラに近づこうにも、近づけない。
「よし!」
「くっ……」
そんな中で、力負けをしたルゥラのメンバーが、倒れる。一人やられて、手のあいた相手が一人、ルゥラに迫る。
「だりゃあ!」
「ヘルカイトイクス!」
詠唱の完了したルゥラと、兵士の攻撃は、ほぼ同時だった。相手の木剣は、ルゥラの首元で寸止め。ルゥラの魔法も、発動はしない。さすがに、こんな所で発動したら相手の命が危ないので、詠唱を完了させただけだ。結果は、同士討ちと言った所だ。
「そこまで。お疲れさん」
オレの掛け声で、模擬戦が終了した。
「惜しかったな、ルゥラ」
「はい……ごめんなさい、師匠」
師匠。ルゥラは、オレの事をそう呼ぶようになっていた。悪くない響きではあるが、オレよりも上位の魔法を使える少女にそう呼ばれるのは、複雑な気分である。
「でも、良かったわよ、ルゥラ!まさか、あそこでマグナウィンディを選択したなんて、思わなかったもの」
「そうそう。私も、てっきりヘルカイトイクスを唱えてると思って、慌てたわ」
何も、大きな魔法をぶっ放し、敵を倒すだけが、魔術師の仕事じゃない。小さな魔法でも、詠唱している魔術師は、相手にとって脅威である。だから、小さな魔法で敵をおびき寄せるという、初歩的な戦法を、ルゥラには教えた。他にも色々と仕込んだが、今回役にたったのは、それだな。