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白い獣人の話

 その屋敷は、深い森の奥にあった。何が出てもおかしくないような深い森を抜けた先に、急に木々の開けた場所がある。その広場に、周りの木々と同じくらいの高さの屋敷がそびえ立っている。その屋敷もまた、何が出てもおかしくないような、幽霊屋敷っぷりの外観だ。壁にはツタが張り付いていて、屋敷を囲う壁は、ちょくちょく崩れているので、機能していない。


「ここに、トンキ族がいるんだな……?」

「はい」


 覚悟は、できている。いつでも戦闘できるように、腰につけた刀に、ついつい手が行っていまい、離れない。

 しかし、そんなオレの覚悟は、屋敷の敷地内に入ったところで、砕かれる事になる。


「ボール、そっち行ったよー!」

「はーい!」

「ナイスキャッチぃ!」

「あはは!すごーい、今のとっちゃった!」


 庭先でボールを使って遊ぶ、少女達。一見すると、長閑でどこにでもあるような風景で、微笑ましくなるようなシーンである。しかし、彼女達は一様に、獣の耳と、尻尾を生やしている。つまり、トンキ族のメスを意味する。


「……普通、だな」

「そうだな。だが、油断はするな」

「分かってる」


 そんな日常を少し見た所で、オレの中の、トンキ族の評価は変わらない。だが、そんなトンキ族から、オレは目を離せなかった。

 何故なら、彼女達はどういう訳か、水着姿だったからだ。紐水着のビキニのお姉さんや、背の小さなトンキ族の少女は、ワンピースタイプの水着を着て、遊んでいる。幽霊屋敷のような様相の建物に、ふさわしくない、楽園のような光景だ。


「ご主人様。馬車の中から、覗き見するような行為は、できればお一人でお楽しみください。しかし、自分が覗いている姿を、美人のメイドさんに見て欲しい癖があるのなら、一言おっしゃってからどうぞ」

「オレにそんな趣味はねぇよ……」


 本当はもっと見ていたかったが、ティアにそう言われて視線を逸らす。オレはただ、彼女達が急に襲ってこないか警戒するために、見ていただけなのに。酷い言われようだよ。


「つきましたー」


 馬車は、屋敷の前で止まった。そして、運転手がそう言うと、扉を開けてくれる。

 およそ、1時間程の馬車の旅だった。そこまで遠くはなかったが、馬車から降りると身体を伸ばし、軽くストレッチをすませておく。


「今、ナーヤ様を呼んでくるので、少々おまちくださいー」


 そういう運転手がフードを外すと、ネコミミが飛び出した。もふもふの茶髪は、本当に動物のようで、可愛らしく、愛嬌のある顔をしている。運転手は、トンキ族だったようだ。気づかずに色々話してしまったが、大丈夫だろうか。


「その必要は、ない」

「あー、ナーヤ様ー」

「出迎えご苦労、ネル。ゆっくり、休んで」

「はいー」


 屋敷の玄関から出てきたのは、金髪に、青いラインの入った少女。ナーヤだった。

 どうやら出迎えに来てくれたらしく、護衛も数人引き連れている。彼女達は、水着姿じゃない。


「よく来た。案内する。付いてきて」


 そういうナーヤに案内され、屋敷に上がらせてもらう。

 屋敷の中は、キレイだった。外観に騙されたが、中身はちゃんとしている。しかし、ここはもう彼女達の、屋敷。彼女達がその気になれば、オレ達に逃げ場はない。そういう場所だ。


「……」


 セレスなんて、彼女達以上に、獣のような目をして警戒している。セレスに尻尾があれば、逆立っているだろうよ。呻り声まで聞こえてきそうだ。


「貴方達は、外で待っていて。でも、お茶は持ってきて。昨日、街で買ったヤツ」

「はい……」


 一室の扉を開きながらの、ナーヤの命令。そのナーヤのその命令に、護衛のトンキ族の少女達は、ちょっと不満そう。だが、おとなしく命令に従い、動き出す。


「入って」


 ナーヤに続いて、その部屋に入る。

 一見すると、普通の応接室。だが、部屋の隅に山積みされている、本が気になる所。しかし、ナーヤは気にする素振りも見せず、ソファに腰かける。そんなナーヤに促されて、オレ達もソファに座った。

 先ほどナーヤが指示したお茶は、すぐに運ばれてきた。人数分のお茶が、机の上に並べられるが、手を付ける気分にはなれなかった。


「おお……」

「?」


 そのお茶を運んできた、生のネコミミメイドに、オレは思わず声を上げてしまった。

 分かっている。彼女達は可愛らしくとも、恐ろしいトンキ族。頭をすぐに切り替える。


「レイスに、聞いた。未来の、白いトンキ族の話」

「そう。それが、お前達の本性だ。単刀直入に聞くが、私達をここに呼び、どうするつもりだ」


 ナーヤは、お茶を口に運び、一呼吸置いてから話を続ける。


「気になって、手元にある分の資料を漁った。そして、一つだけ、あった。大昔の、白い獣人の話」

「昔、人間を食う獣人がいたってことか?」

「そう。資料によると、その獣人は、同種も食べた。人間も食べて、そして吐くを繰り返し、やがて餓死した。その白い獣人は、とても強かった。村人全員で倒そうとしたが、返り討ちにあったそう。あとで、死んだ白い獣人を調べたら、グリムが崩壊していて、崩壊したグリムのかわりに、おかしなグリムが埋め込まれていた、と記録にある」

「でたらめだ!崩壊したグリムのかわりなど、聞いた事がない!」


 オレは、グリムに関しては、この世界で生まれてからの知識しか持ち合わせていない。だから、黙っておく事にした。グリムの崩壊だとか、グリムの埋め込みとか、訳わかんないから。


「でも、あった。それが、貴方達の見た、未来のトンキ族と関係があるのかは、分からない。でも、話しておくべきだと、判断した」

「お前は、オレが未来から来たと、信じるのか?」

「半信半疑」


 ナーヤには、未来から来た証拠として、七の短剣を見せている。そのおかげで、ティアと同じか、それ以上に、オレの話を信じてくれているのかもしれない。


「……もしそれが本当なら、突然変異か何かで狂った獣人が、原因なのか?」

「レイス。崩壊したグリムの代わりなど、不可能だ。グリムが崩壊すれば、それは魂と肉体の死に繋がる。その、グリムの代わり等というものが本当に存在するなら、それは不死身と同等だ」

「……あ」


 不死身、という言葉を聞いて、思い出した事がある。

 オレは、ゲームをプレイしていた時は、ほぼソロだった。なので、その魔法の存在を、忘れていた。かける必要もなく、かけられる事もなかったその魔法は、大抵のゲームにはある魔法。


「カースドウォーム」


 それは、所謂復活魔法。自分のHPの一部を、死んで倒れてるプレイヤーに、分け与えられるという魔法だ。その魔法によって復活したプレイヤーは、しばらくはペナルティを受けて、行動は制限されるものの、その場で復活できる事は、大きなアドバンテージとなる。


「何だ?それは?」

「蘇生魔法。死者を生き返らせる魔法だ」

「死者、を……?」


 3名は、驚きを隠せない。やはり、この魔法の存在は知らないようだ。そもそも、この魔法の存在を知っていたら、セレスは家族を蘇らせようとするはずなので、リバイズドアレータではなく、カースドウォームを求めたはずだ。

 ちなみに、例にもれず、今のオレでは到底使える魔法ではない。勿論、ゲーム時代は使うことができたので、覚えてはいる状態。


「そんな、魔法が存在するのか……?」

「分からない。でも、あるかもしれない。オレ自身がその魔法を使える訳じゃないし、存在するという確証もない。ただ、ふとそんな魔法もあったなと、思い出しただけだ」


 ただ、この魔法をかけられたからといって、身体が白くなるとか、人間を食べるようになるとかいう効果はない。


「お前は、リバイズドアレータを使うほどの、大魔法使いだ。そのお前がそう言うのなら、本当にあるのかもしれないと、私は思う」

「リバイズドアレータ、とは、何?」

「過去へ、遡る魔法のようです。ご主人様は、それにより未来からやってきて、セレス様もそれに便乗して未来からやってきたとか」

「オレの力じゃない。発動した理由は、よく分からないんだ」


 多分、トリガーはあの、ナーヤに手渡された、歪な形の水晶石だ。アレが何をしたのかは分からないが、そのおかげで魔法が発動した。オレの力ではない。


「だけど貴方は、無詠唱で魔法を使っていた」


 覚えていたか……。どさくさに紛れていたので、忘れられているかと思ったが、やはり無詠唱での魔法使用は目立つ。


「私もアレは、初めて見ました。ご主人様は、相当なレベルの魔法使いかとお見受けします」


 ティアと、ナーヤまでもが、急に尊敬の眼差しをオレへと向けてくる。いや、まぁティアはいつも通りゴミを見るみたいな目だけどね。でも、なんか輝いてるように見える。


「今はそれより、白い獣人の話だ。その魔法が本当に存在するとしたら、白い獣人は、誰かが意図的に作れてしまうと言う事になる」

「そうなるな」

「……ナーヤ達を完全に信じた訳ではないが、これは留意すべき事だ」

「少し、信用してもらえた?」

「少しだけ、な。けどまだ、そういう事もあるかもしれない、という段階だ。もし、お前がオレ達を騙そうとしているなら、オレはお前を許さない」

「こちらの、台詞。未来から来た話、嘘だったら、レイス、殺す」


 目の、迫力が違うって、卑怯だよな。ナーヤが本気で睨みつけてくると、本当に殺されそうで気負けする。


「まぁまぁ。お友達になりたいのでしたら、そんな事を言ったらダメですよ」

「ぐぐ……」


 ティアの言葉に、ナーヤが呻る。え、今なんて言った?友達?


「言わない、約束」

「そうでしたっけ」


 とぼけるティアに、ナーヤは恨みの視線を向ける。

 しかし、ティアはお茶に口をつけて、そんなナーヤを意に介さない。


「どういう事だ。友達?」

「実を言うと、リリード様は、人間のお友達が欲しいと、ナーヤ様に相談されていたようで。セレス様を、お友達にと思ったようです」

「……そういえば、初めて会った時、面と向かって友達になってくれと言われたな」

「い、いい!この話は、おしまい」


 恥ずかしそうにして慌てるナーヤは、普通の女の子で、ちょっと可愛らしかった。

 そんなナーヤを、敵と決め付けて攻撃してしまった事に、少しだけ後悔をする。……いや、あの時は仕方ない。オレは、セレスも、それだけの事をされている。

 だから今は、本当に、ナーヤ達が本性を隠している訳ではないのか、見極める必要がある。

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