暴走
リリード氏は、毎朝自分の職場にでかけていく。この日もいつも通り出かけたと思ったが、いつの間にか屋敷に帰ってきていた。そんなリリード氏に呼び出されたのは、リリード氏の応接室。主に、客人を迎え入れるためのこの部屋は、オレに与えられてる部屋よりも更に広く、そして装飾も豪華だ。壁にはよく分からない、いたずら書きのような絵画が飾られてるし、天井にはきらびやかなシャンデリア。あと、これまたよく分からん奇妙な形のツボも、飾られてる。唯一わかるのは、ソファの上質さだ。ふかふかで、身体によく馴染んで座りやすい。
「すまんな、わざわざ呼び出して」
リリード氏は、オレ達の座っているソファと、対面して置かれたソファに座っている。リリード氏の服は、公務中の制服だ。襟の高い、青の上着に、胸には立派な勲章がいくつか飾られている。
オレの隣には、3人座っている。セレス。それに加えてテレスとティアだ。面白そうだからついてくるというティアに、それじゃあ自分もと、テレスも付いてきた。
「……なんか多いね」
「お気になさらず」
ティアが、そう言う。自分で言うか。主にも容赦のない、自由っぷりだ。
「いいけどね、別に。聞かれて困る話じゃないし」
「で、話とは?」
「うん。まずは、まだ謝っていないから、正式に謝罪させてくれ。すまない、レイス君。私の息子が、恩人である君に暴力を振るった事は、本当に遺憾だ。それに、セレスを連れていかせまいと、啖呵を切ったとか。重ね重ね、セレスを守ってくれてありがとう」
そう言って、頭を下げるリリード氏。別に、リリード氏がやった訳ではない。なので、謝罪は正直余分だと思った。しかし、育ての親たるものの義務としての謝罪として、ここは無下にはできない。
「別に、気にしてないんで、いいです」
「なんか、軽いね……」
「いや、ホントに気にしてないんで」
「本当に?謝罪として、慰謝料で500万レグを用意したんだけど──」
「いただきます」
即答した。
ちなみにレグとは、王国を初めとした、周辺国で用いられている、共通の通貨の事である。レグには紙幣と硬貨があって、一番高い5万レグ札から、1レグ硬貨まで、様々な種類の貨幣が日常的に使用されている。
「ちょっと、お待ちを」
リリード氏が机に置いた札束を、手にとろうとした時、それを止めたのはティアだった。
「このお金は、どこから?」
「収集した、税金だ」
ぐっと親指を立てるリリード氏に、ティアがブチ切れた。
税金を私的に流用とか、本気で犯罪的にヤバイ行動である。思い返せば、頭首をオレに譲ろうとしたり、この人ホントに、バカなんじゃないかと思ってしまう。
リリード氏は部屋の隅っこで正座させられ、ティアにクソミソに言われる。それこそ、精神的にキツイ言葉を、浴びせ続けられる。セレスは、テレスの耳を塞いで、そんなティアの言葉を聞こえないようにしているが、目は塞いでいない。そんな、メイドさんに正座させられている自分の父を見て、テレスは何を思うのだろうか。
……あ、なんかめっちゃ面白そうな物を見てる顔してる。
「……じゃあコレ、私の今月のお小遣いから、500レグ。感謝の気持ちで」
「ありがたく、頂戴します……」
ティアの説教が終わり、オレは疲労したリリード氏から、500レグ硬貨を受け取った。
500レグとは、子供のお小遣い程度の価値である。しかし、何故だろう。たったの500レグが、妙に重く感じる。
「大分、話が逸れましたが、父上は何の御用で、私達を呼んだのですか?」
「あ、うん。それなんだけど、セレスは、ここにいたいかい?」
「はい。私は、ここにいます」
セレスの答えは、迷いも戸惑いもなかった。
リリード氏の質問の意味は、この地を離れて、ウェルスについていかなくてもいいのか、という事だろう。リリード氏としては、娘を拘束する事なく、選ばせてやりたいのかもしれない。
「テレスは?」
「私はお姉ちゃんと、父上と一緒よ」
テレスもまた、同じだ。
「……ウェルスについていけば、不自由ない生活が待っているのは、本当だろう。ウェルスの首都での立場は、あの若さで不動の物となっている。大したものだ。それは誇らしい。でも、実際のところ、私は息子が怖い。あの男の、セレスとテレスに向けている目は、愛ではない。もっと別の、おぞましい何かだ」
「父上の考えは、正しいです。あの男にテレスを渡すなど、おぞましいの言葉につきます。なので、どうぞご心配なく。私とテレスは、今しばらく、父上と共にいます」
「……そっか。よかった」
心底安心したように笑うリリード氏は、半泣きだ。そして、声は震えている。
「あ、そうだ」
リリード氏は一瞬にして元の調子に戻り、何かを思い出したように、切り出した。
「セレス。お前が何故、獣人を嫌うのかは分からない。私は、獣人との国交は、この先の人間社会にとって、必要になってくると考えている。だからどうか、セレスにも考えを改めてもらいたい。と、いう訳で──」
リリード氏の言葉は、扉をノックする音に、遮られた。続きが気になる所だが、リリード氏はすぐに返事をして、中へと招いてしまう。
「入ってくれ」
部屋に入ってきた人物に、目を見開いた。驚愕するよりも先に、身体が動く。ソファから立ち上がり、自然と武器を抜き、身構える。怪我が痛むが、構うものか。全身から送られてくる危険信号に、オレの防衛本能は総動員で、立ち向かおうとする。
それは、セレスも同じだった。恐らく、考えている事と、感じている事は、オレと一緒。同じように立ち上がり、オレと並んで武器を構える。
そんな、オレ達の動きに、相手も反応する。件の人物を取り囲むかのように陣形を取り、即座に武器を構えた。
「コレは、どういう事か、説明を求める」
オレの脳裏に焼きついた、優しい笑顔を見せた人物が、不機嫌そうに問うた。
「そ、双方落ち着いてくれ!セレス、武器をしまいなさい。レイス君もだ」
どうにか、場をおちつかせようとするリリード氏だが、オレとセレスはそうは行かない。何故なら、部屋に入ってきたのは、獣人達。それも、トンキ族のメスだからだ。
オマケに、その中の一人に見覚えがある。毛や肌の色こそ白くないものの、その風貌は、見間違わない。彼女は、オレが殺したトンキ族の少女である。
「彼女たちは、私の知り合いだ。絶対に、私達に危害を加える事はない。だから、武器を下げてくれ」
「……」
そんな事は、絶対にない。コイツ等は、人を食べる化物だ。いくらリリード氏の頼みでも、武器を下げろなんて命令には従えない。
しかし、どうだろう。彼女達トンキ族の少女は、一見すると、普通の女の子だ。やせ細っていないし、服はキレイだし、髪の毛も白くなく肌も血色がいい。あの、トンキ族とは、雰囲気が根本的に違く、また別のトンキ族をみているかのようである。
「ご主人様。ここは一度、武器をお収めください。ここで戦っても、意味がありません」
ティアは、オレ達から離れたところに移動していて、テレスを抱きしめていた。争いから、ティアを守るためだ。
そんなテレスを見て、迷いが生じたオレをよそに、セレスはトンキ族に、斬りかかった。
セレスが最初に襲ったのは、オレが殺したトンキ族の少女だ。しかし、どうやら彼女は何かの重役らしく、周りのトンキ族の兵士が、彼女を守るようにして立ちはだかる。その数は、5人。
「ナーヤ様を守れ!」
「邪魔を、するな!!」
セレスの剣を受け止めた兵士が、それを受け止めきれずに吹き飛ばされた。彼女は壁に打ち付けられ、ダウン。しかし、そこへ別の兵士が左右から斬りかかる。
セレスの左から襲い掛かった兵士の攻撃は、オレが受け止めた。一方でオレに背中を預ける形で、セレスもその兵士の攻撃を受け止める。
「すまない、レイス。そちらは、任せた!」
「ちょ、っとま──」
オレは、セレスが襲われそうだったから手を出しただけで、この戦いに賛成しわたけではない。しかし、話をする間もなくセレスはまた斬りかかるし、トンキ族の兵士達は兵士達で、興奮気味にオレにも斬りかかってくる始末。もう、戦いは止められない。ならば、腹を括るしかない。
「アイスバインド!」
突然の、オレの魔法。氷に、兵士達の足が絡め取られ、動きが止まった。無詠唱の魔法に、戸惑う者もいるが、何よりも兵士達の動きが止まったことを、セレスは見逃さない。敵のボスへの道は、開いた
。
「レーヴァテイン」
セレスの、スキルが発動する。セレスの身体が銀色の光を纏い、弾丸の如く、放たれる。かと思われたが、それは、発動しなかった。
「んなっ!?」
戸惑うセレスに、オレも訳が分からない。何故、スキルが発動しなかったのか。
しかし、セレスの判断は早い。スキルを諦め、足元をとられる兵士達の合間をかいくぐると、敵のボスへと一直線に突撃し、その剣を振るった。
セレスの剣は、短剣によって受け止められる。見覚えのある短剣に、その人物が、本人であると確信する。
「こんな、無礼は、初めて」
彼女は、金髪に青いラインを入れた、キレイな髪の毛をしていた。その瞳は金色に輝き、身なりはとても整っている。頭から生えた耳は、少し大きめ。相手を威嚇するように、上向きだ。その顔は、ハッキリとした、理性と知性を感じさせ、やはり、何かが違う。
「もう、やめてぇ!」
叫び声が、響いた。叫んだのは、テレスだ。悲痛なその叫びに、オレも、トンキ族も手が止まる。しかし、一人だけ、その声が届かない。
セレスは、トンキ族の少女への攻撃をやめない。トンキ族の少女も、攻撃をされては受け止めるしかなく、戦闘は続く。更に、兵士達にかけたアイスバインドが解け始め、兵士達は当然、戦闘に参加しようとする。
オレは、コレを狂気だと感じた。テレスの声すらも届かないセレスは、おかしい。今すぐに、止めるべきだ。
だから、オレは刀を鞘に納めた。そんなオレの行動に、トンキ族の少女達は、剣先を向けたままではあるものの、戸惑って襲ってこない。
そして、颯爽と歩いて、剣を交えるセレスと、トンキ族の少女の元へと赴いた。
「私を、食べたいのだろう!?早く、本気を出したらどうだ、ナーヤ・メルセル!」
「……誰が、お前を、食べる!」
二人の言い争いながらの斬り合いは、壮絶だ。まるで、あの日の二人の斬り合いを見ているようで、そこに入り込む余地はない。
「そこまでだ、セレス」
「すぐに、すませる。少し、待っていろ」
「待つのは、お前だ」
オレは、闘うのをやめようとしないセレスの頭に、背後から手をのせた。
「……邪魔をするのか、レイス」
「少し、冷静になれ。このトンキ族は、少し様子が違う。まずは、冷静に話をしてみるべきだ」
「本性を隠され、そう見えるだけだ!」
「そうだとしても、落ち着け。このまま戦いを続ければ、お前は家族の信頼を失う」
セレスは、そう言われ、リリード氏のほうへと視線を向ける。リリード氏はその視線を受け止めて、そうだと頷いた。次に、テレスの方へと目を向ける。テレスは、涙目で、言葉ではなく、目でセレスに訴えかけている。
「……」
セレスは、剣を納めた。それを見て、トンキ族達も、渋々と言った様子で、武器を収める。彼女達のボスが、手で、収めるように合図をしたのだ。
「説明を、求める。何故、襲った」
「……」
セレスは、忌々しげな視線を送るだけで、返事をしない。
「あんたと少し、二人で話したい事がある」
「ふざけるな!襲ってきたお前と、ナーヤ様が二人きりになど、誰がさせるものか!」
オレの提案に、トンキ族の兵士達は、威嚇しながら怒鳴ってきた。
護衛すべき相手を、襲ってきた相手と二人きりにさせる訳ないよな。オレも、バカ言ってると思う。
「いい。面白そう、だから。でも話した内容次第じゃ、殺す」
その金色の瞳で、オレは睨みつけられた。その目は、間違いなく獣の目。この国を滅ぼした者達の、目だった。