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プロローグ1

 初投稿。拙い文章ですが、よろしくお願いします。

 夜明け前の、薄暗い時間。

 今日は、風が静かな日だ。聞こえるのは、兵士たちが歩む音と、鎧の擦れる金属音ばかり。これでも皆、できるだけ静かに歩いているのだが、いかんせん人数が人数だ。音は重なり合い、増幅し、かなり大きな物となって響く。

 突如、行軍が歩みを止めた。足音が収まっていき、辺りはシンと静まり返る。

 すると、遠くから、獣の雄たけびのような、鳴き声が聞こえてきた。ライオンと、狼の鳴き声が混じったような咆哮は、とてつもないプレッシャーを感じさせる。

 何か、とてつもない化物が、俺たちの行く先にいる。それを感じて、一部の兵士の中には、足を震わせ、地に腰をつく者も出てくる。


「み、見つかったんだ……!」

「もう関係ねぇ!突っ込むぞ!」


 一部の兵士達は、咆哮による恐怖に駆られ、身勝手な行動を開始する。それは伝染して行き、大きな波となり、一瞬にして指揮系統は麻痺した。

 しかしそれは、全体で見ればほんの一部だけの話だ。本体である、王国軍は落ち着いた物で、このような事態になっても陣形は全く乱れない。一方で、勝手な行動を開始したのは、各地から集められた、よせ集めの兵士達。各地で傭兵や自警団をしていて、戦闘の経験はそこそこあるものの、軍団での経験はないに等しい。言ってしまえば、経験不足の上に連携もとれていない、素人の集団である。

 その集団の中に、オレが所属する傭兵隊も参加しているので、人の事は言えない。


「隊長、どうしますか?」


 尋ねたのは、傭兵部隊の副隊長を勤める、リータ。いつもフードを深く被り、顔の半分を布に隠している、謎めいた女性だ。その顔は、隊長以外、見たことはない。が、隊長曰く、美人だとか。とはいえ、部隊の副隊長を勤めている人物なだけあり、その戦いぶりはスゴイの一言に尽きる。ある意味、隊長以上に隊長で、隊からの支持は厚い人物である。

 そして、リータの問いの答えを待つため、オレ達の傭兵部隊の隊長──ゼイベルに、隊の注目が集まる。


「どうせ、ヤツらとっくに、こっちに気づいてる。鼻がきくからな。オレ達も行くぞ」


 隊長は、全身に切り傷があるのが特徴の、いかつい男だ。目つき鋭く、その特徴的な傷跡から、影では不死身のゼイベルと呼ばれている。筋肉の塊のような男で、隙あらば筋トレをはじめるような、脳筋である。背中には、大きな剣を背負っていて、これが隊長の扱う武器だ。重すぎて、普通ならぶん回す事も難しい代物であるが、隊長は軽く扱っている。そんな隊長ではあるが、こんな見た目でありながら、もの凄く優しい。むしろ、甘い。


「はい。聞いたな!私達も続くぞ!隊から離れないように、気をつけろ!」


 リータの指示に、オレ達の傭兵団──”グランレックス”の部隊も、動き出す。総勢30名程の、小さな傭兵部隊ではあるが、オレ達の指揮は乱れない。

 リータを先頭に、寄せ集め部隊の中を駆け抜ける。陣形はしっかりととり、その動きはどの部隊よりも統制が取れている。


「全員戦闘態勢を取れ!」


 しばらく進むと、リータが突然立ち止まり、叫んだ。指示通りに、全員剣を抜き、攻撃に備える。

 直後、兵士が数人、空から降ってきて、地面に叩きつけられた。全員、鎧を切り裂かれ、肉が抉られている状態で、だ。

 先を行く兵士達の群れが、何かを避けるように、左右に広がって道が開かれる。すると、正面から、それが突っ込んできた。

 獣人──

 それは、獣と人を合わせたような、人ならざる種の事を指す。その姿を見たことのある者は、多くはない。

 そして獣人は、初めて見る者に恐怖心を与えるような姿をしている。

 顔は、まるでライオンだ。盛り上がった鼻に、大きな口からは、鋭く、巨大な牙が飛び出している。顔を覆うように、立派な白いたてがみが生えていて、それが髭にも見えなくもないことから、やや人には近い。が、それでもやはり、獣そのものの顔面だ。一方で、体は人に近い。ただ、その大きさは規格外だ。背は2メートルはあり、筋肉は異様に盛り上がり、手先には鋭い爪が生えている。手足の太さは、人の子供くらいある。アレは、トンキ族のオスだ。獣人の中でも、随一の力を備える種族である。

 あんなのが勢いよく突っ込んでくれば、そりゃあ避けるよな。


『ガアアアアアァァァァァァァ!!』


 獣人は咆哮を上げ、道を遮る兵士をなぎ倒しながら、その勢い衰えることなく、真正面から突っ込んでくる。

 そんな獣人に、全く怯まないリータ。その姿が、一瞬消えた。

 獣人が、突然片膝をつき、倒れこんだ。獣人の右足から、血が噴出している。それは、リータの、目にも留まらぬ早業だった。リータは獣人とのすれ違い際に、愛用の武器の短刀で、獣人の片足を切り裂いたのだ。

 更に、背後に回りこんでいたリータが、獣人の背後から切りかかろうとするが、獣人はすぐに振り返り、その爪で反撃を試みた。しかし、獣人の爪は、空を切る。その動きを感知し、リータは伏せて、その攻撃を回避していた。

 そして、隙だらけになった獣人の背中を、隊長の大剣が襲った。


「はあぁぁぁ!」

『ゴガアァァァ!』


 獣人の叫び声が漏れる。その背中から、血が噴出した。

 ただ、傷は浅い。人間なら、真っ二つになっているような、隊長の一撃だ。それを、筋肉と毛におおわれた身体で、血が噴出す程度に押さえられたのだ。


「リンクス!ベイル!」

「はいよぉ!」

「はい!」


 隊長に名前を呼ばれたのは、槍使いの二名だ。リンクスは短髪の女で、ベイルはスキンヘッドの男。 

 その二名が、獣人の両サイドから、槍を突き入れた。ベイルは、先ほどリータが付けた傷に目掛けて。リンクスは、獣人の顔面を狙った。

 ベイルの槍は、狙い通り、獣人の傷を抉った。しかし、リンクスの槍が、獣人に掴まれて、槍とリンクスごと、空高く投げ飛ばされてしまった。


『アアアアァァァァァァァ!!』


 更に、狂ったような雄叫びをあげると、獣人は槍が突き刺さったまま、立ち上がった。血があふれさすのも、おかまいなしだ。アレスもくらいつこうとするが、それを獣人は振り払った。


「ベイル、深追いをするな!こっちは一発でも食らったおしまいだぞ!」

「は、はい!」


 一方で、空から落ちてきたリンクスは、仲間が無事に受け止めた。


「ナイスキャッチィ」

「無事か!リンクス!」

「はぁい。なんともありません」


 立ち上がった獣人に、更に、仲間達が弓矢や、剣を繰り出す。獣人は、どんどん傷を増やしていき、血を流していく。それでも、倒れない。狂ったように雄叫びをあげ、ただ戦う。

 そんな獣人の姿に、オレ達は恐怖感を覚え始めた。オレ達が相手にしているのは、一匹の獣人ではない。そこら中で、兵士達の叫び声と、戦いの音が聞こえている。こんなのが何匹もいて、暴れているのだ。数千──もしかしたら、数万も、こんなのがいて、オレ達は勝てるのか?


「おおおおぉぉぉらぁ!」


 隊長が、雄たけびをあげ、獣人に正面から斬りかかった。それを、獣人は爪で受け止めるが、隊長の大剣が、押している。蓄積した傷が、獣人の力を下げているのだ。

 押し切った隊長の剣が、獣人の胴を、切り裂いた。

 致命傷だ。獣人は、鮮血を流しながら、ついに、地面に倒れこんだ。


「余計な事を考えてる暇があったら、目の前の敵を倒せ!てめぇら、サボってると給料はらわねぇぞ!」


 隊長は、隊を鼓舞しながら戦う。これが、うちの隊長だ。どうしようもなく、頼りになって、カッコイイ。

 そして、隊長に鼓舞されたオレ達は、奮闘する。一匹一匹、時間がかかりながらも、どうにか倒すが、それでも限界は来る。一匹に対しての、消耗が激しすぎるのだ。更には、同時に数匹を相手にするシーンもあったため、隊に死傷者が多数出ている。


「レイス!」


 リータが、オレの名前を呼んだ。

 レイスというのが、このオレの名前だ。


「アレを、二人でやる。他の者は、その間、できるだけ休め」


 リータが勝手な事を言う。

 リータが指差したのは、こちらに狙いを定めた獣人だ。ライオン型の獣人は、全てが同じ形と色をしていて、一様に白い。個体差は、体の大きさと、装飾品の違いくらいか。


「気づいてないかもしれないけど、オレもけっこう疲れてるんだけどなぁ」

「つべこべ言うな。戦え。命令だ。従わなければ、斬る」

「斬るの!?」


 隊長と比べて、ホントに怖い人である。

 実際、剣を教わっている時に、ボッコボコにされた事もある。その時、隊長が優しく介抱してくれたっけかな。いい思い出だ。


「レイス。行けるか?」


 隊長が、心配してそう聞いてくれた。やっぱり優しい。


「まぁ、やってみます。ヤバくなったら助けてネ」

「……隊長は、レイスに甘すぎます。大体、レイスはまだまだ余裕です。私が、そういう鍛え方をしましたから。いつも思うのですが、レイスは自分を弱くみせる癖があるのです。理由は、サボるため。それがレイスの悪い癖であり、欠点で、いちいち相手にしていたら──」

「よっしゃ、行くぞオラァ!」


 リータの小言が始まってしまったので、オレは話も途中で獣人に斬りかかった。

 オレが使っている武器は、片刃の、刀身が少し反った、いわゆる刀を使っている。それなりの名工が作った物なので、切れ味はかなりイイ。

 しかしながら、獣人の爪をぶった切る事ができる程の切れ味はない。斬りかかった刀は、当然のように獣人の爪によって防がれてしまう。

 狙い通りには、なった。これで、獣人の注意はこちらに引かれた。


『グルルルルルル……』


 唸り、こちらを威嚇してくる獣人。


「こりゃあ、中々の迫力だな……」


 昔、サファリパークで、何故かオレに喧嘩を売って来たライオンを思い出す。オレを敵だとでも思ったのか、車の窓ガラス越しにオレを威嚇してくる様は、ちょっと怖かった。今思えば、いい思い出だな。

 とか思っていると、獣人が爪を振りかざしてきた。慌てて後ろに飛び避けると、直後にオレがいた地面が、大きくえぐれた。

 オレは、まだ地に足をついていない。そのオレに向かって、獣人は勢いそのまま、その大きな口を開いて、オレに飛び掛ってきた。

 普通ならば、オレの身体に、その牙がめり込んで、噛み千切られるだろう。

 しかし、そうはならなかった。獣人の動きが、オレに届く直前で止まったのだ。


「アイスバインド」


 獣人の足が、氷で固められ、地面と一体化している。オレに届かなかったのは、それのせいだ。

 それをしたのは、勿論オレ。魔法ってやつを使わせてもらった。


「危険を冒すな、バカ」


 リータはオレにそう耳打ちをすると、獣人の肩に乗り移り、肩を斬りつけた。更に、ついでと言わんばかりに、たてがみの一部を切り落としてから降りてくる。


「記念に持って帰って、筆にでもするのか?」

「そんな趣味、私にはない。……奴ら、脱色している」


 脱色は、ストレス等によって、色が落ちる事を言う。人間なら、ストレスを受けると、髪の毛が真っ白になってしまったりする。人工的に色を落とす方法もあるが、この世界にそんな技術はない。


「どうして、こんな事に……」

「……」


 手にしたたてがみを、地面に落とすリータの声は、震えていた。それを見て、さすがにオレも、ちゃらけた事を言う気分にはなれない。


『オオォ!オォ!グオオオォォォ!』


 次の瞬間、獣人が取った行動に、オレ達は戦慄する。獣人は、凍った自分の足を、自らの爪で傷つけ始め、肉を抉り始めたのだ。血が溢れるのも構わず、一撃一撃、深く肉を削り、骨をも粉砕していく。呆然と眺めるオレ達をよそに、獣人は、ついに自らの足を切り落とし、氷から開放された。


「来るぞ、レイス」

「分かってる。リーチファイア。リーチウィンド」


 オレが唱えたのは、魔法だ。自分には、リーチファイア──刀身に、炎を宿す魔法をかける。そうすると、オレの刀は赤い炎を帯びる。これで攻撃をすると、刀の切れ味に加えて、炎によって焼かれる事になる。魔法剣と呼ばれる魔法に属する。

 同じく、魔法剣のリーチウィンドは、リータにかけた。リータの短刀は、緑の光に包まれて、風を纏う。こちらは、かまいたちのような効果がある。斬りかかれば、対象に風の刃も一緒になって襲う魔法だ。


「ふん。相変わらず、無詠唱とは便利な物だな」

「そこは、魔法をかけてくれて、ありがとうございますー、だろ?」

「バカな事を言ってると、背後から切り刻むぞ」

「すんません」


 リータはオレの謝罪を鼻で笑って返すと、空中に飛んだ。獣人の視線が、リータに向く。オレは、その隙に動く。


「どこ見てんだ、おらぁ!」


 オレから目を離した獣人に、切りかかる。獣人はすぐにオレに視線を戻し、繰り出した刀を爪で受け止めた。

 しかし、刀に宿した炎が、獣人の手を焼く。炎は獣人へ燃え移り、獣人は慌てて刀から手を離した。刀から手を離したところで、燃え移った炎は中々消えない。

 直後に、空から落ちてきたリータの斬撃が襲う。それは、無数の風の刃となり、無差別な攻撃の跡が、獣人と地面にいくつも残した。一見すると、ただ風が吹いただけにも見えるが、それは確かな鋭い斬撃で、ややあって、獣人は全身から血を噴出すに至った。

 しかし、獣人はひるまない。まるで、受けた傷などないかのように、尚も燃えるその拳を、オレに振り上げてきた。先ほどとは違い、獣人との距離を詰め、懐に入ってその拳を回避する。

 隙だらけの獣人の足元で、残った方の足を切りつけてから、そのまま背後へと回り込む。


『ガアアアァァァァァァ!!』


 さすがの獣人も、ついに地面に伏した。それでもまだ、闘志は失っていない。両手を地面につき、その鋭い牙で、噛み付こうとしてくる。


「アイスバインド」


 残った両手も、オレの魔法によって、地面から離れないようにしてやった。先ほど使った、氷の魔法と同じだ。

 これで、完璧に動きを封じた事になる。あとは、とどめをさすだけだ。

 しかし、オレはもうダメだ。魔法を使いすぎた。もう動けない。


「漆黒・災禍」


 獣人の首を、黒い光が一瞬通った。次の瞬間、獣人の首から血が噴出し、獣人は絶命した。

 それをやったのは、リータだ。暗殺スキルの漆黒・災禍は、シルフと呼ばれる、身体を流れる気のような物を使って繰り出す、技の事だ。魔法を使うときに必要な、グリムとは似て非なる。こちらは魔法ではなく、スキルと呼ばれる分類に入る。


「よくやったが、上手くすれば、もう少し体力を残せるはずだ。今後は、節約を念頭に動け」

「……おっしゃる通りで」


 魔法は、消耗が激しい。使えば使うほど、魔力を消費する。

 オレは先ほどの戦いで、大して激しく動いてないにもかかわらず、膝に手をついて、息を乱している。たったアレだけの魔法に見えて、それだけの代償を伴うのだ。

 しかし、オレだって頑張ったんだから、もうちょっとくらい褒めてくれてもいいんじゃないだろうか。


「よくやった、レイス。少し休んでいろ」


 そんなオレの肩を叩き、隊長が労いの言葉をかけてくれた。そうそう、こうやって優しく接してくれないと。オレは、褒めて伸びるタイプなんだよ。


「隊長!正面から2体!」

「分かっている!弓と槍で足を狙い、動きを鈍らせろ!倒さなくていい!動きを鈍らせたら、少し下がるぞ!」

「隊長!右からも2体来る!」

「左からも1体!」

「何!?」


 戦意を喪失した他の兵士達が、次々と逃げ出したり、死んでいく物だから、いつの間にか、オレ達は孤立してしまっていた。狙いは自然と、前線で奮闘するオレ達へと集中してしまう。

 さすがに、5体を相手にするなど、考えられない事だ。


「相手にしなくていい!下がるぞ!」


 瞬時に、隊長はそう判断した。


『グオオオオォォォォォォ!』


 しかし、その背後にも、1体の獣人が控えていた。

 囲まれた。戦場において、最悪の事態とも言える。


「オレが引き付ける!構わず突破しろ!」


 隊長が、後方から迫っていた獣人に、率先して突撃をかけた。獣人に、オレ達に攻撃を仕掛けられない程の猛攻をかけて、オレ達はその脇を通り、包囲を突破する事に成功する。


「陣形が整った場所まで、退避するぞ!後ろを振り向かず、進め!」

「でも、隊長が!」


 しばし進んだ所で、部隊の中で一番の新入りが、非情にも聞こえるリータの指示に、意義を唱えた。

 しかし、他の皆は知っている。隊長は、これくらいじゃ死なない。だからオレ達は、撤退する。オレ達にとって、心配の必要もないような、日常的な事である。


「構うな!隊長なら平気だ!平気なんだ!いつもそうだ!けど、様子を見てくるとしよう!」

「おい、待て」


 引き返そうとするリータのフードを掴み、それを止めた。

 リータは隊長の事となると、周りが見えなくなる事がある。突拍子もない行動に出る事もあるので、注意が必要だ。


「離せ、バカ!もしかしたら、隊長が死んでしまうかもしれないんだぞ、それでもいいのか薄情者!」

「オレ達がいったって、できる事はない!いつも通り、隊長を信じてりゃいいんだよ!」

「だ、だけど、隊長にもしもの事があったら、どうするんだ……」


「道を開けろ!!」


 リータとそんなやり取りをしていると、猛スピードで駆けていく騎馬隊と、すれ違った。馬には立派な銀の鎧を被せられ、乗っている兵士の装備も、輝く銀の鎧と、他とは一味違う。

 彼らが掲げているのは、銀翼をバックに掲げられた、剣をモチーフにした旗。これは、イズルマ王国の旗である。

 王国の部隊が、ようやく動き出したようで、彼らは猛然と、獣人に向かって突っ込んでいく。


「お前達は、後方で陣を作り、待機しろ!私は隊長を連れて戻る!」

「ああもう、待て、オレも行く!」


 駆け出したリータを追い、オレも騎馬隊に混じって、再び獣人達へと突撃をする事になる。

 獣人は、王国軍が引き付けてくれている。オレとリータは、隊長と別れた場所に、真っ直ぐに向かう事ができた。

 そこに、隊長はいた。数体の獣人の死体に囲まれて、呆然と佇んでいる。


「隊長!よかった、お怪我はありませんか?」


 リータがいの一番に駆け寄って、隊長に寄り添った。


「……あ?ああ、平気だ」

「隊長、よかった無事で……おわっ!?」


 そうは言う隊長であったが、その姿を見て、オレは声を上げた。何故なら、隊長は頭から出血をしているようで、顔が真っ赤に染まっている。更に、爪痕によって裂かれたであろう服の間からも、深そうな傷が覗いている。


「隊長、重傷です!出血しています!」

「……あれが、亡国の戦乙女、か」


 尚も心ここにあらずの様子の隊長に、オレとリータは目を合わせ、首を傾げる。


「とにかく、早く退きましょう!肩を貸すので、歩けますか?」

「問題ない」


 問題、なくはないだろう。しかし、信じがたい事に、これくらいの傷ならば、隊長は平気で飛び跳ねる事ができる。これが、不死身のゼイベルだ。

 そこでオレは、異様な気配にきがついた。同時に、隊長の周りに転がっていた獣人の死体が、胴体を真っ二つに切り裂かれていた事も、気がかりになる。コレは、普通の兵士の成せる技ではない。隊長がやったようにも、思えない。


「レイス!勝手な行動をとるな!」

「行かせてやれ」

「しかし、隊長──」


 オレは、気配の事が気になり、リータの叱責も聞き流して、二人を置いて駆け出した。

 獣人と戦う兵隊達をよそに、オレは目標に向かって進む。しばらく進んで目に入ったのは、そんな、獣人と戦う、一人の兵士だった。


 それに、目を奪われた。

 

 それは、銀色の少女だった。長く、艶やかで、流れるような銀髪。銀の鎧に、銀の剣。その顔は、完璧な造形品も見ているかのように、美しい。

 そんな少女が、兵士達に的確に指示を飛ばし、自らは散歩でもするかのように、美しい足取りで歩きながら、襲ってくる獣人を一撃で返り討ちにしていく。凛と戦場に佇む姿は、堂々たる物で、まるで舞台の主役のような存在感。そして、圧倒的な強さ。

 あれは、スキル・ラグナロクだ。全ての能力を上昇させる、最強の前衛スキルといっても過言ではない、代物である。彼女はそのスキルにより、圧倒的な力を実現している。


「ん?」


 突然、その銀色の少女が、こちらを向いた。そして、こちらを指差して、何かを喋っている。声が聞こえる程の距離でもないので、何を言っているかは分からない。

 その意味に気づいたのは、自分に影がかかってからだった。背後に、大きな物がいて、それがオレに覆いかぶさるように、影を作っている。振り向く時間もない。オレは、反射的に飛びのいた。しかし、すぐに巨大な手がオレの身体を掴み取り、逃げる事は適わなかった。


「っ……!」


 オレを掴んできたのは、下半身のない獣人だった。先ほど横目に見た、死体だと思っていた獣人である。

 恐ろしい事に、上半身だけになっても動き、戦意を喪失していない。

 ギリギリと身体を締め上げられ、声も出す事が適わない。骨が軋み、息もできない。

 それでも、必死になって、魔法を放った。

 ルーンシングルアロー──

 オレを掴む、獣人の腕上に、淡く輝く、紋様が浮かび上がる。そこから、一本の、槍状の光が飛び出して、その腕を貫いた。

 それによって、オレは腕から放たれ、地面と激突。痛みを感じる暇もなく、必死に息を吸った。


「はぁ!はぁ!はぁ……!」


 次の攻撃を、予期する余裕は、なかった。気づけば、目の前に獣人の鋭い牙が迫っている。

 避けるには、体勢が悪い。魔法を使うには、間に合わない。受け止めるにしても、力比べで勝てるわけもない。生き残れる選択肢が、浮かばない。オレは、死を悟った。

 しかし、オレに死は訪れなかった。オレに迫る獣人の顔面を、銀の光が貫いたのだ。銀色の光の正体は、銀色の少女だった。銀の光を纏い、あの距離を一瞬で飛び、オレの眼前に迫った獣人の顔を、その剣で吹き飛ばしたのだ。

 頭をなくした獣人は、今度こそ死んだ。その場に亡骸は倒れこみ、そのすぐ後ろで銀色の少女が華麗に着地する。スカート風になっている鎧が、フワリと翻ったのが、妙に色気だっていたのを見逃さない。勿論、脚は鎧に包まれている訳だが、それでも色気を感じてしまったのは、男の性である。

 助かった。それを理解するまで、少し時間がかかった。傭兵という立場上、危ない場面はいくつかあったが、今のが人生で一番危なかったかもしれない。


「怪我は?」

「……」

「おい。頭でも打ったか?」


 銀色の少女に話しかけられて、言葉が出なかった。そして、少女がオレの目の前に立ち、頭を叩いてくるという、蛮行に出る。


「ない。ないないない怪我ない、ないから叩くのやめて」

「平気そうだな」


 ようやく叩くのをやめてくれた。事実、怪我はない。ちょっと身体は痛いが、特に問題はない。ただ、叩かれて頭が少し痛くなった。


「礼を、言うべきだな。助けられた。ありがとう」

「礼はいい。ヤツは、私の殺し損ないだ。それに目の前で殺されては、こちらも寝覚めが悪くなる」


 そう言って、銀色の少女は、剣を鞘に納める。

 話し方は、まるで男だ。武士のよう。しかし、その声は高く、キレイな声だ。口調と声が、ギャップを生んでいる。

 そういえば、身近にもこんな話し方の女がいたっけ。

 この世界は、魔法やスキルのおかげで、男女の差が少ない。女の兵士だっていっぱいいる。なので、男口調の女も、決して珍しい訳ではないのだ。

 ただ、オレが違和感を感じるだけ。いつまで経っても、馴れない。


「ところで貴様、先ほど魔法を使っていたな?」

「……さぁ、どうだったかな」

「魔法を詠唱をしているようには見えなかった。しかしアレは、間違いなくお前が使った魔法だ。しかも、グリムの開放媒体であるはずの、杖を持っているようにも見えない。それに準ずる物も見当たらない。お前が、賢者と呼ばれる類の者であれば話はまだ分かるが、そういう風にも見えない。答えろ。あの魔法は、なんだ?どうやって、魔法を使用した?何故、無詠唱で魔法が使える?」


 多分コイツは、魔術師に見えないオレが、魔法を使った事を不思議がっているのだろう。その上、無詠唱での魔法使用を目撃されたのだから、こうなるのも無理もない。だからオレははぐらかしたのに、物凄い聞いてくる。ぐいぐい来る。


「キスフレア様!敵が、押し返してきています!戦線へ、お戻り願います!」

「む……」


 兵士の援軍要請に、銀色の少女は呻り、そちらへと足を向けた。さすがに、今の優先順位は、オレの魔法の事ではない。渋々と言った様子で、兵士に付いて歩き出す。


「お前、所属と名前を聞いておく。名乗れ」

「101師団の、ジャック」

「101……?」


 銀色の少女が首を傾げるのも無理はない。そんなもんは、オレのでっち上げだ。名前もな。後で面倒な事になるような気がするので、彼女には悪いが、嘘をつかせてもらった。

 何か言いたそうだったが、返す暇もなく、兵士に連れられて行く。

 しかし、ラグナロクの使い手がこの世界にもいるとは、知らなかった。あのスキルは、オレの無詠唱魔法と同じく、ユニークスキルと呼ばれる特殊な物だ。オレは魔法専門なので、前衛スキルの事は詳しく知らないが、相当厳しい習得条件があるはずである。

 それにしても、他にもユニークスキルの使い手がいるとなると、それは少し怖い事だ。ユニークスキルの恐ろしさは、よく知っている。

 そんなのと遭遇したら、即逃げよう。

 オレは、心にそう誓った。

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