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怒り玉

作者: 星斗

「怒り玉」



 怒りという感情は厄介なもので、これにより人間関係が破綻する者も少なくない。

 A氏は生来の怒りやすい体質で、会社の同僚や部下から恐れられていた。A氏自身も自分の体質を理解していたため、毎晩家に帰って晩酌をしながら、その日一日の自分の怒りの行動に自己嫌悪する毎日だった。

 そんなA氏にとってうってつけの機械が開発された。それは世紀の大発明とまで言われた。

 その機械は携帯型の小さな四角い箱で、サイズは二センチ四方ほどだった。

 これの何がすごいのかと言えば、この機械を携帯している者は、『怒りを排出できる』というのだ。機械を購入後に自分専用にセッティングすれば、それが体から半径一メートル以内に在れば、その機械は作用する。

 商品名を『怒り玉』といった。

 操作は簡単、右手の人差し指で右のこめかみを三回、トントントン、叩くだけだ。すると左のこめかみから怒りの感情である『怒り玉』が出てくるというのだ。怒り玉は怒りの感情そのものであるため、怒り玉を取り出した者からは怒りの感情が消えるのだ。

 とはいえ、怒りが生じる度に怒り玉を取り出す必要があるのが難点なのだが、それでもA氏にとっては有り難いものだった。

 A氏は早速、今までコツコツ溜め込んだ貯金をはたいて『怒り玉』を購入した。

 初めこそ半信半疑だったA氏だが、実際に怒りが込み上げた時怒り玉を排出すると、怒りの感情が消えてくれた。

 これはすばらしい。

 怒り玉はA氏の毎日の必需品となった。


 怒りを排出するようになってからというもの、A氏の好感度は右肩上がりだった。後輩からは敬われ、同僚からの人望も厚い。上司からの受けもよく、令嬢との見合い話が進み所帯も持った。

 まさに科学の進歩さまさまである。A氏の人生は順風満帆に思えた。


 A氏が怒らなくなってから十数年が経った。

 歳を取ったせいか、A氏は体調不良を感じるようになった。それは耐えがたいほどのものになり、A氏は周りのすすめもありとうとう病院に受診に行った。

「今日はどうしました?」

「はい。体が怠く動悸がするんです。食欲もなくて」

 医師は先程送られてきた検査結果が映るパソコンの画面を見たあと、電子カルテにA氏の症状を打ち込んでいく。

「それはいつからですか」

「ここ二、三年です」

「二、三年。では、あなたは『怒り玉』を使っていますか?」

「使っていますが……?」

 医師はどうやらA氏の症状にあてがあるらしく、

「しばらく『怒り玉』を使う回数を減らしてください。それでも体調不良が続くようならまた来てください」

「え……? 私は病気じゃないのですか?」

「いいですか。怒りは確かに嫌な感情です。ですが、怒りというのは自己防衛の手段でもあるのです」

 医師は『正しい怒り方』と書かれたパンフレットをA氏に渡す。

 A氏は首をかしげた。A氏は今まで怒りという感情のせいで損な人生を送ってきたからだ。怒らなくなってからの生活がどれ程幸せで楽なものであったか。だが医師はため息混じりに、

「怒ることが問題なのではないのです。あなたは怒り方を学べば『怒り玉』を使わなくても幸せに生きていけますよ」

「はあ……」

「だまされたと思って、『怒り玉』を使わないでみてください」

 A氏は納得がいかなかったものの、医師の助言通り怒り玉を使う回数を減らし、怒り方を学んだ。

 するとそれ以降、A氏が病院を訪れることはなくなった。


 A氏の出ていった病室では、医師が大きく息を吐き出す。

「まったく嫌になる。この十年で『怒り玉症候群』の人間がどれだけ増えたか」

 人々は怒りの感情をことごとく排出するようになった。すると体調に不調をきたすものが増えた。

 怒りというのは、自分と相容れぬもの・考えに対して沸き上がるものである。すなわち、怒りが無くなれば、自分の考えが無くなるということと同じだ。自分の考えが無くなるというのは、自分の存在を知らず知らず殺していることと等しい。

「便利になったのか不便になったのか」

 医師は左手の人差し指で左のこめかみを一回、トン、叩いた。右のこめかみから大きな『哀れ玉』が、ゴトン、こぼれおちた。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 怒り玉欲しい!と思ったらそんな落とし穴が!? [一言] オチが秀逸だと思いました。憂いている医者に感情移入したところでまさかブーメランが飛んでくるとは。
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