表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/26

8  助けてっ

 


  ぽくっぽくっと蹄の音が近づいてくる。

  曲がり角の先から馬車があらわれ、広まった道へとたどり着いたーー今だ!

 

「きゃーああーあああー」


  あたしは悲鳴をあげながら……っていうか、悲鳴っぽい声を出しながら、馬車の前へ飛び出した。

 

「うおっと!」


  馬車を馭っていたおじさんが、あわてて手綱を引いた。えらく太った小型の馬が、短く嘶きながら止まる。

 

「きゃ、きゃーああーあー」

「おい、お嬢ちゃん、急に車の前に出てきちゃ危ねえぞ」

「きゃああ、きゃあー」

「お嬢ちゃんえらく薄着だな。山ん中でよ。もうちょっと着込んだほうがよくねえか」

「いやこれは、ああ、あの、きゃああー」


  薄着を指摘されて、あたしは身を縮める。はっきりいって、恥ずかしい。見も知らぬおじさんの前で、キャミとパンツの下着姿だ。一応色素材合わせのワンセットとはいえ……ちなみにパンツも綿の杢グレー。二枚組税込ななひゃくきゅうじゅうきゅうえん。

 

  それよりか、おじさんはあたしの悲鳴に気も留めず、フツーに話しかけてくる。なんなんだ。つまりあたしの演技力不足か。

 

「あんたどっから来た? ああ、あれだろ、アイデルザイの子だろ。山から下りてきちゃ危ねえぞ。早く帰んな」

「あのあの、きゃああ、あの、た、助けてっ」

「は? ああ、迷子んなったのか?」

「いえあの、助けてっ、助けてくださいっ」

「でもなあ……連れてったげれりゃいいんだけどよ、今日は下の村から廻るんで、山の上に着くのは二日後だ。上りの道行きゃ着くからよ、がんばって坂登んな若ぇんだから」

「いや、ちが、ちーがあー」


  と、そこで。

  ガサガサと草叢が鳴り、あやしいいでたちのふたりがーー沙弓と凛が飛び出した。

 

「おわっ! なんだおめえらは、賊かっ⁉︎」

「そうです! そうなんです山賊なんです。助けて! あたし実は山賊に捉われてるんですっ!」


  かなり説明的なセリフを繰り出しながら、あたしは沙弓に駆け寄った。助けてっていいながらその行動はおかしい気がするけど、なんかもうどうしていいのかわからない。

 

「残念ながら、その女は我々の獲物でね。余計な手出しは御免被りたい」


  沙弓が低い声を出す。山賊にしては言葉遣いが丁寧過ぎやしないかと。ってもあたしに人の演技力を云々する資格はないんだけども。

 

「おっさん、つまんねえ真似すんじゃねえぞ。出すもん出してとっとと消えろや」


  凛も低音で凄む。こっちは完璧な演技力。いや、ナチュラルボーン賊の風格。

 

「なんだ、なにが要んだ。金目のもんならちょっとしかねえぞ」

「ちょっと? ちょっとでもあんだろうがよさっさと出し……」

「いや、それは結構」


  凄む凛を、沙弓が制する。

 

「我々がいただきたいのは……」

「なにいってん! あんなら貰っときゃいいやろ!」

「無駄な欲は不要。目的が第一だ」


  凛は小声で楯突くが、冷静な沙弓に押し切られる。

 

「じゃ、じゃあなにが要んだい」


  謎の小競り合いに、おじさんが戸惑いながらたずねた。

 

「服だ」

「ふくぅ⁉︎」

「ああ。女物が望ましい」

「服ならたんとあるが……それでいいんか?」

「そうだ。この娘を連れて行くのに、服がなくてね。なにか着せてやりたいだろう?」

「なんだって? 連れて行くだって?」


  急に、おじさんの顔色が変わる。

 

「おめえら、その子を放してやらんのか?」

「いっただろう。彼女は我々の獲物だ」

「駄目だ!」


  おじさんは怒鳴り、身構えた。

 

「その子と交換だ!」


  え。

 

「服なんぞくれてやる! 金だってなんだって持ってけ! だが、その子は今すぐ放しやがれ!」


  ええっ……。

 

  ……この展開は、予想外だった。よりによってこの場面で、人から助けを差し伸べられてしまうなんて。いやおじさんに助けてっていったのはあたしなんだけども!

  あああおじさん……おじさんの漢気は素晴らしいし感謝したいとこなんだけど、今日この時ばかりはありがた迷惑なんです……。

 

  そんなあたしの内心の嘆きをよそに、おじさんはますますいきり立つ。

 

「賊に拐われたのを見捨てたなんて、山の上の衆に申し訳がたたねえ。なにがなんでも承知しねえぞ。そのお嬢ちゃんを置いてけ!」

「君ひとりにこっちはふたり。武器もある。考え直していただきたい。命が惜しくないのか?」

「命だぁ? こっちゃまがりなりにも、ウルデウの廟で霊水を頂いたルドゥザーイの端くれだ! 腑抜けてこの(タマ)まで汚してたまるもんかよ。さあ、来るならきやがれってんだ!」


  そういって、手綱を軽く繰る。すると太った馬が首をぐいっともたせかけた。

  その時、気づいた。

 

  この馬、って、馬じゃない……。

 

  かたちこそ、あたしたちの知ってる馬に似ている。でもそれとは違う別のなにかだ。嘶きの声が低い呻きにかわる。ぐるる、と唸って、臨戦態勢に入ってる。

  それにおじさんも。完全に、戦う気まんまんだ。

 

  凛が舌打ちし、

 

「どうする? ヤるか?」


  低くささやく。

  凛は、本気だ。手斧を握った右手に、微妙に力がこもっている。

  それに気づいて、あたしはぞくっと身震いをした。

 

  ーー凛ちゃんをおねがい、あの子、血の気が多くて。

 

  眞子の声を思い出す。

  いったい、どうすれば……。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ