7 脱いで!
気弱な陰キャが男前さまに対して異議を申し立てられるわけもなく、あたしは沙弓の後について茂みを抜けた。
茂みのすぐ外は山道で、道幅は普通の自家用自動車二台がなんとか交差できるくらい……って、ここに普通の自家用自動車なんてものがあるとも思えませんが……。
沙弓はあたしの手を引いて、坂を駆け下りる。
雛のいっていたとおり、すぐに曲がり角に出た。カーブの内側の木陰に飛び込む。
木陰の草叢には、すでに凛が陣取っていた。身を伏せて、曲がり角の先を窺っている。
「女もんの服、有りゃいいけど」
凛がいう。沙弓がうなずく。
「それがあれば一番だが、男物でもかまわん。まずは服が欲しい」
「無けりゃ、とりあえず馭者の着てるもんかっぱらっとくか」
「大判の布でもいい、敷物でも布地でも、体を覆えるものが必要だ」
「大人しく渡すか?」
「やってみるしかない」
「抵抗したらどうする? ヤる?」
凛のなにげない口ぶりに、ぎょっとした。
ヤる、って、あのつまり、「殺る」って字をアテるんだよね⁉︎
「それは避けたい」
沙弓は動じず、さらっと否定した。
「正当防衛でない限り、それはやめてくれ。さっきの磐田の様子を見ただろう」
「ん。眞子、ヤッたってので負い目感じてた」
「そうだ。この上にさらに殺生を重ねるとなると」
「あいつの負い目を無くすには、こっちも軽くヤッとこかなって」
え? そういう理屈?
「それは違うだろう」
あたしは唖然としてしまって、でも沙弓はさすがに冷静だ。落ちついた声で凛を諭す。
「間垣、きみがさらに誰かをひとり殺したところで、磐田の心が晴れると思うか?」
「ダメか?」
凛は首をひねる。
「ひとりじゃ無理か……じゃあおいおい、三人くらいヤっとこっか」
「いや……そうじゃなくて」
これには沙弓も絶句した。
と、そこへ。
凛が素早く視線を山道の先へ移し、身構える。どうやら、なにか聞こえたらしい。凛は耳聡い。あたしも耳をすましてみた。たしかに蹄の音が迫ってきている。
「かなめ」
身をかたくしているあたしに、沙弓がささやいた。
真剣な目で、あたしを見つめている。
え、なに?
「脱いでくれ」
え。
ってかたちであたしの口がぽかんと開く。
なに? 服、脱ぐの?
ここで?
いやあのセーラー服着てたらまずかろうってのはわかるけど、脱いで、んで、着替えは⁉︎
「ぬっぬっぬぐ、ぬぐのっ?」
「そうだ。脱いで」
「ぬっ脱いで、で、どうするのなに着るの」
「とにかく脱いで。早く!」
「ぬっぬぬ脱い、ってどこまで? どれを? ぜっ全部⁉︎」
その質問に、沙弓の動きがはたと止まる。
そして、
「失礼」
とひとこというなり、いきなりあたしのセーラー服の裾を掴むとおもいっきり上に捲りあげた。
「んっぎゃ!」
驚いて悲鳴をあげるあたしに、凛が、シッ! と「静かに」のジェスチャー。
沙弓はあたしの下着をまじまじと眺め、
「大丈夫、これは着ていてもおかしくなさそうだ」
と、うなずく。これ、って、杢グレーのキャミソール。綿リブの。二枚組税込せんよんひゃくきゅうじゅうえん。
「し、し、下は? そっちは? ぬ、脱ぐ?」
「下は、まあパンツは別に」
「ぱ、ぱんつ、ってことはスカートは脱がなきゃ」
「なあ、かなめ」
グズッてるあたしにイラッときたのか、凛が鋭い声でいった。
「はよ脱げや」
あ、はい。すいません。
ヤンキーさまのひと睨みにしおしおとなって、あたしはセーラー服の襟元のスナップに手をかける。
そんなあたしに、沙弓が語りかけた。
「頼む。かなめの勇気が頼りなんだ」
頼らないでください……!