6 ぽくぽくぽく
凛が中腰で前方へ動く。見つめていた木々の方向だ。奥を覗き込み、手招きをする。
あたしたちも、そっちへ移動した。
凛が目配せをしながら、自分の耳を指で指す。耳をすませ、というように。
息を呑み、耳を凝らす。
……ぽくっ、ぽくっ、ぽくっ……
かすかに、蹄の鳴る音。それといっしょに、ガラガラと車輪の回る音。馬車だ。
凛はさらに前方を指した。促されるまま、そっと木々の合間を覗き込む。
木々と下草に隠れた先は、急な斜面になっていた。すこし背を伸ばすと、つづら折りの道が見えた。馬車の姿は、まだない。きっと、さらに下からこの道を登ってきているところ。
「さっきの山賊……」
「なるほど、ここで馬車を待つつもりだったんだな」
「ここから様子見て、登ってきたとこで襲撃か」
「ああ。たぶん、草地の脇あたりまで道が続いてるんだ」
凛と沙弓が小声で話している。
と、
「みてくる」
雛がいきなり立ち上がり、草地へ飛び出した。
そのまま、止める間もない。草地の先の茂みに飛びこんでいった。
「ひ、雛っ」
「大丈夫だ」
動揺しかけるあたしたちを、沙弓が制する。
「雛はすばしっこい。それに、やたらと運がいい」
「でも……」
「大丈夫。信じてくれ」
「あ、あれ」
凛がすぐ下の斜面を指す。斜面の途中に、突き出した岩場がある。そこに雛があらわれた。岩場にしがみつき、さらに下を覗き込む。
雛はしばらく下を偵察すると、こっちを向いて手を振った。振り返すと、雛は岩の上から横手へ移り、あたしたちの視界から消える。
「すごい……身軽だね」
ほう、と、詰めていた息を吐き、心底ほっとした様子で眞子がいった。落っこちやしないかと気が気じゃなかったんだろう。それはあたしも同じだ。だが、
「将来は忍者になりたいらしいからな」
沙弓は落ちついたもので、顔色ひとつ変えていない、って、忍者⁉︎
「ただいまぁ」
ガサガサと茂みが鳴り、雛が駆け戻ってくる。
「どうだった?」
「馬車。屋根とかないやつ。なんかね袋がいっぱい積んであった」
「何人だ」
「運転手さんがひとりと、馬がいっぴき」
「一頭立て、荷台に袋詰めの荷。農作物の運搬か、それとも……行商人?」
「ん。山賊が狙ってるんやし」
ひとりごちた沙弓に、凛がうなずく。ふたりはしばらく目を見合わせ、そして、
「雛、磐田、ここで待機!」
ふたり同時に立ち上がった。
凛は手斧男の死体に駆け寄り、その衣服を脱がしにかかる。沙弓は雛たちに声をかけると、凛のもとへ走りながらセーラー服を脱ぎはじめた。
死体の傍に来た時には、もうブラとパンツだけになっている。凛は手斧男から剥ぎ取ったばかりの上着を沙弓に投げ、自分も脱ぎはじめた。
手斧男の図体はなにしろ巨大で、上着は沙弓の全身をすっぽりと覆ってしまっている。
沙弓はさらに、手斧男の腰に巻いてあった革帯でウエストの部分を締め、両脚の間のだぶついた布地をまとめてそこへからげた。
凛は手斧男の脚から胸当て付きのズボンを剥ぎ取り、それを履く。上半身には、脱いだばかりのスカートをポンチョのように被る。
そしてふたりとも、制服のスカーフで顔の下半分を覆い隠した。
凛は手斧を取り、沙弓は手近な木から枝をへし折る。
沙弓は茂みの方へ向かいながら、雛にきく。
「道はどうなってた」
「すこし下ったところが曲がり角。ちょっと広くなってて、角のとこに木がいっぱい」
「そこだな」
「道ね、だあれもいないよ。ぜんぜん人通らないみたい……あ、馬車、そこまで来た」
凛が下道を見ていう。かすかだった蹄の音がはっきりと聞こえはじめた。
凛が沙弓を追い抜き、勢いよく茂みに駆け込んだ。
「凛ちゃ……ああ、あの、沙弓っ! 凛ちゃんをお願い。あの子、血の気が多くて……」
沙弓が眞子にうなずきかけた。
あの、あたしは?
ここで待機?
と、沙弓が視線をあたしに向け、
「かなめ」
手招く。あ、はい。
あたしは沙弓に駆け寄った。
沙弓はあたしにぐっと顔を近づけ、目を見つめながら、いった。
「いっしょに来てくれ。助けがいる」
助け……られるとは思わないんだけど……。
むしろ足手まといにならないかと……。
「かなめの、胆力を見込んで」
いや、見込まないでください……。