5 キョドって度胸
いつの間にか、太陽がずいぶん高くなってる。あたしたちはひらけた草地から木陰へと移動した。
死体の傍ってのも気分よくないしね……それが見えない場所を選んで、木の根元にならんで腰かける。
「……さあ、これからどうするか」
全員が腰を落ち着けると、沙弓がいった。
「じっとしててもどうしようもない。情報を集めないと」
「じょおほー?」
雛が首をかしげる。まさか、「情報」はわかるよね?
「じょおほー集め? インタビューとか?」
よかった……さすがにそこまで抜けてはいないか。ていうか、あたし雛のこと侮りすぎだ。
それに気づいて、自分が恥ずかしくなった。雛って、あたしなんかよりずっとしっかりしてるのに。さっきだって、ぎゃあぎゃあ叫ぶだけのあたしと違って、雛はちゃんと戦力になってた。
なんの役にもたたなかったの、あたしだけだ。
「どうした? なつめ」
沙弓がたずねる。
「気分が悪いのか?」
「え、い、いやなにも」
名前を呼ばれて、挙動不審ってしまう。そんなあたしを沙弓は心配そうに見つめている。
自分の役立たずっぷりに、ついつい暗くなってた。戦闘の役にたたないばかりか心配までさせて……。
「でも情報って……ここの人たちに会うの?」
眞子がためらいがちにいう。
「困ったことに、ならないかな」
「たしかに、現地人に接触するのは危険かもしれない」
「あの山賊、あたしたちを魔物って」
「そうだな。まあ異様な姿に見えたんだろう。なにしろ……」
沙弓は胸元を見下ろす。
真っ白い夏服の、大きなセーラーカラーにリボン結びのスカーフ。
ここの人たちの一般的な服装がどんなだかは知らないが、さっきの手斧男どものいでたちから見て、現代日本の標準的な高校生女子の制服って、ここじゃちょっとありえないデザインなんじゃなかろうか。
「この格好で現地人の前に出たら」
「魔物かなにかって思われて、退治されちゃうかも」
眞子がいうと、凛が、ヘッ、と鼻で嗤う。
「んなの、返り討ちにしてやっけど」
「凛ちゃん、おだやかに……」
「だがたしかに、そういう可能性も考えておいたほうがいい。応戦の覚悟はしておきたい」
沙弓の言葉に、眞子は眉根をくもらせて項垂れた。「背に腹」事件を思い出したんだろう。やっぱりまだヘコんでいる。
「しかし、不安ばかりじゃない」
ヘコむ眞子に向かって沙弓はいった。
「幸運なことにこの地では、どうやら私たちの腕力は増強されているらしい」
「ぞおきょ……」
「パワーアップね」
「そお! そおそおびっくりしたあー」
眞子の説明を得て、雛が叫んだ。
「サユミの剣が折れちゃったから、ヒナ、なんかかわりのないかなって、渡してあげよーっておもったのね。それで横にあった木の枝ひっぱってみたのね。そしたら、枝、すぐに取れちゃった」
あの枝をもいだのは雛だったのか。
「それにねリンもだよぅ。グーパンであのおっきい男の人、ふっとばしてた!」
「ん」
凛がうなずく。
「うちもあんなに効くとは思わんかった。それに……」
と、凛は傍らの眞子にちらりと視線を送る。が、それ以上はいわない。
岩を持ちあげたことだ。あの岩は、たしか沙弓たちが腰かけていた岩。かなりな大きさで、それ相応に、相当に重いはず。火事場の馬鹿力ってのを考慮に入れても、とんでもない腕力だ。
そうだ。みんなが力を発揮していた……あたしを除いて。
……役立たずなのは、あたしだけ。
沙弓が続ける。
「つまり、我々は不測に伍して戦うだけの力がある。それに力だけじゃなく、意気も勇気も備わっていることがわかった」
「ん」
と、凛がうなずき、じっとあたしを見つめ……ああああたしを? あたし?
「……かなめ、っつったよね?」
「あ、は、はあ」
「すげえな、あんた」
「は、はい?」
「すげえ度胸やん。マジ驚いたわ」
「へえっ?」
どきょお? 読経でも℃強でもなく、あの、度胸?
完全に挙動不審ってると、沙弓がいった。
「ああ。単身で真正面から敵を迎え撃ち、そのまま敵を引きつけて隙を作る……素晴らしい勇気と献身だ。おかげで、こっちの有利に運ぶことができた」
「そう! 全部かなめのおかげなの!」
眞子も大きくうなずいた。
「かなめが囮になってくれたからだよ。だから凛ちゃんも沙弓も山賊たちを横から襲撃できたし、あたしも……あの、あたしも、背後から……」
「かなめすっごおいぃ!」
「ああ。並大抵の胆力で出来ることじゃない。感服するよ」
「ちがっちがっ、それちがっ……」
違います誤解です誤解。あたしそんな計画的にやったわけじゃないし度胸も根性も皆無だし。むしろ度胸のなさとビビリの結果ああなっちゃったわけだし!
だけどアワアワしてるあたしの真意は伝わらず、みんなはあたしをMVP扱いでひとしきり盛りあがると、さっさと次の議題に移る。
「となると、まずは服装をなんとかしたい」
「どこかで調達できるかな。でもそれにはここの人たちと接触しないといけないし……」
「とりあえず一着はなんとか、いや分けて着れば二着はいけるか?」
え、もしかして。
あの手斧男から剥ぐんですか?
その推測は当たってるらしく、沙弓は首を傾け、木陰の向こうの草地をーー手斧男の死体を覗き見ている。
いや、度胸とか胆力とかさ……あたしのこと誉めてくれたけど、そこにおいては剣道部エースの男前様の足元に及ぶ人間、めったといないと思います……。
と、その時、
「ーーシッ!」
凛が短く、鋭くいった。唇の前に人差し指を立てる。静かに、のジェスチャーだ。木々の生い茂るその先を、じっと見ている。
あたしたちは身を屈め、身構える。
また、なにかあるの……?