4 反撃・セニハラ・ありがとう
「ッシャッ」
「たあっ」
「シャアッ」
「たあっ」
交互に鋭い気合いの声。その合間に、
「うあ、ひいいいぃ……」
男のうめき声があがる。
見ると、もうひとりの男が沙弓と雛に追い回されて、全力の後退りで逃げまどっている。
沙弓と雛は長い木の枝を持ち、掛け声と共にそれで男を打ちすえる。
タイミングよく交互にビシビシ入れるもんで、なんていうか打つ音も相まって、小粋なパーカッションプレイ? そんなかんじで、男のうなりも合いの手っぽく聞こえてきた。
「なんだ、なんだおまえら、あれの仲間かぁっ⁉︎」
「ッシャッ」
「や、やっぱり魔物か?」
「たあっ」
「待ってくれっ、悪かった、待……っ」
「シャッ」
「うああ……こ、このっ!」
男は唸りながら、ぴっちりと合わさった襟元に手をねじ込み、銀色に光るなにかを引っ張り出した。
ペンダント?
細い鎖に繋がった先端のモチーフを、沙弓と雛に向かって掲げる。
「退散、魔物よ退散せよ!」
「シャッ!」
「あああやっぱり効かないいいぃ……」
このっこのっとつぶやきながら、男は鎖を引きちぎり、ペンダントを沙弓に投げつけた。
沙弓は木の枝でそれを払う。と、枝の先に鎖が引っかかって巻きついた。そこで一瞬、沙弓の動きが止まる。その隙に、
「ひゃあ、ひゃああああああっ‼︎」
男は裏返った声で叫んで身を翻し、全力で茂みに飛び込んだ。
ーーうひゃああああああーっ
男の絶叫が遠ざかっていく。
ふう、と沙弓が息をついて、
「なんとか、追い払ったみたいだな……磐田?」
こっちの、手斧男との対戦現場へ振り返る。
呼ばれた眞子は、俯せに倒れて背中に岩を乗っけた男の傍らに立ちつくしている。
「あ、あ、あたし……」
眞子はだらんと垂らしていた両手をゆっくりと上げ、自分の体を抱きしめる。がたがたと震えている。水泳部にしては色白な顔からは血の気が引いて、いつにも増して白い。コピー用紙レベルに真っ白だ。
「あたし、こ、ころ……」
視線は足元の手斧男、の、頭部。
くすんだ深緑色の頭巾の一部が、どす黒く変色している。その下の地面は赤黒く濡れて、その色はゆっくりと周囲へ広がっていく。血だ。岩で頭をかち割られて、噴出した血が徐々に頭巾から浸み出してきている。
「……しちゃっ、た?」
「眞子!」
凛が、さっと眞子の傍に立つ。そして肩に、ぽんと手を置いて、
「もし、あん時こいつの頭割ってなかったら、うちらがやられてたし」
吐き捨てるような、不器用な口振りでいった。
「その通り」
沙弓も、反対側の傍らに立つ。
「正当防衛だ。私だって、もしも木の枝がもうすこし丈夫だったら、あいつを叩き殺してたよ」
いいながら、草地に目をやる。そっちを見ると、折れた枝が投げ捨てられていた。
最初に打った時の枝だ。初っ端の一本目で、枝が折れてしまったんだろう。そのすぐ傍の木の下枝がぐにゃりと曲がって、先端が無くなっている。拾った一本目が折れて、急遽、近場の木の枝をもいで戦っていたらしい。あのパーカッションプレイは、枝が折れない程度に手加減して打ち続けていたんだ。
それにしても、すごい力だ。あの木の枝、簡単にもげるような細さじゃないのに。
そういえば、岩を持ち上げて手斧男に叩きつけた眞子といい、巨体の手斧男をグーパンチの一撃でふっ飛ばした凛といい。
なんなの? うちのクラスって怪力特選の特選クラスだったわけ?
「でも、でもでも……」
眞子の瞳が潤みはじめた。
「でもあたし、ひとご……」
いいかけて、言葉に詰まる。かわりに、瞳から涙がぽろぽろとこぼれ出た。
「あ、あの」
あたしもなにか、いいたくて、なのに言葉じゃなくて涙が出てきた。もらい泣き? いや違う。あたしはモロに当事者だ。もらったとかつられたって、そんな風にいっていいわけない。
「背に腹はかえられん」
沙弓がきっぱりといった。
「この場合、殺るか、殺られるかだ」
「セニハラ……?」
沙弓の言葉に、雛が大きなまるい目をくりんと上方に動かした。目だけで宙を見て、ぽやんとした表情で考えごとをしている。って、なにを⁉︎ え、まさか!
どうやら、そのまさかだった。
「背に腹」がわからないらしい。セニハラ、セーニハーラー、とメロディをつけて口ずさみだした。視線は宙に浮いたまま。ああ、バカの顔だ。めっちゃ可愛い、きゅんきゅんさせられるバカの顔だ……!
「そう! サユミのいうとおり! マコ、これってセニハラだよぅ」
セーニハーラー、と歌い続ける。眞子はぽかんと口を開け、それから表情をくしゃっと崩した。泣き笑いだ。
「ありがとう……ありがと……」
礼をいう。そんな……!
「ありがとうは、こっちだああ!」
あたしは叫んでいた。
あたしの命を救うために、してくれたのに。それなのに、泣いて、なぐさめられて、そしてお礼をいってるだなんて!
「ありがとう! 眞子! ありがとおお!」
ただ、そういいたいだけなのに、絶叫していた。喋るの慣れてなくて、勢いでしかいけない。声のコントロールができない。
「ありがとう、ありがとう殺してくれて! あたし、死ぬとこだった! ほっとんど殺されてた! ありがとうほんとに、ほんとにありがとう!」
すると。
眞子が、あたしに抱きついてきた。
あたしの背中に手を回して、ぎゅって力をこめて抱きしめる。
あたしは硬直してしまって、身動きができない。抱きしめられるまま直立不動で、ひたすら感謝の言葉を叫び続けた。
「……ありがと、かなめ……」
「そんな、ありがとう! こっちがありがとう!」
ありがとう、って何回いうんだ。
でも、それ以外にいうことが見つからない。あたしたちは手斧男の死体の横で、泣きながらありがとうって何度も何度もいい合った。
ありがとう連呼のあたしと眞子を、沙弓と凛が見守ってる。そして雛の鼻歌に、アーリガートー、が混じりはじめた。
泣き声と、ありがとうと、セーニハーラーアーリガートー。それらの響きが混じり合いながら、異世界の青空に吸い込まれていく。