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26  セニハラ会議

 


「ざっけんなや。なんや勇者って」


 部屋の端っこの布団の上で、凛が悪態をつく。いつもならこういう言葉をとがめる眞子が、いまはなんの注意もしない。眞子は凛の隣の布団に腰を下ろし、膝の上のアリ・リウの背を撫でながらつぶやく。


「どういうことかなあ。あたしたちが、その……」

「伝説の勇者か……そう思われてもおかしくないような事をしでかしてしまったしな」

「魔王の歌も歌えるしぃ!」


 沙弓と雛が続けた。ふたりは眞子の隣をひとつ空け、その向こうのふたつの布団の上で落ちついている。

 では、五つ並んだ布団の、真ん中の布団の主は……そう、よりにもよって、あたし。


 雛が魔王の歌をフルコーラス披露した後、あたしたちは屋敷の上階に案内された。

 勇者云々の話はここまでにして、もうお疲れだろうからお休みを、と老ジシが。

 通された部屋の板張りの床の上には厚くてふっくらした敷物が敷いてあり、その上にふかふかの布団が五組、並べてあった。部屋の隅にはあたしたちの荷物の布袋。各布団の枕の傍には、あったかい光を放つランプがひとつずつと、その横に白い寝間着が、これもひとつずつ置いてある。


 あたしはぼっちの習いで、いちばん端の布団へと行こうとした。壁際向いての寝たふりは、コミュ障おなじみのガード技だ。

 なのに、どういうわけか沙弓と凛が、いち早く両端の布団へと進む。そしてさっさと服を脱ぎ去り寝間着に着替え、ふかふかの布団の上で落ちついてしまった。沙弓は上掛けを剥いで敷布団の上に正座、凛はそのまま上掛けの上で胡座。


 ちょ……っとこれは、どこへ行っても両側に人がいる状態だ。

 どう動けばいいのか戸惑っていると、


「かなめ、どうぞ」


 と、寝間着を手渡された。眞子が、ど真ん中の布団の上の寝間着を取って、あたしにすすめる。


「あ、ありがと……」


 って、これ今、あたしの位置は左から三番めの右から三番め、ドセンターって決定しましたね……。


 そういうわけで、凛眞子あたし雛沙弓、の並びになり、あたしは左右の会話の応酬を真ん中で堰き止めないよう、首をすくめて沈黙していた。


「とにかく、その勇者判定をどうするか」


 沙弓がいう。


「心当たりがないからには、はっきり違うというべきだろう。が、かといって我々には語れる身上がない……」

「勇者じゃありません、っていって、あたしたち自身のことは曖昧にしておくのは? ほら、お風呂場でもそう話しあったじゃない。適当にごまかしちゃおうって」

「それじゃあいつら納得せんやろ」


 眞子の意見に、凛がいう。


「なんにもない時ならごまかしても見過ごされるかもしれんけど、あいつら今は藁にでもすがりたい心境やろ。うちらを勇者って、助けてくれるはずって思いたがってる。だから、勇者じゃないなら何モンだ、身の上きっちり吐くまでは納得できん、って、絶対ゴネると思う」

「そうだな」


 沙弓は凛に同意した。


「否定して面倒なことになるくらいなら、勇者だとでもいっておいて、理由をつけてすぐさま村を出たほうが……」

「村の人たちを騙すの!?」


 眞子の声が強くなる。驚いたアリ・リウが、ちちっ! とかわいい声で鳴いた。


「そういうことになってしまうが……背に腹はかえられん」

「うん! セーニハーラあー」


 マコ、セニハラだよぅ、といいながら、雛が布団の上を転がる。

 でも眞子は、まだ納得しきれない。


「あのさ、こう、ごまかしながら、納得してもらうのを待つ、とかだと駄目なのかな」

「残念だがあまり時間がない。なるべく早めに発たなければ」

「え、どうして?」

「おぼえていないか? ここはーー地名なのか人種なのか、それとも民族的呼称なのかは不明だが、ともかくーーここの人たちはルドゥザーイだ」


 意味をはかりかねて、みんな黙る。でも一瞬の後、


「あ!」


 凛が短く声をあげた。


「あのおっさん……」

「うぇっ」


 あたしも思わず声が出た。そうだ、思い出した。

 ルドゥザーイ、ウルデウ……聞いたことがあるって思ったんだ。


「おっさんって、あの、漢気おじさん?」

「そうだ。ご自身のことを、ルドゥザーイと」


 たずねる眞子に、沙弓がこたえる。


「てっきり遠隔地からここまでを流している行商人かと思っていたが、そうじゃない。どうやらあの方はここの人だ。それも、行商人などではない。おそらく、ふたつの地ーー山向こうと山の上ーーに移り住んだ方々を見舞い、日用品などを届けに行くところだったんだろう」

「おっさん、山の上には二日後に着くって」

「そうおっしゃっていた。山の上からここまではどの程度の距離か……ここが魔物に襲われ、それを伝えに行って、翌正午には応援が到着している」

「近いね」

「あの方が山の上でどのくらい滞在するかによるが、最小限に見繕うなら、明後日には戻ってくることができる」

「……まずい」


 たしかにまずい。すっごいまずい。

 あたし、顔まるバレしてるし、着てる服はだまし取った五セットそのまんまだし。山の中でのあたしたちの行状ってば、まるっきり山賊、もしくは詐欺一味だ。

 しかも、村人の中にはあたしたちを怪しんでる人がいる。ランダさん。魔物じゃなけりゃ、賊かもって……。


「とにかく」


 沙弓は厳しい声でいった。


「騙すのは心苦しいが、これも背に腹はかえられない。様子を見て、なるべく早く村を出るようにしよう。必要とあらば、勇者と名乗ることも止む無し」

「ん」

「そうだね、わかった」

「ヒナもぉ!」

「よし。で、かなめのい」

「あ、あたしもっ」


 三人の賛成の後、沙弓があたしに目を向け口を開く。あたしは意見を求められる前に、すばやく右手を挙げた。


「沙弓の意見に、賛成……」

「よし。では、この方針で」


 全員が大きくうなずいた。

 助かった……テキトーなこといったのに、なぜか名案みたいに持ちあげられる、っていうのはもうこりごりです。




地味〜に間違えてたとこ修正しました。



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