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25  魔王といえば。

 


 勇者?


 意味がわからず、あたしは口をぽかんと開けた。

 沙弓は首をかしげ、言葉の意味をさぐるようにカーシャおばさんの目を見つめる。

 眞子は両手で覆っていた顔をあげた。驚きに、目をまるくしている。

 凛は例のすごみを帯びた声で


「あァ!?」


 と唸る。

 そして雛は……いうまでもないですね。今度は煮物の鉢を抱えて


「これもおいしー」


 とにこにこ笑っている。


「カーシャ、止めろ!」

「いえ、老ジシ」


 声を荒げる老ジシを、沙弓が止めた。


「老ジシ、ぜひ彼女のお話をお聞きしたい。カーシャさん、とおっしゃいましたね」


 沙弓がカーシャおばさんにいう。


「いったいどういうことでしょう。聞き違いでなければ、勇者、と」

「そうだよ! そうだ、あなたがたは勇者なんだろう? どうか正体を隠さず、我こそは、我らこそは勇者だと名乗りをあげておくれ」

「勇者というと、さきほどにお聞きした伝説の」

「そう……そうでございます。はるか昔に魔王を下し、ふたたびの苦難に巡りきて助けてくださる……いまこそがその時、そしてあなたがたこそ、その勇者のはず。灰の山の魔物も、黒の塔の魔王のことだって、よくご存知のはず!」

「しってるうー!」


 突然、素っ頓狂な声が響いた。

 雛だ。煮物の鉢から顔をあげ、


「ヒナ、魔王、しってるぅ!」


 ぴょんと立ちあがって言い放った。


「は?」

「ええっ!」

「んあァ!?」

「うげっ」


 あたしたち四人は同時に声をあげた。しかし、あたしの声だけはなんていうか発声自体に問題があるな……って、そうじゃなくて!


「ほら! そう、そうだろうとも!」


 カーシャおばさんが目を輝かせ、老ジシが息を呑む。村人たちにざわめきが広がる。

 あたしもそのざわめきに参加したい気分だった。

 雛、魔王を知ってるの!?

 なんで? いつ? どこで? どうやって?

 高速で3W1Hが浮かびあがり、頭が混乱してきた。だが、


「雛、それは初耳だな」


 沙弓はさすがだ。落ちついてる。


「知り合いに魔王がいたのか?」

「えー、サユミだってしってるよぅ! おんなじ中学だったもん。マコとリンとかなめはどうだかわかんないけど」

「おなじ中学……魔王と?」

「ちがうよう。サユミと、ヒナがぁ」

「たしかにそうだ。雛と私はおなじ中学の出身だ。だが私の知る限り、中学時代に魔王と知りあう機会はなかったはずだが」

「えええっ! わすれたのお? ならったよう音楽の時間にぃ!」


 と、雛はソプラノの声で朗々と歌いだした。


 あれ? この曲って。


 聞きおぼえのあるメロディと歌詞が、広間に響きわたる。その途端。

 村人たちのざわめきが恐慌にかわった。

 おばさんたちが悲鳴をあげ、おじさんたちが苦しげに唸る。おばあさんたちが震えながら両手で耳を塞ぎ、おじいさんたちは呪詛を吐きだし拳でテーブルを叩く。


「あ、うちも習ったわ、中学で」


 凛がつぶやいた。眞子も隣でうなずいている。

 はい。たしかに習いました。あたしの通ってた中学でも音楽の授業時間に鑑賞しました。

 なんだ、そういうことか……音楽ね、安心した……って、あたしたちはほっとひと息ついてるけど、ここの人たちは違った。


「なんと怖ろしい調べ……!」


 老ジシは、顔面を蒼白にしている。


「真に迫った、まるで魔王の凶行への畏れ慄きをそのまま歌に乗せかのような……きっと名のある吟遊詩人の作であろう」

「ええ。その通り」


 沙弓はあくまでも冷静だ。


「といっても吟遊こそはしていませんが、たしかに名のある芸術家の作です」

「ほう。その方のお名前は」

「詩人はゲーテ、曲をつけた音楽家はシューベルトと。それをさらにふたりの偉大な詩人が、我々の言葉に翻訳をなさった」

「なるほど……不肖、どちらも存じあげぬが、さぞかし都ではご高名であらせられるのだろうな……」

「はい。我々の住む都では」


 沙弓は老ジシに向かって深くうなずき、


「にしても」


 と、雛に向かう。


「雛、よくおぼえてたな」

「おぼえてましたぁ! だって歌詞のプリントもらったもん音楽の時間にぃ。でね、この曲かっこいーから、ヒナね、毎日歌ってたの。そしたらおぼえちゃったの! ヒナ、すごい? ねぇすごいでしょ?」

「ああ、すごいよ」


 沙弓はやさしく微笑んだ。誉められて雛は、えへん、と胸を張る。

 そしてまたあらためて、「歌曲・魔王」を歌いだした。さっきはクライマックスの部分だけだったけど、今度はがっつり冒頭から。


 ひゃあああぁ……うあああっ……いくつもの悲鳴と唸りが室内にこだまする。雛の得意げな歌声に、村人たちはまたもや恐慌状態へと叩きこまれた。



自ブログにこの回の歌詞掲載バージョン載せてます。

内容ほぼ同じ、こっちより六行ほど増えてるだけですが、もしご興味おありでしたら覗いてみてください!


https://ameblo.jp/kunugi-factory/entry-12384225041.html


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