24 「どうか!」
そして……」
老ジシの言葉は、そこで途切れた。
そして老ジシは口を閉ざし、うつむいて唇を噛んだ。肩を小刻みに震わせている。
泣いてるの? と思った。だけどすぐに違うと気がついた。
噛みしめた唇がすこし動き、ちいさな声がもれ聞こえる。
「畜生め、畜生……っ」
老ジシを震わせているのは、怒りだ。
他の村人たちも、みんなうなだれている。すすり泣く声も聞こえた。でもその表情には、嘆きだけじゃない感情が浮かんでいる。
怒りだ。
「……老ジシ」
沙弓が気遣わしげに声をかける。と、老ジシは顔をあげ、
「ーー失礼、すこし、取り乱してしまった。そうだ、二度目の襲撃があった。そして」
話を続ける。
「ーーあっけなく、すべてが終わった。村の娘はみな連れ去られた。前線に立っていた若者たちは殺されたーー応援に出向いてくれた山の民も。
死を免れた若者も、傷が癒えると灰の山を目指し、そして帰ってこなかった。攫われた娘たちを取り返すといって……無鉄砲にも程がある。だが止められるものではない。ルドゥザーイとはそういうものだ。殊に、若ければ尚更。
残った者たちは村を立て直そうと懸命に働いた。
年頃の者はいないが、幼い子供達がいる。彼らを中心に、やり直そうと。
あの鳥は、そうする間にも定期的にやって来た。
嘲笑うかのように村の上空を飛び、ルグォを喰らわせると毒気を出した。
ともかくも、しばらくは何事もなく過ぎた。
だが、それもすぐに壊れた。
あの蛹季からいくつかの季節を跨ぎ、やや年嵩の少女たちが娘といえる年頃になると、黒い軍勢がまたやってきた。
村人たちを傷つけ、娘たちを攫って、灰の山へと戻っていった。
いくら立て直そうと、この繰り返しだ。
もう、ここに昔の暮らしは望めない。
そう判断したーー私がだ。
村長はいない。村長はーー我が甥、若きジシ・エナンダは、もう戻っては来ないだろう。
だから、私が決めた。村長の代理として、村人たちに命じた。
この村はもう終わりだ。少なくとも、若く幼く未来ある者たちをこれ以上の危険には晒せない。
山の上と、山向こうの村に掛け合った。どうかしばらく、我々を受け入れてくれと。ふたつの地は承知してくれた。さらに、カガの谷を越えたあたりに、新しい村の候補地を定めた。
村人たちは子どもを連れてふたつの村に移った。季節が良くなれば、新しい村を拓くために谷を越えるだろう。
苦難に満ちた旅になろうが、ここにいるよりはずっといい。未来がある。新しい道を切り拓く可能性がある。
ここにはもう……未来はない」
「では」
いい終えて肩を落とす老ジシに、沙弓がたずねる。
「こちらにいらっしゃるみなさんは」
「生まれ故郷を捨てられぬ老いぼればかりだ。村に未来がないように、老いぼれの先行きにもなにがあるというわけでもない。ここで朽ちると決めた者が、未練がましく残っているんだよ……命の尽きるまで、な」
「なるほど」
沙弓はちいさい声で相槌をうって、口をつぐんだ。
老ジシも、それ以上はなにもいわない。
広間が、しんと静まり返る。
と、
「どうか、お願いだよ!」
突然、大きな声が響き渡った。
浴場施設にいたおばさんだ。お願い、お願いだよ、って叫びながら、あたしたちの席に駆け寄る。
そしてひざまずいて、
「助けておくれ! 娘を取り返しておくれ!」
「カーシャよ、止しなさい」
沙弓の膝に取りすがろうとするカーシャおばさんを、老ジシが静止しようとする。
「落ち着け。客人に失礼だぞ」
叱責する老ジシにカーシャおばさんは振り返り、きっと睨みつけた。
「老ジシ! あんただってそう思ってんだろ? この人たちが何者かって! とうとう現れたんだよ! どうしてはっきりいわないんだい!」
その言葉に、村人たちが一斉に立ちあがった。
視線はあたしたちに注がれている。
な、なんですかっ?
怒りと悲しみに満ちた視線をもろに食らって、あたしは完全にビビってしまった。おろおろとみんなを見回す。
すると。
沙弓はカーシャおばさんの背に手を置いて、ぽんぽん、となだめるように軽く叩いている。
凛は、見つめてくる村人たちにガンくれられたと思ったか、対面の村人をおもいっきり睨みつけている。
眞子は顔を手で覆っている。しくしく……って、もらい泣き? その前髪をアリ・リウがなぐさめるみたいにちょんちょんとつつく。
そして雛は……
「おいっしいー!」
ベイクドポテトっぽい塊にかぶりついていた。
もしかして、ビビってんのあたしだけ?
「お願いだ、どうか、お願いします……」
カーシャおばさんは顔をあげ、沙弓の目を見つめていった。
「魔王を倒して、この地に三たびの平和を……どうか、どうか! 勇者さま!」




