23 加護と誇り
村の周りの塀も、見張櫓も、この時まではほぼ、かたちだけのものだった。攻め入ってくるような敵もなく、攻め入られる要因になるような財宝もない。我らを悩ますものといえば、山道で偶々出会す賊か、住処から迷い出して塀の外をうろつく魔物か、籠季に荒れ狂う強風だけ。
はじめて、攻め入る敵を見た。そして。
新たな敵の前では、塀も櫓もやはり意味などなかった。
黒い軍勢は悠々と塀を越えてきた。
羽根のあるものがいた。すさまじい跳躍力で飛び越えるものもいた。
皆、一様に黒い。人のかたちに、黒い羽根を纏い、または黒い獣の毛を生やしていた。
村中を走り回り、若い女と見るや横抱きにして攫っていく。村の外の壁際に黒い幌の車がつけてあり、娘たちはそこに押し込められた。
男たちはーー特に若い、血気と覇気に逸る青年たちはーーすぐさま得物を手にして立ち向かった。
だが、あっという間に斃された。剣で、爪で、牙で。
時間は、さほどかからなかった。
しばらく暴れ、目につく娘を攫い尽くすと、黒い軍勢は去っていった。
黒く巨大な獣の引く、黒い幌の車と共に。
我らの、娘たちと共に。
亡骸を安置し、怪我人の手当てをして、それでも嘆いている暇などない。
各人が仕舞ってある武器を取り出し、山の上に事情を伝えに行った。
やつらは、またやって来る。
そう誰もが予感していた。
我々ルドゥザーイはかつての勇者との縁を誇りに、日々の鍛錬は怠らない。
隙をつかれたが、次には一矢報いねばならない。
手斧の刃先や鏃の先端にルグォの果汁を塗り込み、次の襲撃に備えた。
勝てるとは思えない。
だが、幾人か残った娘たちだけは守らねばならない。守り通そうと決意した。
娘たちを川沿いの作業場の地下室に隠す。その周りを厳重に固め、さらに囮の本拠地をたてて布陣を張る。
手早く計画を立て、すぐに実行に移した。
その様子を、おかしな鳴き声のあの鳥が、空中を飛び回りながら見つめていた。
山の上の村には、魔の奇襲があったと、そっちも厳重に注意をと伝えに行っただけだった。だが有難いことに、彼らは選りすぐりの精鋭をすぐさま差し向けてくれた。
命の保証はないといったが、元より承知と……それは誠に、申し訳のないことになってしまうのだが。
そして、翌日。
朝に、あの鳥。
そして午に、またあの軍勢がやってきた。
我々は、かつての勇者に繋がるもの。
民は皆、剣を、手斧を、弓矢をふるい、魔に立ち向かう。恐れはない。蛮勇といわれようと、決して退かぬ。ウルデウの加護とルドゥザーイの誇りにかけて、立ち向かう。
そして。
そしてーー




