22 あの朝と午
蛹季は、ここでは一番いい季節だ。まだ暑過ぎず、水が澄み、織った布地に洗いをかけるのに格好の頃合だ。ルグォの余分な芽を摘んで、良い実をつける準備をする大事な時期だ。
あの時にも、そうして蛹季を送っていたーー送るはずだった。村人は皆、日々の労務に心地よく疲れ、清々しい眠気をおぼえながら夜明け前に目覚めた。
あの日の朝にも、そうして目覚めた。
川沿いの工場に朝一番の火を入れるすこし前。おかしな音が村内に響いた。
ーーピギィ……
と。なにかの鳴き声だ。不吉で、身震いするような。
村人たちは皆が聞いた。練武のために広場に出ていた村人が、声のありかを確かめた。
ーーあれだ、あそこに鳥がいる
そう叫んだのは、ナジダだったか。
ナジダの叫びに、皆が集まってきた。暗がりの中、目を凝らしてナジダの指差す方向を見た。日は徐々に昇り、カダン邸の屋根にとまる鳥をぼんやりと照らし出した。
人々は口々に言った。見たことがない。あんな姿の、あんな鳴き声の鳥はここらにはいない、と。
鳥は飛び立ち、ゆっくりと我々の頭上を旋回した。まるで村の面々を観察しているかのようだった。
しばらく村の中を悠々と飛び回り、そして灰の山の方へと飛び去った。
鳥は、その翌朝にもやってきた。そのまた翌朝にも。不快な声と、不吉な姿。凶兆だということはすぐにわかった。鳥を見た誰もが、胸に暗い靄を抱えた。
この地にはふたつの伝説がある。
遠い昔に魔王を倒した勇者の伝説。
そして、魔王がいつかふたたびあらわれるという、未来の伝説。
今こそが、その未来なのかもしれない。
この鳥こそが、魔王の復活を徴すものなのかもしれない。
日々の仕事の合間に、皆がそう言い合った。
きっとそうだと。伝説を確かめるべきだと。
村での伝説は口伝えで、ほんの断片しかわからない。そこで、村長が伝説について詳しく調べようと、ウルデウの廟へと旅立つことにした。
廟はカガの谷底にある。そこへ村人が向かうのは羽季だけで、他の季節には厳しい道だ。だが村長は早速、思いついた翌朝に発ち……そして今日まで帰らない。
村長を送り出したその朝にも、鳥はやはりやって来た。
夜明け前に村を出る村長と、村長の共についた屈強な村人たち。その様子を見送り、鳥は灰の山に帰った。
その日の午。
いつも通りの蛹季の、疲労さえも心地よく、苦役さえも清々しい、日の一番高い頃。
突然に、空が曇った。
黒い雲は灰の山から湧き出てくる。
異様な鳴き声と吠え声が山間にこだまし響き渡る。
そして。
黒い軍勢が、灰の山から下りてきた。




