21 「辛い話」
短い沈黙の後、老ジシが口を開きかけた。その時、
「うっわあ、これおいっしー!」
高い声が響き渡った。
「かなめ! おいしいよこれー! 食べてみてこれぜったいかなめ好きだからあ!」
雛が、ほっくり蒸された肉? かなにかの塊を、あたしの口元に突きつけてくる。
いやあの、絶対好きって断言されちゃいましたけど、雛があたしの食の好みを把握してるとは思えないんですけど。いっしょにもの食べるのってこれがはじめてだし。ってか今日まで話もしたことなかったよね?
でも、せっかくおすすめいただいたので、ひとくち試させてもらうことにする。雛の手渡すそれを、いただきます、と口にして、
「あ!」
思わず、声がもれる。
「おいしーでしょ?」
「おいしい!」
「やっぱりぃーっ! ねーえ? でしょー? かなめ好きだと思ったのお。ほら、サユミ、食べて! マコもリンも食べてみてっ」
口の中に、香ばしい味わい。蒸しものじゃなくて、どうやら燻製だ。
舌の上でほろほろと崩れるそれは、肉? 根菜? それとも果実? わからないけど、苦味と甘みのこもったずっしりした風味で、
「たしかに。おいしいな」
「ほんと、おいしい」
「ん。ビールに合いそう」
「凛ちゃんまたあ。ダメだってば!」
沙弓たちも口々に賞賛する。
「あらあ、嬉しいね! どんどんお食べよ」
「うちの村の燻製技術もなかなかだろ? 燻材にも工夫があってよ、それはなテンジの木にルグォの種を加えて……」
「御託はいいんだよ! まだまだあるから遠慮はなしだよ」
村人たちがうきうきと騒ぎだす。
老ジシの言葉は途切れたままだ。沸き立つ村人の様子に、老ジシは苦笑している。会話を中断させられたことに困ったような、でもどこか、ほっとしたような表情だ。
「スープ、もう一杯!」
「はいよ! ちっちゃい嬢ちゃんがおかわりをご所望だ」
「そっちのお嬢さんは? お椀が空だよ」
「ん……じゃあ、いただきます」
「はいよ! おかわりね。まったく嬉しいよ。食べっぷりのいい若い子がいると気分がよくなるね。年寄りばかりじゃ辛気くさくてさ」
「あの」
そこで沙弓が、
「お年寄りばかり、とのこと。先程おっしゃっていた、若い婦女が攫われたという話、もし差し支えがないならば」
老ジシに向かっていった途端。
空気が凍った。
賑やかだった室内が静まり返り、てきぱきと配膳していた人の動きも、食べ物を口に運んでいた人たちの手も、ぴたりと止まる。
「……お聞かせ願えますか」
「辛い話だ。だが向き合わねばならない出来事だ」
老ジシは、ためらわずに語りはじめた。言わなければならないと、心に準備をしていたんだろう。
「遠い昔からの因縁だが、それはただの伝説だった。実際に我らのもとに災として降りかかったのは、ふたつ前の蛹季のことになるーー




