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19  鳥と石

 


 突然の光に、あたしはぎゅっと目を閉じた。


「眞子おっ!」


 凛の悲鳴じみた声が聞こえる。

 熱気と風圧は一瞬でおさまり、目をひらく。眩んだ目を瞬かせる。

 かすむ視界の中に、黒いものが空中を舞っている。いくつも。ひらひらとそよぎながら、床に落ちていく。


 羽根だ。


 黒い、鳥の羽根だ。


 視界を覆う羽根が落ちきる。そこには眞子が突っ立っていた。右手を胸の前に掲げたまま、呆然と。


「眞子っ!」


 凛が駆け寄る。あたしを押し退け、部屋の中央へ。


「あ、凛ちゃ……」


 眞子はぼんやりとした声でつぶやき、ぺたんと床に座りこむ。


「眞子、大丈夫か?」

「うん、へいき、だけど」


 凛が、眞子の隣に滑りこむように膝をつく。

 そして、そのふたりの傍には。


 白い鳥がいた。

 さっきまで白黒まだらの怪鳥がいたところに、それと入れ替わるように真っ白な鳥がいた。


 ーーキゥ……


 鳥は怪鳥のものとはまったく違う、軽やかな心地いい声で鳴いた。瞳の色は、薄い青色だ。かくんかくんと、左右に首を傾げながら、傍の眞子と凛を見つめている。


「アリ・リウ……」


 誰かがいった。

 それをきっかけに、村人たちが騒ぎだす。


「アリ・リウだ! どうしたってんだ」

「見てたか? なにがあった」

「僕の黒い羽根が抜けやがった。アリ・リウに化けたんだ!」

「違うよ! これが正体なんだよ」

「そうだ。僕はほんとうは……」


 騒然とする中、雛が眞子たちに駆け寄った。あたしもそうしたかったけど、痛んだ脚はうまく動かない。それに、あまりのことに、なんだか頭がくらくらしてきて……。

 と、背中にそっと手がまわされた。沙弓があたしの様子に気づいて、支えてくれる。


「老ジシ、アリ・リウとは」


 沙弓がたずねる。老ジシは深く息を吐き、部屋の中央へ進み出た。


「シグザ、怪我はないか」


 まず、天窓のおじさんにきく。


「おう! たまげたけどよ! ここまでは火は届かなかったんで、まったくの無事でございますよ」


 シグザと呼ばれたおじさんは、大声でこたえてから真下を向いて、


「嬢ちゃん、あんたはどうだ? 怪我はないか?」

「あ、はい……大丈夫です」

「そうか、そりゃ結構。どうかお手柔らかにな!」


 おどけた調子で眞子にいう。

 きっととんでもなく驚いたはずなのに、すごい度胸だここの人って。


「お嬢さん」


 老ジシは右手を鎖骨に置き、眞子たちに語りかける。


「お名前をいただけるかな」

「あ、マコ、です……」


 眞子は鎖骨に手をやって、いう。ついでに会釈もしている。そして、そっぽを向く凛を肘でつついた。


「リン」


 凛はふてくされた様子で、でもちゃんと名をいった。


「ヒナの名前は、ヒナぁ!」


 元気よく雛がいうと、次に老ジシはこっちを向いた。あたしの番だ。


「……カナメです……」


 蚊の鳴くような声って、こういうかんじなんだろうか。でも、よかった。ちゃんと聞こえたみたい。あたしを見つめながら鎖骨に触れて、眞子の方へと向き直る。


「そちらを」


 眞子の右手を指した。

 ぼんやりとしながらも、右手をかたく握りしめていた眞子は、はっと居住まいを正す。そして手の中のものを老ジシに向けた。

 老ジシはそれを拾い上げ、壁際を取り囲む村人たちに掲げ見せた。


「これが、下僕(しもべ)の正体だ」


 人々の間にどよめきが起こる。


 それは、ちいさな煤けた小石だった。


 アリ・リウと呼ばれた鳥は、ちちっと鳴いて眞子にすり寄る。ぱたぱたと羽ばたいて軽く飛び、眞子の肩にとまった。


「きゃ」


 眞子がちいさく叫ぶ。凛が身構え、威嚇するようにアリ・リウを睨む。が、アリ・リウはひょいと首をかしげて凛を見た。

 邪気も毒気もないしぐさ。赤から青に変わった瞳は、つぶらで愛嬌たっぷりでなんともいえずにかわいらしくて、


「……ん、っと」


 凛の警戒は、しおしおとしぼんでしまった。戸惑ったように、ただアリ・リウを眺める。

 老ジシはその様子に微笑んで、


「ずいぶんと暮れてしまったな」


 天窓を見上げた。向こうに見える空は、すっかり暗くなっている。

 老ジシは、ふう、と軽く息を吐き、


「腹も減ってきた。さあ、晩餐としよう」


 壁際の村人たちに微笑みかけながら、いった。



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