18 効いてる。なんか、ある。
「ここのところは見かけなかったから、油断していたな。来たとしても朝の暗いうちが主だったので、まさか夕暮れにあらわれるとは思いもせなんだ」
「避けられないのですか? 魔除けを置いておくとか。例えば、こんな」
と、沙弓は胸元をさぐる。襟の合わせ目から、銀色のモチーフを取り出した。
「あ、それ」
眞子が手元を覗きこんで、つぶやいた。
「山で……」
あの盗賊が持ってたやつだ。沙弓の木の枝の得物に絡まったやつ。持ってきてたんだ。
「そんなもん、気休めだよ!」
村人の中から声があがった。リシャおばさんだ。
「うちの馬鹿もシェンワンの市で買ってたけど、まったく効きゃしない」
「おい、そりゃ違うだろう。取り消せよ!」
反対側からランダがいう。
「あら、効かなかったってのはあんたも知っての通りだろ?」
「効かねえのは承知だ。だが馬鹿呼ばわりってのはねえだろうよ!」
「そっちの方だってみなさんご承知の事実だよ。うちのは馬鹿だしそいつは効かない!」
「魔除けの類を村内の方々に掲げたこともあったが、効果が無くてな」
「そうか……」
沙弓は銀のモチーフを胸元へと戻しかけた。その時、
ーーグギャッ!
怪鳥が、ひときわ高い声をあげた。耳孔を貫くような鋭い響きに、その場の全員が凍りつく。
怪鳥は、ばたばたと羽根をはばたかせ、だけど飛ばない。
飛べないんだ。頭をぐらぐら揺らしながら、その場で跳ねては落っこちる。
そのまま、狂ったように身踠いて、悲鳴みたいな鳴き声をあげ続ける。
「これは……」
老ジシの視線は、沙弓に注がれている。
沙弓の手の中の魔除けは、怪鳥の方を向いていた。胸元に戻そうとした時に角度が変わって、怪鳥へと掲げられるかたちになっていた。
そして、怪鳥の様子が狂いはじめた。
つまり、これってーー
「効いてる……」
「魔除けを使ってるぞ……!」
「なにもんなんだ、いったい」
村人たちが口々にいう。
怪鳥はその場でぐるぐると回りはじめた。
その様子を見て、
「おい、殺れんじゃねえか?」
「これだけ弱ってりゃ、斬れるかもしれないよ!」
「そうだ。よし、刃物持ってこい!」
村人たちが色めきたつ。
そこへ、
「ちょっと待って!」
叫び声とともに、眞子が部屋の中央へと飛びだした。
「沙弓、それ挙げてて!」
いって、怪鳥へと近づく。
全員が、驚いて立ちすくむ。そこでいち早く動いたのは凛だった。
「眞子! やめろ下がれ!」
「凛ちゃん黙ってて!」
ぴしゃりといわれて、凛も立ちすくんでしまう。だが一瞬の後に気を取り直し、凛は村人の群れを掻き分ける。眞子の方へと進んだ。
「眞子っ!」
「こないで! かなめ、凛ちゃん止めて!」
あ、あたし?
「は、はいっ」
リア充さまの命とあらば、従うしかない。あたしは足を引きずって横へ動き、傍をすり抜けていこうとする凛の前に立ち塞がった。
「てめ、退けや!」
ぎろりと睨まれる。でも、
「す、すいませんすいません!」
退くわけにいかない。どっちの命令をきけばいいのか、わかんないけど、いまはなぜか眞子に従うべきって気がする!
凛は、仮にも怪我人のあたしを突きとばすわけにもいかなくて、ぎりぎりと睨みつけるばかりだ。
「こっの、ちっくしょ、ヤんのかてっめ」
「ヒナもとめるのてつだうぅ!」
雛が可愛い声で宣言し、凛の腕にぶら下がった。
そうするうちに、眞子は怪鳥のすぐ傍にきている。狂ったように床を這いずって回り、羽根をばさばさと羽ばたかせる怪鳥は、眞子の足元で急に動きを止めた。
そして、眞子を見あげる。
ーーピャ……
高い鳴き声。だけどずいぶん弱々しい。
眞子は跪いて怪鳥に手を伸ばし、その首元に触れた。撫でるように手を動かして、羽毛の下を探る。
「眞子ぉっ!」
凛が叫ぶ。ほとんど泣き声だ。
「大丈夫だから、心配しないで!」
全員が、息を呑んだ。眞子はそのまま怪鳥の羽毛を探り、怪鳥は小刻みに震えはじめた。
「……なんか、ある。これ、なんだろ、あ」
と、眞子が右手を上に挙げる。
「石?」
それと同時に、
ーーギャアアアアッ……
耳をつんざく怪鳥の鳴き声。さらに一拍後に、ゴオッという音。一瞬、激しい光に目が眩んだ。
火だ。
眞子の右手から火柱があがった。




