15 作戦会議 in 湯船
薬湯の湯船の中で、沙弓がぽつりという。
「この銭湯、ごく一部しか使ってないな」
「そうなの?」
「ん」
たずねかけた眞子に、隣の凛がこたえた。
「さっき、ここに来がけにカーテンの隙間から見てみたら、湯船にいろんなもん放りこんであったし」
「いろんなもん、って?」
「布とか袋とか、掃除用具みたいのとか。湯船は誰も入らんみたいやった」
「ああ。私の見た部屋では、天井の照明が外してあった。もう使ってないんだろう」
「そっかあ、過疎化だね……異世界でも、人口の中央集中化は避けられないのね。若い人はいないっていってたし。都会に出てっちゃったのかな」
「ん……でも」
凛はうなずき、だけど、まだなにかいいたそうだ。なのにそのまま黙ってしまう。
凛と眞子はさら湯の湯船に浸かり、沙弓と雛とあたしは薬湯のほうにいる。薬湯はごく薄い紫色をしていて、すっきりと目の覚めるような、さわやかな香りがする。
「いーにおいー」
雛は薬湯に顔を浸け、それからがばっと立ちあがる。湯船から跳び出て、さら湯の方に移動した。雛はこれを何回も繰り返している。
「さあ、それはさておき」
と、沙弓が背筋を伸ばす。
「これから、どうするか。この世界についての情報を早急に得るべきではあるものの、まずは我々の境遇について。村の人々にどう説明するか」
「全部、正直にいっちゃっていいんじゃないかな」
眞子がいう。
「山道のあの、馬車のおじさん? あの人にも、もしかしたら山賊のふりなんかせずに、最初っからいっちゃっててよかったのかも。ここの人たち、話せばわかるってかんじだもの」
「でもな、魔物の類って思われたらどうする?」
眞子の意見に、凛は反対だ。
「あのおっさんだって、変な格好の女どもに『気がついたら山の中にいました』なんて聞かされてたら、逆の方向に漢気が突っ走ってたかもしれんやろ。あやしい集団や、さっさと退治したろ、って」
「そうかな? うん、そうかも……」
「たしかにその危険性は考慮すべきだ。人々は友好的で親切だが、それはあくまでも、我々が通りすがりの旅の者だという前提にたっている。馬車の方の勇気や施しも、かなめが山の上の者ーーアイデルザイ、とかいう近隣の住人ーーと思ってのことだ。外様どころか、こことは違う世界の者と知れたら、どういう扱いを受けるかはわからない」
「そうだね……」
眞子はしばらく黙りこみ、それから、
「ねえ、ここだと、異世界ってどういうものなんだろ」
「どういう、とは」
「あたしたちみたいなの、よくあることなのかな。他の世界からやってきたり、逆にどこかに飛ばされたりって」
「ああ、それもそうだ」
眞子の疑問に、沙弓も顎先に指を添えて考えはじめた。
「もしかすると、異世界転移というのは、ここではよくあることなのかもしれない」
「だよね? だったら話がはや……」
「だったら余計に気ぃつけないと」
凛が眞子の言葉をさえぎる。
「異世界人ってのはここの連中にとって、無条件で敵かもしれんし。ひょっとしたら、魔物ってのは異世界人のことをいってんのかもな。だったら、うちらがそういうのって知れたら、一発で」
と、首筋に人差し指を真横に滑らせる。
「コレ、な」
首を掻っ切る、ってしぐさ。
「ああ……そういうことも、あるのか……」
眞子はうつむいてしまう。
じゃあ、どうすれば?
「かなめ、どーするー?」
雛が隣の湯船から、こっちの湯船に飛びこんでくる。
「雛、質問の前に、自分の意見はどうなんだ」
「どーおしよっか、どぉしよっか。ヒナにはわかりません」
「わかんないよね。あたしも、もうどうしていいか」
「うちも、わかんね」
そして全員で、はあ、と深く息をつく。
みんな困ってる。でも、お風呂の中で聞くため息は、困惑よりも満足を感じて、いやな印象が全然ない。
だったら遠慮なく。あたしも、はああ、とため息をついて、
「適当に、ごまかすしかないのかなあ……」
とつぶやいた。
すると、
「そうだよね!」
ざばあ! っとお湯を揺らして眞子が立ちあがる。
「とりあえず、そうしとこうよ! 情報収集も大切だけど、なるべく話ははぐらかすかんじで」
「そうだな」
ざばあっ! 今度は沙弓が立ちあがる。
「こっちの核心には触れないように、記憶が曖昧なふりで乗り切りつつ、向こうの情報を探っていこう」
「ん」
また、ざばあ! がくるか? と身構える。けど凛は立ちあがりはしなかった。体を乗り出して、こっちの湯船の縁に肘をつく。
「情報収集は、無理のないくらいにな。深追いは泣きをみるけん」
「さーんせー!」
最後に、雛が大きく手を振りあげた。ざばあ! だけど立ちあがるんじゃなく、勢いをつけてお湯に潜る。ぶくぶくぶく。ゆらゆら揺れるツインテの間から泡がたった。
「と、いうわけで、いまのところはかなめの意見に依るとしよう」
「了解!」
「ん」
どうやら意見は統一されたらしい。しかも、あたしの意見らしい。
いや、意見なんていってませんが。ただなにげにひとりごとをつぶやいただけですが。
みんな立ちあがったりしてるし、あたしもなんかやんなきゃいけない? でも、すっぱだかで仁王立ちとか、胸元まるだしで身を乗り出すとか難易度高すぎなんだけど……潜るのがいちばん恥ずかしくない? なんか叫んで、ざばっと潜っとく?
って迷ってたら、なんか別にそこの挙動は統一されなくてよかったみたいだ。
「ああ、いいお湯でした!」
「ん」
って、眞子と凛は湯船から出て、傍に積まれた布地で体を拭きはじめている。
雛も湯船から飛び出した。
そして沙弓は。
「さら湯にも浸かっておくか」
と、あたしを抱きあげる。
「い、いや、けけ結構、もももう充分ででです!」
「かなめ、遠慮しちゃだめ。ちゃんと休まなきゃ」
「うちらは村内を偵察しとく」
「ヒナも!」
三人はサクサクと服を着て、ごゆっくり、と言い残したきり出ていった。
あとは、あたしと沙弓のふたりきり。
沙弓は湯船の縁を跨ぎ越えると、あたしをそっとお湯の底に座らせた。そして向かい側に陣取って、腕を組んで目を閉じる。
ちょ……っと、こう、コミュ障的にめちゃ辛い状況なんだけど。
男前さまとふたりきりで残されて、どう乗り切れば?
なにか喋ったほうがいい? そりゃお話したほうがいいよね? でもなにいえばいいの? ってか、まずありがとうとかいわなくちゃ。でも沙弓、瞑想状態に入ってるっぽいし話しかけないほうがいい?
どうすんの? あたしの脚のためなんだから、これお風呂あがるタイミングもあたしが決めなきゃなの? じゃあ最終的にはあたしから話しかけなきゃじゃん! いつ? どうやって? なんていうの?
眞子は「ちゃんと休まなきゃ」っていったけど、これ、まったく気が休まる気がしません。
ひたすらに頭ぐるぐるさせていた、その時に。
ーーギャアッ、ピギャアッ……
おかしな音が、上方から聞こえた。




