表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/26

15  作戦会議 in 湯船

 


 薬湯の湯船の中で、沙弓がぽつりという。


「この銭湯、ごく一部しか使ってないな」

「そうなの?」

「ん」


 たずねかけた眞子に、隣の凛がこたえた。


「さっき、ここに来がけにカーテンの隙間から見てみたら、湯船にいろんなもん放りこんであったし」

「いろんなもん、って?」

「布とか袋とか、掃除用具みたいのとか。湯船は誰も入らんみたいやった」

「ああ。私の見た部屋では、天井の照明が外してあった。もう使ってないんだろう」

「そっかあ、過疎化だね……異世界でも、人口の中央集中化は避けられないのね。若い人はいないっていってたし。都会に出てっちゃったのかな」

「ん……でも」


 凛はうなずき、だけど、まだなにかいいたそうだ。なのにそのまま黙ってしまう。


 凛と眞子はさら湯の湯船に浸かり、沙弓と雛とあたしは薬湯のほうにいる。薬湯はごく薄い紫色をしていて、すっきりと目の覚めるような、さわやかな香りがする。


「いーにおいー」


 雛は薬湯に顔を浸け、それからがばっと立ちあがる。湯船から跳び出て、さら湯の方に移動した。雛はこれを何回も繰り返している。


「さあ、それはさておき」


 と、沙弓が背筋を伸ばす。


「これから、どうするか。この世界についての情報を早急に得るべきではあるものの、まずは我々の境遇について。村の人々にどう説明するか」

「全部、正直にいっちゃっていいんじゃないかな」


 眞子がいう。


「山道のあの、馬車のおじさん? あの人にも、もしかしたら山賊のふりなんかせずに、最初っからいっちゃっててよかったのかも。ここの人たち、話せばわかるってかんじだもの」

「でもな、魔物の類って思われたらどうする?」


 眞子の意見に、凛は反対だ。


「あのおっさんだって、変な格好の女どもに『気がついたら山の中にいました』なんて聞かされてたら、逆の方向に漢気が突っ走ってたかもしれんやろ。あやしい集団や、さっさと退治したろ、って」

「そうかな? うん、そうかも……」

「たしかにその危険性は考慮すべきだ。人々は友好的で親切だが、それはあくまでも、我々が通りすがりの旅の者だという前提にたっている。馬車の方の勇気や施しも、かなめが山の上の者ーーアイデルザイ、とかいう近隣の住人ーーと思ってのことだ。外様どころか、こことは違う世界の者と知れたら、どういう扱いを受けるかはわからない」

「そうだね……」


 眞子はしばらく黙りこみ、それから、


「ねえ、ここだと、異世界ってどういうものなんだろ」

「どういう、とは」

「あたしたちみたいなの、よくあることなのかな。他の世界からやってきたり、逆にどこかに飛ばされたりって」

「ああ、それもそうだ」


 眞子の疑問に、沙弓も顎先に指を添えて考えはじめた。


「もしかすると、異世界転移というのは、ここではよくあることなのかもしれない」

「だよね? だったら話がはや……」

「だったら余計に気ぃつけないと」


 凛が眞子の言葉をさえぎる。


「異世界人ってのはここの連中にとって、無条件で敵かもしれんし。ひょっとしたら、魔物ってのは異世界人のことをいってんのかもな。だったら、うちらがそういうのって知れたら、一発で」


 と、首筋に人差し指を真横に滑らせる。


「コレ、な」


 首を掻っ切る、ってしぐさ。


「ああ……そういうことも、あるのか……」


 眞子はうつむいてしまう。


 じゃあ、どうすれば?


「かなめ、どーするー?」


 雛が隣の湯船から、こっちの湯船に飛びこんでくる。


「雛、質問の前に、自分の意見はどうなんだ」

「どーおしよっか、どぉしよっか。ヒナにはわかりません」

「わかんないよね。あたしも、もうどうしていいか」

「うちも、わかんね」


 そして全員で、はあ、と深く息をつく。

 みんな困ってる。でも、お風呂の中で聞くため息は、困惑よりも満足を感じて、いやな印象が全然ない。

 だったら遠慮なく。あたしも、はああ、とため息をついて、


「適当に、ごまかすしかないのかなあ……」


 とつぶやいた。

 すると、


「そうだよね!」


 ざばあ! っとお湯を揺らして眞子が立ちあがる。


「とりあえず、そうしとこうよ! 情報収集も大切だけど、なるべく話ははぐらかすかんじで」

「そうだな」


 ざばあっ! 今度は沙弓が立ちあがる。


「こっちの核心には触れないように、記憶が曖昧なふりで乗り切りつつ、向こうの情報を探っていこう」

「ん」


 また、ざばあ! がくるか? と身構える。けど凛は立ちあがりはしなかった。体を乗り出して、こっちの湯船の縁に肘をつく。


「情報収集は、無理のないくらいにな。深追いは泣きをみるけん」

「さーんせー!」


 最後に、雛が大きく手を振りあげた。ざばあ! だけど立ちあがるんじゃなく、勢いをつけてお湯に潜る。ぶくぶくぶく。ゆらゆら揺れるツインテの間から泡がたった。


「と、いうわけで、いまのところはかなめの意見に依るとしよう」

「了解!」

「ん」


 どうやら意見は統一されたらしい。しかも、あたしの意見らしい。

 いや、意見なんていってませんが。ただなにげにひとりごとをつぶやいただけですが。


 みんな立ちあがったりしてるし、あたしもなんかやんなきゃいけない? でも、すっぱだかで仁王立ちとか、胸元まるだしで身を乗り出すとか難易度高すぎなんだけど……潜るのがいちばん恥ずかしくない? なんか叫んで、ざばっと潜っとく?


 って迷ってたら、なんか別にそこの挙動は統一されなくてよかったみたいだ。


「ああ、いいお湯でした!」

「ん」


 って、眞子と凛は湯船から出て、傍に積まれた布地で体を拭きはじめている。

 雛も湯船から飛び出した。

 そして沙弓は。


「さら湯にも浸かっておくか」


 と、あたしを抱きあげる。


「い、いや、けけ結構、もももう充分ででです!」

「かなめ、遠慮しちゃだめ。ちゃんと休まなきゃ」

「うちらは村内を偵察しとく」

「ヒナも!」


 三人はサクサクと服を着て、ごゆっくり、と言い残したきり出ていった。


 あとは、あたしと沙弓のふたりきり。


 沙弓は湯船の縁を跨ぎ越えると、あたしをそっとお湯の底に座らせた。そして向かい側に陣取って、腕を組んで目を閉じる。


 ちょ……っと、こう、コミュ障的にめちゃ辛い状況なんだけど。

 男前さまとふたりきりで残されて、どう乗り切れば?


 なにか喋ったほうがいい? そりゃお話したほうがいいよね? でもなにいえばいいの? ってか、まずありがとうとかいわなくちゃ。でも沙弓、瞑想状態に入ってるっぽいし話しかけないほうがいい?

 どうすんの? あたしの脚のためなんだから、これお風呂あがるタイミングもあたしが決めなきゃなの? じゃあ最終的にはあたしから話しかけなきゃじゃん! いつ? どうやって? なんていうの?


 眞子は「ちゃんと休まなきゃ」っていったけど、これ、まったく気が休まる気がしません。

 ひたすらに頭ぐるぐるさせていた、その時に。


 ーーギャアッ、ピギャアッ……


 おかしな音が、上方から聞こえた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ