14 お湯「いただきます」
村のお風呂場は共用で、ここのすこし先にあるらしい。
屋敷を出て裏手にまわり、さらに村の奥へ。あたしの膝は本格的につらくなってきていて、また沙弓がおぶってくれた。一応遠慮はしたんだけど、特訓だから、だそうです。
日の傾きかけた空の下、きれいにならされた土の道をしばらく行くと、道の先に背の高い建物がいくつも並んでいる。作業場か、工場かってかんじの施設。山側から引き入れられた川が施設群の手前を流れていて、川の傍では水車がまわっている。
川にかかった橋を渡ると、奥のほうの建物の屋根から、高い煙突がにょきっと突き出しているのが見えた。
雛が、その煙突を指す。
「お風呂、あそこだ。煙突のとこっておばちゃんいってた」
「なるほど、施設で使う火の熱を利用して、銭湯の湯を沸かしているんだろう」
銭湯? なのかな?
共同のお風呂場なら、こういうのも銭湯って呼ぶのかな?
よくわかんないけど、沙弓がいうならそうなんだろう、と、思う。
「素朴なかんじの村だけど、」
眞子があたりを見まわしながらいう。
「自治体の規模はなかなかのものみたいね」
自治体?
って呼ぶにはそぐわない雰囲気だけど、でも、うん、自治体だよね。異世界地方自治体。なにしろ眞子がいうんだから、その通りなはずだ。
「ん」
凛もうなずく。でも、
「ん。やね……やけど……」
なにか、腑に落ちないらしい。
公衆浴場、沙弓曰くの銭湯につくと、その
「なかなかの規模の自治体」
って印象がさらに強まった。
建物は間口からして大きくて、中も相当に広い。
室内の広いスペースは布で仕切られ、仕切りの内側には大きな木の盥が並んでいた。
あたしたちが案内されたところには、盥のうちのふたつにお湯が張ってあった。これが湯船らしい。
ひとつで、一度に五人、充分に入れそうな大きさだ。
そんな盥の湯船が、まだいくつも。たぶん仕切った他のスペースにもまだまだある。今はあたしたちしかいないけど、正規の営業時間にはこの全部にお湯が入り、たくさんの村人たちが次々にやって来ては、ここでお湯を使っていくんだろう。
施設の規模も、その連携も、人口も、たしかになかなかのものだ。
しかし……。
まあお風呂でも、みんな平気でぽんぽん脱ぐよね……。
ここでまた、更衣室式自意識のしみじみを味わうことになった。本日二度目。
やっぱりみんな、まったく遠慮躊躇なく、堂々とすっぱだかになるんだもん……。
みんなの脱ぎっぷりに感心しつつ、仕切りの布の陰で身を隠すみたいにこそこそ脱いでたら、
「どうした? 脚が痛むのか?」
まんまと沙弓に不審がられた。
「手伝おうか?」
「いえっ! 大丈夫です!」
そんな! 男前さまに脱衣を手伝っていただくなんて! しかも全裸の!
わたわたと後退りしながら脱ぎ終えた時、
「あのねえ、いい忘れたけども」
真横の仕切り布が、勢いよく開いた。
「んっぎゃっ!」
「あがったら、そこの布使って。それと誰ぞ怪我したって……ああ、あんたかい?」
入り口で案内してくれたおばさんだ。焦りまくるあたしの顔をしげしげと眺めてから、左側の盥を指す。
「そっちの方、薬草入れたから。忘れずに浸かってきなよ」
「あ、ありが」
礼をいう間もない。仕切り布は開いた時と同じくらいに勢いよく閉まって、あたしの最後の「とう」が宙ぶらりんになった。
そこへ、
「んっぎゃあっ!」
またあたしの叫び声が響く。だって、だって!
「いやだいじょおだいじょおっ! あるっけますっからっ!」
「遠慮はいい。無理をされると余計に面倒になる」
沙弓に抱きあげられていた。
だっこって! こんな状況で状態で姫だっこって! 全裸で! 全裸に!
「かなめ、どっち先に浸かる? さら湯から? それとも薬湯にする?」
眞子が盥湯船のお湯を覗き込みながら、楽しげにきく。こっちも当然ながら全裸。
「薬湯がよくね?」
凛がいった。凛はもう、さら湯の方に浸かっている。
「そうだな。まず薬湯でいいか?」
「は、はい……おまかせしま……」
「雛、湯加減は?」
「ちょっと熱めでーす! でもきもちいーでーす!」
雛は薬湯の湯船に手を突っ込み、ぐるぐるとかき混ぜる。いうまでもなく全裸です。
「よし。それではお湯をいただくとしよう」
沙弓はあたしを抱きあげたまま、薬湯の湯船を縁を跨ぐ。そして、ゆっくりとあたしをお湯の中に放した……あ、あったかい。熱めで、気持ちいい。
沙弓も、あたしの隣でお湯の中にしゃがみ込みながら、
ふう、と息をつき、
「……いただきます」
といった。
……え?
意外な言葉に、あたしは瞬時に振り返る。
いただきます?
いやそりゃお湯をいただいてはいますが、こういう時って、それ、いう?
はじめて聞いた。でも沙弓のいうことだし、間違いはないはずって気もする。剣道部ではこういうの? それとももしかして、これって一般的な常識だった? いわずにお湯に入ってきたあたしのいままでの習慣のほうが、むしろ間違ってる?
でも、驚いたのはあたしだけじゃなかったっぽい。
凛がさら湯の湯船から、こっちを振り返って見ている。眞子は湯船の縁に手をついたまま、目をまるくしている。雛はその場でくるくるまわりながら、いたーだーきまあー、とリズムをつけて囀っている。
沙弓が、無意識でいった自分の言葉に気がついた。
「え、あ」
めずらしく、口ごもる。その頰が、すこし赤くなった。たぶん、お湯の熱さのせいだけじゃない。
「……うちの家では、こういうんだ」
俯いて、いった。
……なるほど。
松尾家のしきたりじゃ、しょうがない。
そして沙弓は両手でお湯を掬うと、ざぶざぶと顔を洗いはじめた。
もしかして、照れてる? まさか男前さまが、そんなわけない?
でも、沙弓のその様子は、なんだかすっごく可愛く見えた。




