表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/26

14  お湯「いただきます」

 


 村のお風呂場は共用で、ここのすこし先にあるらしい。

 屋敷を出て裏手にまわり、さらに村の奥へ。あたしの膝は本格的につらくなってきていて、また沙弓がおぶってくれた。一応遠慮はしたんだけど、特訓だから、だそうです。


 日の傾きかけた空の下、きれいにならされた土の道をしばらく行くと、道の先に背の高い建物がいくつも並んでいる。作業場か、工場かってかんじの施設。山側から引き入れられた川が施設群の手前を流れていて、川の傍では水車がまわっている。

 川にかかった橋を渡ると、奥のほうの建物の屋根から、高い煙突がにょきっと突き出しているのが見えた。


 雛が、その煙突を指す。


「お風呂、あそこだ。煙突のとこっておばちゃんいってた」

「なるほど、施設で使う火の熱を利用して、銭湯の湯を沸かしているんだろう」


 銭湯? なのかな?

 共同のお風呂場なら、こういうのも銭湯って呼ぶのかな?

 よくわかんないけど、沙弓がいうならそうなんだろう、と、思う。


「素朴なかんじの村だけど、」


 眞子があたりを見まわしながらいう。


「自治体の規模はなかなかのものみたいね」


 自治体?

 って呼ぶにはそぐわない雰囲気だけど、でも、うん、自治体だよね。異世界地方自治体。なにしろ眞子がいうんだから、その通りなはずだ。


「ん」


 凛もうなずく。でも、


「ん。やね……やけど……」


 なにか、腑に落ちないらしい。


 公衆浴場、沙弓曰くの銭湯につくと、その

「なかなかの規模の自治体」

 って印象がさらに強まった。


 建物は間口からして大きくて、中も相当に広い。

 室内の広いスペースは布で仕切られ、仕切りの内側には大きな木の盥が並んでいた。

 あたしたちが案内されたところには、盥のうちのふたつにお湯が張ってあった。これが湯船らしい。

 ひとつで、一度に五人、充分に入れそうな大きさだ。

 そんな盥の湯船が、まだいくつも。たぶん仕切った他のスペースにもまだまだある。今はあたしたちしかいないけど、正規の営業時間にはこの全部にお湯が入り、たくさんの村人たちが次々にやって来ては、ここでお湯を使っていくんだろう。

 施設の規模も、その連携も、人口も、たしかになかなかのものだ。


 しかし……。

 まあお風呂でも、みんな平気でぽんぽん脱ぐよね……。


 ここでまた、更衣室式自意識のしみじみを味わうことになった。本日二度目。

 やっぱりみんな、まったく遠慮躊躇なく、堂々とすっぱだかになるんだもん……。


 みんなの脱ぎっぷりに感心しつつ、仕切りの布の陰で身を隠すみたいにこそこそ脱いでたら、


「どうした? 脚が痛むのか?」


 まんまと沙弓に不審がられた。


「手伝おうか?」

「いえっ! 大丈夫です!」


 そんな! 男前さまに脱衣を手伝っていただくなんて! しかも全裸の!

 わたわたと後退りしながら脱ぎ終えた時、


「あのねえ、いい忘れたけども」


 真横の仕切り布が、勢いよく開いた。


「んっぎゃっ!」

「あがったら、そこの布使って。それと誰ぞ怪我したって……ああ、あんたかい?」


 入り口で案内してくれたおばさんだ。焦りまくるあたしの顔をしげしげと眺めてから、左側の盥を指す。


「そっちの方、薬草入れたから。忘れずに浸かってきなよ」

「あ、ありが」


 礼をいう間もない。仕切り布は開いた時と同じくらいに勢いよく閉まって、あたしの最後の「とう」が宙ぶらりんになった。

 そこへ、


「んっぎゃあっ!」


 またあたしの叫び声が響く。だって、だって!


「いやだいじょおだいじょおっ! あるっけますっからっ!」

「遠慮はいい。無理をされると余計に面倒になる」


 沙弓に抱きあげられていた。


 だっこって! こんな状況で状態で姫だっこって! 全裸で! 全裸に!


「かなめ、どっち先に浸かる? さら湯から? それとも薬湯にする?」


 眞子が盥湯船のお湯を覗き込みながら、楽しげにきく。こっちも当然ながら全裸。


「薬湯がよくね?」


 凛がいった。凛はもう、さら湯の方に浸かっている。


「そうだな。まず薬湯でいいか?」

「は、はい……おまかせしま……」

「雛、湯加減は?」

「ちょっと熱めでーす! でもきもちいーでーす!」


 雛は薬湯の湯船に手を突っ込み、ぐるぐるとかき混ぜる。いうまでもなく全裸です。


「よし。それではお湯をいただくとしよう」


 沙弓はあたしを抱きあげたまま、薬湯の湯船を縁を跨ぐ。そして、ゆっくりとあたしをお湯の中に放した……あ、あったかい。熱めで、気持ちいい。


 沙弓も、あたしの隣でお湯の中にしゃがみ込みながら、

 ふう、と息をつき、


「……いただきます」


 といった。


 ……え?


 意外な言葉に、あたしは瞬時に振り返る。

 いただきます?

 いやそりゃお湯をいただいてはいますが、こういう時って、それ、いう?


 はじめて聞いた。でも沙弓のいうことだし、間違いはないはずって気もする。剣道部ではこういうの? それとももしかして、これって一般的な常識だった? いわずにお湯に入ってきたあたしのいままでの習慣のほうが、むしろ間違ってる?


 でも、驚いたのはあたしだけじゃなかったっぽい。


 凛がさら湯の湯船から、こっちを振り返って見ている。眞子は湯船の縁に手をついたまま、目をまるくしている。雛はその場でくるくるまわりながら、いたーだーきまあー、とリズムをつけて囀っている。


 沙弓が、無意識でいった自分の言葉に気がついた。


「え、あ」


 めずらしく、口ごもる。その頰が、すこし赤くなった。たぶん、お湯の熱さのせいだけじゃない。


「……うちの家では、こういうんだ」


 俯いて、いった。


 ……なるほど。

 松尾家のしきたりじゃ、しょうがない。


 そして沙弓は両手でお湯を掬うと、ざぶざぶと顔を洗いはじめた。

 もしかして、照れてる? まさか男前さまが、そんなわけない?


 でも、沙弓のその様子は、なんだかすっごく可愛く見えた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ