12 麓の村で
村落は、木でできた高い塀で囲われていた。
あたしたちはその塀の前に立ち、見張り台らしき櫓を見上げる。
正面の門の両端に、それぞれひとつ。どっちにも人がひとりずつ座ってるけど、あたしたちになんの反応も示さない。
「……寝てんな」
凛が、ぼそっといった。
と、
「たのもーーーーーっ!」
沙弓が大声を張り上げた。
「なっ、なななんだァッ⁉︎」
道場破りまがいの呼びかけに、櫓のふたりが跳び起きる。
「おい! 人がいる!」
「女の子じゃねえか……なんてこった、どこの子だ?」
「理由あってこちらに立ち寄った、市井一介の者である!」
沙弓が、ぜんぜん「市井の女の子」っぽくない調子でいう。
「当方未熟にして旅慣れず、支度にも不慣れなりて、恥ずかしながら立ち往生している由。どうかそちらにてご助言と、できればなにがしらのご援助賜りたく参った次第!」
「と、とにかく中へ入んな。いま門開けっから」
「馬鹿野郎、そんな気軽に開けんじゃねえ!」
櫓から降りようとした片方を、もう片方が怒鳴りつける。
「魔物かも知んねえぞ!」
「せっかく服調達したのに、また魔物呼ばわりかよ…」
凛がつぶやく。
と、
「ああ、女の子が女の子をおぶってんぞ! 怪我したのか? ちょっと待ってろ!」
「こらァ勝手に開けんなって……!」
片方の男の人が櫓を降り、それからすぐに門が開いた……っていうより、隙間があいた。
「入んな! ほら早く!」
男の人が焦った様子で、その隙間から手招きする。
あたしをおんぶしたまま、沙弓がそこへ駆け込む。後に三人も続いた。
全員が村落内へと入ると、門ははすぐに閉じられた。相当に急いた様子だ。
あたりは静かでのどかで、見張りは居眠りするくらいに平和。その風景と、この焦ったそぶりはぜんぜん似合わない。なにに怯えているんだろう。魔物?
魔物ってそんなに怖いの? あたしたちみたいな女子高生と見間違えるようなのが?
「いったいどこから来たんだい」
「荷物はそれだけ? 旅に不慣れっても程があるよ」
「疲れたろう、ゆっくり休んで。お風呂の用意もしておくからね」
あたしたちは大きな屋敷に招き入れられて、群がるおばさんたちの歓待をうけた。
おばさんたちは屋敷の広間に入れ替わり立ち替わりやってきては、焼き菓子風の軽食やら水気たっぷりの果物やら、あったかくて苦いお茶やら冷たくて甘い飲み物やらをどんどん差し入れる。
「あーりがーとー! いっただっきまーっす! うわーおいしー!」
雛は童顔と子供っぽい言動を武器に、おばさんたちをどんどん落としにかかっている。っても別に、雛本人には落としてやろうなんて気はないんだろうけど、おばさんたちはすっかり雛の虜だ。雛の一挙手一投足に、目尻が下がりっぱなし。
「こんなちっちゃい子が、あの山道をねえ……辛かったろうに」
って、雛のほっぺたをふにふにしながら涙ぐんでるおばさんまでいる。
……おばさん、そのちっちゃい子は山道なんて屁でもない体力モンスターで、幼く見えますが年齢はザックリ四捨五入すると既に成人枠です。
つんつん、と、眞子があたしの腕をつつく。
「……逆だったね」
ちろっと舌を出して肩をすくめた。
服の前合わせのことだ。
結局、眞子は女合わせにして、あたしもそっちに倣って着てみたんだけど。
ここの人たちの服装は、おじさんたちは長い上着にズボン。
おばさんたちはあたしたちの着てるのと同じ、重ね着のワンピース。ウエスト部分を布や革の帯で絞り、裾がロングのフレアスカートになっている。
そのどっちもが、着物合わせだった。つまり、眞子やあたしと逆。
でも、逆でも間違いってわけでもないみたい。さっき屋敷に入るとき、おばさんのひとりが眞子の胸もとを見ながら、ああこりゃこの子はほんとに遠くから、とかなんとかいっていた。だから、たぶん……
「あ、あのね、たぶん、住んでる地方」
によって、合わせが違うんじゃないかな、っていおうとした時だ。意を決してあたしから、話をしようとした時だ。
「おいおい、そんな呑気なことでいいのか⁉︎」
大声とともに、広間の扉が乱暴に開けられた。




