11 トックントックン
「次は、あの木までー! ここから何歩かかるでしょうか?」
眞子が大きな動作で手を挙げる。
「あたしはねえ、二十八歩にします。ね、雛はどう?」
「ヒナはぁ、んーと、さんじゅう!」
「おっけい。雛は三十で。じゃあ凛ちゃん、何歩にしましょうかー?」
このゲームがーー眞子発案の「何歩かかるでしょうかゲーム」がーーはじまったのは、山道を下りはじめてかなり経った頃だった。
どんなゲームかっていうと、道の先の目印になるものを選んで、そこまでの歩数を予想するっていう。
服を着替え終えてから、とにかく人里を目指そうって、山道を下ることになった。
はじめは普通に歩いてた。草地から見えた村落を目指して、とにかく道なりに下っていけば着くだろうって。
でも、見たかんじではすぐ近くっぽい村落まで、実際にはかなりの距離があったらしい。
いくら歩いても、山道の終わりが見えない。どこまで行けば麓にたどり着くんだろう……って、誰も口にはしないけど、きっと不安になりはじめた頃。
眞子が道の先の大きな岩を指して、
「あのさ、あの岩まで何歩くらいだと思う?」
っていい出した。
そこから、このゲームがはじまった。
全員が歩数を予想して、足並みを揃えて歩く。予想から一番遠かった人が負けで、次の目標まで、全員の服を入れた袋を持っていく。
みんな疲れてたけど、ゲームなんだって思うとやる気が出はじめた。そしてみんなで並んで「いち、に」って数えながら歩くと、だんだん楽しくなってきた。
「ただ歩くより、ちょっとでも面白いほうがいいよね?」
って、眞子はいった。
すごいな、って思う。
リア充っていうけど、眞子の場合、ほんとになんでも充実させる。楽しみながら、さらっとやってのけてしまう。だからみんなに好かれて、もっと毎日が充実していくんだ。
それに、雛。
雛も、すごい。
ちいさい体で、すごく小柄で、みんなと歩調を合わせるだけでもみんなよりずっと疲れると思う。なのに不平なんてまったく言わない。
一見、疲れたぁーとか、ヒナもう歩けないーだなんていい出しそうなかんじなのに、そんなこと一切いわずに黙々と歩いてる。
「ん。じゃあうちは十五歩」
眞子の問いに、凛が答える。
「じゅうご? 凛ちゃん、それは大胆な予想ですねえ」
口調とは裏腹に、眞子はやさしく微笑んでいる。きっと、凛の真意に気づいてる。
ううん、眞子だけじゃなくて、あたしも。たぶんみんなも。
このゲームを何回か繰り返してから、凛は大幅に負け越しはじめた。
たぶん、わざと負けてる。自ら荷物の運搬役を買って出てる。
小柄な雛が負けて荷物を担いでいる時、いまにも手を差し伸べそうになってた。でも、ゲームはゲーム、ルールはルールだから。代わってやろうかだなんていえないから。
「ヤる」とかなんとかいってたとは思えない。仲間に対してはすごく優しい。
凛も、すごい人なんだ。
だから、あたしだってがんばらないと。
弱音なんて、いえない。
なのに、
「かなめ、大丈夫か」
沙弓がいった。
「脚が、どうかしたのか」
……見破られた。
「なんでもない、です……」
っていっても、沙弓はもう確信してるし。バレてるし。
実は、ちょっと前から膝のあたりがおかしい。山賊に追い回された時に捻っちゃってたみたいなんだけど、それが下りの山道を歩くうちに、本格的に痛みはじめた。
でも、みんながんばってるのにあたしだけが痛いの辛いのっていえない。だから黙ってたんだけど……。
「かなめ、脚が痛いの? ダメだよ無理しちゃ」
「いや、平気っ……平気ですから!」
「平気じゃないよ、なんかあったらちゃんといってね?」
う、眞子のこの諭し方、ほんとにお母さんみたい。
「うーん、どうしよう。このまま歩いてもっと酷くなっちゃったら困るし……そうだ」
と、肘で凛の腕をちょんと小突いて、
「凛ちゃん、おぶってあげなよ」
「はァ⁉︎」
くすくすと笑う。凛は大声でたずね返した。
「な、あァ⁉︎ なんでうちが!」
「だってほら、凛ちゃん、かなめの婚約者なんでしょ?」
そこまでいうと、眞子のくすくす笑いが弾けた。
「かなめ、凛ちゃんと一生添い遂げるって!」
おもいっきり笑い出す。
馬車のおじさんにいった、出まかせの身の上話。その中でこのエピソードが眞子のツボだったらしくて、草地で着替える前にいった時にも、体を捩りながら爆笑していた。
眞子の笑いはぶり返して、止まらない。
「で、おじさん……そのおじさん、やめとけって……おっかない兄ちゃんはやめろとかって! すっごい親切な忠告……もお最高なんだけど! も、おっかしい……!」
「……ざっけんな」
「ざっけてないよ。ね凛ちゃん、ほら、おぶってあげて」
「ああ、あのあたし、ほんと平気だから! 歩けますから!」
「平気じゃないな」
沙弓が会話に割って入る。
「だんだん歩き方が崩れていってる。疲れが増せば、さらに動きに無理が出てくる」
と、こっちに背を向けて跪く。
「私が負おう」
え。
一瞬、躊躇したけど、沙弓の口調は有無をいわせない。
「……失礼します」
と、背中に乗った。
沙弓はいとも簡単に、すいっと立ち上がる。背こそ高めだけど、細身で、筋骨隆々なんてのからはほど遠い体型。でもさすがに運動部のエースだ。すごく鍛えてる。あたしをおぶって、苦もなく歩きだした。
「あの……すいません」
「いや、強化特訓だ」
は?
「そうだ! トックン! ヒナもトックンしないと!」
意味不明だけど、雛は理解したらしい。沙弓の言葉を聞くや、急に走りだした。
「あ、雛! 坂道走っちゃダメ!」
背中に叫ぶ眞子に、すーぐもーどるうーと叫び返して坂下へと駆けていった。
雛……疲れたとかぜんぜんいわない、不平不満なしで健気に歩き続けてる、って感心してたんだけど……。
もしかして単純に、とんでもない体力オバケで、実際まったく疲れてなかったってだけ? いやそれならそうで、ますます尊敬モノではあるんだけども!
「特訓?」
怪訝そうに凛がきく。
「ああ」
沙弓はうなずいた。
「強化特訓が入ってた。西校との定期交流試合前だから」
西校っていえば、うちの高校の運動部にとって、代々因縁のライバル校だ。
「我々剣道部は前回、残念ながら総合結果で惜敗した。今回はなんとしても勝ちたい。そこでバス旅行から学校に戻ったら、出場選手の中核をなす二年部員は即、短期強化特訓を開始する予定だった。だから帰りのバスでも体力を温存してたんだが……。こうなったらせめて、なにか特訓メニューの替わりになるようなことをしていたい」
沙弓は、ふう、とため息を吐く。
「しかし……他の部員はどうしているんだろう。私たちのことなど気にせず、予定通りに日程を進めていてくれればいいんだが」
「練習試合、いつなん?」
凛がきく。今度は、怪訝そうにじゃなくて、どこか心配そうに。
「来週の土曜だ」
「じゃあ、それまでに帰りたいね」
眞子がぽつりといった。
沙弓が力強くうなずく。
「ああ。帰る。なんとしても、帰る」
いい切った。
それまで、あまりにもいろんなことが急にありすぎて、考えることもできなかった元の世界のこと。
それを急に思い出した。そうだ。帰らないと。
家に。家族のところに。
全員が俯いて、しんみりしかけた時だった。
道の向こうから、
「ねええええーーーーっ!」
雛の高い声が聞こえた。
「ねえ、みんなあああーーーっ!」
叫びながら、坂を駆け上がってくる。登りだってのにすごいスピードで。
あっという間に沙弓の目の前にやってきて、しかもぴょんぴょん跳ねている。息切れひとつしてない。
すごい……ほんとに体力オバケだ。体力プラス持久力の化物だ。
「あのね! すぐだよ!」
「お疲れ。だが、すぐ? すぐにどうした?」
「すぐそこ! 曲がって、曲がって、曲がったら、山道おわり! そしたらすぐそこに、村!」
もうひとつ連載してる方の話でも、今ちょうど「とっくんとっくん」いってます。
登場人物を「特訓好き」とかって設定してましたがどうやら特訓が好きなのは書いてる私です! ていうか特訓が好きな人が好き。おはずかしい!
そして後書きスペース使うのはじめてなんですけど、ちゃんと書けてるんでしょうか? もしも変なかんじになってたら、これまたおはずかしい!




