10 お着替え問題
馬車のおじさんに貰ったというか、かっぱらったというか、有り体にいっちゃうと騙し取った五着は、カシュクールワンピ風? っていうの? 着物っぽい前合わせのデザインだ。それを、同デザインの薄手のものと重ねて着る。
服の入った袋を担いで草地傍の木陰に戻り、色違いの五セットの服を広げると、五人それぞれが好きな服に手を伸ばす。被ることなく、全員が違うものを選んだ。
沙弓は朱色がかった赤。雛はラベンダー色っていうのか、淡い紫。眞子はクリーム混じりのやさしい黄色。凛は、緑色というか……翡翠色? そしてあたしは深い青色だ。
そしてお着替えタイムがはじまった。
みんな、まったく遠慮なくためらいなく、ぽんぽん脱いでいく。女ばっかりだし、っていっても、一瞬も躊躇せずに人前で下着になれるのはすごいと思う。やっぱり自意識過剰の陰キャとは違うよね……改めて。これ、学校の更衣室でいつも思うことなんだけど、しみじみと。
あたしも意を決して、さっき山道で脱いでからまた着たセーラー服をふたたび脱ぎ、杢グレーの下着セットの上に肌襦袢風の一枚目を身につけた。
そこで、
「ねーこれ、こっちが上でいいのかなあ?」
雛の可愛い声が聞こえた。
全員の動きが止まる。振り向くと、雛が服の前合わせをぱたつかせている。
「たしかに……」
沙弓が自分の胸元を見下ろし、いった。沙弓はもう、重ねた二枚に袖を通し終え、布帯を締めかけていた。
「前合わせは、左右どっちが上なんだ?」
沙弓の服は、着物合わせになっている。
「つい、道着の時の癖でこっちで着ていたが……」
「あ、でもね!」
と、今度は眞子がいう。眞子も袖を通し終えて軽く前を重ねてるけど、合わせは沙弓と逆だ。
「さっきの山賊の服もそうやって着たんでしょ? だったら沙弓ので正解なんじゃないかな。その、馬車の漢気おじさん? その人になんにもいわれなかったんでしょ?」
「あのおっさんも山賊どもも、どっち前にしてたっけ」
おじさんや山賊の着ていた上着も、同じように着物風に前を重ねたデザインだった。
凛はしばらく考え込み、それから沙弓の胸元を指す。
「ん。それ。おっさん、たしか沙弓と同じ着方してた」
「いや、私の着たものもさっきの馬車の御仁も、両方共が男物だ。もしかすると洋服のように、男性と女性では着方が違うかもしれない」
「そっかあ、そうだね……」
眞子がうなずく。眞子が無意識に選んだ合わせは、洋服の女合わせの癖なんだろう。
「じゃあ、どっちにしよー」
雛のぱたぱたが、どんどん激しくなっていく。いまや、ばったばった。
そして、
「ねーえ、かなめはどお?」
大きな目を、きゅるんとあたしに向けた。
みんなの会話をぼんやりと聞いていたあたしは、ものの見事に動揺してしまった。
「あ、はいっ⁉︎」
「かなめだけまだなんにもいってない。ねーえ、どお思う?」
いや、いやいやいや。
あたしだけがなんにもいってない、ってそんなの通常運転なんですけど⁉︎
いままでの学校生活で、あたしが人前で自分の意見を述べたことなんてありましたっけ?
ないですよね? 常に目立たぬように身を縮めて生きてきたんだもん。いや縮めなくたってもとより地味で、目立つような人間じゃないんだけどもー。
「そうだな。かなめの考えも聞いておきたい。どう思う?」
「ね、かなめはどっちがいい? 右前か、左前」
って、そんな内心の弱気キャラ宣言だって当然できるはずもなく……ただアワアワしてると、沙弓と眞子までがたずねてきた。
「え、っと、どう、って」
全員がこっちに注目してる。それだけでもうめっちゃ緊張する。
「それは……各自、好きな風に……」
「んぁァ?」
声がちいさくて聞こえづらかったか、凛が眉根をしかめてこっちを見た。
こ、怖いぃ! ブルッてると、今度は眞子が眉根を寄せる。
「凛ちゃん、いちいち凄まない!」
って凛に向かって凄むんだけど、こっちはぜんぜん怖くない。ちっちゃい子を叱ってる若いお母さん、ってかんじ。
でも、
「……悪ぃ」
凛はあたしに頭を下げた。
これってつまり、周りから見てぜんぜん怖くなくても、ちっちゃい子にとってはお母さんに叱られるのって超怖い、とかそういう意味?
いや凛はちっちゃくないし眞子もお母さんじゃないし……なんて頭ぐるぐるさせてると、
「そうだよね、わかんないんだもんね」
お母さん、じゃなくて眞子がいう。
「うん。好きな風に着ればいいよね。かなめに賛成」
「考えても答えは出ないか。とりあえずは統一せず、各自で好きにするしかないな。かなめの意見に二票だ」
「ヒナもぉ」
「ん。うちもテキトーに着るわ。まあ、同意見」
「じゃあ解決ね」
なんか、話がまとまったらしい。
眞子がきらっきらの笑顔をあたしに向ける。
「かなめ、ありがと!」
「え、あ、どういたしまして……」
いやあたしに感謝されても。なんにもやってないし。あんなの提案したうちにも入らないし。
でも。
眞子の笑顔を見ていると、すっごく誇らしくなった。なんにもしてないのに、なぜか達成感があった。
ちっちゃい子がお母さんに誉められたかんじ?
……って。
だから眞子はお母さんじゃないんだってば!




