1 ぼっち(含む五名)、異世界へ
陰気キャラな人間にとっての辛い場所ランキングがあるとするならば、
「盛り上がってる状況の中」
っていうのは、必ずや上位にランクインするはずだ。
今、陰キャを自認するあたし、結城かなめは、その
「盛り上がってる状況」
の真っ只中にいる。
ただいま現場は、クラス旅行帰りのバスの中。絶体絶命。
みんな大盛り上がりで席替えて男子女子で並んじゃったり……まあ二年一学期末のバス旅行っていえば、うちの高校じゃカップル成立の大イベントって有名だし。なるほどこんな風にお付き合いがはじまるわけね。
でもこれ、ぼっちで人と話すのも盛り上がるのも苦手なあたしとしては、ひたすら居心地悪い……。やっぱり後部座席に移っとけばよかった。
出発前に先生がいってたんだよね。疲れてるやつは後ろの席で休んどけって。
それで何人かは自主的に後方に行って。あたしも行こうかなって思ったんだけど、そういう主張をするのも苦手で見送っちゃった。なにしろ弱気なぼっちだし。
それに、自ら志願して席替えるような主張の強い人たちに囲まれるなんて、もっと気が休まんないし。なにしろ弱気なぼっちだし!
でももう限界。カラオケはじまった。前の席から一曲ずつとか、近くの男子とデュエットとか! 無理! よくこんなの耐えられるよねリア充どもが!
バスの中からは出られない。でもせめて、盛り上がりの最高潮からは距離をおきたくて、
「ちょっと、ごめん」
隣に声かけて席を立つ。隣の席の子は、バス乗ってからはじめて声出したあたしに驚いてる。
「え、起きてたの? ずっと黙ってるから寝てると思ってた」
寝たふりはぼっちの処世術。へへ、と薄く愛想笑いをして、後方へと進む。
前方には生徒たちがぎっしり。そこからちょっと間あけて、後ろに固まってる数人の生徒たち。
全員、女子だ。
そして、危惧した通り。全員、なんていうか、キャラの主張が強い。
怖じ気づきかけるけど、まあいいんだ話するわけじゃなし。必殺技、寝たふりで乗り切りますよ。
と、
「結城さん」
名前、呼ばれた。
振り向くと、傍の窓際の席からだ。
「み、美国池さん」
「桃香でいいわ」
美国池さんは、首筋にかかった栗色の長い髪を後ろに払いながら、いった。そんな、名前呼びなんて……でも、
「……桃香さん」
ついつい従ってしまう弱気なぼっちです。
美国池さん、改め、桃香さんは、後部座席からすこし手前、前方集団からはやや後方の、どっちにも属さない位置にひとりで座っていた。さすが孤高の一匹狼……というより、一輪の花。そう、彼女は孤高。誰もが羨む美貌と明晰な頭脳を持ちながら、誰とも馴れあわず、いつもひとり。でもぼっちじゃなくて孤高ね。やってることは同じようでも、ぜんぜん違うんだよねあたしとは。
「後ろのお席にいらっしゃるの?」
あたしは声を発せず、ぶんぶんと頷いた。桃香さんと口をきくのは、これがはじめて。正直、びびるんですけど。
桃香さんは微笑みながら、
「そう。足元お気をつけて」
という。たしかにバスは揺れまくりで、足元注意だ。桃香さんに会釈をして、よたよたと歩く。
後部座席の面々が近づく。こっちも、そのうちの誰とも一度も話したことがない。
最後尾の五人がけに、中央の座席を空けて座っている、計四人。
右側のふたりは腕組みをして俯いている。剣道部所属の二人組だ。窓際は主将で女なのにめっちゃ男前。中央寄りの方は可愛いんだけどめっちゃバカ。ふたりとも目を閉じてる。寝てるんだろうか。
左側のふたりは、クラスでなにかと目立つ存在だ。窓際の茶髪は窓の外を眺めていて、隣のポニテがなにかしきりに話しかけている。
ポニテは水泳部で明るくて常に元気で、男子にも女子にも人気がある。つまりあたしと正反対ですね。でも、リア充代表みたいなこの人が、なんで後部座席にいるんだろう。
と、茶髪が不意にこっちを向いた。そしてこっちを見た、っていうか、
睨んだ!
あたしのこと、ギラッて!
すかさず、すぐ脇の座席に滑りこむ。最後尾よりふたつ前、桃香さんのひとつ後ろの席。
そして体を縮こめる。
心臓、止まるかと思った。あの人に、地域でも名の通るケンカ番長に睨まれるなんて……。
今日で確実に、寿命縮んだ。1/4日くらい。なんかさ心臓の動悸って一生で打てる回数決まってるっていうじゃない? それでいうと、あたしの平坦な人生のうち、今日のこの時、桃香さんとのファーストコンタクトからヤンキーに睨まれた件までで、確実に四半日分は消費した。ていうか現在も消費し続けてる。すっごいドキドキしてる。ドキドキ、ドンドン、ドカンドカン。
……ドカンドカン?
なんかへんだ。これ、心臓…じゃない。
じゃなくて、バスが揺れてる。下から突き上げられるみたいに、縦に激しく揺れてる。
と、次の揺れがきた。いっそう大きい。ぐいっと体ごと持ち上げられるみたいな。
「……っきゃ」
きゃあ、って叫びかけたんだ。
でも、その前に目の前が真っ暗になった。思いっきり揺さぶられて、それから背中を掴んでどこかへ引っ張り込まれるみたいな、そしてーー
「……ざっけんなや」
呟き声が聞こえた。
「ほらまたあー」
そこへ被ってくる、明るい声。
「ダメでしょ凛ちゃん怒ってばっかで」
「怒ってない困ってんの。これ、マジざっけんなってカンジやん」
声に起こされて、あたしは目を開いた。
陽の光に一瞬、目がくらむ。
何度かのまばたきの後、視界には青い空。抜けるように快晴の。
寝転んでいたらしい。起き上がる。緑の野に、茂る木々。さえずる小鳥たちの声。どうやら山の中腹だ。目の前には緑なす山々と、その合間を縫う街道が見え、山あいには木の塀で囲われた小さな集落がある。そしてはるか遠く、いっそう高い山の上には、高くそびえる漆黒の塔。その尖塔の先端に渦巻く雲は、あたかも魔王の居城を守る巨龍のよう……って、
「なにこれぇ⁉︎」
あたしは絶叫して立ち上がった。
「あ、起きたあー」
「急に立ち上がらない方がいい。頭を打ってるかもしれない」
さっきとは反対側から、声。
振り向く。ふたり、草の上の岩に腰掛けている。
剣道部の二人組だ。男前と、バカ。松尾沙弓と、大沢雛。
反対側に目を向けた。
草の上に座り込んでる、水泳部のリア充と、茶髪のケンカ番長。磐田眞子と、間垣凛。
「これっこれっこれってっ」
あたしはもつれる舌で必死に言葉を繰り出した。
「なんなのっなんなのここどこなのどういうことなのどうしたってのっ!」
「いや知らんし」
「凛ちゃん言い方冷たい。だよねびっくりするよねあたしたちも驚いたもん」
「どうやらバス事故の衝撃で、異世界に飛ばされたみたいだ」
茶髪とリア充と男前がいった。
「い、いいい異世界ぃ?」
「わ、かなめちゃんって喋れるんだ!」
動揺してるあたしを指差して、剣道部のバカが笑う。
「声、はじめて聞いたぁ」
「雛、人を指差すな」
「そういえば、結城さんとはじめて話すね。そうだ、あたしたちもかなめちゃんって呼んでもいいかな。ね凛ちゃん」
「知らん。勝手にすりゃええやん」
か、かなめちゃん?
ドキドキした。この異常な周囲の状況もさることながら、それよりも、陰キャぼっちにとっての衝撃的な出来事に。
バカとリア充、いままでなんの接点もなかったふたりからの、ちゃん付け名前呼び。
たまんないほど動悸が早まる。そんな風に呼ばれんの、小学校、いや、幼稚園以来?
もう、心臓に悪い。あたしの寿命、どんだけ縮まるのか。
あたしは異世界とやらの青い空の下で、ドキドキしながら仁王立ちしていた。