4話
鏡を覗き込んでそこに映し出されていたのは、なんだか呆気にとられたように目を丸くした可憐な人だった。
"私"と同じ山鳩色の、肩下までふわふわと揺れる絹糸のような滑らかさと輝きを湛えた髪。
スラリとした出で立ちはまるで絵本から抜け出してきたお姫様みたいで。
一番特徴的なのはその涼し気なまなざしだろうか。
星を宿したように煌く瞳なんて表現したらいいのかどうか、深い、海の底から海面を見上げたような澄んだ青に、アニメとかでたまにみる"本当に"目に星がキラリと宿った瞳はとっても可愛いけれど、
これがなりたい自分がかたちになったものだと思うと、なんだか背中がむず痒くなるようなくすぐったい気持ちになる。
「アリエス君、アリエス君」
「はい!いかがでしたか?」
「この目って変えられないの?」
「目…ですか?」
「うん…。ちょっとね」
可愛いんだけれど。可愛いんだけれどこれでこれからずっとプレイしていくのは悪目立ちが過ぎそうでちょっと気が引けてしまって。
「…これは。すみません、お力になれません」
「うーーそっかぁ…」
「ですが!僕はこのまま是非ロウスフィアへと旅立っていただければと思います。
仕様上、詳しいことをお伝えできなくて申し訳ないのですが、目の紋様だけはあなたの意識したものではないのです。ショックを受けていたらすみません…」
「あ、私の意識じゃないんだ…あれ、じゃぁなんで?」
目の中に星があるような2次元系の女の子になりたいと思っていたのかと、ちょっと自分に引いていたけどそんなことはなかったみたいでほっとした。
「内緒です」
原因を聞こうと思ったけれど、唇に人差し指を当てて片目を瞑りなんだか楽しそうに笑うアリエス君はとっても様になって可愛くて、
なんだかとてもじゃないけどそれ以上聞く気にはなれなかった。
まぁ、いっか。かわいいし。なんとかなるさが私の信条なのだ。
「お気に召していただけたようで嬉しいです。このあとはスキルを自由に振っていただいて、いよいよロウスフィアへと旅立っていただきます」
「いよいよ…」
そーれっと、アリエス君が手をカメラのフレームを作るような形に広げると、そこにはなにか青く透けた薄い板のような物ができて、それを手渡してくれた。
「ではこちらで、ポイントを使って自由に組み立ててくださいね。あ、一部アイテムにもこうかんできるのでよければそちらも覗いてみてください!」
「はい!アリエス君!質問いいですか?」
「どうぞ!なんでしょうか」
「ここのステータス?ってなんですか?」
「…説明忘れです、ごめんなさい。ポイントなんですけど、ステータスに振ることはできないんです。
経験を積んだ時に上がるようになっていて、その人だけの唯一なものが時を経るごとに作り上げられていきます。
皆さんそれぞれの特質を反映していますので、例えば知的な人ならINT、優しい人ならMIND…といったように上がりやすくなっています。
したいことと上がりやすいものは一致していないかもしれないですが、アイデア次第、です。頑張ってくださいね」
ということは、だ。
ええと、その人の行動やプレイスタイルによってステータスが伸びていく…ってことだよね多分。
で、その人の伸びやすいステータスが存在してるんだよね。それはきっと"心"と呼ばれるものなんだろう。
苛烈な性格の人は力が伸びやすかったり、いつも冷静に物事を判断している人は知性、そんなかんじかな?
魔法使いになりたくてもゲームが読み取って設定されたステータスの伸びは変えられない…。なるほど、やりたいことと上がるものは一致しない、だね。
私は…なんなんだろう。どんなステータスでプレイすることになるんだろう。…と、それよりも。
「じゃぁこの一覧からポイントを振れば?」
「はい!お好きなスキルを選んでくださいね。表示されているポイント内であれば決定するまでは何度でも好きなスキルを選び直せるので、いっぱい悩んでください」
そう言ってにっこり笑うアリエス君。
言葉はあれだけど、アリエス君の笑顔には全く黒いものなんてなくてなんとも言えない微妙な気持ちになる。
本心…なんだよね?たぶん。だからこそちょっと疑った心が痛いんだけど。
って、それはそうと。気を取り直して私は眼前に表示された板へ目を向ける。
◆スキル・パラメータ◆
―――――▼―――――
300/300
―――――――――――
これが…所持しているスキルかな。で、この下にある数字がポイントかな?
まぁ所持しているスキルに何も表示されてないのはわかるんだけど、あの。ちょっと数が多くないですか、スキル。
取得可能スキル…として表示されているものはざっと目を通した感じ、100を超えている。
ゲームが好きな人からしたら喜ばしいんだろうけど…。いくら楽しみたいと言っても普段から少し嗜む程度の私にはちょっと多いかな。よし。
「アリエス君アリエス君」
「はい!なんでしょう?」
「私こういうスキルちょっと何取ればいいかわからないんだけど、どれがおすすめかな?」
「えっと、では微力ながらお手伝いさせていただきますね」
「うん、お願いします」
頼られたことが嬉しいとでも言うようにじんわり笑うアリエス君になんだかこっちも嬉しくなってしまう。
…頼る側なのにね?頼るのが嬉しいって私駄目でしょう。
「では、わかりやすいところから…ロウスフィアには星の塵から生まれた、所謂みなさんがモンスターと呼ぶ生命体が存在しています。冒険するにあたって、これに対応するためのスキルは必須と言えます」
「それって所謂戦闘スキルみたいな?」
「そのとおりです!どんな風に戦いたい、こんな風な魔法が使いたい。目を閉じて自分のイメージを思い描いてみてください」
言われた通り、素直に目を閉じて自分がモンスターと戦っている姿を想像してみる。
武器…魔法…自分の姿…。漠然と思ったのは、星だ。自分のアバターの瞳だったり、さっきのアリエス君の説明に出てきた星の塵って言う単語だったり、アリエス君自身…十二宮だったり。
青く煌めく武器を手にした私が様々な武器に持ち替えて戦っている…何の武器がしっくり来るってわけでもなくて、ただそのイメージが思い浮かんだ。あえて言うなれば持ち替えて戦うことがしっくりくる?いやスキルを選んでもらうんだからもっとしっかりとした…
「はい、目を開けて大丈夫ですよ」
「…っは!?」
想像の海に潜っていた外から突然声をかけられてびっくりした。いまは心臓なんて存在してないけど、心臓あったらホント口から飛び出るんじゃないかってくらい。
声が聞こえた先に目を向ければ、そこにはさっきのスキルが表示された板を手にしたちょっと自信有り気な顔したアリエス君が。
「どうでしょうか。スキル、選んでみました」
「えっ」
「お望みにあっているといいんですけど…」
そういってアリエス君が見せてくれたホログラムにはこう表示されていた。
◆スキル・パラメータ◆
―――――▼―――――
・星魔法 Lv1
・クリエイトウェポン Lv1
・ウェポンマスタリー Lv1
・マジックマスタリー Lv1
・マーシャルマスタリー Lv1
・牡羊座の加護
60/300
―――――――――――
ポイントがぐんっ、と減って、いくつかのスキルが表示されていた。どうやって選んだんだろうか。
「いや本当にどうやって選んだの?」
「内緒です」
小さくウィンクして誤魔化すアリエス君。うん。かわいい。許す。
「結構ポイント使ってしまったんですけど、お気に召して頂けましたか?」
「スキルのことはよくわからないけど…うん、気に入ったよ」
「わぁ!よかったです!」
特に星魔法とか、牡羊座の加護、とかね。
「残りのスキルポイントはあまり余裕がありませんが、あとはお好きなスキル選んでくださいね」
「うん、すごく助かったよ。ありがとう」
とりあえず…何を取ろうかな。どうせだし、世界を楽しめるようなスキルがいいな。
そんな事を考えながら指を板に走らせていると、間違えてスキルを選んでしまった。
えっと、スキル一覧からまた選べば消えるかな…?
星魔法の表示の上に表示されているそれをタップしようとして、気づく。
なんか、この三角押せそうじゃない?
そんなカンはばっちりビンゴで、三角にピッと指を触れた瞬間、ザッとスキル一覧に表示されるスキルが増えた。
―――――――――――
◆スキル・パラメータ◆
・生命力強化
・星心力強化
・歩行
・言語理解
・身体操作
・泳法
・サバイバル
・テーブルマナー
~略~
・採取
・頑強
・環境
―――――▲―――――
・星魔法 Lv1
・クリエイトウェポン Lv1
・ウェポンマスタリー Lv1
・マジックマスタリー Lv1
・マーシャルマスタリー Lv1
・牡羊座の加護
60/300
―――――――――――
な…長い!見きれないよこんなの!
なんかタップして消えちゃったけど何が消えたかわからないくらいに長い!
見る気力もなくて直ぐに三角を押してスキル一覧の表示を元に戻して、さっき間違えてとったスキルを取り消した。
―――――――――――
◆スキル・パラメータ◆
―――――▼―――――
・星魔法 Lv1
・クリエイトウェポン Lv1
・ウェポンマスタリー Lv1
・マジックマスタリー Lv1
・マーシャルマスタリー Lv1
・牡羊座の加護
120/300
―――――――――――
…なにか、大切な、スキルを、消して、しまった、気がする。
ほとんどのスキルが30ptくらいで取れるのに、最初から持ってる(?)スキルで60pt…。
まあ、なんとかなるよね!うん。
気を取り直して。
あと120ptで何を取ろうか。
ぱっと思いつくものが何も無くて…ただただ流し見しながらスキル一覧をスクロール。半分くらい、多分半分くらい見てきたところで、気になるスキルを見つけた。
そんな感じでざーっと選んでいって、出来たのがこれ。
―――――――――――
◆スキル・パラメータ◆
―――――▼―――――
・星魔法 Lv1
・クリエイトウェポン Lv1
・ウェポンマスタリー Lv1
・マジックマスタリー Lv1
・マーシャルマスタリー Lv1
・英雄の卵
・星導士の卵
・牡羊座の加護
0/300
―――――――――――
どんなスキルかって?ざっくばらんに言うと、戦闘系スキルや魔法を少し覚えやすくなる、かな。
スキル一覧を見てると、剣術、とか火魔法、とかきっと技みたいなのを覚えるスキルがいっぱいあったんだけど。
私のスキル構成じゃそんな技を覚えるのが星魔法しかなさそうなことに気づいて探していたんだけれど……
英雄の卵って!
そんな自称小っ恥ずかしいものになるつもりはないんだけどな…仕方ない。
スキルは後からでも覚えられるってことはアリエス君に確認済みだ。説明書読まない派には、情報収集は大切なのだ。
お陰様でなんか序盤めっちゃ弱い器用貧乏みたいになってしまったけど…まあ、なんとかなるさ。
「できたよ、アリエスくん」
「ほんとですか!おつかれさまです!」
「こんな感じなんだけど大丈夫かな?」
「拝見しますね」
そう言って私からホログラムを受け取ったアリエス君は納得したように頷いて、私にホログラムを返してきた。
「うん、大丈夫そうですよ」
「よかったぁ」
「これで、ここでの作業はおしまいです。もう旅立ちの時がそこまで来ています」
そう言って
「それでは、最後にあなたの名前を教えて頂けますか?」
目の前に表示されるウィンドウには入力欄とキーボード。
そういえば、まだ名前決めてなかったんだなあって気づくのがとても遅い。
いつものように"セレス"と入力し、OKにポチと指を触れる。
そのウィンドウはそのまま流れるようにアリエス君の手元に収まって、名前を小さく呟かれる。
大切なもののように優しく呟くので拾ってしまった耳がくすぐったい。なんだか本当にのほほんとしていたけれど、
でも、旅立ちの時はもうすぐそこまで来ていた。
「では、もうお別れの時間ですね」
「アリエス君…」
「そんな顔しないでください。みなさんにとってここは旅立つ前のただの準備の場なんです」
「それでも、すごく感謝してるよ」
「光栄です!だけど、ほら。セレスさん。もう出発の時間です」
そう言ってアリエス君は私にクリスタルみたいなものを手渡してきた。
「それは星の欠片です。それを握って、目を閉じて」
「う、うん」
言われたままに胸の前でそれを握り、目を閉じる。
すると、見えないけれどその星の欠片が段々光を放ってきているような気がした。みえないけど。
「それでは、世界を楽しんできてくださいね」
「アリエス君っ」
「星の旅人達の旅路が善きものでありますよう」
「私っ!アリエス君に案内してもらえてよかった!ありがとう!」
「ええ、僕もあなたに出会えてよかったです。心の赴くままに、セレナさん」
最後に目を開けたときにはもう真っ白な光が目の前を覆い尽くしていて、アリエス君の顔なんて見えなかったけれど、
それでも確かに笑って見送ってくれていたような気がした。
そして私はその光に包まれて―――他のプレイヤーたちと同様、ロウスフィアに降り立つのだった。
「―――あれ?そういえばセレスさん、なんで2つも60ptスキルを取れたんだろう?」
心が死んでしまった夏を超えて帰ってきました。
少しずつ進めていけたらいいなと思います。