3話
1度視界が眩んで黒く何も見えなくなって。
遠くになにか光が見えたと思えば、色とりどり光の帯が柔く点滅する黒い筒のような中を斜め下へ頭から落ちていく。
顔にはなにか風が当たってるような感触もないんだけど落ちてる浮遊感みたいな感覚はちゃんとあって、なんだか不思議な感じ。
どれくらい落ちたかは分からないけど、体感割とすぐに筒の終わりが見えてきて、丸く明るいそこから見えるのは晴れた空とぷかぷか浮かんだ可愛い白い雲。
え、もしかしてなんだけどあそこに放り出されるの?
ここから見た感じ地面とかも何も無いんだけど落ち続けたりしちゃうのかな……いや、まさかね?
こんな事なら少しは事前に調べておくんだったなんて後悔も束の間、なかなかの勢いで筒を飛び出して空にひらひらと舞った(吹き飛んだ)身体はゆっくりと減速して、
何かよくわからない不思議パワーで身体が勝手に動いて雲の上に足の先からふわりと着地した。なんてファンタジー。
「こんにちは!ポルトへようこそ!」
なんて着地した瞬間横から聞こえてきてちょっとびっくり。
横へ向こうと首を動かそうとしてピクリとも動かなくてさらにびっくり。
「ぼくはロウスフィアへの案内を努めさせていただきます!アリエスとおよびください!」
ロウスフィアへの案内。よく分からないけど…最初のキャラクターメイキングみたいなものなのかな?
取り敢えず、声に応えようとして、開く口も、動かす首もないことに気付いて心底驚いた。パニックにならなかった私を褒めて。誰か、お願い。
今までずっと共に生きてきた身体の感覚が何も無いことがこんなに恐ろしいものだとは思わなかった。
指を動かそうにもそこに指はなくて、目を動かそうにもピントを合わせることすら不可能。
視界は固定されたまま、いうなればずっと同じ画面を向いた映像のゲームをしているような。
…自分の体で起きているって言うのが1番気味が悪いけど、ここがゲームだってことを思うと少し落ち着いた。
「…あれ?ぼくの声聞こえてますか?」
きこえてるよー、なんて声もあげられないんだけど。
意思疎通の出来なさに泣ける。
「なんでだろう…身体もまだないしおかしいなぁ」
それだよそれ。身体が無いから!なにもできないんだよ!!アリエスくーん!
他の人はこれどうしたんだろう。AIにしてもちょっと雑すぎない?助けて運営さーん…
なんて未知の怖さで泣きそうな私の願いが通じたのか、運営がモニタリングでもしてたのかわかんないけどどうやら転機は訪れたようで。
「えっ?はい…はい。あああっ!なるほど、わかりました!すぐに取り掛かります!」
なんて会社から電話がかかってきたサラリーマンの会話を電車のホームで盗み聞きしてしまったような
居たたまれなさを感じながら少し経つと、ふっと突然身体の実感が戻ってきた。
どう説明すればいいんだろうか。何も感覚がなかった指先に重さとか、温度とか、皮膚の感触とか、そういうのが一気に全身帰ってきて、
鼓膜から伝わる自分の生きてる音とか、意識するだけで感じられる脈拍とか、
そういったものってほんとに大事だったんだなって涙が出そうなくらいに安心した。
「っは、ぁっ……」
「わーっ!ごめんなさい!ぼくがもっとはやく身体がない意味に気づいたらよかったんです!ほんとにごめんなさい!」
今度こそ声のする方に顔ごと目を向けると、そこにはふわふわくるくるの白金色をした髪と巻角を持った、
燕尾服に身を包んだ執事姿の浅黒い肌の少年が今にも泣きそうな表情で立っていた。
「アリエス君だっけ……」
「…っはい!そうです!このたびはほんとうに辛い思いをさせてしまってごめんなさい…」
涙目でしゅん…と項垂れる美形の男の子は欲目で見なくても可愛くて責める気にもなれないし、元々そんなに怒ってないから問題は無いんだけど。
「うん、大丈夫。いいよ」
「いやそんな軽い体験じゃなかったですよね!」
軽い軽い。うん軽いよ。
「大丈夫大丈夫。ちょっとだよ。爪の先くらい怖かったけど今はなんの問題もないし!それよりもこの先の事教えて欲しいな?」
「そんな簡単な……〜っ、わかりました。説明させていただきます」
ちょっと強引に過ぎる気遣いが伝わったのか、説明してくれるみたい。ものすごく不服そうなあのなんとも言えない顔もあんまり見たくはないんだけど、泣き顔より全然マシかな。
「もう一度最初から挨拶させていただきます。ぼくはロウスフィアへの案内を努めさせていただく十二宮の一つ、アリエスです。」
「ロウスフィア?」
「みなさんが降り立つ世界のなまえです。そちらでいうところの広義的な意味の地球みたいなものです」
「あーなんとなくわかったよ」
たぶん星の名前とか土地の名前としてじゃなくて、住んでる世界をまとめて地球って呼ぶ、みたいなあれね。
「そのロウスフィアへ向かう準備のお手伝いをさせていただいているのが、ぼくたち十二星です」
「十二宮っていうのは…?」
「うーんとなんていえばいいのかな。えっと、天使みたいなものだと思ってもらえれば!」
「天使」
「ぼくたちは意識を分けて分身を作って動くことが出来るので、こうやって旅人さんたちのお手伝いをさせてもらっているんです」
ま、まあよくある設定だよね?
天使とかなんかそんな重要そうなポジションの少年だとは思わなかったけど…。
十二宮でアリエスだからきっと他にもスコーピオやジェミニなんて天使様がいるんだろうね。
「えっと、このあとは何をするんですか?」
「はい!次はスキルを振っていただいて、それが終わればもうロウスフィアへと向かう準備は終了です」
「スキルはなんとなくわかるけど…キャラメイクとかはないんですか?」
「キャラメイク…あぁ、身体の作成ですね。」
身体の作成なんて不思議な言い回しだけど、スキルを振るだけで終わりなんて何だか流石に変なのは私にもわかる。
往々にして今のゲームは多分、自分の好きな姿形のプレイヤーキャラを作って遊ぶはず…だよね?
そもそもそんなすぐに売り切れちゃうようなゲームが、皆同じ姿かたちのプレイヤーなんてありえないはず。
まあ、アリエス君…様?が続けた言葉と出来事で疑問はするりと氷解していくんだろうけど、これはちょっと予想外。
「ロウスフィアに来るにあたり、みなさまに身体を作って頂くことはございません。」
「へっ?」
「シュマンを使いポルトをプレイされているみなさまの深層心理、
【なりたい自分】をみなさまの身体して生成し、生活していただきます」
「【なりたい自分】…?」
なりたい自分、なんて。
プロ野球選手とかお菓子屋さんとかそんな小学生の頃の輝く夢を見ていたような時の言葉に少し呆気に取られた。
「そう、【なりたい自分】です。みなさまの深層心理奥深くに眠り自分でも気づかないような。
男になりたい、かっこよくなりたい、耳が長くなりたい、目の色、髪の色。
足が早くなりたい、目立ちたくない、透き通るような声が欲しい。
人間ってすごく想像力に長けていて、自分でも意識していないようなことでもイメージがどこかにあるんです。
それを読み取って、みなさまの身体とし世界に旅立って頂いています。…っと、長くなっちゃいましたね。」
つまりは、だ
「ええと、今から作られる私の身体は私の【なりたい自分】で、私はこんな人間になりたかった、なりたいんだぞーって周りに喧伝しながら街を歩くということで」
「そうですね!付け加えるなら、身体はもう出来ていますよ。髪型や目の色くらいなら変えられるので、調整してみてくださいね」
よーいっしょ!となんだか気の抜けるようなかわいい掛け声で彼が指先で徐に縦長の等身大程の楕円を描くと、
指先の跡をなぞるように白い光が線を引き出来上がった楕円はどうやら鏡になっているみたいで。
この中にいるのが、私のなりたい自分…。
期待でドキドキするような、でもなんだか怖いような。
これから長く付き合うことになるだろう私自身に、意を決して向かい合おうと鏡を覗き込んだ。
このくらいの分量でがんばりたいな