イース 2
霧の中、細い山道を固まりとなって西を目指す。
愛馬が泡を吹きながら走っている。
人馬共に限界は近い。
背後から鬨の声が聞こえた。
チッ
イースは舌打ちをすると隣に向かって先に行ってろ、と声をかける。
同僚は黙って頷き、馬足を早めて固まりの先頭にその旨を伝えに行った。
イースは逆に馬足を緩め、きびすを返して、馬を緩やか休ませる。
一、二、……六か……
多い、とは思わなかった。
黙って剣を滑らぬ様に握る。
相手方がこちらを一人と認めると、猛然と叫びながら走ってきた。
イースも馬の腹を蹴り、正面に向かう。忿怒の形相で振りかぶってくる相手の切っ先が遅い。
イースは刃を合わせる事なくビュッと髭面の喉をつき、首筋を裂くと、その勢いのまま左手から迫った殺気に合わせて刃を合わせいなすと、腰の短剣を右手に素早く投げ、敵陣を一旦突破する。
直ぐにきびすを返すと、一人は絶命し、一人は右目に短剣が突き刺さった状態で馬から転げ落ち、ぐわぁぁと叫んでいる。
……四
敵もすぐには動かない。
一人だと思って舐めてかかったらしい。馬の荒い息遣いだけが聞こえる。
やがてボソボソと声が聞こえると、相手方の陣形が細い道幅一杯に並んだ。
声を上げ、馬足を揃えて粉塵と共にこちらに襲いかかってきた。
いい、戦略だ。
イースは他人事の様に思った。
そしてやはり、正面に向かって走り出した。と、その時。
正面の右側が突然崩れた。
赤茶の髪が右端に映る。
イースは直ぐに馬頭を左に移した。動揺した左手の敵の隙をついてドカッと剣と共に身体を寄せる。と、行き場を失った左端の馬が脚を滑らして馬上の敵もろとも谷へと落ちて行った。
……三、いや、二か。
背後の叫び声に敵がまた一人倒れたのを知る。
すぐに、零だ。
今、対峙している者に集中する。
ガチガチと歯を鳴らしているのは少年を脱したぐらいの青年だ。
傷一つない鎧の鈍色がカタカタと震えている。
イースは黙って右から剣を振った。
「あ……?」
青年は慌てて右の首筋に手をやるが、吹き出た血と共に崩れて倒れていった。
「相変わらず綺麗にやるねぇ」
凄惨な現場に似合わぬあっけらかんとした声に、イースは黙って顔を向ける。
ガンツがにかっと笑って、こちらを向いていた。馬足の下にはガンツに脳天をかち割られた敵が転がっている。
「先に行けと伝えたはずだが」
「ああ、聞いたよ、先に行かした」
「……お前が馬鹿なのを忘れていた」
「あんだとぅ?! 助太刀に礼も無しかぁ?!」
「助けなどいらん」
「んなこた、しってらぁ。俺だって暴れたりないから来ただけだ」
「血の気が多い馬鹿だ」
「お前ね……まぁ、いいわ。帰ろうぜ」
ぽんぽんと柔らかく愛馬を労ってまた山道を緩やかに走り出すガンツについて並走する。
「あいつ、新兵っぽかったなぁ」
イースが最後に倒した敵の事だろう。
イースは初陣だろう、と返した。
「運が悪かったのか良かったのか。お前の刃にかかって死んだんならまだましだろうなぁ。俺とだったら見るも無残な死に様だしな」
「力技にも程がある」
「仕方ねぇだろ、叩けば凹むんだからよ」
「……お前は馬鹿だ」
剣は叩く物じゃない事は百も承知だろうに、ガンツはたまに相手の脳天を叩き割っている。
馬鹿に言う言葉はない、そう言い置いてイースは馬足を早めた。
いつの間にか霧は晴れ、春先の暖かい日差しが顔に当たる。
おおぃ、まて、命の恩人を置いていくなぁぁと叫んでいる男を尻目に、イースはさらにハッと駆けた。
少しばかり口元を緩めながら。