イース 1
前出のイースの日常が再び降りてきたので、連載という形にさせて頂きました。
前作の短編は検索除外とし、短編を今作の第一部に当てています。
ご了承下さい。
ブォォォン
法螺の合図が鳴る。
怒号の声と共に上がる砂塵の中、いち早く前に出た馬があった。
前方から矢が弧を描いて空に上がるのが見える。その前に…
イースは十数名の先鋭と共に軍馬を駆使して駆け抜け、その迫る早さに慄いている歩兵の一人を剣で払い、馬首を返して迫り来る騎士の胸を突いた。
後ろから背中を押すように迫り来る鬨の声を聞きながら、翻って片手を上げ、一旦最前線から離れる。
(遠矢、第ニ波…)
敵前方の弓隊の構えを見て、また軌道上から外れた場所へと部隊に手で指示し馬を走らせながら、軌道上に味方の一個隊が居るのが見えた。
声はかけない。この怒号の中、言っても無駄だ。
イースは意識を前方にむけて、また馬を走らせた。先発としての役目だけに集中する。
左方前方には同じく機動している部隊が見えた。さっと突いてさっと離れていく。
暑苦しいあの顔からは想像も出来ない俊敏な隊の動きを見やりながら、中央に穴を開けるべく隊をまとめている騎士に狙いをつけて走る。
今度は指示もなく味方の騎馬が自分の後を追うことを圧で確認する。
馬の背に身体を寄せ、速度を上げた。
また、矢が空に弧を描いた。
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「よお、今日もガッツリいいお仕事したそうじゃねぇか」
ガンツはそう言うと、イースの承諾も得ずに真向かいの席にどかっと座る。
イースはぴくっと眉を動かしたが、無視して目の前の肉を平らげる事に専念する。
戦闘が終わり、イースが雇われているクーギ国の勝利が目に見えたので、イース達傭兵部隊は早々に切り上げて前線の街へ戻って来ていた。
血生臭い身体を湯で流し、早朝に食べたきり何も入れていない腹を満たすべく隊舎の食堂に入りやっと落ち着いて食事にありつけたというのに。
ガンツの汁が飛び散るような食べ方をなるべく見ないようにイースは食べる。
「相変わらず固ってぇ肉だな、豚とか鳥とかもう少し考えりゃいいのによ」
ガンツが文句を言いながら食べているのは猪肉のシチューだ。肉エキスが入ったシチューは旨いが、いかんせん猪肉自体が固く雑味があってあまり美味しくは無い。
イースはボソッと、腹が満たされれば問題はない。と呟く。
「お前、さみしい奴だな」
「黙れ」
「俺ならぜってぇ豚だな」
「…猪は個体が大きいから安く上がる」
「お前…」
イースから出た意外な言葉にガンツが目を丸くする。
「んなこと考えてんのか、嫁に行けるな」
「お前は馬鹿だ」
「んだとぅ?」
やるかぁ? とガンツが太い二の腕を出して来たので応戦しようとフォークを左手から右手に持ち変えた所で廊下で声がした。
怒声共に臭って来た嗅ぎ慣れたすえた匂いに、興が削がれた。
「ちっ新兵め、しょうがねぇな」
大方生き残って帰って来たものの、食堂の匂いに刺激されて吐いたのだろう。
しょうがねぇと言いながらひたすら目の前の肉塊をやっつけるガンツを見て、イースもまた食事に戻る。
腹が満たされればそれでいい。
そう言いながらも、ゆっくりと咀嚼し、木皿の底が見えるくらいまで丁寧にシチューを食べるイースは、食堂の親父たちに愛されている。
ある時ガンツがイースの皿を見て肉の大きさが違うと文句を言いに行くと、寝言は寝て言え、皿から飛び散らさず食える様になってからもう一度来い。と蹴られていた。
今日も食べ物がそこに入っていたのかというぐらい綺麗に平らげたイースは、黙って椅子を立つと食器を片付けにカウンターの方へ行く。
「あふぉでてああふぇつきふぁえ」
(後で手合わせ付き合え)
肉を噛み砕きながら言うガンツに黙って見るだけでその場を立ち去るイースの背に「うんとかすんとか何とか言えぇ」と野太い声が飛ぶが、イースは無視して部屋へと戻るのだった。
イース
髪は白銀。短髪。堅い。
肌色がアーモンド色。
眼は深い青。
年齢は 20代前半
ガンツ
髪は赤茶。イースよりは長めの髪。ごわごわ。日に焼けて色黒。
眼は茶色。
年齢は 20代後半
イースとガンツは同期。
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短編の方に頂いていたレビューを紹介させて下さい。オリーブドラブさまから頂いておりました。
連載という形としてしまったので、短編に頂いた感想、レビューが現在見られない状況になっております。
感想を頂いた、みわかずさま、中島三郎助さま、私の宝物です。大切に預からせて頂きます。
オリーブドラブさまのレビューは、ご本人にご了承を頂いて、こちらに掲載させて頂きます。本当にありがとうございました。
「むせる戦場の1ページ。」
クーギと呼ばれる、とある時代のとある国。戦乱の時を迎えていた、その国に雇われた傭兵部隊の中に、イースとガンツという兵士がいた。
彼らは巧みな戦技を駆使してクーギを勝利に導くが――その美酒に酔いしれることもなく、淡々と街角で平和なひと時を過ごす。国の行く末を左右する大局でさえも、彼らが景色として眺めて来た「日常」の一つに過ぎない。言外に、そう告げるかのように。
激甘で甘々なラブコメを手掛けておられるなななん先生が放つ、土の匂いでむせ返るような渋いお話です。先生の幅広い作風と、シリーズ化が楽しみな意欲作ですぞ。