マーシャ先生
「マーシャ・アクローネ様でしょうか?」
その背筋からは、彼女の教養の高さが伺える。
「初めまして、私は第一皇子の乳母であり、この星の子ども達の教育長をしております、クシミルスです。あなた様のご評判を伺い、あるお願いをしたく参りました。」
「…私がお力になれる事であれば何なりと御伺いいたします。」
身構えるマーシャに、クシミルスは少し声を和らげた。
「突然の不躾な申し出を御赦しくださいませ。」
「えぇ、構いません。」
「以前、マーシャ様はアルクトゥルスで図書館の管理をされていたそうですね。
その知識と経験を生かし、我が城の図書館の管理と子ども達の教師として働いてくださいませんか。」
「我々の星には教育というものが存在しません。一体どうすれば…」
「だからこそ、お願い申し上げるのです。従来の型に縛られない新しい教育を、皇子もお望みですよ。」
――――――――――
王家の談話室に、今日も子ども達のにぎやかな声がこだまする。マーシャ先生のお話会が始まるのだ。
各々、思い思いの菓子を持ち寄り、分け合う。
「皆さん、今日も元気いっぱいで何よりです。では今日はリラ星の冒険者トトルのお話をしましょう。」
銀と群青のグラデーションが美しい一冊のアカシックレコードを開く。
この集まりは単に朗読を聞かせるだけでなく、アカシックレコードの読み方を教えることも目的としていた。
―本の読み方を覚えれば、子ども達は本を通して無限の世界を旅することが出来る。
この話を受けて良かったと、マーシャは会の度に胸いっぱいになるのであった。
「先生、さようなら!」
「はい、さようなら。真っ直ぐに帰るのですよ~。」
会が終わると報告書を纏めてクシミルスに提出し、その後、皇子に今日の様子を報告する事が義務付けられている。
ふと中庭を見ると、クシミルスの長い髪が揺れているのを確認出来た。
その先では、皇子はロイアロイ相手に剣術の練習をしている。
―ガンッ!キィン!!パンッッ!
凄まじいスピードで攻防を繰り広げる二人。
流石は武芸百般のロイアロイ。プレアデス随一の弓の名手だが、剣を手に取らせても引けを取らない。
それに負けじと皇子も攻める。勝負は五分五分、少しのズレも許されない繊細な勝負だ。
「あら、そんな所で黙っていないで、声を掛けてくださっても良かったのに。」
「これは失礼。お二人の攻防を、つい固唾を飲んで見守ってしまいました。―そうだ、此方を。」
「報告書ね、今日もありがとう。」
「いえ、こちらこそ。クシミルスが武術や護身術を練習している姿を見ませんが、戦闘には参加されないのですか?」
「ええ、私はお二人の様に肉体派ではありませんもの。
それに攻撃魔法もからっきしですので、非常時には兵士どもの看護を務めさせていただいております。」
「そうなのですね。実は私も、今後の為にこういった術を身に着けるべきではないか…と考えておりまして。」
「あら、それなら一つ試案があるわ。どう、魔法。やってみない?」
そう言い終えるや否や、クシミルスはポンッと手を合わせた。
瞬間、目の前に一冊の本と魔具が現れた。