絶望のアルクトゥルス
「あぁあああぁあっ!!」
痛い!痛い!痛い!!
生まれて初めて、誰かに恨み言を言いたくなる様な激痛が
マーシャの全身を駆け巡った。
「大人しくしろっつっただろうが!!」
「っ…。」
マーシャは、首をうなだれる。
己の無力さを悟り、彼らが別の星からやって来た存在なのだと理解したのだ。
「何故こんな事を…。」
「お前、何も知らないのか?めでてぇ奴だぜ。このアルクトゥルスはなぁ、俺たちベガ星人の所有物になったんだよ。」
「なんですって!?この星を…―アルクトゥルスを侵略して、どうしようと言うのです!」
暫しの沈黙が流れた。
気付けば大勢のベガ星人に囲まれていた。
マーシャと向かい合っている男は、周囲に居るベガ星人とは衣装が違う。
恐らく上位階級に位置する人物なのであろうと察したマーシャだが、それが分かったところで手も足も出ない。
「チッ…気に入らねぇ目だ。おい、そこのお前、あの奴隷を連れてこい。」
「かしこまりました。」
間もなく、一人の女性が兵士に連れられ図書館に入場して来た。
拘束具を左足に着け、引きずられる様にして歩いている。
「ラナルーシ!!」
「マーシャ…」
妻だ―
マーシャは弾き出される様に立ち上がる。
しかし、拘束具による情け容赦のない痛みに耐えかねた彼は、敢え無く椅子に崩れ落ちた。
「良かった…生きていて…本当に良かった……。」
「さて、お前。俺たちがアルクトゥルスを侵略して、どうしたいのか知りたいンだっけなぁ?」
男が、舐めまわす様な視線をラナルーシに向ける。
「なっ…⁉」
男が翼を広げ、ラナルーシに近づく。
アルクトゥルスのソレとは、似ても似つかぬオーラを持った翼をいやらしく羽ばたかせた。
「なんですかっ…いやっ!!」
「やめろ!妻には手を出さないでくれ!!」
――――――――――
妻が―――
ラナルーシが、死んだ。
それも、惨い殺され方で。
服を剝がれ、辱めを受け、それでも尚私の名を呼んだラナルーシ…
赦せない。私は、あの者たちを赦せない。
生まれて初めて、砕けそうなほどに心が痛い。
「で、なーんで俺たちがアルクトゥルスを侵略しに来たのかって?そ・れ・は・ねー!?♪」
「…。」
「気まぐれでーーーす!!なーんちって、ギ ャ ハ ハ ハ ハ ! ! ! 」
―――――――――
マーシャが目を覚ました頃、周囲にはすすり泣く声がこだましていた。
「私は…死んだのか…?」
「ああっ、マーシャさん!良かった、生きておられたのですね!!」
「君は、ヘラクトリウムじゃないか。無事でよかった。」
「マーシャさんこそ。お迎えに行った時、もう死んでしまったのかと思った…。
よくぞ、図書館の秘密を守ってくださいました。」
はっきりとしない意識の中、ボーッと焦点が合うのを待っているマーシャの意識に、たくさんの声が飛び込んできた。
『私にも、王妃様と同じ苦痛と屈辱を!』
『どうして、彼があんな人だと見抜けなかったのかしら…悔しい…!!』
『もう嫌です、二度と転生なんてしたくない。肉体を持つことが、こんなにも恐ろしいことだったなんて!』
『兄弟が、妻が…息子が、娘がぁあ!!』
『痛いよう、痛いよう!』
―どれだけの人が、彼らの暴力に苦しんだのか。
どれだけの兄弟姉妹たちが、心砕ける想いでここまでたどり着いたのか。
悲しんでいる暇など無い。
私は、無数の英知を預かる図書館の司書であるにも関わらず、智ある行動で皆を助けることが出来なかったのだ。―
「ヘラクトリウム、この船は何処に向かっているのですか。」
「我々を憐れんでくださった方々が居られる星へと向かっております。」
「その星の名は?」
彼はまだ知らなかった。
大いなる運命が、慈悲なる存在が
彼に大きな試練を課すことを―