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その平凡かつ奇怪な訪問者 - 6

「……そういえば、クアンさんも転生したと言ってましたよね。てっきり転生したのが今の姿かと思ってましたけど、あれは転生して戻ってきたって意味だったんですね。……今思うと、僕をそう勘違いさせる為に誘導してたような。笑ってごまかしてましたし」

「えへへ」

「えへへじゃないですよ。

でも、戻ってきてるって事は、クアンさんも転生後の人生に満足できなかったんですか?」

「ですねー。私の場合は満足云々というより、あっこんな事してても意味ないなって途中で醒めてしまって。もうその時点で駄目だったんでしょうねぇ」

「そうですか……どうせなら本人の希望にぴったり当て嵌まる転生先を選んで、ついでに能力もそれ向きに調整してくれたらって思いますよね……後から微妙なフォローするより楽そうなのに」

「うわー図に乗ってる」

「……もう少し踏み込んだ話をすると、過去を大きく変えられるのはまずいという問題がある」


二人を眺めていたヴァイスが、不意に口調を引き締めて言った。


「逆に言えば、何をしても過去を大きく変えられない立場にしか転生はできないといえるかな。

未来の特殊な知識を持っていようと、その知識を発揮して歴史を変えようがない時代に生まれる。常勝無敗を誇る指揮力があろうと、侵略の為の軍隊などとは縁遠い地に生まれる。

仮に能力を存分に発揮する機会に恵まれ、その力で国を、世界を動かしたとしても、未来への道筋には影響しない」

「……そんな……じゃあ、それじゃあ、僕の望むような転生は最初から全部無理だったって事ですか?」

「違う違う。伝説に残るような戦い、世界を変えるような偉業、後世まで非難され続ける大量虐殺をしたとしても、別にそれが歴史の大勢に影響しないなら、お前の望む転生を果たす事も可能だろうと言っている」


竜が、ちらと僅かに視線を下へ動かした。


「だから、勇者になりたくて転生するというお前に不可能だとは言えなかった」

「でも、そんな。勇者が活躍する物語だったら、戦争が起きたり、多くの人が死んだり、国が滅んだりしますよね? 丸ごと国がなくなっても歴史の流れに影響しないケースなんて……」

「あるのだ。そうした場合は必ず辻褄が合って、いてもいなくても同じ形になる。ミルトが前に話していた事だから嘘ではないだろう。だが少ない。とてもとても少ない」


奇跡的な条件に適合する転生地点が、あるにはあるらしい。

しかしヴァイスの話を聞くと、その条件を満たすのは非常に困難だとシエルには思えた。人が大きな役割を果たせば、それに基いて歴史が動き、世界が変わっていくのが通常の流れだからだ。

英雄譚に例えるなら、極論、世界を脅威に陥れる敵を倒しても倒さなくても、最終的にほとんど同じ結果に落ち着くという条件を満たしていなければ、その時代には生まれ変われない事になる。

片方は世界を滅ぼそうとしていて、もう片方は世界を救おうとしているのに、この二者がぶつかり合って、一体何がどうすれば最後は同じだったなどという結末になるのか、想像するのも難しい。

そして、たとえそんな場所が存在していたとしても、狙って転生はできそうにない。ヴァイスが下した困難という評価さえ前向きである。普通は不可能だと判断するだろう。


「……イリエンの……あ、ええと彼、あ、じゃなくて転生した僕ですが、事業で新しい交易路が生まれましたし、雇った人達とその家族の人生だって変えた筈です。それでも大きな影響なんてなかったと?」

「なかったな。お前がやらなければ他の誰かがやった。あるいはお前の場所が完全な空白だったとしても問題ない。そうやって世界は滞りなく流れていく」


不満を残して戻ってきてしまった以上、シエルにヴァイスの物言いを責める資格はないのかもしれない。

それでも、あの人生が丸ごと無くても良かったと言われるとショックを受けた。


「僕のした事は無駄だったって事ですか?」

「無駄ではないよ。お前の語ってくれた一人の男の人生な。あれは間違いなく、生まれ変わったお前がお前の力で成し遂げた事だ。誇っていい」

「でも、僕は結局人生にも家族にも……そうだ、僕がいなくなったって事は、イリエンの存在はどうなってしまったんですか? 子供は? 後に残した事業は?」

「転生後にも満たされなかった者が戻ってきた時、そいつの送った人生には他の適当な魂が押し込められる。お前の人生でありながら、お前が戻った後にはその時その場にいた別の魂の生涯として上書きされる。

イリエンはいる。いや、いた。多少裕福な地方の一商人というだけの手掛かりで探すのは大変かもしれんが、お前の生きたという時代のその町を調べてみれば、記録を見付ける事もできるだろう。

イリエンの人生は紛れもなくお前が辿った現実で、だがその魂はいまやお前ではないのだ。これが死と時と運命の神ミルトの……」

「さっきからだんだん肩書き増えていってませんか?」

「ミルトは貪欲な神でな、生まれ持った力だけでは飽き足らず、他の神を倒して権能を奪い取ろうとした。で、実際に勝って奪ってしまった。

そこまでは良かったが、権能が増えればそれだけ自分の仕事が増える事にやるまで気付かなかったらしい」

「こう言ったら失礼ですけどバカなんですかね」


ここまで破天荒な神なのに、どうして名前が知られていないのかがシエルには気になってきた。無論、広く信仰されているという話も聞かない。その一因として、人が作ったものではない正真正銘、本物の神だからという事がある。


「お前がイリエンについて語る時、どこか他人事のようだった理由が分かったか。お前の見てきた色彩、お前を見送った者達のぬくもり、全てが遥か彼方に遠ざかっている筈だ。何故ならイリエンは最早お前ではなく、別の誰かなのだからな」

「あ……」


自らのもうひとつの人生を振り返りながら、やけに実感が薄かったのはそのせいかとシエルは納得した。晩年には庭いじりが趣味になっていたのに、そうした欲求もない。

70年も生きた人間という精神構造ではなくなっている。歳を重ねて良くなった部分も悪くなった部分も消えて、本当に元通りの状態に戻ったようだった。ここに立っているのは、19年を生きただけの若いシエルでしかない。

戻ってきた時に別人のようになってしまっていては本人も周囲も困るので、これも保証の一環なのだろう。


憶えてはいる。

しかし、あの人生は名実ともに他人のものになってしまった。お前ではないと言われても、怒りも湧かない。

自分の責任とはいえ、そこがシエルには寂しい思いがした。


「さて、ここまで聞けばもう分かったな?

悪く聞こえる事ばかり言ってしまったが、転生自体は実はそこまで無意味ではない。転生希望者は一応ある程度の人生の経験者だから、子供が子供のまま好き放題にやらかして、気付いた時には手遅れという状況には陥りにくい。転生前がどんな奴だったにせよ、少なくとも学ぶ事と真面目にやる事の重要性くらいは知っているからな。

結果として確実に良好な……とまでは言わんが、前よりマシな人生を送れる確率は高くなる。そしてマシな人生というのは、人を含めた周囲の環境に良い影響をもたらす」


それがまたその周囲に好影響を……と、ヴァイスは指先の鉤爪を器用に動かして、徐々に大きくなっていく円を空中に描いてみせた。影響の連鎖である。


「誰も損をしないぞ。歴史の流れは変わらなくとも、部分部分は着実に良くなる」

「うんうん。向上心って偉大ですよね」


机に頬杖をついたまま、クアンが相槌を打った。


「この事はまた、願い通りの人生には一歩足りず戻ってきた者にも言える。

どうだ、転生など思った程うまい話ではないと落胆したとはいえ、あちらで得たものや学んだ事は沢山あっただろう。これこそがまんぞく保証の真価というものよ。

シエル、辛い人生を歩んできたようだが、お前は間違いなく成功できる強い魂を持っている。此度の経験と自信を活かして、今からでもよりよい人生を掴む努力を……」

「もう一回お願いします」

「はい?」


思わず聞き返したのはクアンである。ヴァイスは黙った。


「え、ええええー!? や、やるんですかもう一回!?

正気なの!? どうやって転生するか経験済みでしょ!?

あの握り締められた時の驚き! 自分を殺そうとしてるんだと判明した時の恐怖!

どんなに力振り絞っても動かない手足! ベキベキへし折れてく全身の骨とそれが肉と皮膚突き破ってくる激痛!

息できなくて舌が馬鹿みたいに唇割って飛び出すし、頭に大量の血液が押しやられて視界真っ赤になるし、圧力に負けて眼球が頭蓋骨から外に飛び出していくし! あんな感覚をもういっぺん味わいたいっていうの!?」

「苦しくて痛くて気持ち悪くてもう嫌だ助けてやめてやめてやめてって50回くらい後悔したあたりで死んだので、これならなんとか次も耐えられるかと」

「耐えられてない気がするなー」


クアンは遠い目をして間近にいるシエルを見た。

あのなあ、とヴァイスが言った。少し間を置いてもう一回、あのなあ、と言った。

他に言葉が見付からなかったのかもしれない。


「……二度目の転生を希望する人もいるにはいますけど、そういう人達だって、もっと大金持ちが良かったみたいに現実的な路線ですよ。聞いたでしょ? シエルさんが求めてる、大暴れで大活躍で世界を救っても問題ない時代なんてまず無いって……」

「はい。でも、全然ない訳ではないとヴァイス様は仰っていました。

なら、次こそ僕の望む人生かもしれません」

「で、でも賭けにしては分が悪すぎ……。

しかもシエルさんは、もうまんぞく保証の存在を知っちゃってるんですよ?

駄目ならやり直せるのを知ってたら、本当にこの人生でいいのか疑い始めたら、余計に満足しにくくなりますよ! この制度は、性懲りもなく何度も転生したがる人への抑制効果を狙ったものでもあってですね……」

「ありがとうございます、でも平気です。

それが僕の本当に望んでた人生なら、知ってようといまいと心残りなく死ねるって信じてますから」


どこからこの自信が生まれるのか、笑顔で答えるシエルの決意は固いようだった。

途方に暮れて、クアンが竜を見上げる。

その竜に向かって、シエルが深々と頭を下げる。


「お願いします」


二度転生禁止を掲げている訳でもなく、制度として実施している以上、こうなっては断る根拠がない。

ヴァイスはやれやれとお決まりの呟きを漏らしながら、シエルを肉塊に変えた。


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