アールヴァラン大海祭 - 17
空になった容器を詠唱ひとつで消滅させると、ロニセイラはクアンに命じた。態度の悪さだけは一向に改まらない。
「次は腹ごなしだな。どっか遊べる出店に案内しろ」
ひとつ終われば即次へ。てきぱきしているといおうか、せっかちといおうか、兎角行動が早い。
魔法という強力な補助はあったにせよ、現地でフェザーの誘拐が発覚して追跡を開始してから、僅か一日に満たない遅れで密輸犯の船に追い付くくらいだからなあと、シエルはその様を見ていて納得した。
クアンは食べ物の時より難しそうに考え込んでいる。すぐに幾つかの候補を挙げられないようだ。
「んー……遊べそうな出店でしたら第11通りに行かないといけませんね。元々食べ物ほど数がないですし。この近くにあるのだと的当てとか……」
「マトアテ? 的当てって何だ」
「棚に並べた景品を上手に撃ち落とすんですよ。見事落とせれば景品はあなたのもの」
「それ棚ごと吹っ飛ばねえか? 微細な調整加減を競う競技か?」
「一体何で撃ち落とす事を前提にしてるんです。魔法じゃなくて専用のスリングですよ。あんまり威力が出ないから、どこを狙うかが重要なんです。やってみます? 結構人気ありますよ」
「惹かれねえなあ。撃つんならダークエルフが整理整頓して満足そうにしてる部屋のド真ん中に風起こす魔法がいいぞ」
「やめなさいってば」
「的当ての他には何がありましたっけ……紐クジに、トガリイガイの賭けレース……」
困っているクアンの助けになれればと、今日見てきた範囲内でシエルも考えてみた。
そして分かった。いざ思い出そうと試みた時、ゲームの類の出店がすぐには浮かんでこないのだと。
食品の豊富さは言うまでもなく、また時間ごとのイベントも豊富に用意されているアールヴァラン大海祭だが、クアンが言ったように、出店それ自体で遊べるようになっているものは意識して探さないと意外に見掛けない。数は普通にあるのに、その他が圧倒的に多すぎて埋もれてしまっているのだ。衣服や帽子、手作りのアクセサリー、民芸品、食器などを売る店の方がまだ目立つ。
この辺りは単純に祭りの傾向だといえた。飛び飛びに見かけるその類の店にも客がいない訳ではないから、需要はある。
「おいお前」
シエルは真剣に考え込んでいた為、それが自分に呼び掛けられたのだと咄嗟には判断できなかった。
「おい。お前だよお前。そこの黒眉」
「シエル、呼ばれているぞ」
「は、はい!? 僕ですか?」
「それを言うなら黒髪でしょうに……なんで眉……」
不意に矛先が回ってきて戸惑っているシエルに、ロニセイラがすたすたと歩み寄る。
元より長身な種属であるハイエルフの事。シエルよりも頭ひとつ分高い背で真正面に立たれて見下ろされると、細身ながら相当な威圧感があった。かたや王子、かたや平民という互いの身分の違いが一層それを強めている。
「存在感欠如してるからつい流してたけど、お前船からずっといるよな?
あの危ねーエルフは分かる。竜も分かる。ただの人間にしか見えないお前はこのメンバーにおけるどういう役柄なわけ?」
「……僕は……ヴァイス様やクアンさんとちょっと前からの知り合いで、今日はたまたまお祭りに一緒に行く事になって、それでその……船でクアンさんが説明した通り財布を盗まれた流れでそのまま一緒についてきてるだけ……です」
概ね事実に沿った説明をシエルは行った。自分と龍園との関わりについては意図して省く。転生し勇者になる夢について隠す気はないシエルも、相手が相手だからこの時ばかりは言っていいものか迷ったのである。
が、そんな目論見を見抜いたようにロニセイラが強引に肩を組んでくる。巻き込まれかけたヴァイスが抗議の声をあげた。
ほとんど捕獲されたに等しい体勢で、顔を近付けて凄まれる。シエルは怯えて息を止めた。元の顔だったら違う意味で意識が遠くなりかけたかもしれない。
「なーんか隠してるだろ。知り合い程度で竜置き場になるか?」
「隠してるというか、いたたたた! 首が首が!」
「シエルをいたぶるのはやめてやれ。その男は転生の為に龍園を何度も訪れていてな、その縁で我らとは最近友人付き合いをしていた。騒ぎに巻き込まれた経緯にも嘘はない。従属種の件がなければ今日も普通に祭りを見て回るだけで帰っていたよ」
「ゆ、友人!?」
「転生って肉体の置換するやつか。なんでまたそんなんやるんだ」
「誰しもが夢描いた通りの生を送れてはいないという事だ。転生を希望する者は毎年一定数出る。望むならお前の依頼でも引き受けるぞ、龍園は常に開かれている」
「いいわ。生まれ変わりたい程には悩んじゃいないんでね」
「というか悩みという概念知ってます?」
「友人……」
うわ言めいて呟いているシエルに「あ?」と怪訝そうな声を漏らして、ロニセイラが目をやった。
しかし脅されている状況は先程と変わっていないというのに、シエルは自分を捕獲しているロニセイラではなく、ロニセイラの腕を邪魔そうに避けているヴァイスを覗き込んでいた。
「友人、って呼んでくださるんですね、僕を。友人、友人かあ……」
「うわ。こいつ友人呼びに感動してやがるぞ、やばい」
「……だからいじめるなと言っている。人は色々あるんだから。
お前のようなのを昔見た事があるぞ、龍園に一時期住み着いていた猫だ。鼠や鳥を殺さないまま運んできては、逃がしてまた捕まえてを私の目の前で繰り返していた。お前にそっくりだ」
「それ、ヴァイス様に狩りを教えてあげようとしてたんじゃ?」
「なんだと!?」
子猫扱いされていた新事実に衝撃を受けているヴァイスを余所に、ロニセイラはこれまでとはやや毛色の変わった目をシエルに向けていた。
それこそ、ヴァイスが思っていた猫の性質そのままな、甚振る側の目を。
勇者絡みでおかしくさえならなければ地味で暗くておとなしそうなだけの青年は、ヴァイスからの友人扱いにうっかり感動を隠せなかった為に、格好の獲物に浮上してしまった。
イビルマナティ、財布盗難、そしてとどめのハイエルフ。シエルにとっては重ね重ね厄日である。ここで転生の理由である勇者志願の話など暴露したが最後、腹を空かせた犬に餌をやるどころか、燃え盛る火炎に爆薬を投げ込むような事態を招くに違いない。
友認定の興奮からやや落ち着き、ようやく自分の置かれた状況を思い出して再びどぎまぎし始めたシエルを、ニヤニヤと嫌な形に顔を歪ませて眺めていたロニセイラは、肩の腕を退けないまま朗らかに告げた。
「よしよし、じゃあオレも友達になってやろう」
「うええっ!?」
「なんだその反応は。そこの危ねーエルフよりオレの方が余程ましだぞ」
「嫌がらせ目的なのが目に見えてるからでしょう。友達ってなるって宣言してなるものじゃないでしょうに。だいたいハイエルフの友人なんて、性質知ってればこの世の誰も持ちたくありませんよ」
「はい。はい。ふぇざー、も、ともだち、なります。いっぱい、めいわく、かけて、しまった、ので」
「おっ良かったなぁ、迷惑料で友達になってくれるってよ。一気に二人も増えたぞ友達。しかもハイエルフと従属種だ。友達に自慢できるなヒャハハヒャ」
やたら友達を強調しながら、ロニセイラは下品な笑い声を立ててシエルを掴んだ腕を離した。
自分がその友達になってやるという話をしていたのではなかったのか。本人に自慢してどうする。
疲れる。相手にしているととにかく疲れる。項垂れるシエルの頭を、慰めるようにヴァイスが翼の先端でかりかり掻いた。
「あっ!」
「ん? どうしたのフェザーちゃん」
「あれ! あれ、は、なんですか? きらきら!」
フェザーが見ているのは、手作りアクセサリーの店だった。
敷地に幅広の作業台と複数の低い椅子が置かれており、立て板に留められている多数のパーツの中から、好きな種類を組み合わせてブローチが作れるようになっている。
遊べる出店というのとはやや分類が異なるようだが、フェザーの目はそんな些細な違いなどには構わず、ずらりと並んだ素材に釘付けになっていた。各色に染められた針金。宝石に似せたガラス玉。小さな動物の形をした金属。
「いいぞ、やってきても」
『! ありがとうございます、主族!』
思わず出た現地語で叫ぶと、店に向かって一直線に走っていくフェザー。クアンが後を追う。
後ろ姿を見守っていたヴァイスが呟いた。
「そうか、細工か。従属種はああした手先の作業を得意としていたな」
「そうそう、暇さえあると連中ああいうの弄ってるよ。
そこのロバ面の財布盗むのに特別器用さは必要なさそうだが」
「ははは……」
曖昧に笑って、シエルは自分の財布がある場所を触って確かめた。
フェザーは早速他の子供客に混ざり、作業台に覆い被さるように背を丸めて夢中で手を動かしている。
あの調子だと完成までには暫く時間がかかりそうだった。しかしロニセイラは別段急かす訳でもなく、二つ隣にあった煙草とパイプを売っている露店を覗きに向かっていた。




