友達沢山できるかな?
ケビンが何だか可哀想な事に……。
「ケビンーー!!」
パーティ会場を小走りで進んで行くベルヴィア。
「何走ってるんだよ、お嬢様は走っちゃ行けないんだぜ!」
ケビンは文句を付けるがその顔は物凄く嬉しそうで、心なしか頬が赤い。
今日のケビンは薄茶色のくせ毛を短く切り、少年が好みそうな青い衣装を着ている。
瞳の色は緑なのだが、王太子が鮮やかな色見をしているのに対して、ケビンのそれは深い落ち着いた色合いをしている。
「えへッ! 久しぶりにケビンに会えて嬉しかったんだもん!!
だからいいの!!」
ベルヴィアはケビンの手を握り、持ち上げる。
「ちょ、おまえ!! 何すんだよ!!」
ケビンは慌ててその手を振り払う。
「ヒドイーーー!!」
ベルヴィアは文句を言うが、ケビンが動揺するのも無理はない。
「バ、バカ!! 男の手を女から握るとかって、そういうのは確か、えっと、ハシタナイっていうんだぜ!!」
特に今日はベルヴィアの為の誕生会である。
公爵令嬢であるベルヴィアがどの子息と仲がいいのか、どの子供が婚約者候補なのか、大勢の人間がさりげなく注目していた。
人目をほとんど気にしないベルヴィアは、今も物凄く周囲からの視線を集めてるのだが、全く気付いていない。
「えええ!? ケビンは子供じゃない!!」
甘々な公爵夫妻はベルヴィアが自由に好きな男の子を選べばいいと、今日のパーティの意味をあまり丁寧に説明していなかった。
「子供って、おまえもだろ!! 何なんだよおまえ!!」
しかしケビンの方は違う。しっかりと両親から、
『ベルちゃんが好きなら、しっかりアピールして来るんだぞ!!』
『わたくし、ベルちゃんみたいな可愛い娘が欲しいの。ケビン、あなた顔だけは人より良いのだから、しっかりベルちゃんのハートを掴んでくるのよ!』
と、手に汗握る勢いで送り出されていた。
「ええ? 久しぶりにケビンに会えて嬉しかったのに~」
「そ、そりゃ俺だって」
珍しくおどおどしているケビンを見て不思議に思ったベルヴィアは、少し離れた所にいるケビンの両親であるローガン伯爵夫妻がこちらを見ているのに気が付く。
「あ、ケビンのお母様たち見っけ! ケビン、こんなスゴイパーティに出たの初めてだから、緊張してるんでしょ!
ふふ、おば様たち、ケビンが失敗しないか心配して、超こっち見てる!!」
ベルヴィアはローガン夫妻に、『ケビンの面倒は自分が見るか心配しないで!』という気持ちで手を振った。
「な、おまえ!!」
ケビンは、
『ベルヴィアは自分の事が好きなのか!? 俺の婚約者になりたいのか!?』
そう思い、ますます真っ赤になった。
「ま、まあ、おまえが俺のこと、そ、その…す、すき」
しかしそこへ待ったをかける者たちが現れた。
黄金色の波打つ髪を肩までの長さに伸ばした少年と、同じ色の髪を短く切ったツンツン頭の少年が、ベルヴィアに声をかけた。
二人とも雰囲気はまたく違うが、かなり迫力のある美少年だった。
「初めまして、ベルヴィア嬢。この度はご招待ありがとうございます」
「よ! 初めましてだな! 俺はジーク、こっちは双子の兄のエミリオだ」
やっぱり!! また攻略対象キターーーーー!!
ベルヴィアはケビンからすっかり意識をそらし、二人に注目した。
「僕はディサート侯爵家の長男、エミリオと申します」
髪の長い方の少年が言う。
これが脳筋ジークの、死んでしまう双子の兄ね!!
ベルヴィアは『ハルソラ』のジークルートで出て来るエミリオ少年のイラストを思い出す。
この子も失敗すると十一歳で死んでしまうのよねと、ベルヴィアは感慨深く思う。
「エミリオ様にジーク様ですね。よろしくお願いします」
ベルヴィアはニッコリ微笑んだ。
ディサート侯爵家の双子にとってベルヴィアは、理想的な婚約者にしたい令嬢だった。
ディサート侯爵家を継ぐのは長男のエミリオであったが、次男のジークもまた将来母方の実家から伯爵の地位を譲られる事が約束されており、どちらもベルヴィアに求婚するのに相応しい条件を持っていた。
「おまえ、なかなかかわいいじゃねーか!」
ジークはあっけらかんとした調子で言った。
脳筋体質なので、何も考えずに素直に思った事を口にしただけだ。
ここに、ベルヴィアを口説こうなどという意思は殆どない。
「ふふ、ジークは正直だよねえ?
ベルヴィア嬢は本当にお可愛らしいです。華やかな宝石のような紫色の瞳に、秋の葡萄畑を思い出させる豊な髪。可愛いというよりも、美しと表現するべきでしょか」
エミリオの方は、完全に口説きに来ている。
自分が侯爵家の長男だと名乗る事によって、自分より爵位が下のケビンを牽制し、優位に立とうと必死だった。
「美しい!! すごいよ、ケビン!! 美しいだって!!」
場の空気を全く読めていないベルヴィアは素直に喜び、何故かそこでケビンに話を振る。
「…良かったな」
牽制された事を理解しているケビンの心境は複雑だった。
「うん!! ケビンも褒めて!! ねえ褒めて!!」
期待の眼差しでベルヴィアはケビンを見つめる。
「カワイイイナー、ベルはとってもカワイイナー!」
照れくささと動揺が入り混じり、ケビンは茶化してしまった。
「ヒドイーーー!!」
ベルヴィアはケビンの腕を引っ張った。
「お二人はとても仲が良いんですね?」
エミリオは美しい顔でニッコリと微笑んだ。
ケビンとジークはその笑顔が恐ろしく見えてビクリとするが、ベルヴィアはやはり気が付かない。
「うん、幼馴染だから!!」
ベルヴィアは無邪気にケビンの服を引っ張る。
それを見たジークは、また素直に思った事を口にする。
「おまえら、婚約すんのか? 俺たち、親からおまえの婚約者になれるように挨拶して来いって言われてるんだけど、もう遅いわけ?」
「ジーク……」
エミリオはダメだコイツという顔をして、顔を引きつらせるが、ベルヴィアは気にしない。
「えええ!? わたしたちまだ子供だよ? そういうのはまだ早いんじゃないかな?」
そして、ね? っとケビンの事を見る。
「あ、ああ。そうだな!!」
ケビンはガッカリするが、まだ振られたわけではないので、良かったと思う事にした。
しかし、それはエミリオも同じだった。
「では、まだ僕にもチャンスはあるという事ですね?」
「うん。でもエミリオ様はスゴイ美少年だから、あっという間に他の美少女たちが飛びつきそうですよね!!」
ベルヴィアは、ジークではなくエミリオの方が攻略対象だったらこの双子のシナリオ、もっと人気出たんじゃないかなぁと、酷い事を思う。
ちなみに『ハルソラ』の人気投票ではジークの順位は最下位だった。
双子の片割れが死んでしまうという設定は美味しいが、筋肉には用がないというのがその最もたる理由だった。
「ふふ、ベルヴィア嬢は面白い人ですね。友人からで構いませんので、僕たちとも仲良くしていただけませんか?」
七歳にして野心家なエミリオは、名門の公爵家と繋がりが持てるチャンスなので、ベルヴィアに何としても近づこうと努力していた。
「いいですよ! 友達沢山って、いいですよね!!」
ケビンはライバルたちの出現に冷や汗をかくが、その心配は杞憂に終わる事になった。
何故なら、ベルヴィアが斜め上の名案を思い付いてしまったからだった。
「そうだ、友達沢山でいいこと思い付いた!!」
ベルヴィアは、さっき兄と友人になりたがっていた王太子の事を思い出した。
『ハルソラ』では、攻略対象同士はあまり仲が良くない。
それぞれハイスペックな能力の持ち主で家柄もいいのだが、何しろ心の傷が原因で全員心を閉ざしている系なのだ。他人を排除しようとしている者同士が、親しい友人になどなれる訳がなかった。
「子供のうちから友情を育てておけば、いざって時に強いと思うの!!」
王太子がゲームで心を閉ざしてしまうのは、親友と呼べる人間がジェフリーしかいなかったのも原因だと思っている。
ジークにしても、双子の兄のエミリオとばかり一緒にいたため、明るい性格の割に親友と呼べるような存在がいなかった。
それはエミリオにも言えるはずだった。
たとえゲームの世界で起きていた不幸を全て回避できたとしても、この先他にどんな事が待ち受けているのかは分からない。
「エミリオとジークは、王太子様とジェフリーとはもう友達になったの?
ベルヴィアにとってはもう二人は友達なので、呼び捨てだ。
「ご挨拶はしましたが、友人と呼ぶにはおこがましいかと」
エミリオとジークは顔を見合わせ苦笑いする。
「ああ、あのジェフリーってやつがなぁ。他のパーティの時さ、あいつらと仲良くしようって思って話しかけたら、なんかスゴイ剣幕で追っ払われた」
うわ、ジェフリー、マジ最悪!!
あいつ何やってんの!?
双子の話に今度はケビンが反応する。
「あの王子にくっついてる奴だろ! 目がこんななってるやつ!!」
ケビンは両手で目の端を引っ張りあげてみせた。
「ぶは、おまえそれヤベーよ! マジ似過ぎ!!」
ジークにはバカ受けし、ベルヴィアとエミリオは微妙な顔をした。
ローガン伯爵家は良く言えば大らか、悪く言えば大雑把な家だったので、ケビンは領地に住んでいる平民の男の子たちと町で転げまわるようにして遊び回っていた。
その為その言動は、日本の平均的な小学生の男子に近かった。
「陰口は男らしくないわね!」
ベルヴィアの言葉に、笑ってた二人は慌てて口を閉じる。
しかし、ベルヴィアは二人を叱りたい訳ではなかった。
「こういう時は、漢なら堂々と喧嘩を売らなくっちゃ!!」
「「「 え!? 」」」
三人の少年は目を見開く。
ベルヴィアは熱い眼差しで困惑している三人を見渡す。
「さ、皆、王太子様たちの所に行くわよ!!
せっかくだもの、ジェフリーも一緒に、皆で友達になろう!!
男同士の友情はね、ケンカすると深まるものなんだから!!」
ベルヴィアは、前世で読んだ少年漫画の世界を想像していた。
少年漫画では、熱い殴り合いで男同士の友情は生まれるものなのだから。
これがラノベだとそうはいかない。
何故か戦って理解し合う相手は女の子ばかりで、相手は友達ではなくハーレムメンバーになってしまうというのが、ベルヴィアの偏見に満ち溢れたラノベのイメージだった。
ちなみにベルヴィアはオタク女子で、BLも好きな方だったがそういう邪念は今は全くない。
何しろここは乙女ゲームの世界。
混ぜるな危険…!!
乙女ゲームの世界では、脇役だろうと何だろうとBLは絶対に持ち込み禁止なのだから。
ついでにベルヴィアにはショタ萌え趣味もないので、このチャンスに逆ハーを作ろうという発想も全くない。
彼女は純粋に親切心から行動を起こそうとしていた。
フィーナだったら、きっとこうするはず!!
そう信じて。
お嬢様のためのお上品なパーティーになるはずだったベルヴィアの誕生会は、ここから段々話がおかしな方向へ向かい始めるのだった。
王太子が登場したなら、もうこの人たちも出してしまえという事で。
ケビンとベルヴィアのダンスシーンだったはずなのに、エミリオたちの婚活に乗っ取られてしまいました。
次は、まだ続くお見合いパーティ()をどうかお楽しみください。