王太子様ごめんなさい
王太子様登場です。
ゲームではベルヴィアが一番狙っている人です。
ベルヴィアの六歳の誕生会当日。
ランバート公爵の屋敷は大勢の招待客で賑わっていた。
子供が主役となるため、正午となる少し前にパーティは始まろうとしていた。
ラベンディーア王国では、子供の六歳の誕生日は特別のものとされていて、盛大に祝う習慣があった。
高位貴族の間では、子供のお披露目を兼ねた部分もある。
自分の子供の将来の結婚相手となる相手を探すという目的もあるため、この手のパーティに集まる親たちの目は、かなりギラギラとしていた。
特に女の子の場合は、親が早めに相応しい家の相手と婚約させてしまいたい事もあり、通常、パーティの主役となる少女は最高に着飾って、この場に集まった有力貴族や、招待された婚約者候補となる少年たちに姿を見せなければならなかった。
ベルヴィアは、階段から転落する前に試着していた、あの水色のロングドレスを身に纏っている。
破れたり血の染みが付いたり大変な状態になったりしていたのだが、公爵家の優秀な使用人が、レースを増やしたりする事によって、更に豪華なドレスへと変身させてくれたのだ。
紫色の大きなドリル状の巻き髪に、細かい刺繍の施されてた大きな水色のリボン。
キラキラと輝く本物の宝石が使われた、上品なネックレス。
ベルヴィアは、どれだけランバート公爵家で大切にされているのかをその装いで表現しながら、大勢の招待客の前へと姿を現した。
「みなさま、このたびは、わたくしの六歳の誕生を祝うために、こんなにもたくさんの方にお集まりいただけまして、とてもうれしく思っております。ありがとうございます」
ベルヴィアは可愛らしい声でそういうと、ドレスの端を両手でつまみ、軽く膝を折って、貴族の令嬢に相応しい優雅な、それでいて子供らしい愛らしさの伴う礼をして見せた。
中々完璧に近い挨拶で、大きな拍手が起きた。
ベルヴィアの涙ぐましい努力を知っている公爵夫妻と使用人一同は、目の端に涙を浮かべそう程、お披露目の挨拶が成功した事を喜んでいた。
そして、当のベルヴィアなのだが。
フッ!
考えたら、ゲームではベルヴィアの六歳の誕生会は大成功に終わるって事になってるんだから、失敗するはずがないのよね!!
当日それに気が付いたベルヴィアは、割と舐めた態度でパーティに挑んでいた。
「ベル、ゲームでは成功してたから、自分も絶対に失敗しないとか思ってるでしょ」
アレックスは、笑みを浮かべながらベルヴィアの耳元で小声で囁いた。
「な、お兄様!! ど、どうして分かったの!?」
ベルヴィアはぎょっとする。
「ベル、早速ボロが出てるよ」
!!!!!!!
なんという罠!!
「さ、次はお披露目のダンスだよ。行こう」
アレックスはベルヴィアの手を取ると、ダンスを踊る為に、会場の中央へと歩き始めた。
女の子のお披露目パーティでは、最初のダンスは、既に婚約者がいる場合は婚約者と、いない場合は身近な親族と踊る習慣があった。
そのため、ベルヴィアは兄のアレックスとダンスを踊る事になっていた。
子供向けのパーティでよく使われている、難易度の低い踊りやすい曲が流れ始めた。
「さ、僕と一緒なら、ダンスは成功間違いなしだから」
とても八歳とは思えない堂々とした態度で一礼すると、アレックスはベルヴィアの手を取り、踊りだした。
「お兄様、カッコイイ!!」
ベルヴィアのドレスに合わせた水色を基本にした衣装に、薄紫色の長い髪を正装用の白いリボンで縛っているアレックス。
「ベルも今日は可愛いよ」
「わたしはいつも可愛いもん!!」
ベルヴィアは少し赤くなってしまった頬を誤魔化すように、膨れた顔をする。
ベルヴィアとアレックスは、正真正銘、実の兄妹だ。
公式設定資料集にそうハッキリと記載されていたのだから、間違いない。
だが、アレックスルートのバッドエンドの一つには、心を病んだベルヴィアが兄に薬を盛って廃人にしてしまうというものがある。
そしてフィーナに向かってこういうのだ。
『これは全て、あなたのせいよ。あなたがわたくしからお兄様を奪おうとするからいけないのよ?』と。
『ハルソラ』の一部のマニアの間ではこれは大人気エンドなのだが、前世のベルヴィアは勿論、
『目が逝っちゃってるし、ベルヴィア、マジキモイんですけど!!』と、毛嫌いしていた。
「お兄様、ちょっとイケメンオーラ抑えて!!」
危険なエンドを思い出してしまったベルヴィアは、慌てる。
「何それ?」
「わたしがヤンデレになっちゃうからーーーーー!!」
慌てたベルヴィアは足を踏んづけそうになるが、兄は素早くそれを躱して上手に誤魔化す。
アレックスは運動神経も抜群にいい。
「ベル、頭おかしいって、皆に思われちゃうよ? いいのかな?」
「ま、マズイ!! お兄様どうしよう!!」
心底焦るベルヴィアを見て、アレックスは実に楽しそうに笑うのだった。
最初のダンスは何とか無事に終わったが、まだまだ誕生会は続く。
次は、王太子であるレイノルドとのダンスになる予定だ。
レイノルドとの初対面の挨拶は、王太子が屋敷に訪れた時に既に先に済ませてある。
『ハルソラ』では、レイノルドには四人の王太子妃候補がおり、ベルヴィアはその筆頭となっていた。
しかし、ランバート公爵には、特に娘を王太子妃にしたいという野心などはない。
その必要を全く感じていないからだ。
ランバート家はすでに王家との繋がりも厚い古くからの名門で、豊かな領地に、使いきれない程の財力を有していた。
また、ランバート家は代々珍しい優秀な光魔法の使い手を輩出している、非常に優秀な一族でもある。
王国の中でも常に一目置かれた名家であるランバート家は、貴族としてこれ以上繁栄を望む理由は特になく、公爵夫妻は娘が幸せになれるのなら、相手が貴族でさえあれば、誰でもいいくらいの考え方をしていた。
その為ゲームでは、逆に身分が高すぎても止めはしなかった。
娘に王太子妃が務まるか疑問に思いつつも、好きなようにすればいいと甘やかした結果、『ハルソラ』ではあのとんでもない悪役令嬢が生まれてしまったのだ。
「ベルヴィア嬢、次は私と踊って貰えるだろうか」
王太子レイノルドだ。
このパーティに呼ばれている一番身分の高い者として、王太子がベルヴィアにダンスを申し込む事が決まっていた。
「はい、殿下。お相手よろしくお願いいたします」
ベルヴィアは余所行きの笑顔を浮かべて、レイノルドの手を取った。
レイノルドは兄と同い年なので、まだ八歳だ。
少し癖のある淡い金色の髪を、首の後ろ辺りの長さで短くしている。
瞳の色は緑色で、今日は黄緑をベースにした衣装を身に着けている。
優しい目をしたレイノルドは、まるで絵本に出て来る王子様のような容姿で、穏やかな印象を周囲に与える少年だった。
ゲームでのベルヴィアは、この王太子の姿を見て、『彼に相応しいのはこのわたし!』と勝手に思い込み、王太子妃候補へと名乗りを挙げる設定だった。
「ダンスがとても上手なんだね、ベルヴィア嬢は」
レイノルドはニコリと笑う。
「ありがとうございます、殿下」
ベルヴィアは可愛らしく微笑んでみせたが、心の中は勿論違う。
おお!! さすが攻略対象の幼少期!!
王太子、マジで髪とか瞳とか、キラキラ輝いてる!!
お兄様もすごかったけど、これはベルヴィアが夢中になわけだ!!
「噂で聞いていたよりも、ずっと可愛らしい人で、嬉しいよ」
おお!! 殿下に可愛いと言われてしまった!!
ベルヴィアはにやけてしまった口元を必死に誤魔化す。
「噂、ですか?」
「君の兄上とは、一応友人だから」
「一応、ですか?」
ベルヴィアは首を傾げる。
そういえば、兄と王太子は同い年の為、幼馴染となっていてもおかしくはない。
身分的にも、兄は王太子のご学友にピッタリだ。
しかし、ベルヴィアは兄の口から、レイノルドの事を殆ど聞いた事がなかったと思い至る。
「うん。アレックスはいつも忙しそうで、城に来てもすぐに帰ってしまうから。
君からも、もう少し長く僕たちといてくれるように頼んでもらえないかな?
アレックスは同い年なのに剣も魔法も凄くて、憧れるっていうか、その、僕も乳兄弟のジェフリーも、もう少し仲良くなれたらなって、思っているんだ」
「まあ、お兄様ったら!! すみません、殿下。わたしから、きちんと伝えておきますね」
記憶を取り戻したベルヴィアには、分かってしまった。
レイノルドは、八歳にしてはしっかりしている。
しかし、やはりどことなく幼い感じが抜けない。
親しい友達になりたいのになってくれないから妹にお願いするとか、レイノルドの事が子供らしく可愛く思えて、ベルヴィアは微笑ましいと思う。
だが、兄は多分子供の相手をするのがメンドクサイのだろう。
自分もまだ子供なのに。
「ありがとう、ベルヴィア嬢!!」
王太子の嬉しそうな笑顔を見て、ベルヴィアは子供の頃のレイノルドは本当に素直ないい子だったんだなと思った。
ゲームでの彼は、十二歳の時に乳兄弟のジェフリーが自分を庇って死んでしまった事から、極端に親しい人間を作る事を恐れるようになる。
王太子妃候補が18歳の時点で四人もいるのは、誰の事も拒む事はないのだが、一歩内面に踏み込もうとすると壁を作り、スルリと逃げてしまうからだ。
だが、表面上は非常に優しい態度を崩さない為に、ベルヴィアを含むどの令嬢も王太子を諦める事が出来ずに期待をしてしまう。
自分こそが、彼の特別な存在になれるのではないか、と。
派手さはないが何気に面倒なタイプの攻略対象だった為、この王太子の心を開いて見せたフィーナはやはり天使に違いないと、ベルヴィアはレイノルドのルートに入る度に思っていた。
こうしてアレックスの話をしているうちに、ベルヴィアとレイノルドのダンスは終わった。
すると、すぐにレイノルドの乳兄弟であるジェフリーがやって来た。
「レイ、もういいだろ」
青い髪を短く刈り込んだ、鋭い目つきをした少年だ。
綺麗な紺色の瞳をしているのだが、若干細めのその目は吊り上がり気味で、どうしても怖いという印象になってしまう。
これがベルヴィアたちが頑張らないと、十二歳で死んでしまうかもしれない男の子なのかと、ベルヴィアはじっと見つめる。
ジェフリーの母は男爵未亡人で、息子が生まれる前に夫が盗賊に殺されてしまい途方にくれていた所、王妃の産む子供の乳母にならないかと声をかけられ、城へと上がった。
そのためジェフリーは王妃の好意で王太子と共に教育を受けさせて貰える事になり、将来は王子の側近となる事が決まっていた。
「ジェフリー、ベルヴィア嬢は優しい子だったよ。アレックスと僕たちが仲良くなれるように協力してくれるって」
レイノルドが無邪気に報告すると、ジェフリーは面白くなさそうな顔をした。
ジェフリーは王家に強い恩義を感じていて、レイノルドに近づく人間に対して、常に警戒していた。
「ふうん。どうせ、この子も王太子の婚約者になりたくて、レイに媚びてるだけなんじゃないの?」
物凄くカチンと来る言い方で、ベルヴィアは怒るよりも先に呆れてしまった。
自分もかなり我がままで暴言を吐く方だが、人から先にやられるとビックリしてしまう。
「レイノルド様、こんな子が親友で本当にいいんですか?
友達は選んだ方がいいと思う。今からでも遅くないと思うから、家のお兄様に乗り換えちゃいましょうよ!!」
思った事がすぐに口に出るベルヴィアは、割と本気でそう言ってしまった。
「何だと!!」
ジェフリーは掴みかかる勢いでベルヴィアに向かって行ったが、それをベルヴィアは華麗にスルーした。
「あ、ケビン!!」
幼馴染のケビンの姿を見つけたのだ。
久しぶりにケビンの姿を見れて嬉しかったベルヴィアは、本気でそっちに気を取られてしまった。
だが、さすがに王太子の存在を完全には忘れてはいなかったので、最後の挨拶だけは一応する。
「殿下、次は幼馴染と踊りたいんです。なのでこれで失礼致しますね。あ、お兄様にはちゃんと殿下のお気持ち伝えておきますね!」
そして、あっけに取られたレイノルドとジェフリーを残したまま、クルリと背中を向けた。
「ケビンー!」
実に軽快に去って行くベルヴィアの後ろ姿を見つめながら、レイノルドは言った。
「ジェフ、ベルヴィア嬢、僕の事好きだと思う?」
「………悪い、俺が間違っていた……」
ジェフリーは自分の態度が恥ずかしくなり、俯いた。
ベルヴィアはここでささやかながらも、ゲームへと繋がる未来へのフラグを折ったのだが、全くもってその自覚はなかった。
本来ならば、ここでジェフリーの存在を無視したまま、パーティが終わるまでべったりとレイノルドに張り付いて、婚約者になりたいとアピールしまくるはずだったのだ。
だが、前世の記憶を取り戻したベルヴィアにとっては、王太子もジェフリーもただの子供でしかなかった。
『どちらも顔はいいよね、将来が楽しみだな~』で終わるベルヴィアの心の動きは、ある意味とても健全だったと言える。
そしてベルヴィアの誕生会はまだまだ続くのだった。
王太子様は完全な脇役でした。
パーティに出ているのに姿を現さないのも不自然なので、急遽追加しました。
次はやっと幼馴染のケビンが登場します。