お兄様は天才
今回は割と普通です。ちゃんとコメディしてるはずです。
「で、僕に全部押し付けようって事? ベル、お前本当にいい性格してるよね」
ベルヴィアは次の日の朝、家族と仲良く朝食を食終えてお腹いっぱいになった後、どうしても今すぐ相談したいことがあるのだと、アレックスを捕まえた。
そして、昨夜自分の日記帳に書いたメモ書きを見せながら、兄に説明を始めた。
自分は前世の記憶を思い出した。
この世界は自分が前世でやった乙女ゲームの世界とそっくりで、これから沢山の人が不幸になる事を知っている。
身振り手振りを加え、『ハルソラ』の全ルートについて、ベルヴィアは熱く兄に語って見せたのだった。
「お兄様は天才だもの! わたしはお馬鹿かもしれないけど、お兄様なら絶対何とか出来るって思ったの!」
ベルヴィアは、ニコニコと微笑みながら、期待の眼差しでアレックスを見つめた。
ここはアレックスの部屋で、二人は座り心地のよい椅子に向かい合わせにして腰かけている。
話が長くなるからと、二人の間にある低いテーブルの上には、朝食の後にもかかわらず、しっかりと紅茶と豪華なクッキーが並んでいた。
「大体、頭がおかしく思われても平気って、なんな訳? 僕は妹が狂ってるなんて周囲に思われたら物凄く迷惑なんだけど?」
アレックスは酷く疲れたような、微妙な表情をしている。
「だから、お兄様が頑張って何とかすれば大丈夫! わたしが一人で無理したら、漏れなくお兄様は絶対にお嫁に行けない危険な妹を持つ所だったのよ?
相談したわたしは、むしろ凄く偉いと思うの! 褒めて!」
「ベル、お前調子に乗りすぎだから」
アレックスはため息を付いた。
「えへ! でも、お兄様はわたしの話、信じてくれたんでしょ?」
ベルヴィアは兄の様子から、そう悟っていた。
「普段まったく勉強に関心がなくて、好きな事しかしないで遊んでばかりのベルが、いきなりこれだけの知識を身に着けるとか、ありえないからね」
ベルヴィアは、アレックスに『ハルソラ』の内容を語る時、兄が真剣に聞いてくれているのがうれしくて、設定資料集に載っていた、この国の名産物からイベントに登場した各地の細かい特徴まで、ペラペラと喋りまくっていた。
「作り話というよりは、いきなり前世の記憶が蘇ったっていう事を信用したほうが、まだ自分で納得できる」
「ええー、そこは、『ベルが僕に嘘を吐くはずがない』とか、『僕はベルを信じてるから』とか、言って欲しかったかも」
ちょっと拗ねた声でベルヴィアは文句を言ってみた。
「こういう時は、日頃の行いが物を云うんだよ」
「わたし、お兄様には嘘ついたりしないもん! だって、嘘付いたって、すぐバレちゃうんだもん!」
「ベルは、考えてる事がすぐに顔に出るからね。
まぁ、そういう意味でも、お前のその乙女ゲームってやつの話は本当なんだろうと思うよ」
そしてアレックスは立ち上がると、机の引き出しからベルヴィアにも見覚えのある、紫色の魔法石の付いたペンダントを取り出し、戻って来た。
手にしているのは、複雑な魔法を使用する時に必要なアイテムで、そのペンダントはアレックスが六歳の誕生日に両親から貰った、非常に高価な品だった。
「乙女ゲームっていうのがまだ良く分からないんだけど、まずはこんな感じで、絵を実体化させて、音楽と声を付ければいいのかな?」
アレックスは手のひらを上に向け、ベルヴィアに差し出したのだが、その上には驚いた顔の小さなベルヴィアの立体映像が映っていた。
「!? お兄様、コレ何!?」
「光魔法で、お前の姿を再現してみた」
アレックスはサラリと言った。
彼の手のひらの上のベルヴィアは、人形の様に固まって静止していたが、今にも動き出しそうな程、リアルに再現されている。
「これ、触ってみてもいい?」
兄が頷いたので、ベルヴィアはそっと触れてみようとしたのだが、予想通り指をすり抜けてしまった。
「まだ、動かしたり声を再現したりは出来ないんだけどね。」
この世界の魔法でこんな事が出来るとは、ベルヴィアは全く知らなかった。
「これ、わたしも出来るようになるかな?」
非常に難しそうだが、ベルヴィアはわくわくする。
「ベルは光魔法に適性があるから、練習すれば出来るようになると思うよ。
ただ、まだ開発中で、正確な呪文が完成してないから、待たせる事になると思うけど」
魔法を使う際に、アレックスが呪文を唱えなかった事にベルヴィアはやっと気が付く。
「開発!? 無詠唱!?」
「何となく思いついて、ちょっと前から暇な時に改良している所だよ。まあ、僕は天才だからね」
兄の、自分で自分をそう言ってしまう自信に溢れた所が、ベルヴィアは好きだった。
この世界での魔法は、二通りの実行方法があった。
呪文を使う事によって魔力操作を簡単に行い、魔法を発動させるやり方。
魔法を発動する時の魔力の流れを身体に覚えさせ、呪文を唱えずに魔法を再現するやり方。
魔法の種類にもよるのだが、一般的な考え方としては、魔法を詠唱しないで発動させるやり方の方が圧倒的に難易度が高い。
ベルヴィアが使えるような、部屋に光を灯すライトの呪文など、生活に密着した魔法なら、無詠唱で唱えるは比較的優しい。
しかし、今アレックスの使った魔法は、明らかに複雑な操作を必要とする上位魔法だ。
それを彼は無詠唱どころか、開発途中だから、呪文を唱えなかったというのだ。
オリジナルの魔法を作る事など、宮廷魔術師でも難しいのではないかとベルヴィアは思う。
そして、それは真実でもあった。
「乙女ゲームっていうのは、これに音楽を付けて、セリフを喋らせればいいのかな?」
アレックスの問いかけに、ベルヴィアは詰まる。
もの凄い技術なので、こんなリアルな乙女ゲームがあったら是非ともやってみたいものなのだが、『ハルソラ』のシステムとは違いすぎる。
「えっと、ちょっと違うかな? これだと立体だけど、わたしのやってた乙女ゲームはもっともっと平坦なの!」
「平坦? もっと具体的に教えてよ」
悩んだ末に、ベルヴィアは日記帳を閉じて、机の上に横にして置いた。
日記帳をケータイゲーム機に例えることにしたのだ。
「これくらいの大きさの板みたいな物に、絵と文字を表示させるの。本の挿絵みたいなやつの上に文字が書かれていて、それで、ボタンを押したりすると、お話が進んで文字や、絵が切り替わったり、それに合わせて登場人物がセリフをしゃべったりするの!」
そこでアレックスは再び立ち上がり、今度は文字の練習用やちょっとしたメモを取ったりできる、日本でいうB5サイズぐらいの紙の束を持ってきた。
この世界は『ハルソラ』の世界と酷似しているため、紙やペンなど、学園で使われるようなアイテムは割と種類豊富にそろっている。
「これに、その絵を描いてみてくれる?」
ベルヴィアは兄の指示に従い、何枚かゲーム画面に近いイラストを再現してみせた。
「急に絵が上手くなっているね。ビックリだよ。しかも随分、個性的な絵柄だよね」
ちなみに前世のベルヴィアの画力は、『まあまあ見れない事もないかな? 素人臭いけれど雰囲気は出ている』、ぐらいの微妙なラインだった。
しかしそれでも、これまでのベルヴィアは年齢に相応しい微笑ましい絵しか描けていなかったのだから、画力が急上昇した事には変わりない。
そして、この世界にはまだ日本の漫画的なイラストは無かったため、ベルヴィアの平凡なイラストは、アレックスにとってはかなり個性的に見えたようだ。
「ふふふ。前世ではこういう絵が流行ってて、フィーナの絵が描きたくて沢山練習したんだから!」
絵を褒められて、ベルヴィアは凄く得意になる。
「前世の記憶が蘇ったって、これだけでも証明できるよね。うん、本当に未知の世界だ」
興味津々といった様子で、アレックスはベルヴィアの用意した絵を観察して行く。
「ああ、絵と音楽についてはこれで大体理解できた」
アレックスは頷いて、話を先に進める。
「それで、物語の進行方法は、ゲームブックを参考にすればいいんだよね?
物語の途中で選択肢が出てきて、どれかを選ぶ。
ゲームブックでは指定されたページを探してそこから物語を読み進めるけど、お前の前世の世界のゲームでは、ボタンを押すと代わりにすぐに次の場面に話が繋がると」
この世界にも、児童書などの形でゲームブックは存在していた。
-----------------
右に行くなら P15へ進む
左い行くなら P35へ進む
中央に行くなら P108へ進む
-----------------
こんな感じで話を進める、例のアレだ。
「そう、そうなのよお兄様!!」
ベルヴィアが頷くと、アレックスはそのまま話を続けた。
「普通のゲームブックでは冒険者がドラゴンを倒しに行ったり、妖精の国を探しに行ったりするけれど、乙女ゲームでは代わりに、主人公が女の子で、王太子や騎士たちと恋愛をする話が始まる訳だ」
「お兄様、凄い!! そんな感じ!!」
アレックスは着実に乙女ゲームがどういう物なのか理解を進めている。
そして、今度はベルヴィアが描いた、主人公のパラメータ上げの部分のイラストを指さす。
「主人公の能力値を変化させて、物語に影響を与えるようだけど、本格的なゲームブックではダイスを振って、その結果をメモして主人公や仲間の能力値を決めていくけど、それに近いのかな?
去年お前に貸してあげた、『ドラゴンと封印の女神』みたいに」
絵本仕様のゲームブックでは、ただ本を読んで行くだけで物語が進んでいくが、本格的な物になると、ダイスとゲームに付属の専用シート、専用カードやチップなどが必要になって来る。
去年兄から薦められて遊んだ『ドラゴンと封印の女神』は、冒険者になりきるタイプのゲームブックだ。
子供向けにしては難易度が高くて、かなり苦労した事をベルヴィアは思い出す。
-------------------------------
ダイスの結果で、主人公の能力が決定します。
ダイスを振った後、判定シートに結果を記入して下さい。
魔法属性を決めます。ダイスを振って下さい。
1. 炎
2. 風
3. 水
4. 土
5. 光
6. 闇
次に、魔法力の数値を決めます
1. 100 ポイント
2. 150 ポイント
3. 200 ポイント
4. 250 ポイント
5. 300 ポイント
6. 350 ポイント
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
中略
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
光属性で残りMPが80以上の場合は、ライトニングの魔法を使用できます。
使用する場合は、以下の指示に従って下さい。
ダイスの結果によって、魔法攻撃が通るか、判定します。
ダイスを振って下さい。
偶数ならP60へ進む
奇数ならP35へ進む
他属性、またはMPが80未満の場合は、P56へ進んで下さい。
-------------------------------
『ドラゴンと封印の女神』では、魔法属性とMPを専用シートに書き、それを基準にしてゲームを進めるようになっていた。
敵を攻撃するとMPが減るので、減った分を計算して記入する。
また、宿屋に泊まるとMPが回復したりもするので、それも記入していく。
ゲームによっては、MPはカードやチップを使って数値を増減させたりするのだが、ベルヴィアが兄から借りた物は、子供の算数の計算の練習用も兼ねて作られていたので、全部自力で計算しなければならない仕様となっていた。
ちなみに、ベルヴィアは足し算と引き算が苦手だったので、アレックスが計算シートの結果をチェックしては、何度も『ここ違うよ』と突っ込みを入れていた。
ゲームは面白かったが、それは苦い思い出だ。
「そうなの! ゲームブックではダイスを使ったり紙を使ったりするけれど、乙女ゲームは魔法みたいな仕組みを使うから、ボタンを押すと機械が勝手に全部の作業をしてくれて、とっても楽に遊べるの!」
ベルヴィアはゲーム機の素晴らしさを思い出す。
「つまり、ゲームブックではダイスを使ってランダム要素を発生させるけれど、ベルのいう乙女ゲームでは、その不思議な仕組みを使って、不確定な数値を自動で計算させてしまう訳だ」
「そう! そうやって、主人公の能力を変化させて行くの!!
選択肢だけじゃなくて、ゲームでは幸運も大事な要素だから!!
それでね、思うような結果が出なかった時は、何度もリセットして、やり直しをするの!!」
「ああ、ゲームブックでも、普通は悪い結果が出たらそこでゲームオーバーなのに、ベルは何度も途中からやり直しをしてたな。でもそれってズルだよね?」
少し意地悪くアレックスは言う。
「いいの!! 全部のお話を知りたいんだから!!
やり直しをするのは、乙女ゲームでは当たり前なの!!
バッドエンドだってね、上手く数値を調節しないと見れなくて、全部のお話を見るのは本当に大変なんだから!!」
こういった事は、一般的なテレビゲーム全般に当てはまる事なのだが、ベルヴィアの頭の中は『ハルソラ』の事で一杯なので、全て『乙女ゲームの説明』、という事になってしまっていた。
「まあ、お前のそのゲームに対する情熱は分かったよ。バッドエンドを見て喜ぶとか、僕には理解不能だけど」
「ええええ? こういうゲームはね、色々な可能性があるから楽しいのよ!
悲しい結末を見た後だと、余計にハッピーエンドが素晴らしく感じるっていうの?
お兄様もやってみたら分るから!!」
ベルヴィアは熱く語るが、それをアレックスは普通にサラリと流す。
「うん、僕もその『ハルソラ』っていうのを是非やってみたいけど、残念ながら、今この世界にはそんな面白そうなゲームはないから」
「なんか悔しい!! お兄様もやってみたら絶対『ハルソラ』にはまるはずなんだから!!」
「え? それはないかな。だって僕は男に興味とかないから。
男が主人公で女の子たちと恋愛するって話なら、まだ何とかやれそうだけど。
ゲームの仕組自体は面白いし、今後研究して行きたい所だけど、それでも恋愛物語の部分は割とどうでもいいかな」
男がやるなら、せめてギャルゲーだろう。
日本でだって、乙女ゲームを真剣にプレイする男性ユーザーは極少数派だ。
アレックスの反応は当たり前なのだが、何故かベルヴィアにはそれが理解出来ない。
「お兄様、冷たい!!」
「いや、冷たかったらお前の話を真剣に聞いてあげたりしてないから」
その通りである。
ベルヴィアはしゅんとする。
「ごめんさい、お兄様……」
「まあいいけどね。で、ベルは『ハルソラ』のシナリオは全部覚えているんだよね?」
アレックスは、ニッコリと笑った。
その微笑みが、何だか黒い気がするのは気のせいだろうか。
「もちろん!!」
ベルヴィアは元気に答える。
「だったら、それ全部紙に書き出して、小説風にまとめてくれる?」
…………………………。
は!?
「ぜ、全部書くの?」
「うん。それくらい当然出来るよね?」
「で、できるけど……」
間違いなく、とんでもない文字数になる。
「ゲームブック風だと読むのが大変だから、攻略対象一人分ずつ、分かりやすく小説風にして書き出してね。まずは一番時間がないから、ケビンの分からよろしく」
ひどく楽しそうにアレックスは言葉を続ける。
「もちろん、読みやすいように、字は綺麗にかくんだよ。
お前の文字の練習と国語力の上昇も期待してやらせるんだからね」
普段勉強をさぼってばかりのベルヴィアは少し青くなる。
この国の言語は、かなり日本語に近いのだが、まったく同じという訳ではない。
ゲーム内のイラストでは、フィーナが手紙を読む場面などが登場する時は、漢字混じりの完全な日本語では雰囲気が出ないためか、ローマ字風の気取った文字が使われていた。
前世では、『ハルソラ』のなんちゃって外国文字をカッコイイと思っていたが、こうなると話は違ってくる。
ベルヴィアは思う。
なんでスタッフは、全部日本語で表現しておいてくれなかったのよぉぉぉぉぉ!!
「頑張ってね、ベル。応援してるから。
それが完成したら、僕に考えがあるからね。
成功したら、お前の不安は全部取り除いてやれるはずだから、安心して?」
「……………………はい」
しょんぼりした様子のベルヴィアを見て、アレックスはさらに言葉を加えた。
「あれ? なんだかちょっとがっかりだな。
ベルの『ハルソラ』への情熱って、そんな程度のものだったんだ」
それにベルヴィアはピクリと反応する。
「……!?」
「うん、他の人にも『ハルソラ』の素晴らしさを伝えたいって、ベル言ってたよね?
ちょっと書く量が多いだけでしょ。愛があったら、普通に書けるよね?」
「『ハルソラ』の素晴らしさを伝える……」
「そう、口で言うより、文字で読んだ方が伝えやすいよね。
ああ…でも、ベルには無理なのかな。
てっきり僕は、ベルは喜んでフィーナの話を僕に読ませてくれると思ってたんだけどな」
フィーナ!!
アレックスに煽られ、ベルヴィアのオーラが変わる。
小説を書けば、フィーナの素晴らしさが、皆に伝わる!!
なんて素晴らしい事なの!!
「お兄様、任せて!!
わたしのフィーナへの情熱、お兄様に見せてあげる!!
可愛いフィーナを見たら、お兄様もフィーナにメロメロになっちゃうんだから!!
覚悟しててね、お兄様!!」
ベルヴィアは興奮した気持ちそのままに、アレックスに向かって叫んだ。
「うん、頑張るんだよ」
アレックスはやれやれといった様子だったが、ベルヴィアは気づかない。
こうしてベルヴィアは兄に上手く乗せられて、何故全てのシナリオを文章化させられるのかよく分からないまま、小説風のシナリオ集(?)を書き始める事になったのだった。
お兄様は、ベルヴィアの事をよく理解しているようです。
ですが、次は、さすがにお兄様もドン引きする事になりそうです。