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攻略対象は悲惨な過去持ち

まさかのシリアス回?

ベルヴィアは過去の自分を、黒歴史ごと一緒に闇に葬り去ってしまいたい気持ちになったが、これから待ち受けるであろう不幸な未来を回避するためには、ゲームのストーリーを思い出せた事自体は、悪い事ではなかった。

いや、むしろ神に感謝してもいいぐらいだ。


だが、いくら生まれ変わったからといって、転生チートをもらった訳でもないベルヴィアは、ネット小説の主人公たちのように上手く立ち回って、不幸な未来を回避できる能力が自分にあるとは思えずにいた。


とりあえず、何もしないよりはましだと、ベルヴィアは自分の状況を整理する為に、こっそり光魔法のライトの呪文を唱えて、暗い夜の寝室を薄っすらと照らしてみた。


「日記帳は…と、あった!」


ベルヴィアは自分の日記帳と、万年筆もどきの魔法ペンをベッド脇の小物入れの引き出しから取り出し、重要な部分をメモする事にした。


「わたしが今六歳だと考えると…」


ゲームでは、ベルヴィアは六歳になったら、王太子であるレイノルドの婚約者候補に選ばれるという設定だった。


そしてそれと同じ年に、公爵家の隣の領地に住む、ローガン伯爵家の当主夫妻が事故死する。

馬車が山道で崖崩れに巻き込まれてしまうのだ。

その為、幼馴染のケビンが、わずか六歳で爵位を継ぐ事になるはずだった。


ここまで思い出し、ベルヴィアは我に返る。


「こ、これ、まだ間に合う…!?」


ベルヴィアは自分の不幸な未来の事で頭がいっぱいだったが、幼馴染のケビンの事を思い出し、目を見開いた。


六歳のベルヴィアは前世の記憶を思い出すまでは、ケビンの事をお兄様の次くらいにカッコイイかも…と、かなり意識していた。

ケビンはベルヴィアの事をよくからかって来る、薄茶色の髪に緑の瞳をした明るい少年だ。


だが彼に待っているのは悲しい未来だ。


ゲームでのケビンは、まだ子供の頃に両親を亡くし、そのまますぐに爵位を継ぐ事になる。


そして、金に汚い親族に家を乗っ取られそうになったり、殺されそうになるような事件が続き、心に深い傷を負ってしまう。

その為、ケビンは暗い笑みを浮かべる、人間不信の塊のような陰気臭い魔道士となってしまうという設定だった。


「根暗なケビンなんて絶対に嫌!!」


ベルヴィアは乙女ゲームの世界の陰のある魔道士ケビンには、前世ではめちゃくちゃ萌えていた。


『フィーナとケビン、マジお似合い!暗黒魔道士なケビン超イケてるーー!!』


心の底からそう思っていたのだが、今この現実で、ゲームと幼馴染の二人のケビンを比べてみたら、今の明るい幼馴染の少年の方が遥かに良いに決まっていた。


それに、ローガン伯爵夫妻は本当に優しくていい人達で、ベルヴィアは彼らが大好きだった。

死なせるなんて絶対に嫌だし、ありえなかった。


そして、ベルヴィアは他の攻略対象の事も思い出した。


『春風の鎮魂歌~悠久の空へ』は、剣と魔法が身近にあるファンタジー世界で、ラベンディーア王立学院を舞台に、重苦しい過去を持つ攻略対象達を、明るく健気な平民のヒロインフィーナが癒していくというストーリーとなっている。


『ハルソラ』は隠しキャラを含め、6人の攻略対象がそれぞれ洒落にならない暗い過去を持っている。


タイトルに鎮魂歌とある通り、人の死に関するトラウマ要素が物語の大半を占めていて、ヒロインは傷ついた彼らの心を癒す事により愛を深めて行くという設定だ。


ベルヴィアは、攻略対象の名前と、その不幸な過去を日記帳にまとめて書き出してみた。


---------------------------------------


・王太子レイノルド 18歳

  12歳の時に、自分を庇って、目の前で乳兄弟が暗殺者に切り殺される。

  親友を失った王太子は、それ以来親しい人間を作る事を恐れるようになる。


・公爵家の長男アレックス 18歳

  13歳の時に、二つ年上の最愛の婚約者を流行り病で失う。

  恋人に死なれたヤンデレの末路は悲惨だ。


・ローガン伯爵家のケビン 16歳

  6歳の時に、両親二人が乗った馬車が、山道での崖崩れに巻き込まれてしまい死亡。

  まだ幼いうちに爵位を継ぐ事になる。

  その後親族に命を狙われたり、財産を奪われそうになったため、重度の人間不信に陥る。


・騎士団長の息子ジーク 17歳

  11歳の時に、優秀だった双子の兄が川に落ちて死亡。

  その後「お前が死ねば良かった」と、周囲から責められ続けるのだが、傷ついている事を隠して脳筋キャラを貫き通している。


・学院の担任教師ライアン 26歳 

  18歳の時に、幼馴染の少女二人が王立学院の卒業パーティでどちらがライアンのパートナーになるかを争い、そのまま二人とも魔法攻撃を相手に食らわせ、双方死亡。

  自分のはっきりしない態度が悲劇を生んだと思っているため、もう二度と恋愛はしないと心に誓っている。


・隠しキャラ・隣国の第二王子グレゴリー 17歳

  10歳の時に、正妃だった実の母親が毒殺される現場を目撃する。

  犯人は、第一王子の母である国王の側室だと言われているが、証拠は見つからない。

  暗殺を恐れて、密かにラベンディーア王国へと留学している。


---------------------------------------


改めて書き出してみて、ベルヴィアはその内容に愕然とする。

全員とんでもなく嫌な過去を背負っていた。



ゲーム開始はフィーナとベルヴィアが十六歳で学院に入学した時からスタートする。

そして、今ベルヴィアは六歳だと考えると、ゲームの開始は今から約十年後だと考えられる。


ベルヴィアはそう考え、メモ書きを、現在の年齢を中心に更にまとめてみた。


-------------------------------

王太子   8歳   4年後の12歳で、親友死亡。


兄     8歳   5年後の13歳で、最愛の婚約者死亡。


ケビン   5歳   もうすぐ6歳となり、両親死亡。


ジーク   7歳   4年後の11歳で、双子の兄死亡。


教師   16歳   2年後の18歳で、幼馴染の少女二人死亡。


隣国王子  7歳   3年後の10歳で、母親死亡。  

-------------------------------


今ならまだ、不幸な事件は全て起こっていない。


ケビンは今五歳で、彼の両親はかなり危険な状態にあるのだが、ケビンの誕生日はベルヴィアより三か月遅い事を知っているので、今から頑張ればまだ間に合う。


普通にゲームをプレーしただけの俄かファンならば、全員の年齢や状況などをここまで把握する事は難しかったかもしれない。

だが、ベルヴィアは設定資料集を何度も読み込み、細かい設定の矛盾を見つけては公式に抗議を繰り返したりする、筋金入りの『ハルソラ』粘着ファンだった。


前世のベルヴィアの記憶力が良かったというよりは、その異常な執念…いや、深い愛によって、『ハルソラ』の全ての設定・セリフ・ストーリーが、今のベルヴィアの脳には、完璧なまでに刻まれていた。


「あああ…全部分っているのに!!」


ベルヴィアは、どうすればいいのか分からずに、途方に暮れた。

一部、前世の記憶が蘇ったとはいえ、それは異世界の知識がなんとなくあるというだけで、今のベルヴィア自身は、単なる甘やかされて育った公爵令嬢なのだ。

自分の力で出来る事は限られている。


異世界転生ものの小説のテンプレでは、前世の記憶があるなどと言ったら、

『頭がおかしいと思われる』だとか、

『異世界知識を悪用される恐れがある』などの心配をするのがお約束だ。


ベルヴィアだって前世を思い出す前だったなら、そんな事を言う人がいたら、頭の心配とか、心の病を疑ったに違いなかった。



ベルヴィアは、どうして自分は兄のように賢く生まれなかったのだろうと嘆いた。


現在八歳の兄のアレックスは、まだ子供なのに自分とはまるで大違いで、非常に優秀だ。

薄紫の長いストレートヘアーを後ろで一まとめに結び、人を寄せ付けないような冷たい雰囲気を持った、少し皮肉屋の兄。


学力も剣術も魔法も、とても八歳とは思えない実力を持っているアレックスは、ベルヴィアにとって誇らしい最高の存在だ。


甘々公爵夫妻の元に生まれたのに、生まれながらの性格故に、自主的にあらゆる事に挑戦し、それを身に着けようとしていく姿勢を崩さない。

天才的な頭脳を持ちながら、驕る事無く努力を重ねるアレックス。


そんな兄の事を、幼い頃からベルヴィアは尊敬せずにはいられなかった。


そして、アレックスは『ハルソラ』の攻略対象の一人だったのだと、思い出してしまった。


ゲームでのアレックスは十八歳。

今の兄をそのまま大人にしたような完璧な容姿と、公爵家の跡取りに相応しい能力。

皮肉屋でクールな性格で、表面的にはそう今と変わらないような雰囲気だ。


だが、今の八歳のアレックスはこっそりベルヴィアをからかって遊ぶような、可愛らしい所がある。

そして、基本的にすました表情でいるくせに、実は良く笑う。

それは皮肉げであったり、限りなく上から目線だったりと、純粋な子供っぽい笑い方とは程遠いのだが、とにかく色々な物事を密かに面白がる。


しかしゲームでの十八歳のアレックスは、フィーナと出会うまでは、何をやっていても心から楽しめずにいるような、寂しげな顔を顔をした、陰の濃いキャラだった。


今とゲームとでは、クールで完璧なスタイルを貫いている所は似ているのだが、根本的な部分が全くもって違う。


ゲームでキャロルがアレックスに残した心傷の深さを思い出し、ベルヴィアはゾッとした。



ゲームでは、アレックスはベルヴィアの六歳の誕生会で、婚約者となる、キャロルと初めて出会う事になる。

キャロルはアレックスの二つ年上の伯爵家の令嬢で、赤い巻き毛に緑の瞳をした元気一杯の少女だ。


剣術が大好きなお転婆少女で、年下のアレックスに剣の勝負で負けてからは、毎日のように公爵家を訪れては、彼に勝負を挑んでいたという設定だ。


アレックスは最初は面倒そうにしていたが、ベルヴィアがキャロルに懐いたのをきっかけに、徐々にキャロルの事を愛していくというストーリーとなっている。


だがしかし、このまま行けば、キャロルは五年後の十五歳で流行り病を拗らせて肺炎になり、死んでしまう事になる。


キャロルとベルヴィアはまるで本当の姉妹みたいに仲がいいという設定で、


『『ケーキを一緒に作ったの! お願い! 食べて!!』』


と、二人でアレックスに、暗黒物質としか表現できないような恐ろしい代物を差し出しているシーンは、ゲーム内で非常に有名だった。


絵師さん、何故そこに拘ったんだ!

ここまで力を入れて描く必要、あったのかよ!!

…と。



右手にベルヴィア、左手にキャロル。

三人で過ごした、アレックスにとってはあまりにも暖かすぎる日々。

しかし、だからこそアレックスはベルヴィアの顔を見る度に、キャロルを失ってしまった喪失感を募らせてしまう。


そして徐々にアレックスはベルヴィアの事を避け始め、兄妹の関係は少しずつ歪み崩れていき、更には両親との絆までも失われて行ってしまうのだ。


『もしキャロルが生きていたら、ベルヴィアは悪役令嬢としてあそこまで歪まなかったかもしれない』と、公式サイトでディレクターは発言している。


ここまで思い出し、ベルヴィアは羽枕を壁に叩きつけた。


「お兄様がわたしを見なくなるなんて、絶対に嫌!!」


アレックスルートのベルヴィアは、自分には笑いかけない兄が、フィーナにだけ微笑みを見せるようになるのが憎たらしくて、フィーナをいびり倒そうとするのだ。

このルートではベルヴィアは修道院送りになるのだが、今のベルヴィアは初めてゲームのベルヴィアに感情移入する事が出来た。


自分は兄の愛を失ったのに、兄との幸せを目の前で見せつけるような女なんて、絶対に許せる訳がない。


キャロルが死んでしまったら、もしかしたら自分はあのゲームのベルヴィアみたいになってしまい、天使のようなフィーナの事を憎んでしまうのかもしれない。


「わたしがフィーナを憎むなんて、ありえない! ありえないのに!!」


ベルヴィアは自分が怖くなる。

自分の本質は、やっぱりゲームのベルヴィアと同じなのかもしれない。

同じ自分から兄を奪っていく女ならば、絶対にキャロルでなくてはダメだ。


ベルヴィアはまだキャロルには会った事はないのだが、公式設定が熱くベルヴィアとキャロルは仲が良かったと断言しているのだから、きっとキャロルの事は好きになれるのだろうと思った。


キャロルを絶対に死なせたくない。

必ず助けたい。

お兄様の心も守りたい。


お父様とお母さまだって、私たちが不幸になる事なんて望んでいない。

悲しい想いなんてさせたくない。


兄だけではない。

ケビンだって、他の攻略対象だって、係わる人たち全てを救いたい。


自分が憧れるフィーナなら、絶対に何一つ諦めたりはしない。

だから、自分も何一つ諦めたりはしない。

考えなくちゃ、これは自分にしか出来ない事なのだから。


ベルヴィアは馬鹿だが、馬鹿にだって、正義の心はあるのだ。

もしも失敗してしまったら、心の底から自分で自分が許せなくなるだろう。


ああ…どうして、自分は兄のように頭が良く生まれなかったのだろうか……悔しい……。

ベルヴィアは嘆く。


この事を誰かに相談したら、絶対に頭がおかしくなったと思われるに違いない。

そして、自分の話した内容が実際に起きてしまったら、気味悪がられるに違いない。


どうしよう……。

どうしたらいいの………。


そこまで考え、ベルヴィアはふと気が付いた。




どうして、頭がおかしいと思われちゃいけないのだろう、と。




前世だって、周囲の人から変人・痛い人認定で、頭がおかしい人扱いをされていたではないか。


気味が悪いとか、理解出来ないといった、冷たい視線などすでに腐るほど浴びていたではないか。


だからといって、特別辛いと感じていた記憶はない。


むしろ、自分は特別なのだから、凡人が理解出来なくても仕方がないくらいに思っていた気がする。


自分の知識を悪用されて、多くの人を傷つける事になったりしたら嫌だが、そうなると決まった訳ではない。


「うん、明日、お兄様に相談しよう!」


お兄様は天才だから、きっと何とかしてくれるに違いない。

だから、全部お兄様に考えて貰えばいいのだ。


ベルヴィアはそう決めて、その日はもう寝る事にした。


そして、日記帳を片付けて魔法の明かりを消すと、ふわふわの羽根布団に潜り込み、あっという間にスヤスヤと深い眠りに落ちたのだった。

次はお兄様とのお茶会(?)になります。


※『ハルソラ』に出て来る登場人物ですが、やたら大勢いますが、本編に登場するのはごく一部です。残念ながら。←?

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