人気投票は残酷なのです
最下位のあの人はすぐに決まりました。乙女ゲームって、大体こんな感じですよね?(偏見)
「あ!! そうだお兄様!!『ハルソラ』の人気投票の事聞いて!!」
ベルヴィアは乙女ゲー専門誌で行われた『ハルソラ』の人気投票の事を思い出した。
『ハルソラ』はかなりの人気ゲームだったため、複数のゲーム機への移植や舞台化、アニメ化など、幅広い展開を見せていた。
その為、複数の乙女ゲー専門誌で特集が組まれ、何度も人気投票が行われていた。
「『ハルソラ』はすごく人気があったから、乙女ゲームの専門誌や公式サイトで人気投票があったの!」
「人気投票ねえ」
ベルヴィアは前世の説明をする時に、『公式サイト』や『乙女ゲー専門誌』の話もついでにしていた為、アレックスには何の事を言っているのか話が通じていた。
「雑誌やその時の信者の力の入れ具合によって結果は微妙に違うんだけど、ケビンと隣国のグレゴリー殿下が一位・二位を争ってるって感じだった!」
「ケビンが? ゲームではかなり個性的なセリフばかり言ってたよね」
アレックスは吹き出すのをこらえた様子だ。
『フッ…所詮こいつはまがい物……真の闇を支配した俺に勝てると思うなよ?』
これはシナリオの流れで魔に取り憑かれたキャラと対決した時のセリフだ。
中二病患者が喜びそうなセリフをバンバンと吐くケビンは、特殊なファン層を抱えていたため、人気投票ではかなりの票を稼いでいた。
「お兄様ったら笑っちゃダメなの! もーーーっ!!」
「いや、人の好きな物を馬鹿にしてはいけないとは思うんだけど、お前の婚約した方のケビンと比べると、やっぱりくる物があるというか」
「確かに別人すぎるとは思うけど!! ゲームのケビンはイケメンだからいいの!!」
「ごめん、ごめん」
「これだからリア充な男はダメなのよ! だいたいお兄様は一応まだ子供なんだから、ああいう患ったセリフに憧れとか感じてもいいんだからね!」
「ベル、患ったって言っちゃってるよ、自分で」
「あっ!! ……わたしはいいの!! ケビンに愛があるから!!」
「はい、はい」
「もーーーーっ!!」
ベルヴィアにも一応ゲームのケビンのセリフが客観的に見て中二病過ぎる…という思いはある。しかし、乙女ゲームをやっている時はリアルは完全に捨て去るのだから、決して馬鹿になどしてはならないのだ!
「で、『アレックス』は攻略対象六人の中で、何位くらいなの?」
「お兄様は大体4番目くらいかな? キャロルって元恋人がいるのが足を引っ張ってる感じ?
本当は死んじゃった恋人の方をフィーナより愛してるんじゃないの? って気持ちが沸いてもやもやする人がいるみたい。
わたしはそんな事まったく思わないんだけど。フィーナは天使すぎるから」
攻略対象に過去に死んでしまった恋人がいる。
これは乙女ゲームにおける大きな地雷要素だ。
本当にヒロインの事が一番好きなの??
こう思わせてしまう為、かなりの確率で嫌がられる設定だ。
しかし、逆に『昔の女から奪い取ってやった!!』と達成感を感じるプレイヤーもいる為か、地雷と分っているはずなのにシナリオに組み込まれる事がある。
『ハルソラ』のアレックスは、完全にこの元恋人設定に足を引っ張られているのだが、人気投票の順位が4番という地位にいるのは、妹であるベルヴィアとの禁断の愛設定で萌える特殊層がファンについている為だった。
そして、攻略対象としては嫌われているはずなのに、キャラグッズの売り上げはそこそこという謎ポジションにアレックスはいた。
カップリングとしてはアレックス×フィーナの組み合わせは間違いなくワースト一位となるのだが、しかしベルヴィアはフィーナ至上主義のためこの組み合わせにも、萌えまくっていた。
そういう意味では、前世のベルヴィアは数少ない純粋なアレックス大好きファンとも言えた。
「人気投票の順位はね、グレイ(グレゴリー殿下)、ケビン、ライアン、アレックス、レイノルド王太子殿下、ジーク。だいたいこんな感じかな?」
ベルヴィアは話を続ける。
「あれ?レイノルド殿下の順位が低くないか?」
「それはね、殿下ってば王子様キャラ過ぎて、ベルヴィアとか他の婚約者候補にも優しくしすぎるのがいけないみたい。
自分だけに優しくして欲しい女子向きじゃないっていうの?
一番甘々なセリフを喋ってくれて、ドキドキさせてはくれるんだけど、他の女の子にも優しいからベルヴィアが調子に乗っちゃう訳でしょ?
愛されているのは自分に違いないって」
「八方美人は確かに良くないね」
「大勢の女の中から自分を選ばせる快感みたいなものはあるんだけど、殿下は何かこう中途半端っていうの?
必死の想いでやっと振り向かせた!って感じにならないのよね。最初から人当りが良くて優しいから。
もう少しチャラい感じだったらまた違ったのかもしれないけど」
「あれ? もしかして、ベルはあんまり殿下の事好きじゃかったとか?」
レイノルドを褒める様子がなかったため、アレックスは不思議に思ったようだ。
「え? 好きよ! キラキラしててフィーナと並ぶのに相応しいから!!
ゲームのパッケージイラストも殿下がメインポジションにいるし、外見は一番殿下が好きかも!」
「でも、性格は微妙……と」
「元々、ゲームの宣伝用のイラストの中心に来るようなキャラって、当たり障りがないっていうか、絶対一番人気にならないようにできているものなのよ」
ベルヴィアは、パッケージの中心に来るようなメインヒーローポジションに来る攻略対象は、そのゲームの一番人気キャラには絶対になれない物なのだと偏見を持っていた。
「後は、王太子殿下ルートに入るとベルヴィアがウザすぎるのも人気が出ない原因ね。
わたしはベルヴィアにざまぁできて楽しいんだけど、ベルヴィア可哀想派の連中は『レイノルド酷い!!』って叩く方に回るし」
レイノルドルートには、『ベルヴィア、君と婚約する事だけはありえない』と悪役令嬢ベルヴィアを冷たく突き放すシーンが盛り込まれていた。
フィーナの肩を抱きながら、冷酷な眼差しでベルヴィアを見下ろすレイノルドの一枚絵。
普段優しい表情を崩さない王太子が見せる意外な一面に、前世のベルヴィアは萌えまくっていた。
「僕も、どちらかと言うとベルヴィア可哀想派かな。
小説を読んでて、お前とは違う人間だと理解してても、王太子殿下、僕の妹の何処が不満な訳?って気持ちにちょっとなった」
「お兄様!! あのベルヴィアはわたしじゃないから、あんなのに萌えちゃダメ!!」
「我がままな所とか似てるしね? 名前もベルヴィアだし。あの小説の女の子も割とカワイイと思うんだけど?」
「可愛くないから!! お兄様の馬鹿!! このシスコンヤロー!!」
「はい、はい。ゴメン、ゴメン」
ベルヴィアにポコポコと叩かれ、アレックスは笑った。
「それで、なんで人気投票の最下位がジークなんだい?
僕としてはジークルートが一番良かったんだけど。
最後は暗黒竜を倒して大陸最強の冒険者になるなんて、カッコイイじゃないか」
アレックスは話を人気投票へと戻した。
「あ、だってほら、ジークってばガチムチマッチョ系キャラだから!」
「男らしくていいじゃないか」
「う~ん。筋肉兄貴系って、バリエーションの一つとしてそういうのが好きな人のために用意されてるんだけど、『ハルソラ』の中だと浮いちゃってるっていうの?」
「まあ、ジークは『ハルソラ』の攻略対象の中だと一番心が健全だよね」
「そう! 『双子の兄の代わりにお前が死ねばよかったのに!』なんて親から酷い事言われちゃってる割には騎士らしくカッコイイっていうの?
けど、ソレって『ハルソラ』ファンから見ると何か違うっていうか」
「ああ、『ハルソラ』は病んだ男たちをフィーナが癒していくのがメインだったね」
「そう! 元々筋肉キャラってあんまり女の子に人気でない上に、病んでる度も低いから、ジークってば嫌われてはないんだけど『ハルソラ』ファンの間だと空気扱いになっちゃうって感じ?」
「空気……それはまた何とも」
ジークはゲームの購買層を増やす為に用意されたキャラだったが、『ハルソラ』を好きになったユーザーたちは心が病んでいるイケメンキャラが好きなため、嫌われてはいないがキャラグッズの売り上げは最下位だった。
「あ、でもわたしはジークの事、他の攻略対象と同じくらい好きよ!!」
ベルヴィアは慌てて言った。
「だって、美女と野獣っていうの? ジークと並ぶとフィーナがより一層可憐に見えるんだもの!!」
キラキラとベルヴィアは目を輝かせた。
「それって、レイノルド殿下の時と似たパターンだよね」
アレックスは微妙な顔をしている。
「一番大事なのは、どういう風にフィーナを輝かせるかって事なのよ!!」
ベルヴィアは腰に手を当てふんぞり返って見せた。
そう、大事なのはフィーナ!!
ベルヴィアは誇り高きフィーナ信者なのだ。
「何だか、お前が本物のフィーナと出会った所を想像するのが怖いんだけど……」
アレックスは首を振った。
「リアルフィーナ!! 会いたい!!!」
「ベルが本物のフィーナに会うのは10年後だからね?」
「!!!!!! どうして!?」
ベルヴィアは、子供の頃のフィーナに会いに行く気満々だった。
「ベルはフィーナはゲームに登場した、優しく素直なフィーナに会いたいんだろう?
だったら会いに行くのは我慢した方がいいと思うな。
ベルが記憶を取り戻したから、ケビンや僕の未来は変わった。
それと一緒に恐らく僕とケビンの性格も10年後は違って来るだろう。
それを考えると、フィーナが学園に入学する前に接触したら、彼女の性格も変わってしまうかもしれないよ?」
「そ、それは……」
「ベルは、フィーナに会ったら贈り物とかするだろう?
べったり抱き着いたりもするだろうし、当然自分こそがフィーナの親友だ!!って名乗ったりするよね?」
「う、うん」
「フィーナは素朴な村出身の平民の女の子だったよね?
そんな子に公爵令嬢の親友なんて出来たらどうなると思う?
人生観とか、変わりそうだとは思わない?」
ゲームに登場した人々の未来を変えなくてはいけないのは、彼らが不幸だったからだ。
フィーナの場合は、幸せいっぱいに育ったからこそ、彼女は天使のように優しい少女となったのだ。
もし、ここでベルヴィアがフィーナに関わったならば、フィーナはどうなってしまうのだろうか。
ベルヴィアの贈り物で贅沢を覚えてしまうフィーナ。
公爵令嬢の薦めで、絶対に貴族と結婚出来ると思い込んでしまうフィーナ。
ベルヴィアはどんどん想像してしまう。
子供の頃の環境は、ケビンを見ても非常に重要と言える。
幼馴染であるケビンは、今は本当に素直で元気ないい子だ。
それが、両親を幼い内に失ってしまえば、あの暗黒魔道士ケビンになってしまう可能性があるのだ。
『フィーナは違うもん!!』
……そう言ってしまいたかったが、前世の記憶がある精神年齢26歳の今のベルヴィアにはとても無理だった。
「お兄様……」
「待てるよね?」
アレックスは、目を潤ませ始めたベルヴィアの髪を優しくなでた。
「わたしは、本物のフィーナ信者だもん!!
フィーナの幸せの邪魔なんてしないんだもん!!」
ベルヴィアはアレックスに抱き着き、泣き出した。
「よしよし。それじゃ、そんないい子なベルには、僕からご褒美あげよう」
ベルヴィアの涙を指で拭い、アレックスは優しく微笑みながら金色のリボンをモチーフにした小さなペンダントを差し出した。
「かわいい!!」
「これに魔力を込めてごらん?」
ペンダントを手の平に乗せ、ベルヴィアは言われた通りにそっと魔力を流してみたのだが。
「!!!!?????」
「ベルが描いてたフィーナをモデルに作ってみたんだけど、どうかな?」
ベルヴィアの手の平に上に、フィーナの姿をした小さな立体映像が立ち上がり、オルゴールのような音楽に合わせくるくるとダンスを踊るように回っていた。
ポリゴンで再現されたアニメキャラクターよりも更にリアルな動きを見せておきながら、何故か顔は完全にアニメ仕様となっている。
日本で売られていたような、最高級のキャラフィギュアがサラサラの髪をなびかせ、微笑みながら踊っているのだ…!
さっきまで流していた涙は完全に止まり、ベルヴィアは食入るような目つきでフィーナの3D映像をガン見していた。
「ベルが良い子にしていたら、他にも作ってあげるよ?」
「こここここ、コレ、王太子殿下とか、ジークとかと一緒のも欲しい!!」
オタクとしての欲望が一気に蘇り、ベルヴィアはアレックスに縋りついた。
「フィーナ以外はまだ特徴が掴み切れてないんだけど、もうちょっと情報が増えたら作れるかな?」
現代日本の科学技術の斜め上を行く、謎仕様の立体オルゴール。
魔法おそるべし……!!
いや、才能の無駄遣い…ではなく、有効活用をしてみせたアレックスこそが恐ろしいのかもしれない。
「お兄様!! 最高!!」
「まあ、かわいい妹のためだからね?」
「お兄様、これ、一生の宝物にするから!! ありがとう!! 大好き!!」
今度は幸せいっぱいの最高の笑顔でベルヴィアはアレックスに抱き着いた。
こうしてシスコンをどんどんこじらせていったアレックスにより、将来ラベンディーア王国がオタク大国として空前絶後の発展を遂げる事になろうとは、この時のベルヴィアは夢にも思っていなかったのだった。
次回は、ラベンディーア王国の暗黒史をご披露いたしましょう。お兄様は何処へ向かっているのか…(遠い目)。




