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ヒロイン至上主義!

ベルヴィアは百合な人ではないんですよ? ホントですよ?

「お兄様!! これで最後!! 見て見て!!」


ベルヴィアは攻略対象6人分のシナリオと、ノーマルルートのシナリオをすべて小説化し終えた。

前世の記憶を取り戻してから約三か月。

ベルヴィアはやり遂げた達成感で満面の笑顔を浮かべていた。


最初の二作は物凄い勢いで書いていたベルヴィアだったが、三作目のレイノルド殿下から以降は書くペースに余裕を持てるようになり、一作一作を楽しんで書き上げる事ができたのだった。


「これで最後か。よく頑張ったね、ベル。読み終わるまで待っててくれる?」


アレックスはメイドにお茶の用意を命じ、ベルヴィアをソファーへ座るように促すと、自分はその向かい側へと腰かけベルヴィアが小説を書き綴ったノートを広げ早速読み始めた。


「ふふふ。今日のおやつは何かな~♪」


ベルヴィアはメイドがお茶と一緒にケーキやクッキーの山を運んで来ると、目をキラキラさせながら食べだした。


最後フィーナが誰とも恋愛関係にならないまま宮廷魔術師になるのがノーマルルートで、今アレックスが読んでいるのはそれだった。

アレックスは天才ゆえに勿論本を読む速度も異常に早い。

ベルヴィアがおやつを食べ終わる頃には、読み終えているに違いなかった。


『ハルソラ』には、乙女ゲームに転生系の小説でよく登場する『逆ハー』ルートは存在しない。

攻略対象の心がそれぞれ病んでいるため、二股などかけようものなら、あっという間にバッドエンドへ直行となる仕様だ。


最後にノーマルルートを書き終えたベルヴィアは、フィーナ至上主義者として非常に満足していた。


「フィーナはやっぱり最高ね!」


攻略対象たちとの接触を必要最低限に抑え、ひたすら魔力やその他のステータスを上げるために休日を費やすように操作すると、最後にフィーナは王国始まって以来最高の宮廷魔術師となるエンディングを迎える。


そして、『彼女は聖女の称号を得て、ラベンディーア王国の歴史に名を刻む事になったのだ』というテロップが入り、キラキラと輝く聖女らしい純白に金をあしらった衣装を着たフィーナの一枚絵が表示されるのだ。


ベルヴィアはその時のフィーナのイラストが『ハルソラ』の中で一番のお気に入りだった。


フィーナは聖女!!

この国の…いいえ、世界中の人々を救う救世主!!

わたしたちのヒロインは天使…ううん、女神様のように輝くのよ…!!


ベルヴィアは脳裏に刻まれているノーマルルートのイラストを思い出し、うっとりとした笑みを浮かべた。

どれくらいそうしていたのだろうか。


「ベル、また顔がニヤニヤしてるよ? 今度は何を想像してたの?」


アレックスにおでこを人差し指で突っつかれ、ベルヴィアは我に返った。


「フィーナが聖女になった時のイラストを思い出してたの!! わたし、あの絵が『ハルソラ』で一番好きだから!!』


興奮したベルヴィアは立ち上がり、その場で一枚絵のフィーナと同じポーズと慈愛に満ちた表情を浮かべて見せた。その時フィーナが持っていた杖も、器用にエア・錫杖で表現する。


「どう!? お兄様、わたしフィーナっぽいかしら!?」


ベルヴィアはワクワクとした顔になり、ソファーに座っているアレックスを見下ろした。


「ああ、うん、雰囲気は伝わったような、そうでもないような?」


アレックスのごまかす様な返事にベルヴィアは頬を膨らます。


「もう! お兄様ったら!! あ、お兄様もう最後まで読み終わったの!?」


ベルヴィアは、アレックスが小説を書き綴ったノートを閉じている事に気が付いた。


「お疲れ様、ベル。これでこの先どんな風に立ち回ったらいいのかが大体わかったよ。もう心配しないで大丈夫だから」


「お兄様!! ありがとう!!」


ベルヴィアは兄に向かって飛び掛かるように抱き着いた。


「うん、どういたしまして」


アレックスに髪をなでられ、ベルヴィアはますますきつくしがみつくように兄へと回していた手に力を込めた。


「ベル、ちょっと痛いかな?」


「だって、お兄様がもう心配しなくていいっていうんだもん!! お兄様が言うなら、絶対にもう大丈夫って事なんだもん!!」


ベルヴィアの目には涙が浮かんでいた。


「まあ、僕が動くからには失敗はしないつもりではあるよ。だけど、心配しなくていいっていうのはこれで例えこの先悲劇が起きたとしても、それはもうベルのせいにはならないよって意味だからね」


どんなに能力が高かろうと、絶対的に物事を支配出来る人間などこの世にはいない。


だから、アレックスは重い負担をこれから背負うのは自分なのだと、ベルヴィアはやるべき事はすべてやったのだから、何があっても彼女が罪悪感を持つ必要はもうないのだと言って見せたのだ。


「お兄様……」


ベルヴィアは兄の深い愛情を受け取り、更に泣き出した。


「ベルが僕に相談してくれて本当に良かったよ。お前は図太いけど、優しい所もあるからね」


「わ、わたしは優しい人なんだもん!! フィーナみたいになるんだから!!」


「いや、ベルを優しい人扱いするのはちょっと抵抗が……」


アレックスはちゃかしてみせる。


「ヒドイ!!」


「特別優しい人間じゃなくても、ベルが僕にとって一番大切な人に変わりはないんだから別にいいだろう?」


「一番!!」


「うん、今はベルが一番だな」


アレックスに抱き締め返され、ベルヴィアはつい叫んでしまう。


「お、お兄様!! それヤバイから!!

 やっぱりわたしが魅力的な女の子だから、お兄様はわたしを愛さずにはいられないってこと!?

 わたしにはケビンって婚約者もいるのに!!

 ここでまた禁断の恋愛フラグを立てちゃうの!?

 ど、どうしたらいいのーーー!?」


ベルヴィアは顔を真っ赤にして、身体をクネクネし始めた。


「…………前にフラグクラッシャーって単語を僕に教えてくれたけど、ベルってまさしくそれだよね?」


アレックスは物凄く残念な物を見る目つきで、ベルヴィアの事をじっとみている。


「えええ!? という事は、わたしが今フラグを折ったって事で、つまりやっぱりわたし、今危険にさらされていたって事よね!? いや~~ん!」


「あ、うん、そうだったらよかったね」


アレックスは今度は生ぬるい眼差しでベルヴィアを見ていた。


「!!! お兄様ヒドイ!! 色々期待させておいて、もーーーー!!」


ベルヴィアは実際に禁断の愛展開になってしまったら気が動転してパニックを起こすくせに、アレックスから身体を離して文句を言った。


「はいはい」


「お兄様は、乙女心をもて遊ぶワルイ男キャラだったのね!!

 ゲームでは無気力系だったけど、その本性はタラシ……!!」


「ベルは悪役令嬢にはとてもなれなさそうな、残念系女子かな?」


「わたしはヒロインになるんだもん!!

 悪役令嬢なんて大っ嫌いだから、これでいいの!!」


ベルヴィアはぷいっと顔を横に向けた。


「そうだ、前から気になってたんだけど、ベルは王太子殿下の事はどう思ってるの?

 ゲームの設定だとベルヴィアは殿下に夢中になるはずなのに、まったく殿下についてベルは興味なさそうだよね」


ベルヴィアはそういえばそうだったと、指摘を受けて初めて気が付いた。


「だって、お兄様は中身が大人みたいなものだからちょっとときめいちゃったりするけど、攻略対象の子たちって、全員まだ子供だから対象外って感じ?」


「ベルって変人だけど、そういう所だけは物凄く常識的だよね」


「だって、昔からショタ趣味とかなかったし、いくら将来全員イケメンになるってわかってても、今は絶対にムリ!!」


リアルでの、ショタ・ダメ・絶対!!


二次元で萌えるのは個人の自由だとベルヴィアは思っているが、ロリもショタも三次元では間違いなく犯罪。お触りなどもっての他!!

非常識の塊のような前世のベルヴィアも、何故かこの部分だけは普通の大人の感覚を持っていた。


「ベルの気持ちは良く分かったよ。じゃあ、ベルはゲームの中ではどの攻略対象が一番好きだったの?」


アレックスに聞かれ、ベルヴィアは途方にくれてしまう。


「ええええ!?」


「乙女ゲームって、恋愛物語を楽しむものなんだから、ベルにも好みのタイプの男はいるはずだよね?」


「えっと、えっと、一番好きとか好みのタイプとか言われると……」


「……まさか、僕には言えないって事なのかな?」


アレックスはじーーっとベルヴィアを見つめている。


「えっと、えっと、一番カッコよかったのはアレックス!! うん、お兄様が一番のイケメンだった!!」


「別に僕に媚びる必要はないんだけど。純粋に君の好みのタイプの男を知りたいだけだから」


「ハッ! やっぱりお兄様はわたしの事を…!」


「そのネタはもういいから。

 僕は兄として純粋にお前の事を知りたかっただけだよ。家族なんだから」


「え~もうちょっとひっぱりたかったんだけどなぁ~」


「いじるのはケビンだけにしておいて欲しいね」


「は~い!」


ケビンが聞いたら色々な意味で涙目になりそうな会話をした後、ベルヴィアは本当の事を言った。


「う~ん。本当はね、皆同じくらい好きだったかな。だって、全員フィーナの事を輝かせてくれるんだもの!!」


ベルヴィアの答えに、アレックスは複雑そうな顔をした。


「乙女ゲームっていうのは、恋愛を楽しむゲームだって、ベルは言ってたよね。

 普通は誰かお気に入りの男性との恋愛を空想して、喜ぶものじゃないの?」


もっともな疑問である。

しかし、ベルヴィアは本気で困るしかない。


「ベルは誰にもときめかなかったの?

 ちょっとでもこの人が素敵、だとかは思わなったの?」


「なんというか、一応ときめいてはいるんだけどなぁ」


ベルヴィアはキャラ同士の恋愛を見て楽しむタイプなので、どう説明するか少し迷う。


「乙女ゲームっていうのはね、自分が主人公になったつもりで恋愛を楽しむ人と、わたしみたいに登場人物同士の恋愛物語を眺めて萌える人に分かれるの」


「ああ、僕がたまに読む、冒険小説と同じって事かな?

 冒険小説で自分が主人公になったつもりで読むか、客観的な視点でストーリーを追いかけて読むかの違いって事?」


「そんな感じ! ゲームでは、登場人物のイラストが話の進み方に合わせて変化したり、音楽とか登場人物のセリフとかが聞こえて、普通に本を読んでいるよりもずっとドキドキするんだけど、わたしは全員同じくらいカッコイイなー!って思ってたの。どの物語も本当に面白かったから!」


「恋愛小説を六冊読んだけど、どのヒーローも甲乙付け難く素敵だと思ったって事?」


「うん!」


「一応はわかった。けど、お前のその『ヒロイン大好き!!』『ヒロインが一番好き!!』っていうのは、実の所、理解しがたいかな」


アレックスは首を傾げた。


「お兄様!!

 乙女ゲームにおけるヒロインっていうのはね、とっても重要なのよ!!

 だって、どんなに攻略対象が魅力的に書かれていても、主人公のキャラ作りが失敗してしまった乙女ゲームは、一気にクソゲー扱いされてしまうんだから!!」


「クソゲー?」


「…えっと、駄作って事!!」


ついお下品な単語を使ってしまい、ベルヴィアは慌てて訂正する。

クソと一緒のゴミ屑ゲームとは言えなかった。


「女子はね、とっても繊細なの!

 主人公が嫌いなタイプの女だったらね、『こんなヤツがこのイケメンとくっつくなん絶対にて許せない!!』って気持ちにるのよ!!」


ベルヴィアのたとえは極端だが、乙女ゲームにおいての主人公というのは、非常に重要だ。

たとえストーリーが素晴らしく、攻略対象たちがどんなに魅力的に書かれていても、主人公が自分にとって嫌いなタイプだったならば、プレイヤーにとってはそれだけでクソゲーになってしまう。


『感情移入できない。』『応援する気になれない。』


それだけならまだましで、

『なに言ってんだコイツ?』『ちょっとは自分で動けよ!!』


…といったような、プレイヤーをイラッとさせてしまうようなタイプのヒロインは、致命的であると言ってもいい。


どんなにゲームシステムが良かろうがイラストが美麗であろうが、そのヒロインが自分に合わなければ、密林的な評価は☆1、または☆2となってしまう。


シナリオ自体に問題があるのならば、それも仕方のない事だろう。

だが、乙女ゲームユーザーの恐ろしい所は、あくまでも『自分の好みと合うかどうか』、という一点で評価をしてしまう事なのだ。


なので、大人しいタイプのヒロインが好きなユーザーにとっては神ゲーなものであっても、アクティブなタイプのヒロインが好みのユーザーにとってはクソゲーという評価になるような事が多々ある。


もちろん男性向けのギャルゲーでもそのような事はあるだろう。

しかし、女性の感情的な好き嫌いは、それとは比べ物にならない程、強烈に激しいものなのだ。


「……ああ、女性の嫉妬深さというのは、こんな所にも出るって事か」


アレックスは苦笑した。


「だって、楽しむ為にやっているのに、生理的嫌悪感しか沸かないヒロインなんて最悪でしょ? なんでそんなヤツがイケメンといちゃいちゃしている所を見せつけらんなくっちゃいけないのよ!

しかも、期待して予約までして買った限定版でそんなヒロインに遭遇したら、壁に投げつけで踏ん付けるしかないじゃない!」


割と狂暴な性格だった前世のベルヴィアは、予約買いした限定版のヒロインがムカついたからという理由で、一人攻略しただけでゲームソフトを壁に投げ付け踏みつぶし、実際に破壊した事がある。


後から売りに行けば次のゲームの資金になったかも…と少々後悔もしたが、次の犠牲者を生まずに済んだのだから…と自分に言い聞かせた。

ちなみにその乙女ゲームは、主人公の性格がオトコマエ!と、一般的には非常に高評価な作品だった。


「お前のヒロインに対する思い入れは、まあ分かったよ」


「それでね、乙女ゲームでヒロインが一番好きなわたしみたいな人の事はね、『ヒロイン至上主義』っていうの!!」


「ベルみたいなのが他にもいるのか……」


「そうよ!! フィーナは可愛くて優しくて、非の打ち所が無い素晴らしいヒロインなんだから! わたしみたいな信者がいて当然っていうの?」


「……信者…」


「ま、わたし程フィーナを愛している人間はそうはいないけどね!」


フィーナの信者である事を誇らしく思っているベルヴィアは、堂々と胸を張って言った。


「まぁ、そういう文化がベルの前世の世界にはあったと」


アレックスは少々引き始めていたが、ベルヴィアは勿論気付かない。


「攻略対象たちにも至上主義な信者はもちろんいて、お兄様にだって、『ヒロインなんてどうでもいい、アレックス様さえ幸せならそれでいいの!!』って人達たくさんいたわよ?」


「……あんまり嬉しくはないかな?」


「まぁ、ゲームのお兄様は顔が一緒なだけで、本物と性格は全然違うものね!」


ベルヴィアは大好きな『ハルソラ』について語っているため実に生き生きとした顔をしてるが、聞かされているアレックスの方は段々疲れた表情になっていた。

しかし、ベルヴィアの『ハルソラ』語りはまだまだ続く。

次こそ人気投票の結果についてです。気合入ってます。

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