教師による、微エロ問題
微エロは、乙女ゲーユーザーにとって、とても重要なポイントなのです。
ベルヴィアは再び修羅場に突入していた。
修羅場と言っても、恋愛における修羅場ではない。
漫画家がマンガでよく描いている、締め切りに追われた作家の方の修羅場だ。
「どうしてなのよーーーー!! お兄様の鬼ーーー!!」
次に犠牲者となるのは、現在16歳で王立学院に通っているライアン・バンクスと、その幼馴染である二人の少女だった。
ライアンは『ハルソラ』の教師枠の青年で、銀縁眼鏡が似合う短い黒髪に水色の瞳をした、クール鬼畜系キャラだ。
彼らが犠牲になるまでには、まだ後二年程間がある。
だから、それ程急ぐ必要はないとベルヴィアは考えていたのだが、アレックス曰く彼らの事もまた、急いで対応した方がいいというのだ。
アレックスはランバート公爵家の持つ調査網を使い、攻略対象たちの現在置かれている状況を細かく調査していた。
ライアンルートの物語は、学院の卒業パーティで、幼馴染の女の子二人が殺し合いを始めるという設定だった。
その為、一刻も早くライアンにこの事を伝え、二人の少女とライアンを引き離さなければならないというのだ。
ベルヴィアはアレックスの言葉を思い出す。
「今、幼馴染の少女たちは学院の二年生で、早くにライアンを諦められたら、学院内で他の婚約者を探す事が出来るだろう?
幼馴染の少女たちが卒業パーティで殺し合いを始めてしまったのは、ライアンと結ばれなかった方の子は、次の婚約者を見つけるのが難しくなってしまうからだろうと、僕は推測している」
ライアンは伯爵家の次男で爵位を継ぐ予定はないが、将来王立学院の教師になれる程の人材なら、国王から騎士位などの爵位を賜る可能性も高い。
結婚相手としては有望といえるだろう。
そして幼馴染の少女たちは二人とも男爵家の次女で、王立学院卒業後は結婚して家を出る事になる立場だという調査結果が出ている。
乙女ゲームの攻略対象となる程のイケメンと結ばれるのと、王立学院在学中に婚約者を見つけられなかったあぶれ者とでは、天と地程も立場に差が出てしまう。
王立学院に通う下位貴族出身の女子は、在学中に婚約者を決めてしまうのが一般的だ。
学院内で相手を見つける場合もあれば、学院に通う女子生徒と婚約する事は男性側の方にとって一つのステータスとなるため、結婚を意識した男たちに次々と交際を申し込まれて婚約を決めてしまうのだ。
逆に学院を卒業したのに婚約者がいない女子は何か問題があったか、モテない女という風評被害を受ける事になってしまう。
当然、お見合いをしても相手の条件は落ちてしまう事になる。
卒業後に王国騎士団や王宮への勤務が決まっている女子はまだ、男性との出会いのチャンスがある。
だが、ライアンを取り合いしている少女たちは、真面目に勉強に励んでいたらその間にライバルに出し抜かれてしまうと、現時点の段階ではライアンを追いかけまわしたり、プレゼント用の手作り料理や手芸に時間をかけ過ぎているために、成績はあまりいいとは言えないらしい。
あぶれた方は、殺し合いをしなければいけない程、追い詰められる事になるのだ。
ベルヴィアは、強烈な恋愛感情によって引き起こされてしまった悲劇だと信じていたのに、急に現実的な話を聞かされてしまい、げっそりしてしまう。
「ライアンは真面目な性格だというんだけど、その辺の空気が読めなくて問題を先送りにしてしまったんだろうね。
彼がどちらか一人を早く選んでしまうという選択肢もあるけれど、僕としては負けた方の少女が問題を起こさないという保証はないから、ライアンには学院を出て貰おうと考えているよ」
アレックスは、ライアンは優秀な成績を修めているため、王立学院から留学という形で国外に追いやってしまおうと考えているらしい。
ちなみにこの世界のカレンダーは一年が365日で月数も12か月、四季もしっかりとあり、ほぼ日本と同じ仕様となっている。
学院の入学時期も4月で、今は4月後半に該当する。
アレックスとしては7月後半から始まる夏休みを利用して、隣国辺りにライアンを留学させてしまう予定らしい。
「優秀な人材の国外流出は僕としても痛い所ではあるんだけどね。
殺人事件とか面倒な事を起こされるくらいなら、大人しく去って貰う方が僕としては楽だから」
そんな事情を延々と聞かされた結果、ベルヴィアはケビンの時と同じような速度で原稿に追われてしまう事になったのだ。
「もういやーーーー!! 腕が痛いのーーーーー!!」
ベルヴィアは叫びながらも、腕を動かし続ける。
「あ、もうすぐライアンとフィーナがちゅーしちゃうーーー!!」
ライアンは『ハルソラ』での最年長キャラのため、所謂、微エロと呼ばれるシーンが多彩に用意されている。
もちろん家庭用ゲーム機で発売できる範囲内なので、大した内容ではない。
だが色々とぼかして書いてはあるが、これヤッてるよね? 的なシーンがライアンルートにだけ書かれている。
そのため、『ハルソラ』ファン同士の間ではライアンルートの微エロについては度々議論が起きていた。
■肯定派の意見
『ライアン様ステキすぎ!! 大人キャラカッコイイ!!』
『きゃーーvv 私もライアン様に抱かれたい (///∇///) 』
『フィーナが羨ましい。わたしもライアン様にお仕置きして欲しい……』
『早くR18に移植して下さい。まだなんですか。ずっと待っているのですが』
『けしからん! もっとやれwww』
『ライアン様の声がエロすぎて、鼻血が止まりません。助けて下さい! ハァハァ』
『ちょっとだけ物足りないから、同人書きました! 是非買って下さい。後悔させませんよ☆』
■否定派の意見
『微エロとか、ハルソラにはいらないから!』
『エロで客取ろうとか、スタッフあざとすぎだろwww』
『教師が生徒に手を出すとかありえないです。このルートがあるせいで『ハルソラ』の品位が落とされてるかと思うと、悔しくてたまりません』
『R18がやれないお子様に限って、ライアン好きとかいうんだよね。相手すんのウザいから、ライアンファンとか全員シネばいいと思う』
『ストーリーもイラストも微エロに割合を割かれたせいで全て中途半端。こんな内容にするくらいなら、いっそない方がスッとするルート』
■中立派の意見
『微エロぐらい許してやれよ。R18を買えないお子様が対象なんだから』
『朝チュンくらい普通でしょ。騒ぐ方が返ってエロい』
『わりと、どうでもいい』
『シナリオはアレだけど、声優さんの演技が素晴らしいから、全て許す』
『エロは別に無くてもいいけど、フィーナの違った一面が見られるのは面白いよね!』
『他のルートにももっと微エロ入れろよ。このルートだけズルくない?』
ちなみに、前世のベルヴィアは肯定派よりの中立派だった。
フィーナさえ素晴らしく書けていれば、エロがあろうが無かろうがかまわない。
それがヒロイン至上主義というものなのだから。
『ハルソラ』の話をする時は、ライアンルートの話をすると高確率で言い争いが起きるため、前世のベルヴィアはその点は面倒だと思っていた。
しかし、いざ微エロなシーンがゲーム中で始まってしまうと、前世のベルヴィアだって一応乙女だったので胸がときめき、興奮していた。
そして今のベルヴィアもまた、書いている小説の内容がその微エロと呼ばれる部分に差しかかったため、顔を真っ赤にしてつい息を荒くしてしまう。
特に今は六歳の少女の身体をしているため、興奮を抑える術をさらに失い、とうとう絶叫してしまった。
「きゃーーー!! ライアンのえっちーーー!! 何するのーーーーー!!」
ベルヴィアは耳まで顔を赤くしながら悶えると、真剣に執筆作業に取り掛かった。
だだでさえ早かった執筆速度が更に加速していく。
そんなベルヴィアの破廉恥な叫び声をしっかと聞いたメイドたちは、『お嬢様ったら、婚約者が出来たとたんにおマセさんになってしまって!』 と、微笑ましく見守っているのだった。
そして、ベルヴィアはふらふらになりながらも原稿を仕上げ、アレックスに提出した。
「お、お兄様……書けたから…見て……」
ベルヴィアは目の下に隈を作り、ふらふらとした足取りでアレックスの部屋へたどり着いた。
「もう書けたの? それはすごいね。ベルのその熱意はいったいどこから来るんだろうな」
アレックスは不思議そうに聞いてきた。
「お兄様が急いで書けっていったから、頑張ったのにーーー!!」
ベルヴィアは原稿をアレックスに手渡すと、よろよろとしながらソファーの上に倒れ込んだ。
「え? 急げとは言ったけど、後一週間くらいはかかっても大丈夫だったのに」
アレックスは驚いているようだった。
「そんなの聞いてないから!!」
「来月中に処理できればいいなとは思っていたけど、まさか七日で書き上げるとは思ってなかったよ」
前回のケビンルートの時はは約五日で書き上げたのだが、睡眠時間を削ったりした部分もあったため、今回は規則正しい生活をするようにとメイドたちの監視がついていた。
そのため、アレックスはベルヴィアがまた無茶をしている事に気が付いていなかった。
「ううう……わたしの努力はいったい……」
ベルヴィアはソファーの上にひっくり返った。
「ごめん、僕がお前の様子にもっと気を配るべきだった。
一応食事で顔を合わせていたから、無理しているって思いつかなかった。
ベルともっと話をするべきだったね」
そう言いながら、ソファの上で伸びているベルヴィアに、アレックスは回復魔法をかけてくれた。
「ありがとう、お兄様。回復魔法って、本当にスゴイ!!」
身体の疲れが癒され、ベルヴィアはやっと笑顔を取り戻せた。
「お前の努力を無駄にしないように、早速製本作業にとりかかるよ。お疲れ様、ベル」
アレックスはベルヴィアの頭をよくやったと、撫でた。
「うん。でもお兄様、無理しないでね。やること沢山あるんでしょ?」
アレックスには普段からやる事が沢山あるため、何時でも彼のスケジュールは一杯になっている。
それなのに、今度はベルヴィアが『ハルソラ』の件を持ち込んでしまい更に忙しくなったはずなので、心配になってしまったのだ。
「僕は大丈夫だよ。むしろやり甲斐がある事を見つけて、楽しんでいるから」
人の命と未来がかかっているため責任は重かったが、アレックスは本当にこの状況を楽しんでいた。
ベルヴィアはその様子を見てほっとする。
「ありがとう、お兄様! お兄様大好き!!」
「僕も頑張っているお前の事が好きだよ。だから、他の本もすぐに頑張って書くんだよ。
出来れば後半年以内に全部ある程度処理してしまいたいからね」
アレックスの言葉にベルヴィアはぎょっとする。
「え!? そんなに早く!? また本書かないとダメなの!?」
顔色を再び悪くしたベルヴィアを見て、アレックスは苦笑した。
「隣国の第二王子グレゴリー殿下の件も、できるだけ早く処理しないと危険からね。
その為には、この件に関して国王陛下に理解をして頂く事が重要になってくる。
グレゴリー殿下の件は三年後という設定だけど、彼については隣国との政治問題に発展する事になるから、慎重に事を運ぶ為に、出来るだけ多く時間が欲しいんだよ」
隣国の名前はローズバリー王国という。
だがこの国の隣の国といえばローズバリー王国の事を指すため、アレックスは隣国という言葉を使っていた。
「こ、国際問題!!」
ベルヴィアは隣の国の王子にどうやって本を渡すのだろうと、その事は不思議に思っていたが、政治問題とまでは考えていなかった。
「対応を失敗すれば、戦争につながる可能性もゼロとは言い切れない」
「戦争!!?」
それまでソファーで横になっていたベルヴィアは、飛び起きた。
「隣国の王太子が、第一王子になるか、第二王子になるのか、ラベンディーア王国が口を挟むという事になるからね。
第一王子の裏にいるのは、隣国内の有力貴族たちだ。
彼らを怒らせた結果戦争になったとしても、不思議じゃない」
『ハルソラ』では攻略対象のグレゴリーは第二王子だったが、母親が正妃だったため、王太子となるはずだった。
しかし、正妃が暗殺されてしまったため、側室だった第一王子の母親が正妃へと繰り上がり、第一王子が王太子と認定される事になる。
そのため、居場所を失ったグレゴリーは暗殺を恐れ、名前を『グレイ』と偽り、ラベンディーア王立学院へと密かに入学するという設定だった。
アレックスは更に話を続ける。
「『ハルソラ』の内容が正しければ、現王妃は側室によって暗殺され、王位継承権が移行する事になる。
隣国の正妃はラベンディーア王家の出身だから、その意味でも何としても生きていてもらいたいというのが、僕の気持ちだ」
グレゴリー王子の母親は、先々代第ラベンディーア国王の孫にあたる女性で、現ラベンディーア国王の従姉に当たる。
「だけど、第二王子を王太子とするかどうか決めるのは隣国の問題だし、それに口を出すか決めるのは我が国の国王陛下だからね」
ベルヴィアは段々話が複雑になってきた為、頭が痛くなってきた。
戦争がどうのなど、ベルヴィアにとっては、処理どころか、理解の範疇を超える大事だった。
隣国のローズバリー王国の事は、ベルヴィアにとっては外伝の舞台となる王国ぐらいの認識しかなかった。
ローズバリー王国は、『ハルソラ』の外伝的な続編の舞台となっている。
外伝のタイトルは『春風の欠片~虹色の運命』というもので、略称は『ハルニジ』。
『ハルソラ』の二十年後という設定だ。
ノベル形式のアドベンチャーゲームで、『ハルソラ』のパラメーター上げなどの作業を面倒と思っているユーザーを対象に、本編のストーリーが分からなくてもわかる仕様となっていた。
その評価は賛否両論、意見が大きく分かれており、前世のベルヴィアにとっては納得がいかない出来のゲームだった。
絵と声はいいのだが『ハルソラ』のストーリーは重すぎだという評価を意識したためか、全体的に攻略対象の不幸度合いが削られてしまっていたというのが、その理由だ。
『ハルニジ』のヒロインのリリアナはピンクの髪の非常に可愛らしい男爵令嬢で、中々愛らしい健気な少女だったのだが、どうにも攻略対象の男たちの悲壮感が足りなく感じられ、前世のベルヴィアはそれを不満に思っていた。
そのため前世のベルヴィアは、各ルートをそれぞれ2周づつやったあげく、外伝はクソゲーだと、密林に☆2でレヴューを書いた実績を持っている。
ちなみに、悲壮感の代わりに糖度を高くした為に、ファンによる『ハルニジ』の評価は☆5が最多で、『ハルソラ』よりも評判がいいぐらいの、良作ゲーと言える作品だった。
頭が混乱してきたベルヴィアは、そんなどうでもいい事を思い出していた。
二十年後のローズバリー王国はかなり平和な国という設定だった為、思考が現実にどうしても追い付かない。
戦争が起きてしまえば、どれだけ大勢の人が命を失い、不幸になってしまうのだろうか。
兄が対応にあたるのだから、戦争へ発展する事などはまずないだろう。
そうは思うのだが、それとグレゴリーを助ける事はまた別の話となってしまう。
隣国の王太子がゲームとは違う人物と交代する事になってしまえば、どんな事になってしまうのだろうか。
隣国の王妃の命を守るという事は、外伝へと繋がる歴史を大きく変えてしまう事になるのだ。
「お兄様、グレゴリー殿下の事、助けられるよね?」
ベルヴィアは聞かずにはいられなかった。
「何としてでも、彼もその母君も助けてみせるよ。
……だって、彼が死んでしまったら、お前が苦しむ事になるからね。
僕を信じて、ベル」
不安そうに瞳を潤ませたベルヴィアの頭を、アレックスは優しく撫でた。
「そうだよね!! お兄様は天才だもの、絶対大丈夫だよね!!」
兄の優しさが込められた微笑みを見て、ベルヴィアは元気を取り戻した。
「うん。だけどね、その為にはお前の書く本の情報が重要だから、頑張って全部漏れなく書き出すんだよ?」
アレックスは楽しそうな声をしている。
「ううう。つ、次は、誰の分を書けばいいの?」
再び泣きそうな顔になってしまったベルヴィアは、恐る恐る聞く。
「レイノルド殿下だね。その次はグレゴリー殿下で、その次がジーク。僕の分は最後でいいよ」
「あああ……後四冊も………」
ベルヴィアは限りなく遠い目をする。
「五冊だよ。フィーナが誰とも結ばれなかった場合が知りたいから」
アレックスは、所謂ノーマルルートと呼ばれるルートの小説化まで要求してきた。
「ご、五冊!?」
動揺するベルヴィアを見て、アレックスは、ニコニコ笑っている。
「さあ、ベル。他の話も楽しみにしているからね。頑張って書くんだよ?」
ああ…またこのパターン………。
結局ベルヴィアの作家もどきの生活は、この後二か月程続く事になった。
そして話の流れから、後日アレックスが外伝の存在を知る事になる。
その為更に外伝のシナリオまですべて小説化させられる事になるのだが、この時のベルヴィアはまだそれには気づいていなかった。
外伝の話は、他の作品への複線となるため、無理やり本編に入れさせてもらいました。
書く時期は未定。
次は、ベルヴィアは攻略対象の男たちの誰が一番好みのタイプなのか、という話です。




