頑張れケビン!
予定変更。
ケビン君頑張れの話になりました。
そしてその翌日。
ベルヴィアは、真面目にアレックスが両親とローガン伯爵夫妻に話をするのをしっかりと聞いていようと思っていたのだが、それは叶わなくなってしまった。
ベルヴィア自身は初めはアレックスがケビンの両親に説明する様子を、ただ横でうんうんと頷いていたのだが、一緒にその場にいたケビンが、じっとしてしていられなくなってしまったのだった。
始めはケビンも真面目に話を聞こうとしていたのだが、だんだんアレックスたちが何を言ってるのかさっぱりわからなくなってきたため、途中から変な顔をしてベルヴィアを笑わそうとしたり、応接セットのテーブルの下で足を延ばし、ベルヴィアの足を蹴飛ばそうとし始めた。
ごく平凡な五歳の男の子だったケビンには、大人が真剣に話しているのを横でじっと聞いている事は出来なかったようだ。
ましてや、大好きな年の近いベルヴィアが目の前に座っているのだ。
ちょっかいを出したくなるのも無理はなかった。
そして結果的にベルヴィアは、ケビンのお守りをするという名目で、部屋から一緒に追い出される事になってしまった。
「ええええ!? お兄様ーーー!!」
「ベルも、ケビンと一緒に遊んでおいで」
アレックスは、ニッコリ微笑んでベルヴィアの背中をポンと叩き、外へと促した。
大人たちも子供には難しい話だったかと納得し、仲良く遊んでおいで~と、笑いながら手を振っている。
どちらの両親も、実に子供に甘々である。
彼らには『大事な話をしているのだからじっとしていなさい』と、子供をしかるという概念がない。
こんなだから、ゲームではベルヴィアは悪役令嬢になってしまうし、ケビンは自分の不幸を受け止めきれず暗黒魔道士になってしまったのだと、ベルヴィアは確信を持った。
ベルヴィアはため息を付くと、早く外で遊ぼうぜ!! とはしゃぐケビンに腕を引っ張られ、引きずられるようにその場を後にしたのだった。
ううう…わたしだって、がんばろうと思ったのにーーーー!!
ベルヴィアは心の中で文句を言ったが、ケビンの無邪気な笑顔を見たら、だんだんどうでも良くなってきた。
「ベル、ふわふわやってやるからな!!」
屋敷の中庭にでたケビンは、ベルヴィアと自分の体を一緒に『ふわふわ』で持ち上げた。
「わーい!! ケビンすごい!!」
子供二人しかいないので、二人一緒にふわふわをしたら、スカートをはいていても、ベルヴィアの大事なパンツ(?)は誰にも見られない。
そして、ケビンは『ふわふわ』をやりながら、風魔法を更に使って広場のようになっている中庭の中をぐるぐると回りだした。
ベルヴィアたちは両手を広げて「ブーーーン!!」といいながら飛んでいる。
ベルヴィアは自分は妖精のウェンディになったつもりだったが、ケビンは「虫ごっこだぜ!」と叫んでいた。
そして、ケビンの魔力が尽きそうになった為、二人は中庭の端にあるベンチに座った。
「ケビン、スゴイよね!! さすが、未来の天才魔道士!!」
「おう!! 俺スゲーだろ!!」
好きな女の子にいい所をみせようと、ケビンは少々張り切り過ぎてしまい魔力切れになりかけて息を切らせていたのだが、ベルヴィアに褒められたため、背筋を伸ばして疲れを隠した。
「ねえねえ、ケビン。ケビンは絶対に風魔道士になってね! 闇魔法の魅力とかに目覚めて、『俺に触れるな、闇の波動に飲み込まれてもいいのか?』とか、変な事いいだしちゃ絶対にダメなんだからね!」
ゲームでのケビンは薄茶色の髪を長く伸ばした、クール厨二病系の暗黒魔道士だった。そして、自分に近づくフィーナに対して、こっ恥ずかしいセリフをこれでもかと吐くのだ。
『俺の左手には、魔族と交わした契約紋が刻まれている』
『フッ…この俺の魔力が怖くないとは、おまえは鈍いにも程がある』
『俺は、俺を受け入れないこの世界を破壊してしまいたい……』
『おまえが…この俺に愛を教えるというのか…自惚れるな…!』
『く……魔族と交わした闇の契約が…俺を縛る…』
ゲームのケビンは、深緑のフード付きのローブを愛用し、額には闇魔法の呪文が封じられている、魔法石だらけのサークレットをつけている。
フードの陰から覗くその顔は思わず息を飲むほど美しく整っており、多くの乙女たちのハートを鷲掴みにした、暗黒系の美形キャラだ。
「ベルが何いってんだか、俺わかんないんだけど。闇魔法とか、何かキモイから俺だって嫌いだ!」
この世界では闇魔法はあまり人気がなかった。
闇を理解すればする程威力を発揮する闇魔法は、生まれつき闇属性の素質を持つものでも、あまり学ぼうとする者はいない。
正しい使い方をすれば、闇魔法にも使用するメリットが山ほどあるのだが、例えば王立学院で闇魔法を専門的に学ぼうとすると、『あいつ根暗だよな。キモイし、側よりたくねーよな』と、他の学生たちから倦厭されてしまう可能性が非常に高くなる。
しかし『ハルソラ』のケビンファンの乙女ゲーマーから見れば、『孤独を愛するケビン様…素敵…』という事になる。
『ハルソラ』でのケビンの年齢は16歳なのだが、近寄りがたい大人っぽい雰囲気が魅力なのだとファンは騒ぐ。
そして、彼の名前を呼ぶ時は単なるケビンではなく、『ケビン様』と必ず様付けをするようなコアな信者が大勢いた。
「そうだよね!! ケビンは風魔道士になって、爽やか系のイケメンになるんだもんね!!」
「おう!!」
ベルヴィアにイケメンと言われて、ケビンは顔を赤くする。
「ケビン、これからね、困った事とかとっても辛い事とかあったら、絶対にわたしとお兄様に相談してね! わたしたち、ケビンの事大好きだからね!!」
ベルヴィアは、シナリオでの不幸を回避した後でも、ジェフリーを失ったら壊れてしまう可能性を持っている王太子の事を心配したように、ケビンの事を心配していた。
アレックスが言っていたように、自分たちは神ではないのだ。
闇に落ちやすい素質を持ったケビンがこれから先絶対に道を踏み外したりしないように、ベルヴィアはケビンを支えてあげたいと思っていた。
物心付いた時からずっと仲良くしていた、大事な幼馴染なのだから。
「だ、大好き!?」
「うん!! ケビンの事大好き!! ケビンもわたしの事大好きだよね!!」
「お、おれもベルの事大好きだから!! 世界で一番好きだから!!」
ケビンは舞い上がり、勢いに乗って、愛の告白をした。
しかし。
「わたしはお兄様の次にケビンの事が大好き!!」
ベルヴィアは心のままに思った事を言ったのだが、ケビンにとっては悲しい回答だった。
「ええええ!? アレックスの次なのかよー!!」
「だって、ふつうお兄様と幼馴染なら、お兄様の方がいいに決まってるし! 家族だもん!」
ベルヴィアに悪気はまったくない。
「じゃ、じゃあ!! ベルが俺の、お、お嫁さんになったら、俺が一番?」
「ええー。ケビン子供のくせにー。お嫁さんとか、なんかやらしー!」
この回答には、悪気がいっぱいこめられている。
美少年へのセクハラが、何となくベルヴィアのマイブームになっていた。
「!? やらしー!? 何でだよ!!」
「だってー。結婚式って、お嫁さんとちゅーとかするもん! やらしーもん!」
この時のベルヴィアの精神年齢は中学生くらいと言った所だろうか。
6歳の幼女でも、25歳の大人の女性のものでもないだろう。
「ちゅー!!」
ケビンはベンチから飛び上がった。
それを見て、ベルヴィアは口の端をピクリとさせるが、それをケビンには覚らせないようにして、可愛らしく首を傾げてみせた。
「ケビンはわたしとちゅーしたいの? 子供なのに? ケビンのえっち!」
「俺、やらしくないから! え、えっちじゃないから!! ベルの事好きだから、お嫁さんになって欲しくて!!」
ケビンは耳まで真っ赤にさせて、大きな声で叫んだ。
「結婚とか、お嫁さんとか、わたしたち子供だもん、まだ早いから!」
「早くないから!! エミリオだって、ベルの事狙ってるし!! 俺、絶対ベルの事取られたくない!! ベル、俺と結婚して!!」
それを聞いたベルヴィアは、ケビン意外に男前!? さすが攻略対象の幼少期、ケビンもマセてた! と、ちょっと感動していた。
そして、ちょっとケビンが涙目になっているのに気付き、ベルヴィアは少しだけ反省をした。
「えっと、それじゃ、ケビンが王立学院に入ってもわたしの事が好きだったら、もう一回プロポーズして!」
ベルヴィアは、子供相手でもいい加減な約束はしたくないと思っていた。
だから、大人になってもケビンが本当にまだ自分の事を好きだと思ってくれているなら、その時はちゃんとした返事をしようと考えたのだ。
「じゃあベルは、学院行くまで、他の奴ヤツと婚約とかしちゃダメだからな!」
「うん、約束する!!」
「ぜーったいだからな! ぜーーったいの、ぜったいだからな!!」
ケビンは念を押す。
学院に行けば、フィーナもきっと入学してくる。
そうすれば、ケビンはフィーナの事を好きになるのかもしれない。
そう考えると、兄とキャロルが婚約する事を想像した時と同じくらい嫌な気持ちになり、ベルヴィアはちょっと驚く。
あれ? わたし、実は、ものすごく嫉妬深い性格!?
それとも、ケビンの事がマジで好きだとか!?
いやいや、もしかしたら、フィーナをケビンに取られたくないからかもしれないし!?
ベルヴィアが混乱していると、ケビンはベルヴィアの手を引っ張った。
「ベル、中に戻ろうぜ!! 公爵様たちに、報告するぞ!!」
「えええ!? 何で!?」
「ベルが大人になるまで婚約しないように、頼みに行かないと!!」
そして、ケビンはベルヴィアの左手を掴むと、『ふわふわ』を唱え、身体を浮かせた。
ベルヴィアへの愛の力で、ケビンの魔力は一気に回復していた。
「ブーンして、行くからな!!」
「わわわ!?」
二人は仲良く手を繋ぐと、そのまま両腕を広げ、さっきと同じポーズをとった。
「蜂よりも早く飛ぶぞー!! 最高に早い虫になるんだからな!!」
「えええー、虫はやだよー! 鳥にしようよー!!」
「虫の方が絶対にカッコイイって!!」
そして、二人は両手を繋いだまま、ブーーーン! といいながら、屋敷の中へと入っていったのだった。
大人たちの話が終わり、部屋に入ったベルヴィアは目ん玉が飛び出るぐらいに驚いた。
「ケビン君とベルヴィアは婚約する事になったからな」
ランバート公爵は笑顔でベルヴィアたち二人に言った。
大人たちは、全員が良かった良かった、と大喜びの様子だ。
「やったーーーー!! ベルと婚約だーーーー!!!」
ケビンは勝利の雄叫びを上げた。
間違いなく健気なケビン少年は勝ったのだ。
セクハラ悪役令嬢のベルヴィアに対して。
「良かったわね、ケビン、ベルちゃんをお嫁さんに頂けるだなんて、お母様も嬉しくって、嬉しくって!!」
ケビンと伯爵夫人は抱き合って喜んでいる。
動揺したベルヴィアは、どうしてこうなった、と、兄の方を見る。
「諦めて、ベル。ケビンの将来の事を考えて、一番効率的な方法をとるなら、お前たちの婚約が一番だろうという話になった」
アレックスはベルヴィアの肩を叩いた。
「わたしたち子供だよ!? 絶対早いって!!」
ベルヴィアは文句を言う。
しかし、それに対してアレックスはとんでもない事を言い始めた。
「ゲームでの出来事を分析してみると、『ハルソラ』のケビンの両親は暗殺されたという可能性が出て来るんだよ」
あ、暗殺!?
「ええ!? でも事故だって……」
ベルヴィアは更に動揺するが、アレックスは淡々と説明を始めた。
「その事故にあう事自体が不自然なんだよ。
ローガン伯爵の親族の行動もおかしな事ばかりだ」
『ハルソラ』のケビンの両親は、馬車が山道での崖崩れに巻き込まれて死亡している。
何故、馬車で山道を走っていたのか。
旅行の帰りという設定だったが、馬車と山道はそもそも相性が悪いのではないだろうか。
更に、この世界には魔法がある。
崖崩れなどを意図的に起こす事も簡単であれば、逆に魔法での防御が安定していれば、崖が崩れようとも、命を失わずに済む可能性も高いのだ。
「ケビンは魔道士として非常に高い才能を持っているけれど、それはケビンの母上から受け継いだものでもあるんだよ。
伯爵夫人は学院での魔法の成績も優秀で、宮廷魔道士にならないかとの誘いもあった程だそうだよ。
その伯爵夫人が事故で簡単に亡くなってしまう事など考えられないというのが、僕と大人たちの結論だ」
ああ…その通りかもしれない。
ベルヴィアは背筋がぞわっとした。
「勿論これから本格的に調査は開始するけれど、お前たちの婚約を大々的に発表してしまえば、暗殺計画が本当にあったのだとしても、それを実行させない為の牽制にもなる。
これから先ケビンのご両親にもしもの事があったなら、うちの一族がケビンの行動に関して干渉する権利を持つって事だからね」
ランバート公爵家の持つ権力は絶大なものがる。
それこそゲーム通りの展開になったとしても、ケビンとベルヴィアをすぐにでも結婚させてしまえば、すぐ隣にあるローガン伯爵家の領地を実質的に支配してしまう事は簡単だ。
ローガン伯爵の親族など、当然出る幕がない。
ベルヴィアは心の底から、兄に相談をした自分は偉かったと思った。
全部まかせてしまって、本当に良かったと思った。
暗殺事件など、ベルヴィアの手に負えるものではまったくない。
だが、婚約については納得がいかない部分もある。
「でも、ケビンはフィーナに会ったら、フィーナの事が好きになるかもしれないし!
わたし、婚約破棄とかされちゃうかもしれない!!」
『小説家になるよ!』で流行っていた、『婚約破棄』ものの作品群。
ヒロインと本当の恋愛をしたからという理由で、卒業パーティなど、大勢の人間がいる前で『ベルヴィア・ランバート、おまえとの婚約を今この場で破棄する!』などと叫ぶ、悪役令嬢の婚約者の男たち。
『なるよ!』で山程読んできた、作品の数々が頭の中を過ぎった。
ああ、自分もアレをやられてしまうのかもしれない。
なにしろベルヴィアは本物の悪役令嬢なのだから。
「え、お前が破棄してしまう心配じゃなくて、される方を心配するんだ?」
アレックスは驚いた顔をした。
「えっと、悪役令嬢がヒロインに負けて、婚約破棄されるって小説が前世で流行ってたの!!」
「ああ、なんだ。そんな理由。お前らしいね」
アレックスは笑った。
「ケビンと婚約したって、お前たちが大人になって結婚したくないって思ったら、その時もう一度考えればいいだけなんじゃないかな?
子供同士の婚約なんて、そんなものだと僕は思っていたけど。ベルは案外真面目なんだな」
兄のその言葉に、ベルヴィアは成程と思いかけたのだが、それを聞いたケビンは違った。
「アレックス、何言ってんだよ!! 俺、ぜったい、ベルと結婚するからな!! 邪魔すんなよ!!」
物凄い勢いで後ろからベルヴィアに抱き着き、文句を言った。
「ケ、ケビ、く、くるし…」
「ベルは俺のだから! ぜえーーーーったい、結婚する!!
ベルがほかのヤツ好きになったら、そいつ殺して俺も死ぬ!!」
「ちょ、それ、ヤバイからー!」
ああ、ケビンに闇系の資質があるのは、忘れちゃいけない大事な要素。
けど、苦しいから離してーー!!
ベルヴィアはケビンの腕を引き剥がそうと必死になる。
「ああ、ごめんごめん、僕もケビンが義理の弟になったら嬉しいよ?
将来ベルがお嫁に行っても、すぐ隣の領地に住んでいたらいつでも会えるしね?」
アレックスは何処か黒い笑みを浮かべた。
それを見て、ケビンはビクとして、ベルヴィアから腕を離した。
「ベル、アレックスが何かコワいんだけど」
ケビンは敏感にアレックスの闇を察知した。
「き、気のせいだよ! きっと!!」
ベルヴィアは、ああ…この婚約お兄様が誘導したのかも……そう思った。
「さ、お前たち、今日はせっかく婚約が決まったんだから、早速お祝いをしないとね?」
「やったーーーー!! お祝いだぜーーーー!!」
「おめでとうケビン。さあ、準備をしようか」
アレックスが大人たちにも声をかけると、今日はめでたい事になったと、使用人たちも含めて大騒ぎが始まった。
「ベル、婚約おめでとう。僕は二人の事を応援しているから」
「……ありがとう、お兄様」
せっかく乙女ゲームの世界に転生したのだから、ヒロインのようにロマンチックな恋愛をしてみせようとベルヴィアは思っていたのだが、何だか理想と違う方向に話が進んでしまっていた。
けど、お兄様がケビンを気に入っているんだし、まあ、いいか。
これから先の事なんて誰にも分からないんだから!
幼馴染との相思相愛ラブエンドというのも、乙女ゲームの世界ではそこそこ人気のある展開なのだが、色々と残念なベルヴィアはまったくそれには思い至っていなかった。
こうしてベルヴィアは、重度のシスコンの兄と、ヤンデレ資質を持った幼馴染にじわりじわりとからめとられて行くのだった。
⊂二(^ω^ )二二⊃⊂二(^ω^*)二二⊃
次こそは、本を書く話になるはず?




