き、禁断の愛!?
本日二回目の投稿です。
お兄様が危険です。
「さて、これでもう大事な話は大体終わったかな?」
アレックスは明日の事もある為、早めに話を終わらせようとしていた。
だがベルヴィアには、誕生会が終わってから兄にどうしても聞きたい事があった。
「まだ! とっても大事な話が残ってるから!!」
ベルヴィアは叫んだ。
「何? そんな真剣な顔してどうしたの」
「お兄様!! キャロルが、ジークに取られちゃう!!
絶対キャロル、ジークに目を付けてたから!!
ジークだって、わたしじゃなくてキャロルのパンツを見たし、ぜったいあの二人あやしいから!!」
そう、ゲームでは、本来ならこの誕生会をきっかけにしてアレックスとキャロルは出会い、後日キャロルが再びこの家に招かれ、二人は剣の試合をする事になるはずだったのだ。
しかし、キャロルはジークと出会い、ジークの方がアレックスより剣術に優れていると知ってしまった。
ジークにあれこれ話を聞きまくっていたキャロルは、婚約者候補のアレックスなどまるで眼中にないといった様子だった。
ジークもそうだが、キャロルもかなり体育会系の思考回路をしていたため、やたらと意気投合していた。
「ああ、その事か。いいんじゃないかな? ジークの方が三つ年下だけど、既にバカップルに見えるぐらい仲が良く見えたし」
アレックスは、そんな事? と言った風情だ。
「ええええ!? お兄様それでいい訳!?」
ベルヴィアは衝撃を受ける。
「僕はまだ彼女の事を良く知らないし、可愛いな、くらいにしか思ってなかったから、問題ないよ。
気が合ってたみたいだし、お似合いだと思うよ」
アレックスは心の底からそう思っていた。
そして、ベルヴィアを納得させる為に、言葉を追加した。
「僕はむしろ、あの二人を見てほっとしたよ。
人なんてね、どんなに用心してたって、何時どんな理由で死ぬか分からないだろう?
僕は天才だけど、神じゃないんだ。僕に出来る事なんてたかが知れている。
それなのに、どうしてわざわざ死なれたら大打撃を受けるかもしれないって知ってて、キャロル嬢の事を好きにならなくちゃいけないんだ?」
その発想はベルヴィアには無かった。
「ええええ!? だって、大恋愛になるのよ!?
それだけお兄様が好きになれる可能性が、キャロルにはあるのよ!?
運命の人ってやつなのよ、お兄様!!」
「『ハルソラ』を読む限り、僕にとっての運命の人はキャロルじゃないよね?
この場合、むしろフィーナだろう?」
た、確かに!!
ゲームのアレックスのファンからしてみれば、アレックスとフィーナこそが結ばれるべき運命の二人となるのだ。
ベルヴィアは動揺する。
ゲーム通りの展開でアレックスとフィーナが結ばれてしまうのは、今のベルヴィアにとって非常に面白くない。
ベルヴィアは仲間外れにされてしまうのだから。
しかしよく考えてみれば、キャロルの事さえなければ、アレックスとベルヴィアはずっと仲良し兄妹のままでいられるはずなのだ。
それならば、フィーナと兄が結ばれても問題はない。
ベルヴィアは素早く気持ちを切り替える。
「お兄様はフィーナ狙いなの!?
ああ!! お兄様もフィーナの魅力を分かってくれたのね!!
フィーナがわたしのお義姉様だなんて、何て素敵なのかしら!!」
ベルヴィアは兄の言葉に舞い上がってしまう。
実の姉妹のようによりそう自分とフィーナの姿を想像し、ベルヴィアはうっとりとする。
「いや、フィーナが好きになるタイプって、全員影のある不幸な男たちばかりじゃないか。
僕はそんな暗い人間になる気とかないから、フィーナは他の誰かにお譲りするよ。
大体、ベルはフィーナが天使の様に誰かを救うから憧れてるんだろ?
だったら、僕とくっついたら、フィーナは輝けなくなるよね」
アレックスの冷静な突っ込みにベルヴィアはがっかりする。
『フィーナお義姉様』は魅力的だが、確かに今の兄がそのまま大人になったとしたら、フィーナを必要とするとはとても思えなかった。
そして、フィーナが天使力(?)を発揮できないのも悲しいので、ベルヴィアは諦めるしかなかった。
「ううう…夢だけ見せて…お兄様はなんて残酷なの!!」
ベルヴィアは目の端に涙を貯めていた。
本気で期待してしまったのだから。
「いや、こんな事でお前が泣くとまでは思ってなかったから。悪かったよ」
アレックスは気まずそうに言った。
それが本気で謝っているように見えて、ベルヴィアは驚く。
「ベル、僕がキャロルとの未来を選ばない理由は、お前の事もあるんだよ」
アレックスは、困ったような顔をしながら、けれども微笑みを浮かべていた。
「本当にお前の言っている『ハルソラ』の話が現実になるのかどうかは分からない。
だけどね、僕は怖いんだよ。お前との絆を失ってしまうのが」
ベルヴィアは目を見開く。
「お前が前世の記憶を取り戻してから、僕は前よりも毎日が楽しいんだ。
僕はまだ八歳だろう?
僕自身は大人たちと対等な話が出来ると思っているけれど、どうしても見た目が子供だからね。子供扱いされてしまう」
ベルヴィアはまったく気にしていなかったが、確かにアレックスの話し方は子供のものではない。
「それに、うっかり相手を言い負かしてしまったりしたら相手のプライドを傷つけてしまう事もあるし、子供のくせに気持ち悪いと思われる事もある」
ベルヴィアは、もし自分が前世で兄のような子供に出会っていたら、確かに『何このクソガキ、マジ生意気!!』だと言いかねないと思った。
生まれた時から側にいて、自分よりも年上だったからこそ、何も疑問に思わず『お兄様は天才!! スゴイ!!』で済ませていたのだ。
「お兄様って、そういえばまだ子供だったっけ。すっかり忘れてた!」
「ベル、お前も記憶を取り戻してから、話す内容が大人に近づいているんだって、気づいてる?」
「あれ? そうかな?」
そんな自覚は全くなかったので、ベルヴィアは首を傾げる。
さっきのアレックスに対するセクハラ発言など、まさしく大人のものだったのだが。
「完全な大人とまではいかないけどね、前世の記憶を思い出してからのお前は、僕の言ってる事をよく理解出来るようになったし、話す内容もとても興味深い」
「という事は、もしかして、わたしも天才!?」
「いや、年齢よりは賢くなっているかもしれないけど、二十歳過ぎたら只の人コース…いや、努力しなければ、あっという間に他の子どもに追い抜かれるだろう。元が元だけに」
アレックスは容赦ない。
「うう……そうなんだけど…」
ベルヴィアはしょぼんとする。
そんなベルヴィアに、アレックスは優しい眼差しを向ける。
「それでも、僕にとって今のお前は、自分と自然な会話が出来る、大事な仲間なんだよ」
兄の孤独について、ベルヴィアは初めて思い至った。
前世で読んだラノベでは、天才は孤独だという設定は沢山あった。
きっと、アレックスもそうなのだろう。
ベルヴィアは記憶力がいい訳でもなければ、特別頭の回転がいい訳でもない。
しかし現代日本における娯楽文化によって、ある意味英才教育を受け続けていたので、アレックスの言いたいことを正しく理解することが出来た。
自分で思い付いた訳ではなく、テンプレとして知っているから、ああしたらこういう事が起きると素早く理解できるのだ。
さっき話していた、予言が出来るとバレたら誘拐されるかも知れないという事も、テンプレとして知っていたからこそ、兄のいう事が瞬時に理解出来た。
今もまた、天才の孤独についての知識があったからこそ、兄の事が分かった。
「お兄様、寂しかったの?」
アレックスは小さく頷くと、微笑みを返した。
「僕は、ある意味何でも出来てしまうから、逆に将来の夢とかを具体的に持つ事が出来なかった。
けれど、今はお前のおかげで僕はやりたい事を見つけられたし、希望を持つ事が出来たんだ。
ありがとう、ベル。
僕は、お前が僕の妹で良かったと、側にいてくれて良かったと、心から思っているよ。
だから、婚約してお前を傷つける可能性があるなら、キャロルなんて僕の人生には必要ないんだ」
アレックスは珍しく、彼の本心を素直にベルヴィアに告げた。
皮肉屋の彼にとっては本当に珍しい、非常に貴重な場面だった。
だが、兄の言葉を聞いたベルヴィアの心は、何故か明後日の方向へと向かってしまった。
えええええええ!?
これって、これって、まさかのシスコン展開!?
「お、お兄様がシスコンに目覚めた!!
わたしがブラコンだから、もしかして、これって禁断の恋愛フラグ!?」
ベルヴィアは両手の平を自分の顔に当てて、驚きを表現した。
それに対して、アレックスは目を細める。
「……ベルは、僕が好きなの?」
アレックスは、意味ありげに手を伸ばし、ベルヴィアの紫色の巻き毛をそっと持ち上げた。
「おお!? さすが攻略対象キャラの幼少期!?
お兄様、何かオーラが違う!!」
ベルヴィアは目をキラキラと輝かせて興奮し、頬を赤らめる。
「ベルは本当に可愛いよね…」
子供とはとても見えない色気のある目つきで、アレックスは妖しく微笑んでいる。
「スゴイ!! お兄様がヤンデレの目をしてる!!
これヤバイから!!
マジときめく!!
まるでゲームが実体化したみたい!!
お兄様はわたしを、禁断の世界に連れて行ってしまうの!?」
ベルヴィアは鼻息荒く、両手を握りしめて拳を振った。
わくわくのポーズだ。
「……駄目だ、まったくその気になれない」
アレックスはベルヴィアの髪から手を離し、げっそりとした顔をした。
「ええええ!? なんでーー!!」
「いや、何でと言われても。
それにお前のその興奮は、僕が好きだからとかじゃなくて、『お兄様に愛されてしまうわたし、何て罪な女の子なの!?』ってやつでしょ?」
「……えへ! さすがお兄様!!」
兄は本当に自分を良く理解していると、ベルヴィアは感心してしまう。
「本当に、ベルは顔は母上に似て可愛いのに、どうしてこんなに色々と残念な子になってしまったんだろうね……」
アレックスはしみじみとため息を付く。
「それは全部、前世の記憶のせい!!」
この際、都合の悪いことは何でもかんでも前世のせいにしてしまえばいいと、ベルヴィアは思っている。
「いや、もともとベルはダメな子だったから」
「てへッ!!」
ベルヴィアは可愛らしく、美少女にしか許されないテヘペロを華麗にやってみせた。
こうして仲良し兄妹はあらゆる危険なフラグを叩き折り、ゲーム世界の未来を破壊して行くために、明日も共に戦うのだった。
ふー。危ない所でした!
お兄様は本来その気になれば、勝手に戸籍を捏造して、「僕たちは本当は従兄妹同士だったんだよ?」と妹を騙して国外へ攫ってしまう事くらい、余裕でやってしまうタイプです。
でも、ベルがあんなんだったので、そんな気持ちには一生なれない事でしょう。
次はまたベルヴィアが小説を書きます。