何でヒロインじゃないのよ!!
※主人公は前世でかなり痛いオタク女子だった、という設定です。
読む人を選ぶ内容となっている為、危険だと思ったら、そっとブラウザを閉じて下さい。
激しく気分を害されても責任はとれませんので…。
そんな大した内容ではないと思うんですが、念のために。
屋敷内の階段から転げ落ちて気を失ったベルヴィアは、ベッドの上で目覚めて見れば、両親と兄に取り囲まれ、大変な事になっていた。
「ベルヴィア!! ああ、このまま目を覚まさなかったらどうしようかと!」
「あれ…?」
母である公爵夫人に泣きながら抱きつかれ、まだ幼い少女は、ぼーっとしていた目を見開いた。
父親のランバート公爵はやれやれといった様子で、ベルヴィアに状況を説明し始める。
「お前は階段から落ちたんだよ。ドレスの裾を踏んづけてね。『お姫様みたい!』って、誕生会用のロングドレスで階段を駆け下りたからだと、アレックスからは聞いたが」
そういえば、もうすぐ六歳の誕生日の為、母親に見守られながら水色のドレスをメイドに着せてもらった事を、ベルヴィアは思い出す。
紫色の可愛い巻き毛に、大きな水色のリボン。
絵本のお姫様が着るようなふんわりと膨らんだ水色のロングドレスを着た自分があまりにも可愛らしくみえて、ベルヴィアは母とメイドが止めるのも聞かずに、早く兄に自慢したくて部屋を飛び出したのだ。
そして、階段の下に二つ年上の兄の姿を見つけ、つい駆け出してしまった。
お兄様、お姫様みたいでしょ! 見て見て!……と。
「ベル、お前が目の前で階段から落ちるのを見て、僕がどう思ったか分る?」
長い真っすぐな薄紫色の髪を後ろに一まとめにした兄のアレックスは、そういうと身体をベッドの上に乗り出し、ベルヴィアに軽くデコピンをした。
「ごめんなさい、お兄様!」
整った顔立ちをした兄のアレックスは、八歳とはとても思えない程大人びていて、ベルヴィアはそんな兄の事を、『家のお兄様は世界で一番カッコイイ!!』と思っていた。
「僕が風魔法を使えていたら良かったんだけどね、僕は炎と光属性の魔法しか使えないから、お前を受け止められなかった。凄く悔しかったよ」
「ごめんなさい……」
「謝る相手は僕だけじゃないでしょ? お前を回復したのは母上だからね」
兄に促され、ベルヴィアは慌てて、自分をぎゅっと抱きしめたままの母親を抱きしめ返した。
「お母さまごめんなさい!」
「ベルヴィア、もう二度と階段や廊下で走っては駄目ですよ。あなたが目を覚まさなかったら、わたくし…わたくし……」
「ごめんなさい、お母さま!! ごめんなさい…」
どれだけ母に心配をかけたのかと、ベルヴィアは更に後悔した。
そして今度は父親の公爵がベルヴィアの頭をなでる。
「まったく、即死でなくて不幸中の幸いだった。
いくらマーガレットが最上級の回復魔法を使えるといったって、死者を生き返らせる事までは出来ないのだからな」
「はい…ごめんなさい……って、えええ!?」
ベルヴィアはぎょっとする。
それに兄のアレックスがあきれ顔をする。
「派手に転げ落ちていたからね。頭を打って意識不明。右腕を骨折。ついでに血も吐いていたよ」
階段怖い!!階段怖い!!
ベルヴィアはそう思い、そこでふと、昔、階段から落ちた時の事を思い出してしまった。
「………階段……落ちる……」
ベルヴィアがそうつぶやくと、父親と兄は怪訝な顔をして、彼女を見つめた。
「どうした、ベルヴィア。まだ何処か具合が悪いのか?」
「ベル、階段から落ちた時の事、思い出したの?」
父と兄の声で、ベルヴィアは我に返った。
「そ、そう! 落ちた時とても怖かったから! 心配かけてごめんなさい。もう絶対に階段から落ちたりしません!! 以後気を付けます!!」
「いや、それは当たり前だからな? これからはもっと公爵令嬢に相応しい振る舞いを身に付け、マーガレットのような素晴らしい女性になるよう努力するんだぞ」
公爵の言葉に、公爵夫人はやっとベルヴィアから身体を離して微笑みを見せた。
「まぁ…あなたったら」
「私の妻は、この国で一番美しく心根の優しい女性だからな。娘に母親に似て欲しいと思うのは当然の事だろう?」
ベルヴィアは、甘い空気を作り始めた両親を見つめ、顔を赤らめてしまう。
仲が良いのはいいけれど、子供の前では遠慮して欲しいなと。
そこへアレックスが容赦なく言葉を投げる。
「父上、母上、仲が良いのはよろしいのですが、目のやり場に困りますので、そういうのは後にしていただけませんか?」
「おお、すまんな」
「まぁ…ごめんなさいね?」
アレックスとベルヴィアはやれやれといった感じで顔を見合わせ、そして優しく微笑んだ。
非常に仲のいいランバート公爵家の四人家族。
怪我をして迷惑をかけてしまった事は申し訳なかったが、ベルヴィアは自分を心から心配してくれる家族がいる事が嬉しかった。
大好きな両親と兄。
公爵令嬢として、愛情も美しさも富も何不自由なく手に入れている自分は、何て幸せ者なのだろうか。
これらは全て両親が自分に与えてくれたもの。
ベルヴィアは、もう二度と大事な家族にこんな心配をかけないよう、母のような立派な淑女になろうと心に誓ったのだった。
…………………………………。
ここまでだったら、ちょっといい話で終わっていたのだが。
夜になり、やっと自分の部屋で一人きりになったベルヴィアは、ベッドの上で羽枕を掴み、バンバンとあちこちを叩き始めた。
「なんで、なんで、なんでなのよーーーーーーーーーーーーー!!!!」
ベルヴィアは目が覚めてから何とか人前でかぶり続ける事に成功していた猫を脱ぎ捨て、ベッドの上でひたすら暴れた。
「どどどどどうしよう!どうすればいいっていうのよーーーーーーーーー!!!」
ベルヴィア・ランバート公爵令嬢。
紫色のドリル仕様の巻き毛に、紫色の瞳。
兄の名前はアレックスで、自分よりも淡い色をした、紫色のストレートの長い髪。
国の名前はラベンディーア王国。
これだけヒントがあれば充分だった。
「あ…悪役…令嬢!!性悪女のベルヴィア!」
ベルヴィアは、自分が前世ではまりにはまりまくっていた、大好きな乙女ゲームの世界に転生したのだと理解した。
屋敷の階段から転げ落ちた事をきっかけに、前世の記憶を取り戻してしまったのだ。
ベルヴィアは前世『春風の鎮魂歌~悠久の空へ』というパラメータ上げとノベル要素が合体した、イラストが豪華で有名な乙女ゲームにはまっていた。
それこそ、この作品に夢中になるあまり大学での単位を幾つも落としかけ、危うく留年しかけてしまう程に。
前世の彼女は通称『ハルソラ』と呼ばれているこのゲームをひたすらやり込み、セリフなどのシナリオを必死で手書きでメモしたもりしていた。
更にその勢いで自分の個人サイトを立ち上げて『ハルソラ』のセリフ集を作ってアップしたり、二次創作をネットで公開するなど、かなりアクティブにファン活動を重ねていた。
「ななな、なんでベルヴィアなのよぉぉ!」
彼女は『ハルソラ』の世界を愛していたが、それは主人公の『フィーナ』が好きだからこそだった。
魔力が強く、光魔法の才能があったために、16歳でラベンディーア王立学院に入学する事になった、貧しい辺境の村出身の平民の少女フィーナ。
光り輝く金色のストレートの髪に、緑色の大きな瞳。
貴族や、平民でも裕福な家の子弟ばかりが通う全寮制の学院で、貧しい平民の主人公フィーナは、奨学金と自分で稼ぐアルバイトのお金を頼りに、必死になって将来宮廷魔術師になる事を目指していく、という設定だった。
ミニゲームと学習内容でパラメータが変化し、フィーナの容姿や成績はどんどん変動していくのだが、基本的に明るく前向きな性格である事は変わらず、主人公はどのルートの入っても、攻略対象の心を癒す心優しい女の子となる仕様だった。
そんな彼女に憧れた前世のベルヴィアは、気が付くと攻略対象よりもむしろ主人公のフィーナに夢中になり、自分はヒロイン至上主義なのだと周囲に宣言していた。
そしてその反動で、正直彼女は『ハルソラ』の悪役令嬢『ベルヴィア』の事が大っ嫌いになっていた。
ゲームのベルヴィアはどの攻略対象のルートに入っても嫌味な悪役令嬢そのもので、友情エンドなどヒロインと和解するような展開は一つもい。
ヒロインのフィーナに感情移入しまくってプレイしているのに、どのルートでもフィーナにちょっかいをかけてくる悪役令嬢のベルヴィアは、彼女にとって邪魔者以外の何物でもなかった。
特に王太子ルートでは、ベルヴィアが王太子妃候補の筆頭だった為に、平民出身のヒロインフィーナはどれだけいじめられて、バッドエンドコースに送られた事か……。
「どうして、フィーナじゃないのよぉ!」
ヒロインのフィーナを愛するあまり、前世のベルヴィアは悪役令嬢の『ベルヴィア』がざまぁされるような二次創作をしこたま書いて、個人サイトや『ピクピク』という二次創作が発表出来る大手投稿サイトに作品を載せたりしていた。
よくもまあここまで嫌いなキャラをフルボッコに書けるなと、『ハルソラ』ファン以外からも注目を集める程、斜め上方向で人気作家となっていた当時の自分。
そんな自分が何故、前世でボコボコに書きまくったキャラなどに転生しなければならないのだろうか。
「ありえないんだけどぉぉぉ!」
ゲーム中『ベルヴィア』は悪役らしく不幸な最後を迎える事が多かったのだが、前世のベルヴィアはヒロイン至上主義の痛い女子だったため、これじゃ足りないとばかりに更にライバルキャラの『ベルヴィア』を痛めつけるような二次創作ばかりを書いていた。
それは、オリジナル小説の大手投稿サイト『小説家になるよ!』で、悪役令嬢がもてはやされてヒロインがざまぁされる『婚約破棄』といったテンプレート小説が流行っていた事も大きかった。
ヒロインはこんなに可愛いのに!!
この悪役令嬢とヒロインって、絶対『ハルソラ』のフィーナとベルヴィアを意識してるよね!!超ムカつくんですけど!!
前世のベルヴィアが最高に『ハルソラ』にはまっていたのは大学二年生の時で、当時中二病をこじらせたようなかなり痛い女子大生だった彼女は、通称『なるよ!』で読んだランキング上位作品の≪婚約破棄でヒロインがざまぁされるテンプレ作品≫を読んでは本気で怒り狂っていた。
そんなに腹が立つなら読まなければいいのだが、『悪役令嬢しね!』といった風に同じ主人公至上主義のリアル友人たちと悪口を言い合うのもまた楽しかったのだからしかたがない。
……そう、しかたがないのだ。
「どうしよう…こ、このままじゃ…」
ゲームの『ベルヴィア』の事が嫌い過ぎたばっかりに、彼女はベルヴィアのバッドエンドに繋がる全ての未来を細かく網羅していた。
国外追放、事故に見せかけた暗殺、修道院に幽閉、攻略対象に切り殺される、毒を飲んでの自害を強要……思い出せば切りがない程の、数々の悲惨な結末。
さらっと「ベルヴィアは死んだそうだ」で片付けられるものから、切り殺されたベルヴィアの姿が描かれたイラスト付きの豪華な死に様まで、無駄にバリエーション豊富なベルヴィアへのざまぁシナリオ。
悪役令嬢憎しで何度も見たあの名場面(?)の数々が脳裏を巡り、ベルヴィアの顔色はどんどん青ざめていった。
前世で嫌々(?)読みまくった、「乙女ゲームの悪役令嬢に転生してしまったけれど、このままじゃ破滅する未来しか見えないよ! どうしよう! ヤバイよ!!」系の作品の主人公たちは、自分に降りかかる不幸フラグをあの手この手でへし折ったりして、必ずハッピーエンドを迎えていた。
しかし、現在約六歳の少女であるベルヴィアは、とても今の自分が小説の主人公たちのように、破滅フラグを折るために大活躍する事が出来るとは考えられなかった。
中には前世の人格の影響で、意識しなくても悪役令嬢ポジションなのに気立ての良い美しい令嬢になっており、特に努力をしなくても周囲から溺愛されまくり、そのままバッドエンドを回避するような主人公たちもいた。
しかし、今のベルヴィアからしてみれば、前世の人格はむしろ邪魔なぐらいにヤバイ。
今のベルヴィアの方がまだ可愛げがあるくらいに、割と普通に、ヤバい。
前世の危険な(?)人格の事を考えてみれば、いつの間にか天然逆ハーレムを作ってバッドエンドを回避する未来など、絶対にありえない。
今、自分が家族に愛されているのは、前世の人格が影響しているからではない。
元々、ゲーム内のベルヴィアは公爵家で可愛がられていたのだ。
むしろ、溺愛されていたからこそ、我がままがあたり前の悪役令嬢になってしまったとも言える。
何というか、前世はダメ人間だったけれど、今生でも更生出来る要素がない…!?
「前世のわたし、何で普通の女子じゃなかったのよーーー!!」
ここでベルヴィアは、前世の自分の名前を思い出せない事に、今更ながら気が付いた。
『ハルソラ』関連の事は全て思い出せるのだが、家族の名前や何処に住んでいたのかなど、具体的に考えると、思い浮かばないのだ。
「な、何か無駄に個人情報保護されてるって感じ!?」
ベルヴィアは自分で突っ込んでみたが、よく考えてみれば、前世の自分はもう死んでいるのだ。
これくらいぼんやりしていた方が、死にたくなかっただとか、余計な感情が引き出されなくて丁度いいのかもしれない。
次は、前世のベルヴィアさんの黒歴史についてです。