7.異世界の料理
不定期更新になってしまい、すみません。
ブックマークくださった方、ありがとうございます!
「サーチ・ポジション。これは……生食できる野菜?」
ーー右回り《イエス》。
「スープにもできる?」
ーー右回り《イエス》。
「炒める!」
ーー横揺れ《ノー!!》
「生の方が栄養価高い?」
ーー左回り《時と場合によるわね~》。
「うーん……」
ユリエッタが手際よく夕飯を支度中の台所で。
ラピスラズリの振り子さんを持って、美子はそんなこと《ダウジング》を繰り返していた。
美子が真剣に唸っていると、大きな木のレードル《おたま》でスープの鍋を撹拌していたユリエッタが、
『ねえ、ミコさん。もう、きまった?』
くるりと振り向いて、にこにこと尋ねたのだった。
美子は今のところ、この世界の常識を全く知らない。料理すらも、日本にいた時とは勝手が違うので、美子一人では出来ないのだ。
そこで、一般常識は夕飯後にクリアリスが、料理や家事についてはユリエッタがそれらをする傍ら、教師を務めてくれることになった。
で、火おこしも、やり方は教わったのだが結構難しい。何がって、火種を作るのはマッチのような優れた着火道具があって美子でも問題なく使えたのだが、火種を薪に移してから安定させるまでが、なかなか気を抜けないのだ。それに、その後の火加減の調整もガスコンロのようにはいかない。
また、美子は食材の名前も、その調理方法も勉強中なのだ。時々日本のものに似た食材も見るのだが、全く同じ香りや味、食感であるとは限らない。
今、美子の目の前に置かれているのは、美子が身を寄せているタドリ村より北に連なる山々の麓で採られた野菜や木の実らしい。その辺りに暮らす人たちが、時折この村に立ち寄って、物々交換をしていくのだという。
美子が先ほど振り子さんに確認していたのは、セロリのように薄い色をした、平べったい、棘なしサボテンのような形の野菜であった。
振り子さんによると、どうやらこの野菜は、生かスープにするのが良いらしい。おそらく、ビタミンCやカリウムなんかが豊富なのであろう。茹で汁を捨てたり、油調理をするのはダメという結果であった。
「よし、これの半分はサラダにして、残りはスープにするよ」
いいかな? とちょっと美子が自信なくユリエッタを窺えば、彼女は満面の笑顔で頷いてくれた。
『だいじょうぶだよ、だいせいかいだもん! ツェリーニはね、まんびょうにきく、やそうなんだよ!』
この野菜ーーもとい野草は、タドリ村のあるグレントの北に広がる針樹界という森を抜けた奥、北地でも主にケッツェルホルム山に自生するもので、万病に効くらしい。手に取るとずしりと重くて、あまり筋張っていないものが良品。重みがあるものは果肉が詰まっていて、水分が多い証拠。筋張っているのは薹が立っていて果肉はスカスカだし、繊維が固いので、究極はたわしにするそうだ。そうなったらもう、食材じゃないんじゃ……。
首を捻り通しの美子であるが、ともあれ、ツェリーニである。
ユリエッタの教えによって、見よう見まねで調理開始。
まず、表面を縦に走るフキのような筋を剥く。分厚くて、少し色が濃いものは表皮が固いので、スープに回すか果肉の下から一気に鶏皮を剥ぐようにして薄皮を取り除く。ここまでは刃物を使わないで下ごしらえできる。
春の雪解け直後に採られたものすごく若いものは、皮の内側がゼリー状になっていて、喉の腫れ止めのほか、火傷や切り傷の軟膏にもなるらしい。あと便秘薬。
(あれ? それ、アロエなんじゃ……)
と、疑念を持ってツェリーニを観察していた美子であったがーー違ってました。
今回のツェリーニは、表皮を剥かなくても良いものと、どっちにするか迷うくらいのものであった。 結局、迷った方はスープに、他は予定通りサラダ用に調理用ナイフで短冊切りにしていく。
因みにナイフは、包丁型ではなくて半円型の黒っぽい石製であった。円い方に刃が付いている。刃の付いていない真っ直ぐな上側を利き手の人差し指と中指で挟むようにして持ち、手前から奥に重心をかけて圧し切るのが基本。
まな板? 白っぽい石製の平たい台である。木だとカビが来たら削るのが大変でしょ、とユリエッタに指摘され、ちょっと反論できなかった美子である。
美子はユリエッタの手ほどきの後、黙々と半円型のナイフでツェリーニを切った。元々日本で料理ができた美子である。コツをつかんでからは、ユリエッタに褒められるほど上手くできるようになっていた。すると、食材について考察する余裕が復活してくる。ツェリーニというのは果肉が分厚いので、切ったものを見たら大根のようだ。
そう、大根。白さが。
切った感触はセロリの方が近いかもしれないが。スープやサラダにできるツェリーニの果肉は、アロエベラのようなゼリー状ではなくて、美子の記憶だとセロリの固さに似ている。
ユリエッタ曰く、サラダはそのまま味を付けなくても美味しいらしい。物足りない時は、香りの強い野草ーー香辛料やハーブと合わせたり、岩塩を削って振りかけるんだそうだ。
で、スープはというと……
「ごっ、ごぼう……?」
ユリエッタがスープの鍋に投入した途端、美子にとっては懐かしいゴボウ独特の土の香りが台所に充満した。
慌てて横合いから鍋を覗き込んだ美子であったが、中に浮かんでいたのは、このところ食べ慣れてきたキノコ数種と、ニンジンのような色をしたラディッシュ似の野菜と、やっこねぎのような見た目の、くせがなくてあまり味のしない野草、そして先ほど入れたツェリーニのみであった。鍋に頭から飛び込んでいくほどの勢いでやって来た美子を、ユリエッタは咎めることなく、慣れた様子で受け入れている。この近辺では当たり前の食材にいちいちオーバーリアクションする美子は、『閑球の人だから』というクリアリスの言葉で、ユリエッタの中に『しょうがない人』として見事に刷り込まれているのであったがーー当然、美子は知る由もない。
結局、ツェリーニのサラダは、見た目大根セロリだが食べるとゴボウのような芳香のする不思議な味わいで、スープは他の具材と相まって、けんちん汁のような出来栄えであった。加えて、本日の夕飯は土芋というジャガイモに似た野菜を主食に、スープの具材として、ぶつ切りにされた川魚も投入されて、いつもより少し豪勢であった。
というのも、この家の近くを流れる川に仕掛けておいた網籠に、今朝虹色の魚がかかっていたのだ。これが三十センチほどの大きさで、
『うわーい! かっちゅうぎょだー!』
と万歳して喜んでいたユリエッタが捌くところを見ていた美子は、地球の魚には存在しないと思われる、エラの両隣に膨らんだ砂袋という器官を初めて見ることになった。
泥や砂を吐かせて泥抜きしなかったのは、この器官を取り除くだけで臭みがなくなるかららしい。
ついでに、「かっちゅうぎょ」とは「甲冑魚」で良いようだ。夕飯時に美子がクリアリスに尋ねたところ、そんなことも知らないのかい、と呆れの表情をされながらも、懇切丁寧に教えてくれた。
『甲冑魚っていうのは、鱗が硬いからね。衛士の甲冑みたいだろ?』
衛士というからには、警察とか兵士のような働きをする人たちがいるのだろうな、と心にメモしておく美子。詳しく聞きたくはあるが、今それをするとまた呆れられそうで躊躇ったというのは、内緒である。
『それで、鱗なんかは綺麗な虹色をしてるもんで、お貴族様やら大商人が装飾品だの工芸用に欲しがるからね。良い値が付けば、本当に甲冑が買えるくらいになるって意味もあるんだとさ』
甲冑、需要あるんだなあ、なんて暢気に頷いている美子である。
そんな美子を見て何をどう受け取ったのか、クリアリスはげっそりした様子で溜め息を吐いた。
『ミコさん……あんたよく、これまで無事だったね』
それからしわしわの指先でとん、と丸テーブルの端を叩くと、意を決したように告げる。
『……仕方ない。今夜は貨幣の話にしようかね。これから先、一番大事になるだろうし。その様子じゃあ、ここいらで流れてるのがどんな種類かも、分かってないだろ』
断言されたが、全くクリアリスの予想通りであったので、美子は素直にお願いします、と頭を垂れた。
彼女に出会った初日に、『首を献上します』と誤解されるから、それはやめた方がいいと言われたのは覚えていたけれど。案の定、窺いみたクリアリスは苦り切っていたけれど。それでも。
誠意を伝えたい日本人の感覚としては、どうしても頭を下げておきたかった美子なのであった。
大変お待たせ致しました。
今回もお付き合いくださって、ありがとうございます。
次回もよろしければ、どうぞお付き合いくださいませ。