2.ダウジング
それは夜空のきらめきを思わせる、六角錘の石だった。
ロイヤルブルーの天然石のその胴体を、銀河のごとき金の粒子が幾重にも螺旋を描いて取り巻いている。
瑠璃――ラピスラズリと呼ばれる、パワーストーンであった。
石の長さは指の二関節分ほど。錘の幅広くなっている方の上辺に、花弁を象ったシルバー製のキャップが取り付けられており、そこから錘本体の三倍くらいの長さの、細いシルバーチェーンが延びている。振り子である。
当然、学校に必要なものではないので、校内で見つかれば直ぐさま教師に没収されるだろう。不必要な私物の持ち込みは禁止なのだから。
が、校則を重視する美子にしては珍しく、この振り子ばかりは唯一どこに行くにも常に持ち歩いている、御守りのようなものだった。
そしてこの振り子は、美子に可能性と選択肢を示すだろう。
現状、頼れるもののない美子にとっては、最大の武器なのだ。
「とにかく、まずは方針を決めないと」
誰もいないのに、随分大きなひとりごとだ。
いいえ、これは考えをまとめるためよ、と自分に言い訳しつつ、本当は心細いのを意識しないためなのだと美子も分かっている。それでも今は落ち込むより、先に進むのだ。
美子は取り出した振り子のチェーンの端を右手の親指と人差し指で摘まむと、力まないように、自然に振り子が静止するのを待った。そこから、青い錘をやや焦点をぼかして見つめる。
(サーチ・ポジション)
心の中でその言葉を唱えると、錘が美子の指先の制御から放たれて、自発的に緩やかに、前後に揺れ始めた。無生物であるはずの錘が、あたかも自我を持ったように。
それこそが、この振り子と美子の魂の間に、見えざる繋がりができたという合図であった。
しかし、だ。疑い深い美子は最後の駄目押しとばかりに、振り子に問い重ねる。
「ねぇ、ラピスの振り子さん。これから私がする質問に、あなたは嘘偽りなく、ちゃんと真実だけを教えてくれますか?」
前後に揺れていた振り子が、自然と右に――時計回りに旋回し始める。
最初は小さかった揺れ幅が、
「本当の本当に、正しい情報だけを伝えてくれますか?」
どんどんと大きく弧を描いていき、
「天地神明に、あの世の閻魔様に誓って?」
そんなことを言っている美子自身は、宗教感に疎い今時の日本人である。――貴女、意味分かって言ってる? と、振り子に突っ込まれても仕方ない話だ。
だからなのだろうか。そんな失礼極まりないしつこい問いかけに憤るかのように、振り子さんは滅茶苦茶に、ぐるんぐるんと激しく回った。
あんまりにもあんまりな大揺れで錘がチェーンを持った美子の手の甲を叩いたので、美子はふう、と心を鎮めて再び、
(サーチ・ポジション)
自己中に念じたのだった。
幸いなことに、振り子さんは素直に元の前後運動に戻っていった。
さすがラピスラズリ、「宇宙の叡智」と意味付けられたパワーストーン。大人である。
「じゃあ、次ね」
だというのに、なんと美子は懲りずに続けるのである。
「私の問いに否定する場合、ノーの動きを教えて」
美子、自己中極まれり。
しかも、いつの間にか丁寧語ですらない。
それでも、振り子さんは動き出す。優しい。さすがパワーストーン。これが「宇宙の叡智」の余裕なのか。今度は左右に揺れていく。
人によっては左に――反時計回りになることもあるようだが、美子の場合はいつでも左右の横揺れだ。
「オッケー。じゃあ、どちらか分からない時、不明の、メイビーの反応は?」
美子が以前読んだ本によればノーと同じ動きをする人もいるようだが、美子は反時計回りである。今回も変わらなかった。
とまあ、これはいわゆるダウジングをするために必要な前準備というものである。何も美子が振り子に嫌がらせをしていたわけではない。振り子とのシンクロ率を高めていただけだ。美子が以前読んだダウジングの本の初級編に書かれていたことなのだ。
だから美子は悪くない。きっと、ダウジングを創始した人が、美子のように疑り深い性格だったのだ。――いや、貴女その人を知らないでしょ、とどこか冷ややかな振り子さんの突っ込みが飛んできそうである。
いやいや、それはない。振り子さんは大人な「宇宙の叡智」なのだ。きっと、生暖かく見守っていてくれるはずである……たぶん《メイビー》。
ともあれ、ようやくである。
「んー、そうだな……。それじゃあ、まずは私の生存率が上がる方向を教えて欲しいかな」
振り子は――振り子さんはゆっくりと、右回りに軌道をとる。イエス(仕方ないわね)の意味である。
「サーチ・ポジション。なら、私の正面に延びた道を行くべき?」
そう尋ねれば、再び右回りに。イエスである。
念のため、後ろの道に進むべきか問えば、すぐさま大振りに左右に揺れた。ノーだが……これは相当ヤバイのか?
え、行けと? なんか天の声が聞こえた気がしたが、信仰心の薄い美子は幻聴として片付けた。
安全第一。
振り子さんにしつこく再確認した美子は、一応「ありがとね」と小さく呟くと、振り子を黒い巾着に戻して制服ブレザーの右胸内ポケットに仕舞った。
「…………」
美子はさっきまでの熱心なひとりごとが嘘のように無口になると、地面に置きっぱなしだった荷物――絵の具の道具箱とスケッチブックを拾い上げた。
内心では、ダウジングなんて科学的根拠もはっきりしないオカルトじゃない、と決めつけている美子である。しかし同時に、そうしなければ行く先も決められない自分に嫌気がさしている。振り子が行けと言ったのだ、なんてどんな責任転嫁だろう。
だというのに、期待しているのだ。古来より技術として廃れることなく受け継がれてきた、ダウジングの神秘に。
優れたダウジング実践者は、地中に隠れた水脈や鉱脈を見つける技術者であった。
科学の進んだ現在でも、そうした技術を研究し、あるいは磨いて楽しんだり利用する愛好家や団体が世界中にあるらしいことも知っていた。
何より体験したことしか信じない美子自身が、このダウジングという技術に幾度か助けられていた。
――主に、失せ物探しや方向音痴の解消といった、切実な問題で。
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